だからこそ、この季節は忘れられない【16】#創作大賞2025 #恋愛小説部門
第5話 秋:触れたいのに届かない③
***
(小説:すれ違う季節)抜粋
「梶課長!お疲れですよね?運転、私代わります」
夕暮れの帰り際。梶の家族に挨拶を済ませ、車に向かおうとした時、金子っちが何気ない調子でそう言った。
その一言で、頭に浮かんだのは、あの時の二人だった。
カイとつながれた私の手。
「俺、悪いことした?」と聞いたカイに、私は何も返せなかった。
そのあと、金子っちに慰められているカイを見て、私は追うのをやめた。二人が何を話していたかは、わからない。でも、カイは彼女に心を開いていた。
「…はあ」
無意識に出たため息が、自分の中のもやを少しだけ吐き出していく気がした。
それでもまだ、何かがもやもやとすっきりしない。苦しいまま。
「リコさん、車酔いされますよね?助手席、どうぞ」
金子っちは、小声で私だけに聞こえるように言った。
まるで、全部見透かされているみたいだ。
車が静かに動き出し、沈黙の時間が流れる。
金子っちの運転は落ち着いていて、音ひとつ立てずに流れていくようだった。
「…女子嫌いなカイ君が、私とは普通に話せる理由。気になってますよね?」
突然、抑えた声で切り込まれた。真正面から、冷静に。
「…別に。インターン生同士だから?」
「でも、それだけじゃ納得できない顔です」
彼女の言葉は淡々としていて、突き放すわけでも、慰めるわけでもない。ただ事実を述べるみたいに、静かに刺さってくる。
「…まあ、女嫌いが治ったなら、良かったと思う」
「気になってるかどうか、聞きたいんです」
彼女は鋭い。私が、“はい”とはっきり答えることから逃げている。そう分かっているのだ。
「…気になってる」
「私、女性が好きなんです。カイ君もそれを知ってる。だから、彼にとって、私は“女”として見られる“存在”じゃないんでしょうね」
「…そっか。なるほど」
「驚かないんですね」
「多いし、周りにも。そもそも私は多様性ばんざーい、だから」
「私たちが付き合ってなくて、ちょっと安心しました?」
金子っちは、小さく笑って、ちらりとこちらを見た。
たしかに安心…したはずだった。でも、胸の奥に引っ掛かるものがある。
オフィスで見た時も、ミカン狩りに来た時も、私はいつだってカイの世界で浮いていた。
そして今、金子っちがカイと付き合っていないと知って、ほっとしたと同時に、冷たい何かが心に落ちていくのを感じた。
「たぶん、違う。2人が付き合ってるなら、それはそれで、いいと思った」
その瞬間、車がグッと前に傾いた。
後ろから「大丈夫か?」と梶の声が飛んでくる。
「すみません、軽く急ブレーキかけちゃいました。大丈夫でしたか?」
「だいじょーぶ!」と後部座席から声が返ってくる中、私は隣の金子っちを見る。
「リコさん…。そう来るとは思いませんでした。かなり斜め上です」
「そうかな」
「なんで、私たちが付き合ってたらいいなんて、思えるんですか?」
「カイにとって、それが正しい選択だと思ったから」
金子っちの表情が僅かに揺れる。そして、少し間をおいて、探るように口を開く。
「正しい選択って…。もしカイ君と私が付き合ってたら、リコさんとのセフレの関係はどうするつもりだったんですか?」
その言葉に、胸の奥がズキっと痛む。
そして同時に思った。彼女は知ってたんだ。私とカイの関係を。ここまで、カイは彼女に心を許しているのだと。そしてここまで心配する金子っちも。2人は素敵な関係だ。
「どうかな…、捨てられちゃうかな?」
「それでいいんですか?」
「できれば、このままでいたいけどね」
これが、私の素直な気持ちだ。
セフレで居続けられるなら、それがいい。でも、きっともう。そんな関係ではいれなくなるのかもしれない――。
