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"America" (サイモンとガーファンクル) 歌詞和訳, 再び

訳(わけ)あって, 再び。
*最終章("America", 歌詞和訳・改訳)は 2026年3月26日 追加。


"Kathy," I said as we boarded a Greyhound in Pittsburgh

歌詞和訳 note のタイトル写真はポール・サイモンの S&G時代, 事実上の1枚目のソロ・アルバムである 1965年リリースの "The Paul Simon Songbook" のカヴァー写真。"America" は 1968年リリースの S&G 4枚目のアルバム "Bookends" に収録されたもので, 当然ながら "The Paul Simon Songbook" には収録されていないけれど, "America" の歌詞の中に登場する Kathy, つまり Paul Simon の当時の恋人 Kathleen Chitty がこの写真で Paul の右側に写っている女性, そこでこの写真を使うことにした。

Paul Simon 歌詞和訳集 より「America 〜 歌詞和訳 3」

その前に, 此処でその Kathy に関わる歌 3曲 に関する note リンクを。

では, あらためて, America 歌詞和訳。「拙訳」は「拙者」による「訳」の意。

American Tune 歌詞和訳 - One Nation Under a Groove - America 歌詞和訳 - Rolling Stone

ポール・サイモン 80歳の誕生日に 〜 ポール・サイモンの歌, 歌詞和訳とアルバム・レヴュー(2021年10月13日 投稿, その後も更新し, 2026年3月12日現在 27曲 歌詞和訳)

ではでは。

America 歌詞和訳

"I've got some real estate here in my bag" 〜 「お金なら何とかなるさ, バッグに少し持ち合わせているんだ」, 「少しなら不動産だって持ってるんだ, 鞄の中だけどね」

real estate について, そして Verse 1 冒頭における主人公の言葉 "Let us be lovers, we'll marry our fortunes together. I've got some real estate here in my bag" に関して, あらためて検討する。

real estate の英語の意味自体はもちろん「不動産」なのだが, この歌の歌詞を日本語に訳す際にこの real estate を含むラインをどのような日本語に置き換えるべきなのか。そこはいざ迷い出すとけっこう悩ましい話にはなる。

real estate は普通, 「不動産」の意で使われる熟語だ。これはこの歌の歌詞を訳そうとする多くの人の知るところではあると思う。これをもともと「金(かね)」を意味する熟語だと思う人はさすがにいまい。もうひとつ言えることは, この real estate の熟語の意味を知らない人なら, 辞書を引くことになる。引けば, すぐに「不動産」と分かる。

この歌の歌詞の和訳を試みたのは随分と昔のことなのだが(23年余り前, 2002年12月7日), その頃の自分は既に雑誌に掲載された英文記事などで「不動産」を意味する熟語 real estate を把握していたように思う。仮にその時点で知らなければ(まさか知らないまま「金(かね)」の意と断定するはずもなく)辞書を引くはずだから, いずれにしても real estate は「不動産」と分かったうえで, しかしこの歌詞の中では(そのラインあるいはヴァース全体を)どういう日本語で表現するのか, と考えたのだろう。

当時の自分がどういう考えで "I've got some real estate here in my bag" を「お金なら何とかなるさ, バッグに少し持ち合わせているんだ」としたのか, 何しろ20年以上前のことでそれは自分でも想像する他ないのだが(ガキの頃, 1970年代初期!にLPレコードのライナーノーツ内で見た日本語訳の微かな記憶に引きずられた一面すらあるの「かも」しれない), 昨日切っ掛けがあり, あらためて, real estate について, そして Verse 1 冒頭における主人公の言葉に関して, 以下に検討することにした。

"Let us be lovers, we'll marry our fortunes together
I've got some real estate here in my bag"


上記 Verse 1 の冒頭, これをまずは分解し, それぞれ分けて検討してみる。

1) Let us be lovers
「僕達、恋人になろう」

2) we'll marry our fortunes together
「僕らの運命を一緒にするんだ」

marry は「結婚する」「結婚させる」などの他に 他動詞として「(~を)結合させる」という意味で使われる場合がある。ここではそれだろう。

fortune(s) は「富、財産、大金」あるいは「運」「幸運」もしくは「運勢」。歌詞の上記ラインにおいては, 「財産」「運」「運勢」(もしくは「運命」)辺りなら, そのいずれに解釈しても通る気がする。ただし, この歌の二人である限りは「財産」の場合は「少しの財産」である(要するに「富」や「大金」ではない)。

3) I've got some real estate here in my bag
「少しなら不動産があるんだ, 鞄の中に」
「少しならお金もあるんだ, バッグの中に」(意訳的)

