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だからこそ、この季節は忘れられない【6】#創作大賞2025 #恋愛小説部門


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第2話 梅雨のはじまり:女嫌いの男と雨嫌いの女②


***
(小説:すれ違う季節)抜粋

 梅雨入りしてからというもの、空はずっと暗く泣きっぱなしだ。もう1週間近く、雨は途切れることなく降り続いている。この雨のせいで、私はほぼ引きこもり状態だ。

デリバリーの注文回数は1日2回を軽く超え、配達可能なお店は飽きるほど見た。結局のところ、いつもと同じ店の別商品を、上から順にタップするだけ。届けに来る配達員の顔を数人覚えてしまい、親近感すら湧いてくる始末。いっそ、この雨の間に友達になってしまおうか、などと現実逃避じみたことを考える。

日本の梅雨は、まるで拷問。じとじと、だらだらと際限なく降り続く雨は、私の心まで湿らせ、体とともに生気を奪っていく。
東南アジアの雨季のように、激しくバーッと降って、嘘みたいにカラッと晴れてくれたら、どんなに救われることだろうか。

そう思いながらぼんやりと窓の外を見たとき、ふと気が付いた。曇天の空に、いつもの雨音が聞こえない。

雨が止んでいる。その瞬間、私の中で何かが弾けた。

急いでスーツケースを引っ張り出し、服、下着、歯ブラシ、枕を放り込む。手持ちのバッグにはパソコンと手帳、万年筆、それから――パスポート。思い立ったら即行動だ。私はスーツケースを引きずり、外へ飛び出した。


***
――そして今、私はバリ島にいる。

降り注ぐのは、思わず目を細めてしまうほどの強烈な日差し。

「暑い!…でも、気持ちいい!」

心の中で思わずそう叫んだ。体の奥底にこびりついていた何かが、パーッと洗い流されるような爽快感。さすが南国リゾート地。

唯一、この仕事でありがたいと思うのは、どこにいても働けることだ。私の目の前には、ホテルのラウンジから見下ろす絶景――一面に広がる青いビーチ、雲ひとつない澄んだ空。

「こりゃ最高!」

トロピカルなカクテルを片手に、パソコンの画面と向き合う。

恋愛コミックのプロットは順調に進んだはずだったが、本文を書こうとすると途端に手が止まる。

いわゆる起承転結の「承」。
物語の山場に向けて、先輩と後輩イケメンの二人が互いの内面に踏み込み、より深い関係性を築いていく重要なパートだ。

――そもそも男女関係って、どうやって急接近するものなんだろ…。

先輩の部署に配属されてきたクールな後輩イケメン。昨今のコンプライアンスという名の見えない壁を前に、2人が親密になるなんて、ありえるのだろうか。

男女二人での打ち合わせは、必ず扉を解放した空間で。なんてルールがあると聞いたこともあるし、就業後に2人で食事に誘えば、セクハラやパワハラ、ましてや枕営業を強要したなどと騒がれる世の中だ。上下関係がある以上、リスクしかないと言わざるを得ない。

もはや現代社会において、職場恋愛は同期同士に限る――そんな風潮さえあるのではないだろうか?恋とまではいかなくても、ただ単に男女が親しくなることさえ、無理ゲーな気がする。

というか、なぜ、そんなにも男女というだけで壁を作らなければならないのか…。性別なんて、単なる生物学的な区別に過ぎないはずなのに。才能や人間性を区別するものではないのに。あー、思考がどんどん王道の恋愛から離れていく…。もう完全に思考停止だ。

こういう時は、頼りになる相棒に聞いてみるに限る。

「ねえ、チャット(ChatGPT)ちゃん、同じ職場の男女の関係が特別な感情を持って急接近する時ってどんな瞬間だと思う?」

パソコンの画面の向こうから、気の利いた返事がすぐに返ってくる。

「リコちゃんなら、この人のこともっと知りたいかもって思うときはどんな時?例えばだけど…意外な共通点を発見した時なんてどうかな?『え?あなたもそれ好きなんですか?』みたいな感じで、一気に親近感が湧いて、そこからもっとこの人のこと知りたいかもって思うきっかけになると思うな?どうかな?」

――意外な共通点、か…。うーん。

キーボードを叩くこともなく、どれだけ時間が経ったのだろう。
ふと顔を上げると、外はすでに夕焼け色に染まっていた。
オレンジ色に染まるビーチには、手をつないだり、肩を寄せ合ったりしながら、サンセットの美しさに見入っている男女のカップルがいる。

「幸せそう」

ぽつりと口をついて出た言葉。
きっと彼らは、この一瞬が一生続いてほしいと願うほど、今、幸せを噛みしめているのだろう。
他人の幸せを見て、心から「良かったね」と思える人は、本当の意味で、幸せな人なんだろう。
だけど――残念ながら私はそんな心のキレイな人間ではない。私の「幸せそう」には、少しだけ違う響きが混じっている。

「羨ましい」

私もそっちの人間になれたら、生きやすかったんだろうな。

――そんな感情が心の奥でじんわりと膨らんだ。


***
翌朝、いつもよりも早く目が覚めた私は、まだ静まり返ったビーチを散歩していた。そのまま、朝食のパンでも買おうかと、近くのコンビニへ向かう途中、ふとホテルのロビーで見かけたのは――昨日、夕日を眺めていたカップルの女性だった。

彼女はスーツケースを引きながら、急ぎ足で出口へと向かっている。その足音からは、怒りが伝わってくるようだった。後ろからは、必死に追いかける男性の声が響いていた。

「本気じゃないんだってば!」

彼の言葉がロビーにこだまする。

「ふざけないでよ! もう離婚するわ、この浮気者!」

女性は振り返りざまにそう吐き捨てると、そのまま車に乗り込み去っていった。
残された男性はと言えば――驚くほど冷静で、むしろ肩の荷が下りたような表情を浮かべていた。

――えっ…?