それから、金子っちは黙ってしまった。
無言のまま、しばらく車内に静寂が流れる。そのうち、私は目を閉じて、眠ってしまっていた。
気付けば、バーの前についていた。
「運転、ありがとう」
心の中で、寝てしまってすみませんッと謝りながら、金子っちに深くお辞儀をした。
「いえ。あの…」
「運転してくれてたのに、隣で寝ちゃって。ごめん…」
「そうじゃなくて…その、カイ君と今のままでいたいと思うなら、いてください!絶対に離さないでください」
「…金子っちが気にすることじゃないよ?」
「でも!」
「金子っちって、本当にいい子だね。今度おいで!この店は多様性歓迎バーだから」
「…リコさん」
私はルイと車を降り、振り返って手を振った。
すると、車の扉がもう一度開いて、カイが降りてきた。
「…」
気まずそうな表情。それなのに私の目をしっかりと捉えている。
カイが何かを話す前に、口を開いた。
「ねえ、カイ。インターンシップ、いつまで?」
「あと3週間ぐらいで終わる」
「そしたら、ルイと一緒に“お疲れ会”しよう。金子っちも連れておいで」
「…」
「最後まで、頑張ってね。じゃあ、みんなも、またねー!」
私は、車内のみんなに向かって軽く手を振る。
車に乗り込むカイの後姿がやけに遠く感じた。
車が去っていく。そのテールランプを見送りながら、隣でルイがぽつりと呟く。
「なんか、カイちゃんに冷たくなーい?」
「そう?いつもと変わんないって。さ、ルイ!飲み行こ!」
口調は明るく。でも、自分の中の“何か”が、確実に変わっているのを私は知っていた。
***
(5年前・カイ視点)
皆が車から降りていく中、運転席の梶課長と助手席に座る俺だけが残った。車が再び走り出すと、梶課長はすぐに質問を投げかけてきた。
「俺に怒ってるのはなんでだ?」
「…別に、怒ってるわけでは…」
しどろもどろになる俺に、梶課長はまっすぐな視線を向ける。
「じゃあなんだ?」
「梶課長は、リコのことが好きなんですか?」
俺の問いに、梶課長はハンドルを握ったまま、迷いなく即答した。
「好きだ!もちろん全力で好きだ」
その言葉に、俺は息を飲んだ。素直に「好きだ」と言い切れる梶課長が、ひどくかっこよく見えたし、正直、羨ましかった。
「告白しないんですか?」
「告白とは何をだ?」
「好きだから、付き合ってくださいと…」
「交際の申し込みということか?」
「はい」
「ない。この先もない」
「なぜ?」
梶課長はフッと息を吐き、視線を前方に戻した。
「好きだ。それで十分だ」
「それは、恋愛対象ではないということですか?」
「そこはわからん。だが一つ言える。あいつを幸せにできるのは俺ではない」
その音には、どこか強い意志の中に、切なさが混じっているように聞こえた。何も返せずにいると、梶課長が口火を切る。
「それに、これが俺たちの心地いい関係だ。カイは違うんだろう?」
俺は俯いた。まさにその通りだ。
「そう思えたらいい、そう居なくちゃいけない。でも、止まらなくて。多分リコを困らせる」
「馬鹿だな。当たって砕けろだ!ははは」
「はははって…。梶課長は、そう思ったことはないんですか?」
「砕けたぞ、リコピんに木端微塵にされた。瞬殺だ」
「え?」
まさかの返答に、俺は目を丸くする。
「どうだ、すごいだろ」
得意げな顔で言う梶課長に、さらに驚きが募る。
「なんで何もなかったかのように、仲いいんですか」
「それはリコピんだからだ。俺はそのあとも、気持ち偽りなく接してるしな。あいつもありのままの俺と、そのままで接してくる。それが心地い。そのうち今の感じに落ち着いた」
「…」
「雨降って地固まるだな。ははは」
「俺もそうなれると?」
俺の問いに、梶課長はちらりと俺の顔を見た。
