Instagramをやめたら、写真が少し楽しくなった|写真はもっと、自由でいい
正解をやめたら、シャッターが軽くなった
自分が写真を撮る意味ってなんだ?
そんな思考に深く潜ったあとで、ひとつ気づいたことがある。
写真は、技術や構図の正しさよりも、
自分の感覚に自由なほうが、ずっと楽しい。
前回までの記事で、内省には一度区切りがついた。
だから今日は、少しだけ明るい話をしよう。
1|出さない自由
あまりに写真が苦しくなったので、
ひとまず1ヶ月、Instagramを止めることにした。
理由はシンプルで、更新に疲れたからだ。
毎日のように投稿していた。
撮影のときから、「これ、いいねつくかな?」がちらつくのが嫌だった。
そして、多少クオリティを妥協しても、連続投稿が途切れる方が怖かった。
好きで始めたはずなのに、いつの間にか義務になっていたのだ。
結果、納得のいかないフィードが出来上がっていく。
だから2月は、一枚も出さないと決めた。
1ヶ月やらなくて、それでも自分は続けたいと思うのか。
それでも投稿したいと思える写真は撮れるのか。
それを試してみた。
すると、明らかに心が軽くなった。
出すために撮らなくていい。
撮れ高を気にしなくていい。
シャッターが、驚くほど軽くなった。

2|開く自由
今年に入って、
初めましての方と何度かスナップに出かけた。
業務機のZ8にあえてマニュアルレンズをつけて楽しむプロカメラマン。
ノーファインダーで撮ることに価値を置くスナップホリッカー。
超広角で鳩を追いかけるストリート鳩グラファー。
同じZfで、繊細に世界を切り出すデザイナー。
結果として、全員からポジティブな刺激をもらった。
根っこは、みんな写真を楽しんでいるという一点だった。
正直、集団フォトウォークは苦手だった。
やらなくちゃいけないことが多すぎる。
でも、1〜2人ならフットワークも軽い。
競争じゃなく、協奏。
狂騒じゃなく、共創。
なので、
鎖国、やめました。笑
閉じることで守れるものもある。
でも、開くことで救われることもある。
いまは後者の時間が、ちょうどいい。

3|触れる自由
Zfのファームアップデートでフィルムグレインが解放された。
今さらながらに取り込んで楽しんでいる。
でも、正直まだ全然、好みの写真にならない。
ここまで数年かけて、Lightroomである程度色を作り込んでいたから、まるでゼロスタートだ。
でも、それが嬉しい。
挑戦する感覚が戻ってきた。
そして、勢いで50mmのマニュアルレンズを買ってしまった。
意外とまだ知られていない?
格安中華レンズ、AstrHori 50mm F2だ。
最初は見た目で決めた。
値段も破格。失敗してもいいや、くらいの軽さだった。
でも、金属の質感とサイズ感がZfにぴったりだった。
しっかりした造りにも驚いた。
純正28mmは便利だ。
速い。正確。
でも、どこか作業になる。
マニュアルフォーカスは違う。
急がなくていい。
ピントを合わせる時間そのものが、対話になる。
正しさのためのレンズじゃない。
自由のためのレンズ。
しばらくは、これ一本でいく。

♠️
ここ2年くらい、自分の写真を探して、深く潜った。
だからこそ言える。
写真は、正しさより自由だ。
出さなくちゃ。
うまく撮らなくちゃ。
評価されなくちゃ。
そこから少し離れるだけで、
世界はちゃんと面白い。
僕は、正しさより自由を選んだ。
まだ数週間のことだけど、
いまのところ、それはうまくいっている。
さて、ここから新章。
もう少し、軽やかにいく。
少し前に書いた
「写真がつまらなくなった理由は、技術じゃなかった」も
この話の延長にあります。
このnoteでは、写真を通して思考を整理しています。
もしあなたも、正しさに少し疲れているなら。
よければ、また一緒に考えてください。
近いうちに、「自由のための50mmレンズ」の話も書く予定。
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