だからこそ、この季節は忘れられない【19】#創作大賞2025 #恋愛小説部門
第7話 冬:別れの季節②
(5年前・カイ視点)
***
その後、リコに会えたのはクリスマスイブの日だった。
その日の夜も、俺はいつも通り、バーへ足を運んた。扉の外から漏れ出すほどの大音量で響く賑やかな声。扉を開けると、ルイがサンタの仮装をして出迎えた。
「ハッピークリスマース!カイちゃん、いらっしゃーい」
「今日は騒がしいな…」
「そりゃそうよ。今日はクリスマスだもの!」
普段は落ち着いたBGMが流れる静かな店内。だが、今日は大音量のクリスマスソングが響き渡り、常連客が肩を組んで大声で歌っている。
クリスマス…だからって、いつも以上にこんなに盛り上がるものなのか。疑問に思いつつ、俺は、乾いた喉を潤すため、カウンターに並べられたグラスを取り、一気に口に入れる。
「うっ」
喉が暑く、鼻に一気に抜けるアルコールの香りに思わず吹き出すと、ルイがニヤリと笑った。
「あら?言ってなかったかしら?今日はテキーラパーティーよ!」
俺は急いで、近くに置いてあるミネラルウォーターのペットボトルを取り一気飲みする。
どうやら、ただクリスマスだから盛り上がっているのではなく、テキーラを一気飲みさせられ、ほぼ全員泥酔状態…。改めて思うが、危険なオーナーだ。
すると、店の扉が開いた。すぐに気が付いたルイは扉の前に駆け寄る。
――リコ!
「リコちゃん!遅いじゃないの!ほら、カイちゃん来てるわよ」
「ずいぶん盛り上がってんじゃん」
ルイはリコに抱きつき、二人でカウンターへと歩いてくる。
「カイ、久しぶり」
スーツケースを持っているリコを見て、どこか旅行に行っていただけなんだと安堵しながら、俺は聞く。
「おお…。今回はどこ行ってたんだよ」
「うん、ちょっとね。あ、ごめん。今回はお土産なし」
リコは俺と目を一瞬合わせ、すぐにルイの方を見た。
「ルイ、楽しそうだね」
ルイを見ると、テキーラの入ったグラスを一気に流し込み、常連客達の輪に入り、陽気に踊っている。
「うわっ、ルイって、ザルなのか?」
「え?今更?あれはね、アルコールの血が流れてるって噂が出るぐらい危険人物だから」
「マジか…」
そして、リコは俺に向きなおして言った。
「ねえ、今日はずっとそばにいてくれる?」
そんなことを口にしたのは初めてだった。俺は、何も言わず、リコの手を取り、2階のリコの部屋に向かった。
部屋に入りすぐ、俺はリコと向き合う。リコの瞳はしっとりとしていて、今にも涙がこぼれだしそうだった。リコは目を逸らし、いつも通りをふるまおうとする。
「はあ、やっぱり静かなところが一番だね」
リコはソファに腰を掛けて言う。
「カイ、こっち来て」
俺は言われるまま、リコの隣に座る。
「ねえ、そういえばさ、クリスマスツリーって願い事書いて枝に吊るすもんだっけ?」
「え?」
「ほら、近くのイルミネーションのクリスマスツリー?見てない?」
「ああ、すげえ人だかりだったし、見てないな…」
「残念。めちゃくちゃきれいだったよ!冬はさ、花も紅葉もないんだから、イルミネーションを見とかないと」
「じゃあ、今から見に行くか」
俺はソファから立とうとしたが、リコが手を引きソファに引き戻される。
「だめ、今日は二人っきりでいたいから、ね?」
「…。さっきから、変な感じだな」
「何が?」
「…」
「カイ」
リコは俺の肩に頭を寄せて、息を一気に吸い込んだ。
「カイの香りだ」
「またそれかよ…」
「ねえ、私はどんな匂い?臭い?心地いい?どっち?」
俺はリコの腕を掴み、自分の体の上に乗せ、リコの耳の裏を嗅ぐ。
「え、やだ、なんでそこなの?」
「ここから、おやじ臭がするらしい」
「ええええ、やだ嗅がないで」
暴れるリコを押さえて、俺はリコの体を嗅ぐ。香水のような刺激臭ではなく、甘くて、優しくて、ほんわかした、そんな香り。体が近づくたびにほわッと香ってくるリコの香り。
「心地い、安心する、このまま寝落ちしそう」
暴れるていたリコは体をピタリ止めて、俺を見る。
「それほんと?」
「うん、そうじゃなきゃ、近寄らないだろ」
「え、私が嗅ごうとすると逃げるじゃん」
「それは…。理性を保とうとして…」
「ぷふふ、なんだー、セフレなんだから、理性保たなくてもよかったのに」
過去形…。
リコが笑っている瞬間、俺は胸の奥に鈍い痛みが走った。
「だな」
俺は軽く笑い飛ばそうとしたが、うまく笑えていなかったのか、リコの表情が少し曇り、俺から視線を外し、天井を見上げた。その仕草はどこか遠くを見つめているようにも見えた。
「リコ…。何かあった?」
リコは俺の口を手で覆った。
「条件1、何も聞かない。だよ」
セフレという一線を、改めて俺に突き付ける。俺はリコの手を取り、口に出そうとする。
「リコ…。俺は…」
リコは、再び俺の口を手で覆った。
「だめ…。お願い、今日はずっとそばにいたい」
リコは、もうすでに結論を出してしまったんだろう。何を言っても揺るがない決意。俺が何かを言えば、リコが壊れてしまう。そんな気がして俺はそれ以上何も言えなかった。
俺たちはその夜、いつもより静かに寄り添った。何も考えないように、今一秒たりとも離れないように…。
翌朝、静まり帰ったリコの部屋には、薄い朝の光が差し込んでいる。スーツケースを引く音が聞こえ、俺は体を起こすと、リコがドアの前に立っているのがぼんやりと見えた。
「カイ。私、また、あちこち旅してくることにした」
その言葉が、どういう意味なのか…俺はすぐに理解してしまう…。全身から血の気が引いていくのを感じた。
「ねえ、カイ…、もし私が男だったら、こんな関係になってなかったのかな?」
全く想像もつかないことを聞かれ、俺は一瞬固まったがすぐに答えた。
「…リコが女だったこと忘れてた」
「はは、ありがとうカイ、元気でね」
リコの目は笑っていた。しかし、その笑顔の裏には隠し切れない涙のあとが見えた。
俺は、動けずただその場に立ち尽くす。
ドアを開けたその瞬間、リコが少しだけ立ち止まった。
振り返る、そう思いたかった。振り返って欲しかった。
でも、リコは何も言わず、ただ前を向いて、スーツケースを引いて歩きだした。ドアが閉まり、リコがいた場所に釘付けになったまま、頭が真っ白になった。
数分後だろうか、階段を駆け上がる音、扉を勢いよくあけて誰かが入ってきた。
「カイちゃん…」
ルイの声だ。俺は力なくルイを見ると、涙が溢れ出てきた。
「俺…何も言えなかった」
「カイちゃん…」
「なんでもいい。どんな関係でもいい…。ただ、ただ、近くに、そばに居させてくれるだけでよかったのに…、言いたかったのに…、言えなかった」
声は震え、喉の奥で押し殺したような嗚咽が混ざる。
「…、どうすればよかった?ルイ…俺はどうすれば…」
「カイちゃん…」
その日からリコは、俺の前から姿を消した…。