「どうかはわからん。だが、覚悟は必要だ」
「覚悟…」
俺は、梶課長の言葉を反芻するように繰り返した。
助手席で窓の外を流れる景色を眺めながら、俺は胸の奥で渦巻く感情と格闘していた。覚悟。 梶課長は簡単に言ったが、それは俺にとって重い響きだった。
自分を犠牲にしてでも相手を幸せにする覚悟、相手のすべてを受け入れる覚悟、そして…
――今の関係を失ってでも手に入れたいと思えるほどの覚悟。
***
(数週間後)
「リコさん、まだ…かな」
1か月半のインターンシップを終え、金子とともにバーへ訪れていた。
カウンターでは、ルイがお酒を作りながら、ブツブツと独り言を言っている。
「梶さんは?田中ちゃんは?」
どうやら俺たちだけでは不満らしい…。
「なんであの子たち、ウチに全然遊びに来てくれないのかしら。もうすねちゃうんだから」
「……カイ君、今からでも二人呼ぶ?」
「いいって。ルイの大きな独り言だから」
「聞こえてるわよ」
ジロリとこちらを見たルイは、俺たちの前にグラスをポン、ポンと置いていく。
「まだリコちゃんいないけど、そのうち来るわ。さきにカンパイしましょ!」
「おつかれさまー」
俺たちはグラスをカチンとぶつけ合い、一口飲む。
「で、結局お二人さんは、お付き合いしてるのかしら?」
「は?なんでそうなんだよ」
ルイの一言に驚いた…。俺たちが?そう見えてた?
まさか、リコも勘違いした?
「ルイさん、私、レズです」
「あらーーー?奇遇ね。私、女も男もいけるの! どうかしら私は?」
「小動物系が好きなんで」
「もう! それって私がクマとかって言いたいわけ?」
「動物で言うと。トラですかね?」
「やだーもーひどいー! カイちゃん、この子ひどいわ!」
どうやら、この二人は相性がいいらしい。
ミカン狩りからリコには会っていない。
3週間。こんなに会わなかったことはなかった。リコはどうしていたんだろう。俺と会わなくても、何も思わなかったのだろうか? 少しは寂しいと思ってくれていただろうか?
そんなことを思いながら、俺は時計を気にしつつ、金子とルイの会話を流し流し聞いていた。
気が付けば、1時間ほどが経ち、ようやく彼女が現れた。扉を開けてすぐ、俺たちに気が付いたリコが、驚いたように声を上げた。
「来てたの!?」
リコはドタドタドタッと走ってきて、俺の横に座り、俺の髪の毛をわしゃわしゃっと両手で撫でた。
「そうだよ、リコが言ったんだろ。インターンシップ終わったら、お疲れ会だって」
「リコさん、ご無沙汰です」
「金子っち! 来てくれたんだ~! よし、改めてカンパイだ!」
「インターンシップ、おつかれー」
再度俺たちは、グラスをぶつけ合い、酒を喉に流し込む。
「リコちゃん、金子っち、レズなんだって! てっきり私たち、2人が付き合ってるって思っちゃったわよねー?」
ルイの言葉に、リコは鼻で笑い、どうだ!とばかりの顔をした。
「知ってたよ!ねー、金子っち?」
サラッとリコは言う。
「え? なんで知ってんのよー。知らなかったの、私だけ? もう、仲間外れイヤー!」
「へへ、リコさんには、ぶっちゃけちゃいました。それであの、リコさん、お話が…」
金子は、一瞬真面目な顔をしたが、リコはそれをさらりとかわすように言った。
「まぁまぁ、今日はたーくさん飲んで楽しも!」
「でも…」
「ね、金子っち?」
「…はい」
なぜか、金子はグラスに入ったビールを一気飲みした。
飲み干すと、グラスをガンと机に置く。
「ルイさん、もう一杯お願いします」
「金子っち、いい飲みっぷりだわ!カイちゃんも負けちゃだめよー」
「って、金子。顔赤くねぇか?」
「全然!まだまだいけます…、リコさん、リコさーん!」
金子は俺とリコの間に割り込むようにして、リコに抱き着いた。
