阿世賀浩一郎の師弟・交友関係、研修歴、完全公開!!
↑ フォーカシング技法の創始者、ジェンドリンと直弟子の池見陽


【私の推し/一番直接お会いしてみたい人たち】:
YOASOBI(Ayase/ikura)

※太字は私がその先生に直接学んで身につけた技法や体験
【 恩師】:
〇村瀬孝雄(東京大学教授 日本心理臨床学会理事長)
※伊東博、友田不二男、佐治守男、村山正治と並ぶ、
日本の来談者中心カウンセリング界の5巨頭の一人
ロジャーズとその共同研究者のジェンドリン自身の元で学ぶ
日本初の精神科病院心理臨床職
中井久夫の盟友
・・・ロールシャハテストも直接学ぶ。
〇村瀬嘉代子(村瀬孝雄の妻 大正大学名誉教授
日本公認心理師研修センター所長)
「日本のカウンセリング界におけるアマテラスオオミカミ」
日本初の精神科病院心理臨床職
※精神科医、中井久夫とはソウルメイトの関係にあった。
・・・統合的心理療法を直接学ぶ。
手紙や電話でいろいろ悩みを相談に乗っていただく。
やりたいことではなく、やれることをやりなさい。

〇上山碩(法政大学名誉教授 障害児心理学)
・・・基礎心理学全般を学ぶ。
私の心理学非常勤講師としての教え方の手本だった。
私に重度知的障碍者施設、「八王子福祉園」での勤務体験を紹介。
〇アン・ワイザー・コーネル(世界で一番著名なフォーカシング・トレーナー)
「海外の恩師」
"You are my Frend.I miss You!"
「地球の反対側でも同じことを考えつくものなのね」
〇白岩紘子(臨床心理士 東京フォーカシング研究会)
友田不二男·都留春夫門下
日本のフォーカシング界の長老のひとり。
フォーカシングをボディーワークに生かす
唯識とフォーカシングについての研究
・・・・私を一番応援してくださっている「女性の」先達。
〇山口隆(日本大学付属板橋病院)
精神科医
日本芸術療法学会会長
中井久夫の盟友
私の同病院における初診陪席等の研修、看護助手としての勤務を斡旋。
〇島悟(慶應義塾大学医学部精神神経科学教室 産業精神科医)
・・・明治学院大学学生相談センターと保健管理センターで横の連携。
私の元妻が妄想型統合失調症になった時の相談相手でもある。
【最後までお会いできなかった、心の師】:
〇中井久夫(神戸大学病院 精神科医)
※世界の精神科医の頂点に立つ、空前絶後の天才。
村瀬嘉代子とはソウルメイトの関係にあった。

〇カール・グスタフ・ユング
・・・このお二人の著作からの私への影響は圧倒的。
【職場の上司】:
〇佐治守男(東京大学名誉教授)
(株)日本・精神技術研究所心理臨床センター 所長
「カウンセリングの神様」
日本における来談者中心療法(ロジャーズ派)のレジェンド。
日本初の精神科病院心理臨床職
いつもパイプをくわえている、豪放磊落な巨匠。
・・・私に唯一厳しく𠮟りつけて下さった先生。

お前、まだ一度もバイトしたことないだろ?
私は先生の死の直前に最後に言葉を交わした人物。
同研究所は、内田クレベリンテストの元締め。
【私を研修会で指導して下さった諸先生】:
〇河合隼雄(京都大学教授 文化庁長官)
※日本におけるユング派国際資格取得第1号
・・・箱庭療法を直接学ぶ

喪服の(村瀬)嘉代子先生を見ていると惚れ惚れするよ。
嘉代子先生って、ホントにいいオンナだねえ
〇ジャネット・クライン(フォーカシング・トレーナー)
インタラクティブ・フォーカシング共同草案者
宗教的な人物とのフォーカシングの開拓者

〇メアリ・マクガイア(フォーカシング・トレーナー)
インタラクティブ・フォーカシング共同草案者
深刻な抑うつ状態にあるクライエントとの心理療法的なフォーカシング の開拓者
〇ケビン・マケべニュ(フォーカシング・トレーナー)
(アレクサンダーテクニークとフォーカシングの融合である「ホールボディ・フォーカシング」発案者)
・・・セミナーで学ぶ。

〇ユージン・ジェンドリン
(来談者中心療法の創始者、カール·ロジャーズの共同研究者)
フォーカシング技法の創案者
閉鎖病棟における統合失調症患者とのカウンセリングで著しい業績をあげる
体験過程理論を経て、「プロセスモデル」の哲学者となる。
・・・夢フォーカシングを直接学ぶ


