カメラ選びで迷う人へ|自分のスタイルに合う、万能型と特殊型という考え方
カメラには、
大きく2つのタイプがあると思っている。
撮り手に合わせる「万能型」と
カメラに従う「特殊型」だ。
この違いを理解すると、カメラ選びは驚くほどシンプルになる。
僕の仕事柄、プロのカメラマンと話す機会も多かったし、撮影現場に立ち会うことも多い。
そこからさらに、自分で写真を撮るようになって、カメラそのものの見え方が少しずつ変わってきた。
これは、写真が上手い下手の話ではない。
あるいは、仕事か趣味か、という線引きでもない。
初心者かベテランかも関係ない。
どうやら、シンプルにカメラにはその人に合う「タイプ」がある。
今回は、そんな仮説の話。
写真がズレ始める瞬間
写真を続けていると、ふとした瞬間に違和感が生まれる。
撮れているはずなのに、しっくりこない。
評価は悪くないのに、どこか疲れる。
技術不足でも、センスの問題でもない。
自分の撮り方と、カメラの性質がズレている。
ただそれだけのことだったりする。
この違和感の正体を考えているうちに、ひとつの整理に辿り着いた。
カメラには、大きく二つのタイプがある。
万能型と特殊型だ。
万能型カメラ
万能型のカメラは、撮り手の意思に寄り添う。
オートフォーカス
手ぶれ補正
柔軟な設定
撮りたい写真に、カメラが合わせてくれる。
つまり、撮り手が主役になるカメラだ。
例えば
Nikon Z8やSONYのα7ⅴなんかがそうだろう。
こうしたカメラは、どんなシチュエーションでも撮れる。
僕はこれを「万能型」と呼んでいる。
そして、万能型の中にもレイヤーがある。
例えば、僕の愛機であるZfのボディは防塵防滴。
手ぶれ補正も瞳追従機能もある。
センサーもハイエンドのものと遜色ない。
つまり、どんな状況でも撮れるカメラだ。
それだけ聞くと、完全に万能機。
でもZfには、少し不思議なところがある。
クラシカルなデザインと物理ダイヤル。
カチカチとダイヤルを回して設定する撮影体験。

効率だけなら、もっと合理的な操作はいくらでもある。
それでも、この撮影体験がとにかく楽しい。
万能なのに、どこか遊び心がある。
万能型でありながら、どこかに特殊性を秘めたカメラ。
このバランスが、Zfの魅力だろう。
特殊型カメラ
一方で、まったく逆のカメラもある。
撮り手に寄り添うのではなく、カメラのルールに従わせるカメラだ。
例えば、Leica M11がそう。
M11に限らず、M型Leicaは、まったくユーザーファーストではない。
むしろ、完全にカメラファーストだ。
ガラスは素通し。
ピントは手動。
手ぶれ補正もない。

言ってしまえば、かなり不親切なカメラ。
「俺を使えるものなら使ってみろ」
そんな態度すら感じる。
でも、その制約の中でスウィートスポットにハマったとき、描写はとんでもないものになる。
誰もが、自分の想像を超えた一枚を手にする瞬間がある。
その瞬間に、多くの人がLeicaにハマる。
つまり、
Leicaは使い手をカメラに従属させると言える。
制約の中で、僕らは Leicaを必死に使いこなそうとする。
その過程そのものが、写真体験になっていく。
これが、特殊型カメラの定義だ。
GRという中間
RICOH GRは、少し面白い位置にいると思う。
特殊寄りだが、かなり使いやすい。
理由は単純だ。
AFがある。
スナップ特化。
そして、圧倒的な小ささ。
あのサイズで、あの写り。
唯一無二と言っていい。
しかも操作は、スマホより早く、また撮影に関しては圧倒的に楽だったりする。
ただし、ファインダーを覗いて撮るスタイルとは真逆だ。
だからGRは、現代のスナップスタイルに最適化された特殊カメラと言えるのではないだろうか。
カメラはグラデーション
重要なのは、この話がカメラの優劣ではないということだ。
万能が優れているわけでも、特殊が偉いわけでもない。
ただの性質の違いでしかない。
さらに、この区分はシンプルな2極構図でもない。
相対的な評価だし、
なんなら、どのカメラもぼんやりとグラデーションで各カテゴリーに存在すると思っていい。
そこにカメラの重量、つまりは携行性の良し悪しを加味することで、タイプ別に4象限での分類が可能だ。
今の自分の感覚では、こんな位置になる。
あくまで独断と偏見による分布だ。

もしよかったら、ご自身のカメラがどこに位置するか、コメント欄などで教えてもらいたい。
どんな配置になるか、面白そうだ。
カメラを変えると写真が変わる理由
カメラを変えると写真が変わる。
よく言われる話だ。
でも実際に変わるのは、写真ではない。
変わるのは視点だ。
万能型のカメラは、自分の撮りたいものを素直に写す。
特殊型のカメラは、カメラの制約が視点を変える。
自由が視点を広げることもあれば
制約が視点を深めることもある。
上手くなるかどうかは別として、確実に世界の見え方、切り取り方は変わるだろう。
♠️
正直に言うと、僕は特殊型のカメラが好きだ。
Leicaのようなカメラには、独特の魔力がある。
制約がある。
不便でもある。
でも、その制約の中でしか出てこない写真がある。
それは、とても魅力的なのだ。
今は万能型を使っている
それでも今、僕は万能型のカメラを使っている。
理由はシンプルだ。
自分の作風を探している途中だから。
特殊型のカメラは、強い。
強すぎる。
カメラの性格が、そのまま写真の性格になる。
Leicaで撮れば、Leicaの写真になる。
それは魅力でもあり、同時に危険でもある。
自分の写真なのか。
カメラの写真なのか。
その境界が曖昧になる。
一方で、万能型のカメラは、少し違う。
自由度が高い。
だからこそ、逃げ場がない。
写るのは、カメラの個性ではなく撮り手の個性だ。
つまり万能型のカメラは、
鏡のようなカメラだと思っている。
自分の視点が、そのまま写真になる。
だから今は万能型
だから今は、万能型のカメラを使っている。
まずは、自分の視点を探したい。
そのあとで、もう一度特殊型に戻る。
そのときはきっと、カメラに引っ張られるのではなく
カメラを選んで使えるようになっている気がする。
♠️
カメラ選びの基準は、スペックではない。
本当に大事なのは自分がどんな撮り方をする人間なのか。
万能なカメラを持つのか。
制約のあるカメラを選ぶのか。
それは、写真のスタイルの話でもあるし、視点の話でもある。
カメラは、ただの道具ではない。
視点をつくる装置だ。
そして、
その違いに気づいたとき、写真は少し面白くなる。
合わせて読みたい
Andyのデジタル写真集
定価350円〜660円(試し読み無料)
*Kindle Unlimitedなら無料読み放題
LUCENT BLUEーいつかの光、これからの風ー
NOSTALGIA: 心の旅
「雨光幻影」ー滲む世界と、溶ける色彩―
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップで、コーヒー飲みながら次の記事を書かせていただいております✨