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姑の言う”本当の娘”は、支配の話だったと、私だけ気づけなかった。

娘じゃなかったの?
― 私が譲れないもの:人権の尊重 ―

~ADHDの私の気づき~


結婚前、夫の両親は初対面の私に敬語で話すことはなかった。
私の名前を呼び捨てで呼び、ずいぶんフランクな家庭だなと戸惑った。

私はそれに合わせて、タメ語で接した。
当時は、「父のように頭の硬い人ではなくて良かった」とさえ思っていた。

ただ、呼び捨てにされるたび、私は少しビクッとしていた。
今考えると、親密さではなく、上下関係の呼び捨てに感じていたのかもしれない。

その様子に気づいたのか、姑は途中から私を「ちゃん」付けで呼ぶようになった。

夫に呼ばれて、よく実家に遊びに行っていた。
ほとんど毎日のように出入りしていた時期もある。

ある日、夫からこう言われた。

「親父が、お前が手ぶらで来て無作法だと言っていた」と。

私は一気に緊張した。

実家に行っても特別にご馳走されるわけでもなく、
ただ部屋にお邪魔するだけだった。

それでも手ぶらは失礼なのかと思い、
たまにたこ焼きを買って行ったりした。

当時の私は給料も多くなかった。
それでも、こういう付き合いをしなければいけないのか、と考えたことを覚えている。

私が気が利かないと指摘を受けていると思っていた。

彼氏の家は、友達の家に遊びに行くのとは違う。そう受け取っていただけだった。

これは、のちの結婚生活全てを表していた。

この約20年後、
義父から「息子に家事を手伝わせるなら仕事を辞めなさい。それが嫌なら離婚して、孫については奨学金で学費と生活費を賄うように」と言われることになったのだ。

最初から、人に厳しい家だった。


そして結婚した頃、姑は私にこう言った。

「本当の娘のように思っている」

その言葉を聞いたとき、本音と建前がない私は嬉しかった。
私は疑うことを知らない。

だから、自分の母親に接するように自然に接した。


ところが、あとから夫を通して聞いた。

「目上の人への接し方がなっていない」と姑が言っていたという。

私は凹んだ。

娘だと思っていると言われたのに、
実際には目上の人として振る舞うことを求められていた。

「本当の娘」という言葉は、
本来なら
「大切に思っている」
「安心して頼ってほしい」
という意味で使われることが多い。

娘が、目上の人に配慮するのだろうか。

よく分からない話だった。

母に愚痴ったところ、
「あなたにはそういうところがあるから、言われても仕方ないね」と言われた。

当時の友人にこの話を愚痴ったこともある。

すると友人はこう言った。

「その姑は、誰が嫁に来ても同じだと思うよ。気にしない方がいい」

その言葉を聞いて、少しだけ気持ちが軽くなったのを覚えている。

でも今になって思う。

私だけが、気づいていなかった。

誰が嫁に来ても同じ——その言葉の本当の意味を、当時の私は分かっていなかった。

友人は見えていた。

私には見えなかった。

それでも私は、心のどこかでずっと思っていた。

娘じゃなかったの?


もしかすると、こう思う人もいるかもしれない。

「娘のように思っている」というのは、
社交辞令のようなもので、本気にする言葉ではない、と。

でも、私にはそういう感覚がよく分からない。

私は、本音と建前で人間関係を作ることがあまり好きではない。
言葉にするなら、それは本当の意味で言っているのだと思ってしまう。

さらに、理不尽な上下関係や、力関係で決まる人間関係も苦手だ。

だからこそ、
「娘のように思っている」と言われたのなら、
本当にそういう関係を築こうとしてしまった。

しかし実際には、そこには

本音と建前があり、
上下関係があり、
力関係がある世界だった。

私が戸惑ったのは、
その価値観の違いだったのだと思う。

ADHDの人にはよく見られる特徴として

言葉をそのまま受け取る
裏の意味を読むのが苦手
社交辞令を本気にしやすい
正直でストレート

という傾向があります。


私は、人は皆平等だと思って生きてきた。
でも、この家は違った。

理不尽が通る上下関係の価値観の中で生きている人たちだった。

そして私は、人権を尊重しないその支配的な価値観を、
ずっと受け入れられなかった。

むしろ、ぶち壊したいと思っていたのかもしれない。

新婚の頃から感じていた強い拒否反応は、
その違いに体が気づいていたからだったのだと思う。

価値観が根本から違っていた。

そして、彼らの支配・軽視・理不尽が通る価値観は、
DV(ドメスティック・バイオレンス)の一種である精神的支配なのだと整理できた。

だから、この結婚は最初から無理だったのだと、
今になって分かった。


価値観 × ADHD × DV


最後に気づいたことがある。

心理学的に見ると、私は価値観の境界線が強いタイプなのだと思う。

つまり、

・人権
・公平
・尊重

こうしたものが守られない環境では、
心だけでなく、体が拒否反応を起こしてしまうタイプなのだ。

力関係がベースとなり、理不尽や支配が当たり前になっている場所では、
違和感が強くなり、やがて体調まで崩してしまう。

だから私は、あの家庭の価値観を受け入れることができなかったのだと思う。

今になって思う。
あの家には、私を受け入れる土壌がなかった。ただそれだけなのだ。


姑の言う”本当の娘”とは、本音ではなく社交辞令だったと思っていた。
今思うと、夫の言動と姑の言動がとても良く似ていることから、
愛情の話でもなく、服従と支配の構造だったのだと、ようやく気づいた。

きっと、本当の嫁には、何を言っても良い。
遠慮しなくていいと言うものだったのだ。

自分の思い通りにならないからと、兄嫁にも私にも、とても酷いことを発言したことがあった。
自分の子どもや嫁には、傷付くことを言っても良いという概念があったのだろう。

夫も支配の中にいるから、両親からのクレームを私に毎回伝えていたのだろう。

私にクレームを言わなければ、夫自身が責められるから毎回伝言役をしていたのだろう。

夫は自分を守るために私を守らなかったのだと、今ではわかる。

2026年6月28日加筆

ADHDの特性も含め、
私の価値観や考え方を理解してくれる人たちではなかった。

正義感が強く、共感型で、
言葉をそのまま受け取りやすいADHDの特性を持つ私が、
入ってはいけない家庭に舞い込んでしまったのだということだ。

そして、私と似て正義感の強い息子もまた、
入ってはいけない種族から離れなければいけないのだと、
今になって振り返っている。

ADHDの特性がある人が「空気が読めない」と言われるのは

・言葉をそのまま受け取る
・裏の意味を読む文化が苦手
・正直でストレート
・理不尽を受け入れにくい

こういう特徴が重なるからです。


これからも、私は、DV加害者に遭遇したら
「この人は人権の概念がない異世界の住人だ」と割り切り、
「戦う」よりも「物理的・心理的に離れる」ことを最優先にする今のスタンスを大切に生きていきます。

パワハラが降りかかる職場は去る。

転職が多くても、それは私の人生。


新婚当初から私が苦労することは、夫も母も友人もみんな分かっていた。

私だけが気づいていなかった。

20年以上その中でもがいていたのだと思った。

なんて悲しいことなんだろうと思った。




💠マガジン
私が結婚した相手は、機能不全家族の人間だった



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体はどんどん悲鳴をあげていたのかもしれない。


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