「はいはいはーい! なーに? 金子っち」
「聞いてくださいー。金子、まだ一度も誰とも付き合ったことないんです!」
「あら。チェリーちゃんなの?というか、だいぶ酔っぱらっちゃった?」
「まだ酔ってないです!ああ、彼女欲しい! 彼女が欲しー!」
叫んでるし。てか、いつもクールな金子のキャラが崩壊してるし…。
「そうかそうか、ルイよ! これはオーナー案件だ!」
「リコちゃん、承知のすけよ! 金子っち、こちらに来なさい!」
ルイは、リコに張り付いた金子をはがして肩を組む。
「え? な、なに?」
すると、リコが立ち上がり説明を始める。
「金子っち、怯えるでない。ここは多様性歓迎バーだ。さらに、オーナーには特別任務がある。そのひと~つ!お客様の愛を全力で支援するベストパートナーマッチング任務! ルイ、発動だ!」
「アイアイサーよ」
ルイは金子を連れ去り、奥のテーブル席へと消えていった。
「酔ってる金子っち、かわいいね」
「あーゆーキャラになるとは、知らなかった」
俺が答えた後、ちょっとした間に緊張感が走る。だが、リコは少し目線を逸らし、話を始めた。
「…で、インターンシップどうだった?」
「広告系の仕事、アリかなって思ったな」
「広告代理店とか?」
「うん…。俺もあと少しで就職活動はじめないと…。考えただけで胃が痛い」
「…」
リコがグラスを口元に持っていったまま、また少しだけ間があった。
俺はその微妙な間に不安を感じながら、リコを見る。
「…懐かしい。腕痛くなるほど履歴書書いたな。面接の自己PRとかもさ、うそっぽいの言わないといけないから、辛くなっちゃって…」
「なんて言ってたんだよ」
「んー……。結局ね、『仕事をくれたら、何でもします! 稼ぐためなら、どこへでも走ります! 生きていくためなら、サービス残業大歓迎です! 雇ってくだされば、給料以上の働きして見せます! 自信ならあります!』って言ったんだっけかな?」
「まじかよ。それ自己PRなのかよ」
「だってさ、自己PR、できることないもん。
実はさ、梶と面接が一緒で。『僕は暗闇を照らす一筋の光です』とか言っちゃってさ。嘘つけって、笑いこらえるのに必死だったよ。でも、実際に本当にそういうヤツだって知って、驚いたけど」
「その空気感で言える梶課長、すごいな…」
「ほんとそれ。あそこまで突き抜けれたら就活も楽なんだろうけどね…。頑張れよ就活生」
ミカン狩りの日から、どこかで避けられているように感じていたのに、何もなかったかのように接してくるリコに、俺は少し困惑しながらも、それ以上にホッとさせられた。
それがやっぱり嬉しくて、俺はこれでいいのかもしれない…そう思えるなら、これでいいんだ。そんなことを考えて話していた。
そこに、完全に酔っぱらった金子を連れたルイがやってきた。
「カイちゃん。金子っち、もう完全アウトだわ…酔っちゃったわ。どうしようかしら?」
「カイ。金子っち家まで送ってあげて!」
「は? 俺?」
「インターンシップ生の同志でしょ?」
「まあ。…そうだけど」
***
もう、冬が近い…。風が冷たい中、俺は金子の肩を抱え、夜の道を歩いている。
「リコと久々に会えたってのに、お前は…」
「カイ君。…ゴメン」
金子はよろよろしながらも、申し訳なさそうに呟く。
「まあ、いいよ。お前いつも自転車で来てたよな? 家どこだよ」
「えっと、タクシーで帰るから…」
「タクシーで吐かないだろうな?」
「今乗ったら吐くかも…」
「じゃあ、少し休んでくか」
自販機で水を買い、近くのベンチに座った。
すると、金子は涙目になりながら俺の顔を見た。
「おい、吐きそうなのか?」
「カイ君、ほんと御免。リコさんとの時間、台無しにした」
「金子がそんな悔やむ必要ないって」