鞄とバッグの違いにはさしたる意味はない(「不動産」という漢字を使うと「鞄」にしたくなる, ただそれだけかもしれない)。

さて, 上に書いたように, real estate は「不動産」の意で使われる熟語だ。これはこの歌の歌詞を訳そうとする多くの人の知るところではあると思う。これをもともと「金(かね)」を意味する熟語だと思う人はさすがにいまい。もうひとつ言えることは, この real estate の熟語の意味を知らない人なら, 辞書を引くことになる。引けば, すぐに「不動産」と分かる。

問題は, ここでそのまま「僕は 鞄の中に幾ばくかの不動産を持ってるんだ」と, 素直に(直訳あるいは逐語訳的に)日本語にすべきなのかどうか, ということ(一応付しておくと, some は「幾ばくかの」といった意味で使われる場合がある)。

「不動産」は堅苦しく言えば「土地およびその定着物(建物)」(動かせない財産)のことで, 当然ながら「土地」や「建物」は 鞄の中に入らない。バッグの中には入らない。したがって, 「僕は 鞄の中に幾ばくかの不動産を持ってるんだ」, では明らかにおかしい(有り得ない)表現だ。

とはいえ, その種の, 現実では有り得ないことを言葉で表わすことは, 詩もしくは歌詞の中では逆にいくらでも有り得る(比喩なり暗喩なり様々なかたちで)。そのうえで, それをどういう日本語にするのか, ということになる。要するに, 比喩なら, 詩的な表現なら, 例えば日本語にした場合にかなりの違和感があるケースでもそのまま(ある意味, 直訳的もしくは逐語訳的に)訳すのか, それとも, 文脈や前後あるいはそのヴァース全体の意味を踏まえて意訳するのか(意訳的な翻訳をするのか), そこは詩や歌詞を訳す作業において極めて難しい問題のように思える。

"Let us be lovers, we'll marry our fortunes together
I've got some real estate here in my bag"

Let us be lovers, we'll marry our fortunes together は, 上の検討によれば「僕達、恋人になろう。僕らの運命(運勢, 運, 幸運)を一緒にするんだ」「僕達、恋人になろう。僕らの財産(少しの財産)を一緒にするんだ」など。

筆者の当初の訳では「僕達、恋人になって結婚しよう。未来を一つにしてパートナーになろう」としていて, 意訳ではあるが, そう飛躍的な意訳ではないと自分では思う。

I've got some real estate here in my bag は「お金なら何とかなるさ, バッグに少し持ち合わせているんだ」としていたのだが, これは要するに, まずは「鞄の中に幾ばくかの不動産を持ってるんだ」ではさすがに日本語として違和感が強いだろうと考えたのだろうと思う。そのうえで, 「不動産」を意味する real estate は ここでは何なのか, 「幾ばくかの」を意味する some と合わせ, some real estate「幾ばくかの不動産」, しかも here in my bag「鞄の中に」とはどういうことなのか, 何を意味する比喩なのか, 考えたのだろう。

考えたのだろうが, 名案も浮かばず, その前の we'll marry our fortunes together  fortunes が「財産」「大金」などを意味する言葉でもあることを踏まえ(あるいはそれに釣られ), 「鞄の中に幾ばくかの不動産を持ってるんだ」を「鞄の中に少しのお金なら持ってるんだ」とし, 「お金なら何とかなるさ, バッグに少し持ち合わせているんだ」に落ち着いたのでは, いま察する限りでは, 23年余り前の自分の歌詞和訳作業の一部をそんなふうに, 大雑把に想像する。

さて, ここで, 今朝「発見」したあるウェブサイトのページから転載。

Then where his is home, such as it is? He tells us that in the first verse: "I've got some real estate here in my bag." His home is the road. George Carlin explained, in his famous "Place for My Stuff" routine, that a house is "just a pile of stuff with a lid on it." Well, Simon's "place for his stuff" is in his bag. All he needs is some junk food, cigarettes, and a magazine... and he's set.

http://paulsimonsongs.blogspot.com/2010/04/america.html

日本語訳

では, 彼の家は一体どこにあるのだろうか? 彼は最初のヴァースで告げている。「鞄の中に幾ばくかの不動産があるんだ」。彼の家は道路だ, 路上だ。George Carlin は, 彼の有名な "Place for My Stuff"(俺の持ち物の置き場所)という演目で, 家とは「蓋が付いたただの物の山」だと説明した。そうなんだ, ("America" の歌のなかの)Simon にとって「彼の持ち物の置き場所」は 鞄, バッグの中なのだ。彼に必要なのはいくらかのジャンクフード, タバコ, それから雑誌…それだけだ, それで準備完了ってわけだ。

