【第16回】不登校支援のリアル③──別教室運営と私の誤算
第14回では、不登校支援の現場で支援者と教員がすれ違い、なかなか噛み合わない実情を描いた。続く第15回では、学校という組織文化そのものに焦点をあて、外部人材が活かされにくい構造的な背景を取り上げた。
14回の記事 【第14回】不登校支援のリアル
15回の記事 【第15回】不登校支援のリアル②
今回は、私が実際に経験した「別教室」での出来事を書いていきたい。良かれと思って柔軟な支援を取り入れた結果、意図せず学校内に“二つの基準”が生まれ、思わぬ混乱を引き起こしたのだ。これは私個人の経験だが、どの学校でも起こり得ることだと思う。
最初に入った別教室の印象
別教室は「教室に居られない生徒が一時的に休む場」あるいは「学校に来られていない子が教室に戻るまでのステップとして利用する場」。校内支援マニュアルを要約すると、そんな位置づけだった。
しかし、はじめて別教室に入ったときの印象は全く違った。
「なんて殺風景で、しかもやることなくてつまらない場所だろう」と思った。
机が10個ほど並び、奥にはパーテーションで区切られた小さな個室が二つ。あとは一般教室と同じで何もない。先生もほとんど来ない。授業も、基本的には同じ時間内に教室の授業をオンラインで受けるルールだった。担当教員はプリントを持ってきて「良かったらオンラインで見て一緒に勉強してね」とだけ言い、足早に出ていく。
不登校の生徒は学習の抜けが多い。それに、学習意欲があっても「自分は今どこが分かっていないのか、どこをどう勉強したらよいのか」がわからないことが一番きついと、不登校経験者からよく聞いていた。
それなのに渡されるのはプリントだけ。基本はオンライン授業。
実際、はじめのうちは私も観察だけしていたが、オンラインをつけて10分もすれば、生徒は机に伏せてしまっていた。そりゃそうだ、と私は思った。
学習をしない生徒に関しても、担任は「ここで休みな」と簡単に言う。しかし実際には、教室と同じルールに縛られて、持ち物も自由にならない。漫画以外の本なら持ち込むことができる。
私も精神的につらい時期を経験したからわかるが、そういったときに活字を読むのはかなりエネルギーをようする。結局は、一日中、ただ座ってチャイムを待つだけ。
私自身も一緒にそこにいると、これは休む場どころか「苦行」だと感じた。せいぜい絵を描くか、寝るくらいしかできない。こんな場所に生徒がわざわざ来るはずがない。そう思うと、生徒にも自分にも辛すぎて、「何とかしなくては」という気持ちになった。
少しずつ取り入れた試み
どうせ先生も来ないのだからと、私はフリースクールでやっていたことを少しずつ取り入れ始めた。まずはカードゲームを許可してもらい、みんなで楽しむ時間をつくった。
勉強のやり方も変えた。
「なぜオンラインでなくてはならないのか。せっかく個別対応できる環境にあるのに、オンライン限定にするのはもったいない」と思ったからだ。
実際にオンライン授業を一緒に受けてみると、そのきつさがよくわかった。
画質は悪く黒板の文字はにじんで見えにくい。映像はよく途切れ、角度によっては板書が隠れてしまう。音声も他の生徒の声にかき消され、肝心な部分が聞こえない。長時間画面を見続ければ頭も目も痛くなる。
これで学習意欲が湧くはずもなく、成果が出るとは到底思えなかった。
そこで、勉強したい気持ちがある生徒には、次のように聞いた。
「今は勉強したいか?」「どの教科をやりたいか?」「進学はどう考えているか?」
その上で、一人ひとりに合わせたカリキュラムを話し合いながら作った。授業内容や時間割、学年にこだわらず、まずは無理なく行える範囲のものを用意する。できるという感覚を取り戻すこと、習慣化を目指すことを大事にした。なかには一日中、得意な教科をやる生徒もいた。私はそれでいいと思っていた。
もちろん、学習がきつい生徒には勉強以外の活動を考えた。散歩や図書室の利用、空いている体育館での活動を交渉して実現させ、時には調理実習などのイベントも取り入れた。