〇メアリー・ヘンドリックス・ジェンドリン
ジェンドリン夫人。
長らくThe International Focusing Institute代表を務めた。
・・・体験的応答を直接学ぶ

〇ナタリー・ロジャーズ(カール・ロジャーズの娘 プレイセラピー)

〇岡昌之(東京大学駒場学生相談室 日本の大学学生相談の重鎮)
佐治守男門下
・・・私のケーススーパーバイザー。
〇前田重治(九州大学名誉教授 九州大学病院精神科医師 精神分析家)
・・・セミナーでフロイト派精神分析を学ぶ。
〇増井武士(九州大学名誉教授 八幡病院)
精神科医。
神田橋條治の高弟。
奥様の妹が田嶌誠一の妻。
※中井久夫亡き後の、日本の精神医学界における新たなカリスマ
フォーカシング関係者とは一線を引き、ジェンドリンの体験過程理論の欠点を批判。
「心の整理法」を発案。
・・・私が最初に心ひかれた「フォーカシング関係者」。
その後も個人的にもいろいろ相談に乗っていただく。

関東は、頭の大きい人たちが多いからねえ。
しばらくじっくり休んだらどうだい?
〇成瀬悟策(九州大学名誉教授)
※臨床心理士登録番号1番
・・・臨床動作法を直接学ぶ
〇下田節夫(神奈川大学教授)
佐治守男門下
・・・東大大学院の先輩。
学生相談室カウンセラーとしての先輩でもあった。
私に非構成的エンカウンターグループのファシリテーターとしてのスキルを伝授する。

〇倉戸ヨシヤ(関西大学名誉教授)
※日本のゲシュタルト療法のレジェンド
・・・ゲシュタルト療法を直接学ぶ
〇児島達美(長崎純心大学教授)
※日本のブリーフサイコセラピーのレジェンド
・・・ブリーフサイコセラピーを直接学ぶ。
私を非常に買ってくださった先生。

〇神田橋條治(伊敷病院 精神科医)
※日本の現場精神医療の領域でのカリスマ
・・・セミナーで学ぶ。
私の共著に学会誌で推薦文を書いてくださる。

〇山上敏子(肥前病院 精神科医)
※日本の行動療法のレジェンド
・・・行動療法をセミナーで学ぶ。

〇平木紀子(立教大学教授)
・・・アサーショントレーニングを直接学ぶ。

〇伊藤絵美(独立開業)
※日本の認知行動療法のレジェンド
・・・認知行動療法(第2世代)をセミナーで学ぶ。
クライエントのケースで連携。
SNSで は「鉄ちゃん」友達。

【兄貴分】:
〇田嶌誠一(九州大学名誉教授)
成瀬悟策の直弟子
中井久夫と深い交流
奥様が増井武士の妹
壺イメージ療法、
児童養護施設内での暴力を解決するための「安全委員会」方式を発案、現在も普及のため全国を飛び回っている。
・・・私をお若い頃から、フォーカシングの現場臨床適用の日本の最先端とみなし、応援し続けて下さっている。
私が日頃、一番打ち解けて身の上相談する相手。

〇岡村達也(専修大学教授 今や日本のロジャーズ派の重鎮)
佐治守男門下
東大大学院で私を玩具にし続けた先輩。
しかし私に幾つもの非常勤講師の口を紹介して下さった。
私が結婚すると伝えると、
「それって人間?」
と疑い、
ムカついた私が手帳から超美人の婚約者の写真を差し出すと、
「・・・・神様は理不尽だ・・・」

〇伊藤研一(学習院大学教授)
佐治守男門下
・・・東大大学院の先輩。
私がフォーカシングを教えた。
その後、精神分析的対象関係論、特にビオンのα言語とβ言語の関係がフォーカシングに似ていると提起。
「治療者の逆転移の活用」という脈絡で臨床的共同研究を進め、共著を出す。
精神分析家、成田善弘先生とのコネクションを作り対談実現。
後述の精神分析家で精神科医、ビオンの権威の松木邦弘先生(福間病院)をコメンテーターとする、日本臨床心理学会での連名口頭発表にこぎつける。
元妻の妄想型統合失調症発症をはじめて打ち明けた相手。
ネット上では浜崎あゆみ推しの同志だった。
〇飯長喜一郎(お茶の水大学名誉教授 今や日本のロジャーズ派の重鎮)
佐治守男門下
・・・東大大学院時代、私に何かと気をかけて下さった。
今も私を影ながら応援して下さっている。

【東京大学大学院の先輩】:
〇下山晴彦(東京大学大学院教授)
※現行臨床心理士制度設立の立役者
佐治守男門下
・・・あまり接触はなかったが、佐治守男先生時代のバンカラな雰囲気がまだ抜けていなかった東京大学心理教育相談室内部では少し浮いていた存在だったと思う。
指定校制度で生まれ変わった東大大学院に赴任した後、心理教育相談室内部の雰囲気は一変、恐怖の美女集団となった。