私は思わず立ち止まり、その様子を見つめてしまう。
彼は、まるで、最初から別れるつもりだったのかもしれない。あるいは、わざと浮気のフリをして彼女を遠ざけたのかもしれない。
それとも、――このホテルには彼の“本命”の彼女がいるのかも?今ごろ部屋で待っていて、これから堂々とイチャイチャと仲良く過ごすつもりなのかもしれない。

そんな想像に思わず笑いをこらえた。もちろん、現実にそんなドラマのような展開があるとは限らない。でも、私の妄想癖は相変わらず止まらない。

それにしても、私は今、王道の恋愛モノを書こうとしているのに…。これじゃ全然参考にならないって…。

「はあ…、昨日はあんなに幸せそうだったのに」

昨日、私が羨んだあの瞬間は、彼らにとって本物だったのだろうか?それとも幻だったのか。正直、当事者にしか分からない、もしかしたら本人たちでさえも分からないかもしれない――。

そんなことを考えた瞬間、胸の奥がざわついた。
遠い昔の記憶が、じんわりと蘇ってきた。

――中学や高校の頃、よく言われたことがあった。

「ユウタと付き合ってるんでしょ?」
「幼馴染なんて嘘でしょ?」

何度否定しても、誰も信じてくれなかった。
私たちは、周囲の勝手な思い込みによって“恋人”というレッテルを貼られていた。

私は、ユウタも同じように困っていると思っていた。
きっとユウタも、無理やりなレッテルにうんざりしているはずだと、当然のように信じていた。

だけど――それは、私の思い込みだったのかもしれない。
だってその時からユウタは、私のことを幼馴染とは思っていなかったのだから…。

「はあ…」

ため息が漏れる。
バリに来てまで、こんなことを思い出すなんて。
この3年弱、私は一度も日本に帰っていなかった。海外を転々とし、あちこちで短い間だけ暮らす日々。
祖母が亡くなり、幼馴染と婚約者を同時に失った私には、帰る場所などどこにもなかった。帰りたいと思える場所すらも、見つけられなかった。

それに、日本には――思い出したくない記憶がある。

梅雨の時期――
じめっとした湿気に、呼吸がうまくできなくなる感覚。心臓がバクバクと音を立てるあの不安と焦りが混ざったような感覚。

雨に打たれると、心の奥に封じ込めた記憶が、ひとりでに浮かび上がってくる。

――だから、雨が大嫌いなのだ。

けれど――ちょうど三か月前――浮田先輩に「業務命令」と言われ、日本へ戻ったとき、まさかの再会が待っていた。偶然にも、ルイと再会したのだ。
かつての可愛らしい男の子だったルイが、時を経て、大人の美しい女性として目の前に現れたのだ。

「2階に住んだら? 毎日お酒飲めるわよ?」

あの軽い調子の一言に、私は救われたのかもしれない。


***
気づけば私は羽田空港に降り立っていた。

――バリ島で日本の梅雨明けを待つつもりだったのに…。

(10時間前)
バリのホテル近くのコンビニで朝食のパンとミネラルウォーターを買うだけだったはずが、気付けば土産物を両手いっぱいに抱えていた。
ホテルに戻り、買ったクッキーの賞味期限があと数日だと気づいた瞬間、決断はあっさりと下された。

「じゃあ、帰るか」

私の逃避行は、あっけなく幕を閉じたのだ。


***
空港を後にして、私はそのままバーへ直行した。
扉を開けると、カウンターにはルイとカイの姿があった。

「ちょっと! どこ行ってたのよー!」

ルイが目を輝かせながら、満面の笑みで迎えてくれる。

「スラマ・マラン」

そう挨拶を返しながら、私はカイにそっと鬼のお面をかぶせた。

「…なんだよ、これ」

困惑しつつも、お面の奥でカイが微かに笑っているのがわかった。その表情がなんとなくおかしくて、思わず吹き出してしまう。

「はい、バリのお土産!」

スーツケースをその場で広げ、二人にお土産を手渡す。

ルイは鬼のお面をかぶったカイの姿を写真に収めようと必死だが、カイはそれを阻止するように素早く動いてブレさせようとしている。

「ちょっと~、カイちゃーん!そんな動いたら、その鬼、ほんとに怖いから~!」

こうして誰かと笑い合える時間も、悪くない――ふと、そんなことを思った。

二人のやり取りをぼんやり眺めていた時――カウンターの上から微かな震動音が聞こえた。
ちらりとカイのスマートフォンの画面を見ると、ポップアップ通知が目に入る。

「レンカレ依頼…」

――まだレンタル彼氏のバイト続けてたんだ。



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