また、別教室に一日いるほどではないが、時折しんどくなる生徒のために「一時利用」という仕組みも提案した。その日の体調によって1時間だけ、あるいは気持ちが落ち着くまで利用できるようにした。ただし条件をつけた。担任が理由を確認して連れてくるか、本人が自分の口で許可をもらった場合に限る。
利用者の増加とその広がり
こうした取り組みを続けるうちに、別教室を利用する生徒は次第に増えていった。
私が着任した4月当初は、せいぜい2〜3人が数時間だけ滞在して帰る程度で、ときには1人しかいない日もあった。
それが次第に、数時間だけ利用していた生徒が半日を過ごすようになり、給食を食べてから帰る子も出てきた。やがて6月頃には、朝から放課後まで一日中いる生徒が8人くらいにまで増えていった。
そのころから、生徒たちの中に「こうしたい」「あれをしたい」という要求や欲求が自然と出始めた。カードゲームを通じて学年を超えた仲間意識が芽生え、会話や笑い声があふれるようになった。
一方で、集団に加わりたくない子は自主的に絵や漫画などの創作活動に取り組み、集まりたいときに集まり、離れたいときには離れる──そんな柔らかい出入りができる環境を、ある程度つくることができた。
2学期に入ると、定期利用と一時利用を合わせて、少ない日でも10名近く、最多では20名近くが1日に出入りする場へと変わっていった。
私は「それなりにうまくやれている」と感じていた。生徒の笑う回数が増え、様々な感情も見え始め、場として機能し始めたと思えたからだ。
教員からの苦言
しかしその一方で、私の知らぬところでは問題視する声も出始めていた。
相変わらず先生方との対話はほとんどなく、情報も少ない。会議にも呼ばれていなかったので、まったく知らなかったのだが……やっていることに共感してくれた先生が教えてくれた。
「もともとの別教室の目的から逸脱しているのではないか」
「学校内なのに、あそこだけ違うルールで動いている」
「遊びが多く、あれでは教室から余計に遠のくのではないか」
「利用者の線引きが曖昧で、生徒や保護者に説明がつかない」
そんな苦言や困惑が先生方から上がっていたらしい。
実際、一部の生徒の間では「別教室は好き勝手に遊べて、寝れて、休める場所」という噂が広がっていた。教室が嫌だから授業が面倒だからと、その利用を担任に申し出る生徒も出始めていた。
前年までは保健室が担っていた役割でもあり、養護教諭から「先生が来てから保健室が楽になりました」と言われたとき、最初は意味が分からなかった。今思えば、別教室が保健室の代わりになり始めていたのだ。
さらに一部の保護者の間でも噂が広がった。
「あそこに行けば個別に勉強を見てもらえる。自分のペースで学習できる」
「特別支援級には入れたくないが、一般級では追いつけない。あそこならできるらしい」
──そう聞きつけて利用を希望する保護者が何人か出てきた。
ダブルスタンダードの芽生え
こうなると、別教室が「誰のための、どういった場所なのか」が曖昧になっていった。
教室に残る生徒から見れば、
「どうして自分たちは我慢して授業を受けなければならないのに、別教室では自由にできるのか」
という不満が出るのは当然だった。
担任の先生にとっても、
「別教室では柔軟に対応しているのに、教室では一律を維持しなければならない」
「教室内で禁止していることを別教室では許されれていることを生徒に説明できない」
など矛盾を抱えることになった。
説明も難しくなり、「別教室利用の線引きがわからない」という声が出るのも理解できる。
次回にむけて
良かれと思って始めた取り組みが、結果として学校全体に新たな問題を生んでしまった。私にとっても想定外だったし、先生方にとっても同じだったと思う。一生懸命にやったからこそ、双方の苦しみは強かった。このとき私は、学校内にフリースクールのような場をつくることの難しさを改めて痛感した。
この経験を通じて、私は「別教室に柔軟さを持ち込むこと」と「学校全体の一律性」との間に避けがたいねじれがあることを痛感した。
次回は、そのねじれが特に強く現れる「成績」や「公平性」の問題に焦点をあて、私自身が抱いた葛藤と現場の難しさを描いていきたい。
