「好きな」ことと、「やれる」こと:YOASOBIの「群青」に寄せて
ご多聞に漏れず、アニメ「推しの子」を観て、OPの「アイドル」という「超名曲」に魅惑されて、それからやっとYOASOBIのファンになったに過ぎない、典型的な後発組ですが。
サブスクのYOASOBIプレイリストでYOASOBIの全曲をヘビーローテーションで流しまくる毎日になったわけですが、あるひとつの曲が、明らかに他の曲と異質であり、サビのメロディの流れと歌詞が、いやに耳に残る、中毒性があることに気づいた。
好きな ものを 好きだ と言う
怖くて 仕方ないけど
ほんとうの 自分に 出会えた 気がしたんだ
Bサビに至っては、合唱?
ゴスペルかよ! 凝ってんな?!
知らず 知らず 隠してた
本当の声を 響かせてよ ほら
観ないフリ してしても
確かにそこにある
ソロのikuraは続ける:
嗚呼
感じた ままに 描く
自分で 選んだ その色で
眠い 空気 纏う 朝に
訪れた 青い世界
好きな ことを 続ける こと
それは 楽しい ばかりじゃない
本当にできる(かどうか)
不安に なるけれど
嗚呼
何回でも
ほら
何枚でも
自信がないから 描き続けて来たんだよ
嗚呼
何回でも
ほら
何回でも
積みあげて来たことが武器になる
周りを見たって
誰と比べたって
僕にしかできないことは 何だ
今でも 自信なんかない
それでも
嗚呼
すべてを 賭けて 描く
自分にしか 出せない 色で
朝も 夜も 走り 続け
見つけ 出した 青い光
好きな ものと
向き合う こと
今だって 怖い ことだけど
大丈夫 行こう
あとは 楽しむだけだ
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・・・今、
YOASOBIが大好きなつもりの私が、
はじめて、YOASOBI関連の記事エントリーで、
歌詞の転載に踏み切ったわけだけれども、
涙が
こぼれできた。
Ayaseさんヨ、
どうしてこんな、
自分の選んだ道を孤独に歩む決心をして
ほんとうは自信がないんだけど、
今日も 今日も
自分の信じる「一筆」を
ふるってみて
それを
誰もすぐに認めてくれなくても
それでも
諦めることなく
一枚 一枚
描かずにいられなくなる
「創作者(クリエイター)」というものの
一番エグい琴線に触れてしまった歌詞なんか
書けるんだよ。
それを、
ikuraちゃんの
可憐な声が
最大限の効果を上げる
繊細な歌いまわしの
忘れられないメロディラインに
載せるんだ!
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この曲が、実は、YOASOBIの、知られている曲の中では、再生数では控えめではあるものの、実はYOASOBIファンの中で、特別に愛されているばかりか、「アイドル」を知らない層のJpopのファンにすら、静かなブームであり続けている、いわば「能動視聴者層」が分厚い、隠れた名曲であるということにも気がつく。
そして、PVの映像が、名作であるということにも。
たとえ、
隕石が地球に衝突する
地球最後の日であろうと
私は
傷んだ足を労わりながらも
自分の選んだバレエの道で
踊り続ける。
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曲の信じられないほどの起伏ある構成と、歌詞を、
この星に 生まれたこと
この世界で 生き続けること
その全てを 愛せるように
目いっぱいの 嗚呼 祝福を君に
という圧倒的なメッセージで締めくくる、「ガンダム水星の魔女」のテーマソング、「祝福」の方が、YOASOBIの曲の中では、総合的には一番好きな、凄い曲だと思っていたりはするんですけどね。
でも、
やはり、「群青」は、
私の心の痒いところに寄り添ってくれる
人生最大の
応援歌のひとつ
(もうひとつは、中島みゆきの"Maybe"。
「何でもないわ」、「私は大丈夫」なフリをすることを繰り返してきた、 「パウダールームの自己暗示」男ですから)
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うーん、
これまでYOASOBIのYouTube動画へのリンクはこのnoteのエントリーで数限りなく張ってきたが、実は特定の曲への思い入れのエッセイを、ひとつのエントリー使って書く衝動になんとなくかられて、実際に書いてみたのはじめてだけど、
