51歳のおっさん、noteフォロワー200人。放置していた僕が4カ月で知った「読んでもらえるありがたさ」
noteのフォロワーが200人になりました。
まずは、本当にありがとうございます。
「200人」と文字にすると、なんだか急に現実味が出てきます。
200人ですよ。
学校の教室に200人集まって、「つかちゃん、最近何を書いてるん?」と一斉に聞かれたら、たぶん僕は緊張でトイレに行きたくなります。
そんな、どこにでもいる51歳のおっさんの記事を見つけて、読んで、さらにフォローまでしてくださった方が200人。
ありがたいという言葉だけでは、ちょっと足りません。
たしか僕がnoteを登録したのは、昨年9月ごろでした。
その時の僕は、「なんか発信したらええんかな」と思って登録したものの、何を書けばいいのか全然わからない。
神社のことを書くのか。仕事のことを書くのか。時計か。カフェか。人生論か。
いや、その前に文章を書き切れるんか。
考えているうちに、noteは見事に放置されました。
アカウントはある。
アイコンもある。
でも中身がない。
例えるなら、立派な看板だけ出して、店主がずっと奥で寝ているお店です。
そこから今年1月ごろ、いろんな方の発信を読むようになりました。
「こんな考え方があるんや」
「この人、文章うまいなあ」
「同じ50代でも、こんな悩みを持ってるんやな」
読んでいるうちに、少しずつ思いました。
立派なことを書かなくてもいいのかもしれない。
毎日キラキラしていなくてもいいのかもしれない。
仕事で疲れた話でも、神社で心が整った話でも、カフェでケーキを食べて少し元気になった話でもいい。
誰かの役に立つかどうかは、書いてみないとわからない。
そんな気持ちで、今年2月に初めて記事を投稿しました。
そこから約4カ月。
フォロワー200人。
単純計算で、1カ月に50人の方がフォローしてくださったことになります。
数字だけを見ると、「おお、順調やん」と思うかもしれません。
または、まだまだやんって思う方も居てるかもしれません。
でも僕にとっては、数字以上に、一人ひとりの存在が大きいです。
世の中には、SNSもnoteも、見るだけで終わる人がたくさんいます。
忙しい中で、わざわざ僕の記事を開いて、数分でも時間を使ってくださる。
それだけで、十分すごいことです。
もちろん、フォローにはいろんな理由があると思います。
共感してくれた方。
神社やカフェの記事が気になった方。
50代のおっさんが何を考えているのか、ちょっと様子を見ている方。
障がい者雇用について知りたい方。
あるいは、「自分のフォロワーも増えたらええな」という思いでフォローしてくださった方もいるでしょう。
それでもいいんです。
どんな入口であっても、僕の記事を見つけてくださったこと。
そして、フォローという形でつながってくださったこと。
その事実に、感謝しています。
noteを始めてから、僕は「普通の人の日常にも、ちゃんと書く価値がある」と思うようになりました。
仕事で理不尽なことがあった日。
週末に神社へ行って、少し心が軽くなった日。
時計を眺めて、「やっぱりアナログってええな」と思った日。
カフェでスイーツを食べて、「これだけで今日を乗り切れる」と感じた日。
特別な人生ではなくても、その時に感じたことは、誰かの気持ちに少し触れるかもしれない。
そう思えるようになりました。
僕は普段、障がい者雇用に関わる仕事をしています。
採用や面接の場面で、たくさんの方とお会いします。
そこでいつも感じるのは、障がい者雇用を目指す時に大切なのは、「何ができないか」だけではないということです。
自分にはどんな作業が向いているのか。
体調を安定させるために、どんな工夫をしているのか。
困った時に、誰に、どう相談できるのか。
必要な配慮を、具体的な言葉で伝えられるのか。
もちろん、職場によって求められることは違います。
でも面接では、「働き続けるために、自分なりに準備していること」が伝わると、印象は大きく変わります。
これからもnoteでは、僕の仕事の経験を通して、障がい者雇用を目指している方や、ご家族、支援者の方に少しでも役立つ情報を書いていきたいと思っています。
そして同時に、仕事だけではなく、疲れた51歳のおっさんが神社で整い、カフェで糖分を補給し、時計を見てニヤニヤする。
そんな、どうでもいいようで、僕には大事な日常も書いていきます。
200人の皆さん、本当にありがとうございます。
次は300人を目指します。
ただし、数字だけを追いかけるのではなく、「またこのおっさんの記事を読みに来よう」と思ってもらえる発信を続けたいです。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
皆さんがnoteを続けている理由も、よかったらコメントで教えてください。
