倒木の向こう
【記録◆2024年10月21日】
県境を越えて、昨年8月から行きたいとおもっていた『五光の瀧』へ。
他県といっても、和歌山県の北東端なので、奈良県南西部の隣です。
近いとはいえ、国道が整備されるまでは「秘境」と呼ばれていた場所。
山の反対側にはカーブミラーが連なり、ハンドルから手が離せません。
滝へ続く道はたいてい「県道のような国道」か「林道のような県道」で、「ガードレールがあるっ」と、声をあげることもしばしば。そういう道だと舗装の境目まで杉が立ち並んでいるため、実は高い柵が続いているも同然。
しかし、ここは国道なのに、川との間にガードレールが無いのでした。
二車線の区間も少なくて、対向車と感謝を伝え合う回数が多くなるため、進むほどに心は温まっていきます。
地図を印刷して、滝の水系が『丹生川(にゅうがわ)』と知ったときには驚きました。「和歌山に奈良とは別の丹生川がある」と知らなかったので。
奈良県の「丹生川」は、以下の記事内。
知らない女神が気になって、和歌山県の『丹生都比売神社』へ行ったのは今年初め。
「八房杉の臥龍(奈良県 宇陀市)」は、なぜ口が赤いのか?」という問いを持ったのは先々月。
杉の木肌がこういう色になるのは、ここだけだったから。

鉱石の「辰砂(シンシャ)=丹」が自分の知る古代史に織り込まれたのは先々月なのに、「丹生」は昨夏から、細い声で呼んでくれていたのでした。

◇◇五光の瀧◇◇
滝の水は国道を越えて、「丹生川」に流れ込んでいます。

視界は秘境のようですが、視点は国道のすぐ近く。
遊歩道が整備されていて、「二本杖で歩く車椅子ユーザー」でも、気楽に立ち寄れます。先に書いたとおり、ここまでの国道が「酷道」ですけれど。

磐座ではないのに、神の依り代であるように感じます。

すぐに滝が見えました。
快晴の日には水が輝くので、写真では判りづらくなります。
滝へ近づくため遊歩道を進んでいくと…………道が塞がっていました。
倒木が、編まれたように連なっています。
山のなかでは、倒木を越えて滝へ行くことが少なくないけれど、この関は越えられそうもありません。
それでも、「行ける所までは行こう」とおもいました。
引き返さずに進むと、坂の下から見上げたときは網のようだった倒木が、そこまで複雑に重なっていないと判ります。
ひとつずつなら越えていけるかも。
(注:限られた脚力を最大に活かすため、写真は帰り道で撮りました。)
「かみさま、護ってくださって、ありがとうございます」と唱え続けながら必要な動作を行います。「ご無礼を許してください」と唱えつつ。
草には謝り続けます。
「脚の自由が利かないため踏んでしまって、ごめんなさい。二本の杖先でも踏んでしまって、ごめんなさい」と。
引き替えに差し出せるのは、感謝の祈りと言祝ぎ。
それと、もしかしたら、わたし固有の微生物雲。

脚力だけで脚を上げられないときには、腕で脚を持ち上げます。
それは、日常生活の動作でも、無意識にしていること。
(踊るときも無意識に補助を入れるため、床を転がる振り付けから滑らかに立ち上がるのは、健常者より速いのです。転がる勢いを使えない日常では、両腕で二段グリップの杖にすがらないと立ち上がれないけれど。)

くぐるしかない所では、ジャズダンスの振り付けを使いました。
「90度のおじぎをするように頭を入れ、顔を上げていくとき背中を反らし、波のような滑らかな動きで上半身を前方に出す」という。
(ダンスの作品だと、波のような動きを止めずに体重を後方へ移します。)

倒れた高い樹の先端は谷に刺さっています。斜面の上のほうで幹は、根のすぐ上から折れ曲がっています。たぶん、落石が直撃したのでしょう。
倒れるとき他の木を折ったため、遊歩道に多くの枝が被さったのでした。
「落石は、野生動物が斜面で活動した跡」と、どこかに書かれていました。
滝へ続く道では、「熊出没注意」の看板を見かけます。この滝の入口にも張り紙がありました。熊の活動時間帯には行きませんが注意はしています。
近くには、「ニホンカモシカと出会ったら驚かせないで」という張り紙も(奈良県でも昨年、国道でニホンカモシカと目が合いました)。

遊歩道は左へ続いています。


滝壺に刺さっている倒木にも根がありません。
こちらも、落石で折れたのでしょうか。
先々週(7日)に行った『嶽神社』では、鎮守の杜が台風で壊滅したため桜が植樹されていました。風で1本だけ折れるとしたら枯れていたため?

滝壺の前は、落石で埋まったため狭いのか?






どういう理由からか、一定の間隔を置いて水量が増えるため、水の音にも変化があります。

流れる水が、樹の影を映します。


滝のそばの樹は、根が浮き上がっています。

豪雨の日に山から水が下ってくる所では、押し流されないよう周囲の樹と融合して耐えるのでしょうか。


再び倒木を越えて、国道に戻ります。

下流にも滝があり、上の写真はその落ち口。



大きな岩の手前から、遊歩道は始まっているのです。

奈良の丹生川と区別するため、こちらを『紀伊丹生川』と、奈良のほうを『大和丹生川』と呼ぶこともあるそうです。

この近くの地図だけで、『丹生神社』がふたつも見つかりました。
和歌山県にはたくさんあって、ほとんど御祭神は変更されていないよう。
『紀の川』の広い流れが、「歴史の流れ」を遮ってくれたのでしょう。
奈良でも、「丹生都比売」の名が残っているのは紀の川に近い所だけ。
『御手洗(みたらい)の瀧』と同名の滝も、奈良県にあります。
ひらがな表記ですが。
そちらの近くでは、出雲神族の女神の名が隠されています。
消すためではなく護るために……?
