部屋の中の象① 幼少期の子どもの痛みと孤独
20年後、面前DVと
父親からの精神的虐待を知る
息子が別居後に打ち明けてくれたことと、私が長年見てきた出来事を、一つにつなげて振り返ってみました。
私は長い間、夫婦喧嘩の問題ばかりに目が向き、
父親から息子への愛情の乏しさや、
「私は夫にとって大切な存在ではなかった」という現実を受け止めきれずにいました。
その結果、息子を苦しい環境で育ててしまったこと、
そして息子が長い間抱えてきた悲しみを知った時、
私は大きな衝撃を受け、深く反省しました。
このシリーズでは、
その時初めて見えてきた「部屋の中の象」を、
息子の言葉と私自身の体験を通して記録しています。
何が正義だったのか。
家族にとって本当に大切なものは何だったのか。
考えるきっかけになれば幸いです。
この章は、息子の幼少期の体験を記録したものです。
読んでいてつらくなった場合は、どうか無理をせず、そっと閉じてください。
ご自身やお子さんのことを振り返りたいと思った時に、また読みに来ていただけたら嬉しいです。
最後に、このシリーズを通して私が一番伝えたいことを書いています。
そこだけでも読んでいただけたら幸いです。
息子の幼少期にあった家庭の空気
息子がまだ小さかった頃のことを、今振り返っている。
当時は気づかなかったけれど、あの頃の家庭には確かに「象」がいたのだと思う。
家を買った年
流産の翌年、夫は私に相談することなく独断で家を購入した。
その結果、幼稚園入園の予定も白紙になり、公営住宅から新居へ引っ越すことになった。
住宅ローンが始まった。
それなのに、その頃から夫は執拗に「二人目を産め」と言うようになった。
ある日、遠方の墓参りに向かう車の中でも、その話は続いた。
後部座席には、まだ保育園児だった息子が乗っていた。
往復の長い車内で、夫はずっと
「二人目を産め」
「それでも働け」
と要求し続けた。
私はその頃から片頭痛の兆しがあり、体調が重かった。
「二人目を産んだら、仕事はできる気がしない」と言うと、夫はこう言った。
「どこの母親だって、みんなやっている」
まったく引かなかった。
今思えば、あの頃にはすでに家庭の歯車が静かにずれ始めていたのかもしれない。
僕のバカバカ
小学校に入学した息子が、自分の頭をたたいて、
「僕のバカバカ」と言っているところを見て、ゾッとした。
私は入学を機に仕事を辞めていた。
無職になった私は、夫に厳しく言われることが増えて行った。
夫が得意な事を私が出来ないと、
「こんなことも分からないのか?」
そして、
「仕事も家事も育児も中途半端。お前は何が出来るんだ?」
その通りだ。
掛け持ちでやっていれば、それぞれ完全燃焼にはできない。
だから、言われるたびに落ち込んでいった。
子どもには私が厳しく追及されている姿は見せていなかった。
それでも、家庭の緊張感や、私の精神的な苦しさは伝わってしまっていたのかもしれない。
そう思い、精神科を受診した。
しかし、ただの夫婦喧嘩として扱われた。
終わらない夫婦喧嘩
夫婦喧嘩を減らすために、小学生だった息子が「罰金制」を提案した。
数年後、私の母から真実を聞いた。
息子が祖母(私の母)に
「お父さんとお母さんがいつも喧嘩していて嫌だ」
と相談していたそうだ。
母は、喧嘩を減らすために貯金箱を置き
「喧嘩したらお金を入れる」
というルールを作った。
その話を聞いたとき、
そんなに子どもが傷ついていたのかと知り、深く反省した。
しかし、理不尽な追及は変わらなかった。
喧嘩を売った側が多く払うというルールを作っても、
喧嘩はなくならなかった。
夫にとって罰金は
「お金を払えば済むこと」
になってしまったからだ。
夫は常に闘争モードで向かってきた。
私は生理前になると喧嘩を売られても流せない。だから、
「その時期だけは喧嘩を売らないでほしい」
と何度もお願いした。
毎月、事前に伝えていた。
「そろそろ生理前かも」「排卵期みたいだ」と。
忠告ではなく、
できるだけ軽い会話として伝えてみたが、
「今週は気をつけよう」と記憶にとどめてくれることはなかった。
夫は
「お前の言い方が喧嘩を売っている」
と言い、
結局毎月私のホルモンバランスに合わせて喧嘩を売られ、
喧嘩を買い、衝突は繰り返された。
私はそのたびに、何が問題なのかを整理して正論で説明しようとした。
すると今度は論点をすり替えられる。
気がつくと、私は責められる側になっていた。
夫婦喧嘩は、別居するまでの20年間終わることはなかった。
家族で出かけない家庭
夫は、家族で出かけることをほとんどしない人だった。
アパートに住んでいた頃も、公営住宅に住んでいた頃も、家を建ててからも、それは変わらなかった。
自分の幼いころは毎年子どもの日しか家族で出かけたことが無かったから、
家族でのレジャーは
「年に一、二回あればいい」
と夫は断言していた。
公営住宅に住んでいた頃、ベランダのフェンスの隙間が大きく、幼い息子が落下する危険があった。
姑は息子である夫に
「網を張るなどして対策しなさい」
と指示していた。
しかし夫は、私が「今週は?」と聞くたびに
「できない」
と言うだけで、
何週間経っても何もしてくれなかった。
結局、私が自分で対策をした。
ある時、
夫は泣きながら「毎月家族で出かける」と約束したが、
それも一度で終わった。
「たまにはみんなで買い物に行こう」と提案しても
「平日怠けている」
と、私の怠惰のように責められることもあった。
結局、幼い息子を連れて、私ひとりでスーパーへ買い物に行くのが日常になった。
息子が小学校高学年になる頃には、今度は息子自身が
「家族で出かけるのは嫌だ」
と言うようになり、外食にも行かなくなった。
