だからこそ、この季節は忘れられない【12】#創作大賞2025 #恋愛小説部門
第4話 夏:ひまわりの中で③
***
(現在・カイ視点)
いまだに俺のスマホの待ち受け画面は、あの夏の日にリコと訪れたひまわり畑だ。太陽に向かって真っすぐに伸びる、無数のひまわりたち。あの日、ひまわりを見ながら、こう思った。
「この関係がどう変わっても、ひまわりのように静かに見守り続けられたらいい」と。
でも――俺は、そういられなかった。
リコの書いた小説には、ひまわり畑のエピソードは、ほんの数行でさらりと書かれているだけだった。
俺たちの関係を“セフレ”というほど、大袈裟なものではなく、“友達に毛が生えただけの関係”という言葉を挟みたいだけの…。
その描写のあまりのあっさりさに、俺は少し残念に思った。
だって、俺にとっては重要な日で…
もう自分の気持ちに気づかないふりはできないと思った瞬間だったから。
***
(5年前・カイ視点)
風に押し出されるようにして、俺たちはひまわり畑の中へと足を踏み入れた。
目の前に広がるのは、まるで太陽そのものが地上に咲いたかのような光景だった。
無数のひまわりが、空を見上げるように咲き誇っている。
真夏の空気を押し返すような熱と光。まぶしすぎて、まるで現実じゃないみたいだった。
俺は思わず足を止めた。
花を見て、ここまで心を動かされるなんて、自分でもちょっと意外だった。
「なあ、一枚だけ」
スマホを取り出して、隣にいるリコに向ける。案の定、彼女はすぐに顔を背けた。
「やだ、あとで見返すとか無理」
「見返すの俺だけだし?」
「…それはそれで恥ずかしいってば」
「減るもんじゃねーだろ。ちょっとだけ」
「ちょっともダメ!」
そう言いながらも、完全には逃げずに斜め後ろで立ち止まるリコ。絶妙なタイミングでシャッターを切った。
画面には、ひまわりの海を背景に、顔をそらした彼女。
ピントが少し甘くて、ぶれているのはリコだけ。
でも――笑っていた。
「……急にどうして、ひまわりだった?」
撮った写真を見ながら、つい口にしていた。
「んー、ひまわり見ると元気が出るなーって言ってた人がいて…。でも、私はちょっと圧感じで怖いんだけどさ…」
そう言って、リコは一本一本の花を順にたどるように見つめていた。
その視線には、どこか寂しさが混じっていて――まるで誰かのことを思い出しているような横顔だった。
俺はその横顔から目が離せなかった。
彼女の視線の先に俺がいなくてもいい。でも、せめて…こうして隣に立てるなら、それでいい。
「リコ、元気ないのかよ?」
「私じゃないし…。というか、今日、何の日か忘れてない?」
突然の問いに、一瞬固まる。
スマホの表示を見る。8月7日――
「……あ、俺の誕生日」
「だめじゃん…」
苦笑するリコに、俺はふと疑問を投げかける。
「…何で知ってるんだっけ?」
「学生証、前に見せてもらったじゃん?ほら、初めて会った日。未成年かどうか確認したとき」
「ああ…」
「すごくない?私、誕生日とか覚えられないのに、カイのだけは忘れなかった」
「…なんで?」
期待しちゃいけないと思いながらも、口から出てしまう。
「さて、なんででしょう?当ててみ?当たったら、ご褒美あげるよ?」
「…」
「ぶっぶー!時間切れ!」
「いや、早すぎだろ」
「だって、考えるほどのことじゃないもん。花の日、だから」
「花…?」
「そう、8月7日。“はな”の日。いいよね、花の日に生まれた男って感じで。イケメンで、誕生日まで美しいなんてズルいって思った」
軽く笑いながらも、その表情はどこか沈んで見えた。
「……カイ誕生日だから来てみたってのもあるけど、本当はちょっと心配してた。カイ、最近、元気なかったから」
「え?」
「大丈夫?…もしかして、この関係、…イヤになった?」
唐突な言葉に、返事ができなかった。まさか、そんなふうに思ってたなんて。
ふざけた口調で始まった会話は、いつの間にかリコのまっすぐな目に貫かれていた。俺の変化に気づいて、元気づけたくて――この場所に連れてきてくれた?
その事実に、心臓が跳ねる。
何か言わなきゃと思った。でも、言葉が出てこなかった。
沈黙の中、リコが真剣な表情で覗き込んでくる。
この距離、この顔。この目。
気づけば俺は、彼女の唇に引き寄せられていた――
…けれど、その寸前で、はっと我に返り、そっと軌道を変える。
そして、彼女の額に静かに唇を落とした。
「ちょっと…」
驚いたように額を押さえるリコ。
その仕草が可愛すぎて、俺はもう笑うしかなかった。
「いいじゃん。誕生日だし」
むすっとした表情のまま、でも頬がほんのり赤く染まってる。ふいに目をそらしたその顔を見て、思った。
――ああ、もう、好きだ。
これ以上、ごまかすことなんてできない。
この夏、この笑顔、この人――
全部、俺の心を埋め尽くしていた。
「あー、元気もらったぁ」