ここで再び, 件(くだん)のラインに関し, 考えを進めてみる。

「不動産」, 要するに土地や建物, 家などは動かせない, だから「不動産」だ。それが「鞄の中にある」という。そんなもの, 実際にはあるわけがない。そして, あるいは「しかし」, 彼はいま(キャシーと二人で)「アメリカ」(が象徴するもの, もしくは「アメリカ」が象徴するものと彼が考えたもの, 自由, 希望, チャンスなど)を探す旅に出るところだ。彼の家(「不動産」)はその旅の中にある, あるいはその旅の途上にある, ある意味「有り体に言えば」その旅をするうえでの, 路上にある。

そんなふうに解釈したうえで I've got some real estate here in my bag を「少しなら不動産だって持ってるんだ, 鞄の中だけどね」という些か皮肉めいてユーモラスな語感のある日本語に置き換えるなら, それを上記のような解釈を背景としたものだとするのであれば, これはこれでわるくないかなと思う。

疲れたね(笑)。

2002年12月7日 初訳

「僕達、恋人になって結婚しよう
 未来を一つにしてパートナーになろう
 お金なら何とかなるさ
 バッグに少し持ち合わせているんだ」

2026年3月12日 試訳(案)

「僕達、恋人になって結婚しよう
 未来を一つにしてパートナーになろう
 少しなら不動産だって持ってるんだ
 鞄の中だけどね」

America 歌詞和訳

America from Simon & Garfunkel's 1968 album Bookends

https://genius.com/Simon-and-garfunkel-america-lyrics

「僕達、恋人になって結婚しよう
 未来を一つにしてパートナーになろう
 お金なら何とかなるさ
 バッグに少し持ち合わせているんだ」(*1

そして僕らは タバコを一箱と
ミセス・ワグナーのパイを買いました
それから歩き始めたのです
アメリカを探すために

「キャシー」と僕は言いました
僕らはピッツバーグでグレイハウンドに乗っていました
「ミシガンは僕には今では夢のようだよ
 前なら4日もかかったんだ
 サギノウからヒッチハイクをしたらね
 僕はアメリカを探しに来たんだ」

バスの中では二人で笑い合って
乗客の顔を見ながらゲームをしました
彼女がギャバジン・スーツの男は
実はスパイなのよと言うので
僕は言ったんです
「気をつけなよ 彼の蝶ネクタイは本当はカメラなんだ」

「タバコを投げてくれないか
 レインコートに1本残っているはずだから」
「私達、最後の1本を吸ってしまったのよ
 1時間も前にね」

だから僕は窓の外を眺めたんです
彼女は雑誌を読んでいました
外では大地の彼方を月が昇っているところでした

「キャシー、僕はわからなくなってしまったよ」
彼女が眠っているのは知っていました
「僕は空っぽで 苦しくて
 おまけにどうしてなのかもわからないんだ」

ニュージャージー・ターンパイクでは
走る車を数えたりしましたが
彼らもみんな アメリカを探しにやって来たんです
みんなアメリカを探しに来たんです
みんなアメリカを探しに来たんです

… ♫ … ♫

*1 詳しくは 本章前節を参照。

2002年12月7日 初訳

「僕達、恋人になって結婚しよう
 未来を一つにしてパートナーになろう
 お金なら何とかなるさ
 バッグに少し持ち合わせているんだ」

2026年3月12日 試訳(案)

「僕達、恋人になって結婚しよう
 未来を一つにしてパートナーになろう
 少しなら不動産だって持ってるんだ
 鞄の中だけどね」

訳(わけ)あって, 再び 〜 その切っ掛け

切っ掛け

昨日の自分の note ポスト作業が 元々の切っ掛けで, 昨日 〜 x 上での, 全く知らない人物からの晒し 〜 に気づいた。で, こっちからは, 此処にもそれに対するリプ(俺からのリプは引用ポスト)を晒す。当該人物から「いや確かに」等の旨のリプなどあれば, 本章, 何らかのかたちに改めてもよい。

*「全く知らない人物」と書いたが, 実際 面識も何もないし, 直接 話したこともない人物であることは確か。ただ, 何となくプロフのアイコン, 見覚えがあるような気がしないでもない。よい気分の見覚えでもないので些かなりとも不快な何かを感じた絡まれ方を過去にしたことがあるの「かも」しれないが, その記憶は極めて曖昧なので, まぁ少なくとも俺が長らく気分を害するようなレベルのことではなく, 過去にあったとしても俺個人は既にどうでもいいような程度, そんなことなんだろうと思う。