あかん、
地獄の窯のふたを開けた。
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私の、自分が心理カウンセリング業界で超良血児、リアル競馬における「アーモンドアイ」に外ならないことを平然と披露する、プロフィールからリンク張ってる恐怖の開き直りエントリー記事、
で、エピソードとして披露していますが、恩師村瀬孝雄の奥様、先年亡くなった、日本公認心理師研修センター所長が最後の公職だった村瀬嘉代子先生には、最後の砦として直接ご相談する間柄ではありました。
関東での開業に完全に行き詰まり、長年住んでいた関東から、立派なオーディオ装置や山のような書籍、CD,DVD等放置したまま、ダンボール数箱を先に宅急便で送り、あとは文字通りの「夜逃げ」で久留米に逃げ帰り(当然その後、自己破産)、真っ先に電話かけてご相談したのが、嘉代子先生だったんですよ。
先生のコネで、九州での勤め先ないか?という、何とも甘い期待があったわけですが(もちろんそういうことを直接言葉に出して嘉代子先生にあからさまに依頼したわけではありません。わたしはそこまで厚顔無恥ではない)、これまでの苦境の経過をある程度途中まで伝えた時点で、嘉代子先生は、
「うーん、どうしましょうかね?」
こっちのコネ頼みの意図なんて、壮絶なまでに「日本的」な「察しの良さ」のアンテナを持つ嘉代子先生には「電波で伝わって」いたわけです。
嘉代子先生は、30秒くらい沈黙されました。
そして、意を決したように、一言。
やりたいことではなくて、
やれることをやりなさい。
これは、厳しいことを言われてしまった、
・・・と、まずはたじろきましたよ。
でも、私はそれを、
「置かれたところで咲きなさい」
という、ありきたりの、「現実を受容し、足を地につけなさい」というメッセージとは、何かどこか違うニュアンスもこもってない?と直感したんです。
そう・・・・
「やれる」ことをやる、
ということを続けていたら、
いつか、
「やりたい」こと、
まさに
(YOASOBIが「群青」の歌詞で言う意味での)
「好きな」こと
で身を立てる道は、
必ず見つかるから。
嘉代子先生の「真のメッセ―ジ」はそっちだな・・・と。
これって、最高の「励まし」ではないか?!
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そう「察した」私は、
あっさりと、
「先生、どうもありがとうございました」
と、お礼の言葉を返して、
電話を切りました。
・・・どうです?
亡き嘉代子先生って、阿吽の呼吸での、「超日本的な」コミュニケーションをできないと、ほんとうの「生きた(活きた)やりとり」が成立しない、日本でも稀なセンスの臨床家であり、
恐らくこの点で「察しが鈍い」人が、嘉代子先生に教えを乞おうものなら、その「察しの悪さ」を、先生が日本社会で現場心理臨床志す後進に感じたら、突如「一刀両断」に嘉代子先生はその後進を切り捨てて来られた(要するに、「使い物にならない」とされてきた)のではないか?
だから、
嘉代子先生は、
「業界の『雪女』」
とか言われて、
恐れられ、警戒され、アンタッチャブルな危険人物ともされていていたわけですね。
まあ、私はその「雪女」の懐に飛び込むという、無謀な「挑戦」の試みに、最終的に「合格」のサインをもらえたわけですが。
よりによって、「ウマ娘の精神分析」を献呈した時に。

はがき一枚のお返事でしたが、
それまで何回も手紙で嘉代子先生にご相談繰り返した挙句、
実際にお返事いただいたことは、
なんと「ウマ娘」がはじめてだったわけで。
もちろん、
これからのご活躍をお祈り申し上げております。
だけですが。
それまでも何冊か献呈してきて、やっと「ウマ娘」で、コレいただけたから、意味あるんでしょ?
そういう、村瀬嘉代子先生、お墨付きの同人誌でございますのよ、「ウマ娘の精神分析」は。
確かに、今ンとこ、私の総合的「代表作」の自負、あります。
みなさん、嘘みたいだと思うかもしれないけど、この同人誌こそが、私の「現場臨床」での実力がどれくらいなのかの「凄み」(自分で言うな)がひしひしと伝わるはず、と自負しています。