【私の弟子】:
〇田中秀男(関西大学常勤講師)
フォーカシング・トレーナーとしての国際資格を持つ。
ジェンドリン哲学に対するデュルタイ哲学の影響を考察し、それをジェンドリン自身に直接問いただすために渡米、「その通り」と受け止められてからは、晩年のジェンドリンとの交流を続ける。
先述のテーマの諸論文等の業績で日本人間性心理学会奨励賞受賞。
・・・彼は私がネットで自分の「弟子」だと公言すると「削除」を求めてくる(もちろん私は応じる〔この記事に関しては絶対削除に応じるつもりはない〕)。
彼は…私のあまりにも近くにい過ぎた。そのため私の天才肌の側面に巻き込まれてしまい、一時期うつ病になって苦しんだことを私は理解しているつもりである。
しかし、彼が関西大学の研究室に入り、後述のジェンドリンの直弟子、池見陽氏に教えを乞うようになり、更に学会奨励賞を受賞した後、学会大会で池見先生に私が「彼にフォーカシングを最初に指導したのは私です」と告げると、池見氏は怪訝な表情をした。
彼は池見先生にすらその事実を伝えていなかったのだ。
彼は私にフォーカシングを学んでいる時点で、デュルタイ哲学にジェンドリンは影響を受けているのではないか?という仮説を私に最初に口にしていたのであるが。
田中氏は明らかに「育ての父親殺し=エディプス・コンプレックス」にはまっているのであるが、私は自分が「生き残る」ことでそれをいさめていくしかない。
「私の書き込みは削除していい。でも僕自身は削除できないから」が最後のレス。

〇上村英生(北海道新聞論説委員 フォーカシングトレーナー国際資格保持。札幌フォーカシング・プロジェクト主宰)
・・・東京勤務時代に(株)日本・精神技術研究所内で私にかなり長期に渡って私に「フォーカシング個別指導」という形で学ぶ。
今や日本のフォーカシング界の長老のひとり。
私を「スター」(本人の言)として尊敬して下さる長年の間柄ではあるが、最近の私のあまりにマルチでベンチャーな活動の拡大を心配し、忠告してくれてもいる貴重な人物である。

〇藤嶽大安(三重県四日市市の山奥の浄土真宗の名刹の僧侶であると同時に、私立高校教師にして、生徒、そのご家族との相談担当カウンセラー)
四日市で開催される月1回の少人数でのフォーカシングの勉強会に私を講師として有料で招聘することを10年以上続けた。
・・・しかし、恐らく彼を私の「弟子」と呼ぶことはたいへんに失礼であり、彼が創案した「藤嶽法」という独創的な、小さなカードに書いた描画を2名以上の参加者がやりとりしながら対話するグループ技法の進展のサポートをしたというべきであろう。
彼らとは何回も共同研究者として日本人間性心理学会で共同発表してきた。
〇私の直接の弟子ではないが、私が学会での個人口頭発表を聞いてフロアから大絶賛、学会誌査読論文にするようにと勧め、その後当時神戸女学院大学にあった池見陽研究室で重用され、カナダに留学、ケビン・マケべニュのもとで、彼の創案した「ホールボディフォーカシング」を身に着けた、バイリンガルの優秀な女性フォーカシング研究者・トレーナー(現在も神戸女学院大学勤務)が、土井昌子さんである。

