『スーパーの女』 今更レビュー|伊丹監督を偲ぶ午後十三時の映画祭⑨
映画監督としては遅咲きながら、『お葬式』の鮮烈デビューから『マルサの女』シリーズ等へと続き10本の優れたエンタメ作品を世に出し続けてきた伊丹十三監督。その発想から演出まで何もかもが新鮮に感じられ、楽しく、そして洒脱だった。
伊丹監督が早逝してから、もう30年近くになる。今の日本社会をみて監督だったら何を題材にしてどのように料理するのか、つい思いを巡らせてしまう。
そんな伊丹十三監督作品を、一気通貫に今更レビューしてみたい。(このページはAmazonアソシエイトの広告を含みます)
『スーパーの女』
公開:1996 年 監督:伊丹十三
時間:127分 製作国:日本
勝手に評点:★★★☆☆3.0

『ミンボーの女』以来の<〇〇の女>が久々に復活、しかも今回のテーマは誰もが身近な存在である食品スーパーとあって、ヒット作となる。
理想と信念に基づき、周囲に流されず正論で突っ走る女主人公を宮本信子が演じ、しかも旦那に先立たれシングルマザーという設定は、基本型である『マルサの女』を踏襲。
彼女と並んで伊丹作品では皆勤賞の津川雅彦は国税庁では上司だったが、今回は幼馴染で業績不振のスーパー正直屋の経営者となっている。
はじめは周囲に摩擦をおこし、敵ばかり作る女主人公が、最後にはみんなの信頼を勝ち得るストーリー展開ももはやお約束であり、もはや目新しさは失われつつあるが、その代わりに、『男はつらいよ』的な安心感・安定感が生まれてくるのは面白い。
冒頭、本作でいうスーパーは、ダイエーやイトーヨーカドーといった巨大資本のビッグスーパーとは別カテゴリーの、ローカルな食品スーパーだという前置きから入る。『空白』(𠮷田恵輔監督)で松坂桃李が店長をやっていたような、地元に根差したスーパーのことだ。
売り上げ不振の<正直屋>の近所に、価格破壊のスーパー<安売り大魔王>が進出してくる。がめつい経営者は、伊丹作品では悪役常連の伊東四朗。
<正直屋>の専務・小林五郎(津川雅彦)は、商品も売れず、店員も覇気がなく困り果てていたが、敵情視察中の店内で幼馴染の井上花子(宮本信子)と何十年ぶりに鉢合わせ。次々と<安売り大魔王>の欠点を指摘する花子を、五郎は自分の店に連れて意見を聞く。
「さっきのは悪いスーパー、ここはダメなスーパーだね」
五郎はスーパー好きである花子の鋭い視点を買って、花子を正直屋で雇う。花子は早速問題の解決に取りかかるが、プライドだけは高い職人たちの協力を得られず苦労する。
これまでのマルサやミンボーといったテーマは、一部の人びとを除けばまったく無縁の生活を送る人が大半だった。だが、スーパーは違う。誰にでも身近な存在であるだけに、興味津々な内容だ。
しかも参考文献としている「小説スーパーマーケット」の著者・安土敏は、サミットストアの当時の社長。その他、業界団体の全面協力もあり、なかなかに信ぴょう性のある内容となっていて面白い。
今では、こんなミエミエの偽装で主婦層を騙す手口は通用しないだろう。当時と違い、誰もが情報通になっているし、個々人の情報発信力がSNSのおかげで飛躍的に強まってしまったから。
素人には気づかない新たな裏技が横行していることはあるかもしれないが、少なくとも、本作に出てくるような手口は、だいぶ浄化されたように思う。
本作は〇〇の女シリーズではあり、主人公のキャラクターもそれを踏襲しているが、物語の構造的にはむしろ『タンポポ』に近い。
はじめは冴えない味だったラーメンの店から、苦労して改良を重ねていくことで、ついにはライバル店を出し抜く。思えば、あの映画でも、津川雅彦は食品スーパーの店長だった。あちらのゴローは山崎努だったけど。
『タンポポ』では、改良点は主に麺やスープといった商品そのものだったが、本作でメスを入れるのは、スーパー正直屋の中にいる身内の守旧派だ。

具体的には、精肉部(六平直政)と鮮魚部(高橋長英)という主力部門のチーフ、それに店長(矢野宣)。
この三名が抵抗勢力になって、「商売と屏風は、曲がらにゃ立たんのだ」と、鮮度や顧客目線など無視して悪しき習慣を死守している。
伊東四朗率いる安売り大魔王は序盤の登場以外は、正直屋の買収交渉や、社員の引き抜きくらいしか目立つシーンはなく、敵キャラの存在感としては尻すぼみとなるが、その役割をこの正直屋の内部の敵が担う形になる。

本来ならば、社内の体質改善を図り方向性を打ち出すのは経営者たる五郎の役目だが、「そんなことを強く言ったらみんな辞めちまうよ」と腰が引けている。
そんな中で、顧客満足度重視にひとり気を吐く花子の行動に、少しずつ共感するものが増えていく。青果部の三宅裕司、精肉部の柳沢慎吾、鮮魚部の伊集院光、レジの松本明子。
メンバー的には、映画と言うよりむしろバラエティ番組のようだが、こうして少しずつ店内の空気が変わっていく。

映画にはこれまでの作品傾向からは珍しく、五郎が花子を強引に誘ってホテルで一夜を共にするシーンがある。
どちらもやもめ暮らしだから、それもまたありなのだろうが、ベッドに入ったはいいが、それぞれ自分の身体の鮮度を気にして、結局うやむやになる展開がどこか物寂しい。ただ、これも終盤に向けての伏線になっている。
驚いたのは、仕入れた和牛肉の横流しがバレた精肉部チーフが、終盤に冷凍トラックで逃走し、そこに閉じこめられた花子を救うべく五郎がカーチェイスをしかけるシーンだ。
まずは、逃走車両を追ってくれと懇願する五郎を乗せるのが、通りすがりのトラック野郎、デコトラに佐藤蛾次郎だよ。そして、カーアクションには警察車両も参入し、これまでの伊丹作品とは明らかに異質な迫力。エンタメ度が増量だ。
結局最後はハッピーエンドなんだけど、それで正解。『マルサの女2』は終わり方がちょっと異例だったので、伊丹作品なのに観終わってもスッキリしなかった。本作にはそういう違和感はない。
①お葬式(1984)
②タンポポ(1985)
③マルサの女(1987)
④マルサの女2(1988)
⑤あげまん(1990)
⑥ミンボーの女(1992)
⑦大病人(1993)
⑧静かな生活(1995)
⑨スーパーの女(1996)
⑩マルタイの女(1997)
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