一点豪華主義に疲弊し、たどり着いたモノ選びの基準|ミニマリストの憂鬱
一点豪華主義。
そういう言葉に、昔は憧れていた。
安いものをいくつも持つより、いいものを一つ。
その方が豊かだと思っていた。
そして何より、ミニマリストの僕が物欲を満たすためには、とても便利な言葉だった。
数少ないからこそ、いいものを持つ。
この思想自体は悪くない。
でも、なんでもかんでも豪華にすればいいというものでもない。
ルイヴィトンのストールに、エルメスのベルト、バレンシアガのバックパック……気づけば僕は、一点豪華主義で全身を固めるカッコ悪い大人の見本みたいになっていた。

クワイエットラグジュアリーですらない。
大声で叫ぶ、ブランドキメラだ。
今思えば、とても恥ずかしい。
その、最たるものがLeicaだったと思う。
Q2からSL2-S、そしてM11への変遷と手放した話は、これまでに何度も書いてきた。
気になる方は過去記事やYouTubeなんかも参考にしてほしい。
でも、東京を離れ、引っ越しを終え、空になった部屋で暮らすようになった今、はっきりとわかった。
あのとき手放したLeica M11は、一点豪華主義という都合のいい言葉に酔って手にしていただけなのだと。
M11が悪いということじゃない。
その程度の浅はかな思い入れでM11を手に入れた、自分の思考が残念なんだ。
今回はそんな話。
判断基準は、カメラだけの話じゃなかった
怪我をしたことで、M11が急に、使いにくいカメラになったのはこれまでにも書いたとおり。
その時、高級カメラが必要かどうか、その判断基準はシンプルになった。
壊れても直して使いたいか。
緊張ではなく安心をくれるか。
守るより使いたいと思えるか。
この3つに当てはまらなければ、それは僕にとって道具としては「ノイズ」が多いものになる。
そして、この基準は、実はカメラだけの話じゃない。
消耗品と割り切るもの
たとえば、Tシャツ。
夏になるたびに白T難民になっていた僕は、結局5本のTシャツを比較して、ランキングをつけるところまでやった。
そこで見えたのは、Tシャツは「一生モノ」を探す対象じゃなく、割り切って消耗品として選ぶべきものだということだ。
守らなくていい。
傷んだら、また選び直せばいい。
その軽さがちょうどいいものも、ちゃんとある。
逆に、こだわるもの
でも、その逆もある。
例えば僕は15年間、同じモンブランのシャーペンを使い続けている。
理由はシンプルで、壊れても直したいと思えるからだ。
実際、これまで一度も壊れることなく、15年経過した今も現役の相棒だ。
ボールペンも同じ。
LAMY 2000を10年使っている。
実は、これは一度壊れたので、今は二代目LAMY2000だ。
手帳のノートカバーも、5年使ったものを今も手放していない。
「お気に入りを残す」というのは、こういうことなんだと思う。
Tシャツとは真逆の選び方だ。
壊れたら直す。
守ってでも使いたい。
そう思えるものだけが、この枠に残っている。
削るのは、物じゃない
一点豪華主義は、悪くはない。
むしろ素晴らしい。
基本的には今も僕はこの考え方で買うものを選んでいる。
少数精鋭とも言える。
でも、それに酔って、ブランド名だけで選び始めた瞬間、道具は縛りになる。
今、 Leicaのカメラはフィルムだけになった。
バースイヤーのLeica M4-2。
これだけは、カメラの中でも壊れてたら直したいと思っている。
それは性能でも、ブランドでもなく、物語で選んだからだ。
自分の生まれ年のカメラ。
デジタルではない、レンジファインダー機。
撮影体験を楽しむための嗜好品だ。
M11は最高だった。
でも僕の人生設計には、必要じゃなかった。
高いか、安いか。最新か、型落ちか。
それは、あくまで一つの視点でしかない。
一点豪華主義に疲れていたのは、その視点だけでモノを選ぼうとしていたからなんだと思う。
僕にとって大事なのは、それが生活に寄り添うかどうか、そっちの方だ。
だからTシャツは消耗品と割り切るし、シャーペンやボールペンには、多少高くてもこだわる。
削るのは物じゃない。
削るのは、縛りだ。
東京を降りた今、そうはっきり思う。
合わせて読みたい
Andyのデジタル写真集
定価350円〜660円(試し読み無料)
*Kindle Unlimitedなら無料読み放題
quiet TOKYOー都市の空気ー
LUCENT BLUEーいつかの光、これからの風ー
NOSTALGIA: 心の旅
「雨光幻影」ー滲む世界と、溶ける色彩―
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップで、コーヒー飲みながら次の記事を書かせていただいております✨