【ライバル、というより、私を世界で一番恐れている人物。ひょっとすると一種の同姓愛関係?】:
〇池見陽(関西大学大学院名誉教授)
※日本のカウンセリング界のプリンス
日本の心療内科の礎を築いた九州大学の池見酉次郎氏の甥にして、シカゴ大学でジェンドリンに学んだ「直弟子」。
・・・後述する氏の長い彷徨の末、チベットに長く滞在して、僧に教えを乞うなどして編み出した"Asian Focusing Therapy"の功績で、アメリカ人間性心理学会ゴールドメダルの栄光に包まれるまでの旅路は過酷なものだったと思われる。
・・・神戸のアメリカンスクールで育ったバイリンガル、若い頃は皇族とも見間違う貴族的な美貌。かなり浮名を流し、彼の研究室の女性院生は、才色兼備の美女集団となり、彼が趣味でステージに上がるジャズ・トランペットを院生たちは恍惚としたまなざしで見上げる。
・・・もちろん彼は院生に手を出すことなど決してないわけだが、女性院生の間には、あの女子校特有の、同性愛的とも言える繊細な「ガール・フレンズ」世界が形成される一方、美男子でインテリでナルシストのところがある「男性教師」をめぐっては、水面下の熾烈な権力闘争が続いていた・・・
その、少女漫画を絵に描いたようなリアルワールドの舞台が、当時の神戸女学院大学池見研究室であった。
・・・池見先生が院生たちと私たちと共に連れ出す夜のバーはおしゃれだが、料金は高かった。
しかし、池見先生は名誉欲におぼれて自惚れるにはあまりに繊細であり、自分の弱さと欠点にまっすぐ目を向けて悩んでしまうお方なのであった・・・
・・・フォーカシング技法を「単一技法体系(池見氏による言葉)」として現場臨床に持ち込むことの難しさに、帰国して産業医科大学の現場に出てすぐに直面し、その壁をどう克服するかに、ご自身なりにうねうねといろいろな試みをする彷徨の旅を続けてきたお方である。
・・・その、最初からトレーニングを受けて技法として身に着けるモチベーションのない一般クライエントに対して「単一技法体系」としてのフォーカシングをそのままでは現場臨床のカウンセリングに持ち込めない」というジレンマは、現場に出て、それでも現場臨床適用の最先端を「関東で」ひとり切り開いていた私にとって、全く共感できる問題意識であり、ここに、直弟子の池見氏と、どこの馬の骨ともわからなかった「土俗的な」私が、根っこのところで共有できている、ふたりだけの「絆」のようなものがある気がする。
君の存在について、はじめて、君の恩師の(村瀬)孝雄先生から紹介された時に言われたんだよ。
「天才が現れた」
ってね。
・・・確かに阿世賀は池見としか、池見は阿世賀としか語らえない不思議な世界を今も持っているのだ。
・・・しかしそれば、お互いに敬意を払いつつも、同時に非常に緊張感をはらんだライバル関係であり、学会で逢う時には、二人の繊細な側面の"love affair"そのものとなる。
・・・いつも会場の喫煙所で、まるで示し合わせたかのように出食わし、「よ!何か面白い発表あった?」と池見氏の方から口火を切るのが「ルーティーン化」している。
*****
まるで小説のような文章になった。
私って、その気になれば、こういう、意外な方面での文才もあるのだな。
池見先生自身小説も出版しており、池見ファンの女性業界人の間ではよく読まれている。
その一方の私の方が、徐々におたく的でなくなり、いつの間にか女性にもてて買い手市場状態になり、フィットネスジムやバッティングセンターで身体を鍛え、短期就労の警備のダブルバイトで、確定申告直前期間の、税務署の広い駐車場を、空車になったスペースを見つけては、無線で駐車場入り口の関門にいる他の警備員に「奥のレーン3台空きました」と無線で伝えては3台入線させるということを30分休憩で果てしなく繰り替えず激務に、まったく平然としている、私の脚力を生み出した。
・・・まるで10年先に老いていき、かつての美貌にしわが刻まれた池見が、若い頃の池見が、私に乗り移り始めたのだ。
・・・そして今や私はビアノのレッスンを再開し、自分が曲とシナリオを描く長編アニメの実現こそが生涯最後の本当の夢だ。
・・・単科精神大病院の常勤になれば、音楽療法は当然のようになされている空間である。そこのかなり大きな部屋のスクリーンに映像を映しながら、細田監督や新海監督、いや、宮崎監督を招聘して映画を上映し、トークショーを開き、深層心理的な観点から少しずつ質問し、監督なりの、異論を含めた答えを受け止める
・・・そこに声優さん自身の主題歌の歌。ピアノは誰が伴奏するのだろうね?・・・
・・・これが徐々にリアルに近づいていると、思えてならない。
池見先生、老いないで!!!
そうでないと、ふたりは、わが筑後の産んだ萩尾望都の、「半神」みたいな関係になってしまうよ・・・
******
ここまで書いたら、他の関係者のことを、この後書き連ねて列挙する気力がもうなくなった。
・・・なぜ、池見先生へのラブレターになってしまったんだ。
やはり、池見先生というライバルがいるから、私の中に、汲み尽くされることのない、泉のようなクリエイティヴィティ(臨床専門家としても)が湧き続けているのだと、よくわかった。
***
なお、私は一度池見氏のAsian Focusing Therapyの実演に接しただけだが、そこで披露されたワークについては、ほぼ再演できると思う。
彼より明らかに劣っていたのは体験過程尺度についての理解であり、これを、詳しくは第2回でご紹介する、私の同期、福岡大学の田村隆一氏(この人と私の関係性、というか、彼の私への態度の猫の目のような変遷は私小説として無茶面白いネタだが、次回、乞うご期待!)と2人で私に施してくれた実習には、心から感謝している。
