だからこそ、この季節は忘れられない【14】#創作大賞2025 #恋愛小説部門
第5話 秋:触れたいのに届かない①
(小説:すれ違う季節)抜粋
「あんたが、呼んでもないのに、わざわざ顔出すなんて、珍しいじゃない?」
浮田先輩が、眉をひそめて私を見ていた。疑いの目。まるでライオンが新しい餌に警戒している時みたいな。
「そ、そんなことないですよ…。悩みに悩んで、どうしようかなーって?」
彼女の推理通り…。浮田先輩に呼び出されることがなければ、基本的にここ、〇○出版のオフィスに訪れることはない。そりゃ、元職場。あまり居心地の良いものではない…。
「ふーーん?この前送ってきた原稿、あれで進めるってメールしてきたの、誰だっけ?」
「いやー、あれで本当に良かったかなー?って。ちょっと王道すぎる気もして?ほら、体調悪い先輩が、後輩イケメンが看病をして、胸キュン…って、ありがちじゃないですか?」
「それ、あんた自身の体験じゃなかったっけ?リアルに運命の出会いだって、鼻息荒く語ってたよね?それで、どうなったのよ。その“運命の人”とは」
――ああ、そうだった。
あの時はテンション上がりすぎて、舞い上がって、まさに少女漫画の展開に萌えてたわ…。今となっては黒歴史一直線。うん、うん忘れよう、もう。
「それがですね…。ソイツ既婚者でした!なので、不倫ネタ書く時はちゃんと取材しますってことで、名刺だけはしっかりもらっときました!」
「マジか、小林…。まさか!ヤッた後に、知ったとか?」
「寝てませんって。未遂にも至ってません!完全にセーフです!私の勘、なかなか優秀なんで」
「すごいな小林…。でも、どうやって既婚者って見抜くのよ」
「そりゃですね~、まず指輪の跡?あと、ワイシャツのアイロンかかり具合。ハンカチのセンス、休日の“家族感”ある言動?ま、その他もろもろ、総合的に判定っすね」
「そのスキル、私にも分けて」
顔を近づけてマジな顔で私を見る浮田先輩…。
「って、先輩!完全アウトな?さては、気付かず不倫しちゃってた感じっすか?」
「…って、いいのよ過去の話なんだから!
でー?あんたがここに来た、本当の目的は?ごまかそうったって隠せないわよ」
「…ううう」
本当の目的。ついつい、思わず、来ちゃったんだよな…。
***
(昨夜)
バーのカウンター。
アイランドアイスティーをゆっくり口に運びながら、私はノートパソコンに向かっていた。後輩イケメンにときめく先輩…。そんな設定のセリフを打ち込みながらも、頭のどこかでは言い訳を探している。
――気にしない…。気にしない…。またすぐ来る。
そんな言い訳もルイの視線ひとつであっさり崩れる。
「ねえ、なんで、ここで仕事するのよ~!!??」
カウンター越しに、グラスを拭きながら、ルイがのぞき込むように聞いてきた。
「なっ…なんとなく?」
「ふーん??誰かさんを待ってるんじゃなくて~??」
「だ、誰かさん?」
ルイのイジリに気まずくなって、私はノートPCをパタンと閉じる。そして、グラスを持ち上げ一気に喉に流し込んだ。
「はあ~あ、カイちゃん、元気にしてるかしらー?」
ぽつりと漏らした言葉に、ぴくっと体が動く。
もう2週間ぐらいここには顔をだしていない。週に数回は訪れていたのに…。
――カイは大学生。学生業も忙しいんだろう…な?
でも、土、日はさすがに休みだろうし…。レンタル彼氏の仕事を辞めたせいで、金銭的なトラブルとか?
「最近来ないね…。なんかあったとか?」
「え?」
私の問に、逆にルイが驚いた顔を見せた。
「え?なに?」
「えええ??カイちゃんから聞いてないの?」
「なにを?」
「えええええ???はっ!」
ルイは両手で口を押え、しまったというような顔をした。
「ちょっと、なにそれ!意味深なのやめてよ。もう、いいから、今すぐ吐いちゃってー、楽になっちゃってー、さっ、はいはい、はいはい、はいどーぞ!」
「…。何、そのコール。やだわー。ここは、ホストクラブじゃないんだから!」
「もう!そうやって、話そらさないで!なに?」
「…もう。仕方ないわね…。
カイちゃん、インターンシップに行ってるのよ。大学3年生だしね。しかも○○出版に」
「…え、私がいた?○○出版?」
「そうそう。カメラマンのルイ様もお世話になった○○出版」
***
だから、私は今、○○出版にいる。ちゃっかり“偵察”という名目で。
「白状しますよ、浮田先輩。ウワサで聞いちゃいまして。インターンにイケメンが来てるって。で、ちょうど後輩イケメン執筆中ですから、ネタ集めも兼ねて偵察です」
浮田先輩は、あきれ顔で、それでも納得したように頷いた。
「そういや、うちの女子たちがキャーキャー騒いでるわよ。できれば文芸部に欲しかったけど」
「文芸部に、そんな予算あるわけないですね。残念っす」
「それなのよ!広告宣伝部なんて、2人もインターン入れてるんだから、もう腹立つわー」
――ふむ、広告宣伝部、か。
「じゃあ、ちらりと偵察してまいりやす」
私は先輩に軽く会釈をして、広告宣伝部のフロアへ向かう。
***
扉付近から中の様子を覗くと、人の出入りが激しく、まるで巣の中のアリのようだ。誰も私の存在なんて気にしちゃいない。文芸部のあの、穏やかな空気とはまるで別世界だ。
その中で、デスクに座る2人の姿…。
――カイだ。見つけた!