「だって……。この前、私、悪いことしたかもしれないと反省してて」
金子の言葉に、嫌な予感がする。
「は? どういうこと?」
「なんていうか、思わぬ方向に進んでしまったと後悔してて…。だから今日は、しっかり二人の関係を修復できたらって」
「さっきから意味不明だぞ。金子、どういうことだ!」
俺は焦れて、語気を強めた。金子は顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでも懸命に言葉を紡ぐ。
「リコさん、本当はカイ君のことが好きなのに、鈍感だから自分の気持ちに気が付いてないだけって思って…。二人の関係をわかった気になって、変に煽って…」
「煽ったって、なに言ったんだよ!」
「帰りの車の中で、「私とカイ君が付き合ってたら、リコさんはどうするつもりだったのか?」って聞いちゃって…」
その言葉に、背筋が凍りつく。俺の心臓が止まる…。聞きたくない。それでも聞いてしまう。
「…それで、リコはなんて?」
「リコさん、「捨てられちゃうかな」って。でも「このままで居たい」って。だから、カイ君と居るために、いろんなもの、気が付かないふりしてたんだと…。私が余計なこと言ったせいで、リコさんが自分の気持ちと向き合わざるを得なくなっちゃったんじゃないかって」
金子は息を詰まらせるように話しながら、俺の腕を掴んだ。その震える手から、彼女の後悔が伝わってくる。
「だから、早く戻って。リコさんと話して!」
いつもクールな金子は、顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に俺に訴えている。
あの日の別れ際、リコの言葉や表情が、俺を突き放したような気がしていたのは、気のせいじゃなかった…。
「とりあえず。お前を送ってからな」
「何もできなくて、本当にごめん…」
「リコは人に流されるようなやつじゃないから。お前のせいじゃないよ」
俺はしばらくして、落ち着いた金子を家に送り届け、すぐさまバーへ引き返した。
***
ガチャンッと勢いよく扉を開け、カウンターを見る。
「あら? カイちゃん戻ってきたの? 金子っち大丈夫だった?」
「リコは?」
「え?もう上に戻ったわよ」
俺は急いで階段を駆け上がり、リコの部屋の扉を開けた。
「リコ!」
「カイ?」
俺は、そのままの勢いでリコに抱き着いた。
「どしたの? 酔っぱらっちゃった?金子っちは?大丈夫だった?」
「会いたかった」
「…」
俺たちはそのまま何も言わず、ソファに向かい、深く抱きしめ合った。服を脱ぎ、お互いの体を貪り、そして俺は何度もリコと名前を呼んだ。だが、リコは決して俺の名前を呼んではくれない…。
すると次第に、リコの目から涙が溢れだしているのに気が付く。俺は涙が流れたリコの頬を手で拭う。
「リコ?」
「違う。…大丈夫」
雨の日、初めて体を交わした日、あの時も同じように泣いていたことを思い出した。また何かに苦しんでいる。
俺は、その理由が知りたくて、俺は何度も、リコの体を求め続けた。
すると、リコは目をじっと見ながら、俺の耳を手で塞いだ。だが、リコの、か細い声が、それでもはっきりと聞こえる。
「カイ、聞かないで。お願い……」
さらに、強く俺の耳を塞ぐリコ。その目にはさらに涙が溢れだす。
彼女が耳を塞いでも、それでもはっきりと聞こえてしまった。
「カイ、ずっと寂しかったよ、会いたかったよ、抱きしめたかったよ…。でもね、苦しいよ…」
彼女は声をからして言う。リコの大粒の涙が、俺の頬に落ちる。それだけで、俺はすべてを理解した気がした。
――そばに居たい、一分一秒でも。こうしてリコと触れ合っていたい。
結局、俺は聞こえないふりをした…。それがリコを苦しめていたとしても。