私はその理由を、ずっと知らなかった。
けれど、「部屋の中の象」の話を打ち明けたあと、息子はこう言った。
「外に出ると、お父さんは必ずキレるから嫌だった」
子どもは、ちゃんと見ていたのだ。
子どもは、大人が思っている以上に家庭の空気を感じ取っている。
私はずっと後になって、それを知った。
心を閉ざしていた息子から、最近聞いたこと
最近になって、息子は幼い頃のことを少しずつ話してくれるようになった。
保育園児の頃は、目の前に子どもがいても、夫はほとんど相手にしなかったという。
息子は退屈になると、いつも私がいるキッチンへ来ていたそうだ。
幼い頃、父と子の会話はほとんどなかった。
しかし、小学生になりカードゲームを始めると、二人きりになる時間が増えた。
大会やカードショップへ向かう車の中や、
私が仕事で残業をしている時間などに、
夫は私を信じないような話を息子にしていたようだった。
私は今になって、
幼い息子は夫婦喧嘩を目の前で見続ける、
いわゆる面前DVの環境で育っていたのだと気づいた。
そして、息子の話を聞くと、
小学生になる頃からは、
夫が「母親は愛情がなく自己中心的な人間だ」と、
自分の味方になるよう様々なことを吹き込んでいたという。
その結果、息子は
「父も母も、どちらを信じていいのか分からなかった」
と話してくれた。
私の愛情が伝わっていなかったことも悲しかった。
それ以上に悲しかったのは、
親子の信頼関係が「敵か味方か」を決める道具のように使われていたことだった。
夫にとって大切だったのは、「みんなで仲良く暮らすこと」ではなく、
「俺を信じろ」という関係だったのではないか。
そう思わずにはいられなかった。
その頃も、家の中の「象」は消えてはいなかった。
部屋の中の象
当時の私は、家庭の中にある違和感を言葉にできなかった。
息子もまた、きっと同じだったのだと思う。
誰も触れないまま、家の中には大きな象がいた。
いたのか、私が本当に知ることになるのは、もっと後のことだった。
【まとめ】
20年間、私は夫婦喧嘩ばかりに目を向けていました。
けれど、本当に傷ついていたのは、いつも近くでその様子を見ていた息子でした。
私が気づかなかった場所で、
息子は父親から母親への否定的な言葉を聞き続け、
「どちらを信じればいいのか分からない」という苦しみを抱えていたのです。
DV被害者の回復講座で学び、息子の話を聞いて初めて、
これは夫婦間だけの問題ではなく、
子どもへの精神的虐待でもあったことを知りました。
もっと早く気づいてあげられなかったことは、今でも私の大きな後悔です。
それでも、本当のことを話し合えたことで、少しずつ親子の信頼は戻り始めています。
この経験を通して私が伝えたいのは、子どもは親の争いの道具ではないということです。
そして、気づいたその日からでも、親子の関係は少しずつ修復していくことができると、私は信じています。
密室で子どもに母親の悪口を言う行為──子どもへの影響
夫が子どもだけを連れて密室で「お母さんは信用できない」「パパの味方になって」と話すような行為は、
片親疎外(Parental Alienation)と呼ばれています。
一見すると夫婦間の問題のように見えますが、
子どもを巻き込む精神的虐待にあたると考えられています。
子どもは本来、両親をどちらも大切に思いたい存在です。
しかし、一方の親からもう一方を否定され続けると、
・どちらが正しいのか分からなくなる混乱
・親を好きでいることへの罪悪感
・自分の感情や判断を信じられなくなる
といった状態になることがあります。
実際に息子も、
「どちらが本当のことを言っているのか分からなかった」
と話してくれました。
さらに、
「もし片方の親が言ったことを、もう片方に伝えてしまったらどうなるのか怖かった」
とも打ち明けてくれました。
幼い子どもにとって、その恐怖はとても大きなものだったのだと思います。
子どもは、その小さな手で家族をつなぎ止めようと、
必死だったのだと思いました。
こうした状況に気づいたときは、子どもの変化を記録し、責めることなく安心できる関係を保ちながら、
必要に応じてスクールカウンセラーや児童相談所など第三者へ相談することも大切です。
今、振り返って思うこと
私はつい最近まで、夫が息子にも精神的虐待をしていたことに気づいていませんでした。
夫は、自分が優位になるために印象操作を繰り返していました。
その背景には、夫自身が育った家庭環境の影響もあったのかもしれません。
だからといって、その行為によって息子が深く傷ついた事実は変わりません。
私は、もっと早く気づいてあげられなかったことを今でも悔やんでいます。
一方で、本当のことを息子に伝えた今、
息子は少しずつ私という人間を見つめ直し、
以前より私を信頼してくれるようになりました。
傷ついた心が癒えるには、まだ時間がかかると思います。
私自身も、この出来事を通して、自分の考え方や行動を見直すようになりました。
良かれと思ってしていたことでも、人を傷つけてしまうことがあること。
自分を犠牲にし続けても、自分も周りも幸せにはなれないこと。
だからといって、自分の幸せだけを優先して生きたいわけではありません。
大切な人を思う気持ちはそのままに、その伝え方や支え方を変えていきたい。
今はそう思っています。
息子も私も、夫の影響から少しずつ距離を置きながら、
新しい環境で、新しい親子関係を築き始めています。
私はここの回復講座を受け、息子が夫から精神的虐待を受けていたと知りました。
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