その隣に、同じインターンと思しき女の子。清潔感があって、しっかりしていそうなタイプ。
――笑ってる。しかも…あの子と。なんか、すごく楽しそうだし、フレッシュ―!
思わず、胸の奥がチクッとした、その瞬間。
突然、パーカーのフードが後ろから引っ張られた。
「ぎゃっ!」
出てしまった声の大きさ…。カイに気づかれる!とっさに口もとを手で押さえた。
「リコピん!俺に会いにわざわざ来たのか~!うれしいぞ~!」
でかい声に、でかい体。そして、リコピんと呼ぶ男――
「梶っ!離せー!」
「照れるなって。ほら、コーヒー奢るから」
そう言って、私はずるずると引きずられ、たどり着いたのは――喫煙所。
梶は片手にコーヒー、もう片手にタバコ。私も、自然と右手に火をつけた。
「懐かしーなー。こうやって、ここでよく愚痴ってたな。リコピん」
「梶にポジティブ洗脳かけられたっけ?」
懐かしい。
同期でタバコを吸うのは、私と梶くらいで。よく私が不満をぶちまけて、梶が“ポジティブ変換マシーン”になっていた。
まあ、私がポジティブになった試しはないけど。梶は、見てわかるように、とにかく熱い男なのだ。
「浮田先輩のとこか?」
「そう、仕事もらってる。今もお世話になりっぱなしだよ」
「もう3年か…早いな。フリーはどうだ?」
「まあ、気楽に?きままに…?どうにかやってけてる」
「よし!じゃあ、飲みいくぞ!話足りねえ!」
「やだやだ、いいから!」
「そう言わずに。俺ともっと語りたいだろ~?」
「いやだってば!もう離れてよ!」
「そんなこと言って、まだまだ俺が足らないだろ?」
「やだってば!だって、梶。全力で飲んで、全力で酔って、全力で寝るじゃん!」
「当たり前だ」
なにが、当たり前だ!って堂々と…。何度重たい体を背負って、タクシーに乗り入れたことか。
「あとの処理するコッチに身にもなってよ!」
「いいだろ、そこが俺の愛嬌だ」
「馬鹿言うな」
「あ、そうだった…。だめだぁ。今日はインターン生と食事会だったわ」
「よかったー!」
「で、土曜日は暇か?」
「暇じゃないから!」
「いやいや、リコピんは暇なはずだ」
「勝手に決めないでよ!」
「いいのか?俺の実家でミカン狩りだぞ?」
「暇してます!行きます!行かせていただきます!」
***
私は、もう一度カイを見に行こうと喫煙所から戻ろうと思ったが、カイに気づかれるのを恐れ、そのままオフィスのフロアからエレベーターに乗った。名残惜しいような、そんな感情に胸がチクリとした。
外に出ると、秋の風がふっと吹き抜ける。髪が緩く揺れて、目を閉じると空気の匂いが変わっていた。夏の熱気とは違う、少し乾いた、でも澄んだ風。季節が変わる時、こんな風に少し切ない気持ちになるんだったっけ。
「リコ!」
背中から呼ばれて、私はハッとして振り返る。そこには息を切らしたカイがいる。
「…カイ?な、なんで」
「見かけたから。急いで追いかけてきた」
息を整え、私を真っすぐ見てくるカイ。
たった2週間で、この変わりよう。ジャケットを着たカイは、いつも見るカイとはまた違う。少しだけ大人な顔をしている。
ふと、梶の顔が思い浮かぶ。アイツのことだ、インターン生がさぼったと知れたら、熱くて長い説法地獄が待ち受けているはずだ…。
「インターン中にサボったら、梶が怒るよ。早く戻りな」
「インターンって、なんで知って…」
――やば。…つい、口がすべった。
「あー…その、たまたま?ここ私の取引先だし?なんか、噂でインターンにイケメンが来てるって聞いて、もしかしてって…」
苦しい言い訳。バレバレすぎる…。
「…」
「…って、うそうそ。ルイから聞いた。ここでインターンしてるって。で、こっそり見に来た」
「なんで、見に?」
「…最近バーに来ないし、元気かなーって?」
「ふーん?」
カイのその目が、いつもよりちょっと、鋭くて意地悪なのに、優しい。ごまかすように、私はカバンを持ち直して言った。
「さ、戻んなよ!サボりがバレる前に」
「うん」
「頑張って、応援してる」
そう言いかけた時だった。
「…頑張れない。ご褒美は?」
「え?ご褒美って…えーっと」
とっさにリュックを探る。飴か何か入ってなかったかな――と思った瞬間。
すっと、カイの体温が近づく。カイの匂い。包み込まれるような腕。
「え…っ!」
気付けば、ぎゅっと抱きしめられていた。
「…ありがとう、来てくれて」
小さく、耳もとで、囁くように言われたその一言で、心臓が、ズキンと音を立てて跳ねた。不意打ち。ずるい。反則過ぎる。
「元気出た。これで頑張れる」
――やばい、これ、ほんとに心臓が…
なんか、痛すぎて。私…死ぬのか?
「ペン?」
ふと、私の手もとを見たカイが、首をかしげる。
私は、カイの胸ポケットからボールペンを抜き、自分の愛用ペンを代わりに差し込んだ。
「私のボールペンを貸してあげよう」
「…」
「苦楽を共にしてきた私の大切なボールペンだから。力が湧いてくるはず!絶対返してよ」
「…うん、頑張ってくる」
カイは軽く笑って、ビルの中へと戻っていった。
その背中を、しばらく見送っていた。
――可愛い顔するのも、ずるいんだってば。はあ、困ったな。