とはいえ, 下方に示す スクショ - 2/2・2/7 〜 3/7 〜 4/7 で分かる通り, 当該人物は たったの 2分で 俺の note 上の歌詞和訳を持ち出しており, その用意周到さには 多少なりとも疑問を持たざるを得ない。

さて, くどくど書くわりにこれも大した話題ではないんだろうが, とりあえず前章第1節の件の切っ掛けではあるので, 以下, とりあえず。

もともと俺は英語の専門家でもナンでもないが, 歌詞の和訳なんて直訳なり逐語訳なりするようなものでもないし, 以下のスクショにあるように当該人物が Grok に尋ね, Grok から得た回答(「バッグの中に少し不動産がある」というユーモラスな表現で、結婚して財産を合わせる文脈詩的な比喩)(比喩的な「少しの財産」で、結婚して運命を共にするユーモラスな表現, 複数の歌詞解説サイトでもこの見方が多い)からしても, 俺の当該箇所に関する歌詞和訳は, 意訳であっても別に誤訳というほどのものではないだろう。

ただ, それよりも前に, 他人(俺)のものを 当人(俺)が知らないうちに(これねw)と w(笑)を付して晒す, それがまぁ, いい気分であるはずはない。

そもそも 俺は, 「本物の財産」などという訳し方などしておらず, some real estate, つまり本来はバッグに入るはずのない「幾ばくかの不動産」を, 当時の自分なりの歌詞全体あるいは Verse 1 全体の解釈を踏まえ, 文脈上 意訳的に「少しの金(かね)」(「お金なら何とかなるさ, バッグに少し持ち合わせているんだ」)としたまでなのだが。この辺り, 詳しくは 前章第1節

以下に, この引用ポスト及びその引用元を保存したうえでキャプチャーしたスクショ を掲載する。

スクショ - 1/2

スクショ - 2/2・1/7

スクショ - 2/2・2/7(9時57分, 2025年8月31日)

スクショ - 2/2・3/7(9時59分, 2025年8月31日), そもそも俺は, 「本物の財産」だなんて, real estate 逐語訳(real 本物の, estate 財産)のような いかにも誤訳に見えるような訳し方をしてないのだが(初訳の際の意訳に関しては上述の通り)。

それにしても, たった 2分で俺の note 上の歌詞和訳を持ち出す, 用意周到さ。

スクショ - 2/2・4/7(9時59分, 2025年8月31日), だから俺はそもそも, 「本物の財産」だなんて訳し方をしてないんだって(笑)。

たった 2分で, 俺の note 上の歌詞和訳を持ち出す用意周到, ご苦労さん。

スクショ - 2/2・5/7

スクショ - 2/2・6/7

Grok 

「America」の歌詞では、"real estate"は不可算名詞として使われており、"some"は量を表すために付いています。英語では不可算名詞に"some"を付けて「いくらかの〜」を意味します(例: some water)。ここでは「バッグの中に少し不動産がある」というユーモラスな表現で、結婚して財産を合わせる文脈です。詩的な比喩ですね。

スクショ - 2/2・7/7

Grok

興味深い解釈ですね。ただ、歌詞では「real estate」がバッグの中にあると言った後でタバコを買っているので、パンフレットがそのタバコのパックから出てきたとは時系列が合いません。一般的な解釈は、比喩的な「少しの財産」で、結婚して運命を共にするユーモラスな表現です。複数の歌詞解説サイトでもこの見方が多いです。

面倒くさい。ご苦労さんなこった。

"I've got some real estate here in my bag" 〜 「お金なら何とかなるさ, バッグに少し持ち合わせているんだ」, 「少しなら不動産だって持ってるんだ, 鞄の中だけどね」

(前章第1節を, 以下にそのまま。)

real estate について, そして Verse 1 冒頭における主人公の言葉 "Let us be lovers, we'll marry our fortunes together. I've got some real estate here in my bag" に関して, あらためて検討する。

real estate の英語の意味自体はもちろん「不動産」なのだが, この歌の歌詞を日本語に訳す際にこの real estate を含むラインをどのような日本語に置き換えるべきなのか。そこはいざ迷い出すとけっこう悩ましい話にはなる。

real estate は普通, 「不動産」の意で使われる熟語だ。これはこの歌の歌詞を訳そうとする多くの人の知るところではあると思う。これをもともと「金(かね)」を意味する熟語だと思う人はさすがにいまい。もうひとつ言えることは, この real estate の熟語の意味を知らない人なら, 辞書を引くことになる。引けば, すぐに「不動産」と分かる。

この歌の歌詞の和訳を試みたのは随分と昔のことなのだが(23年余り前, 2002年12月7日), その頃の自分は既に雑誌に掲載された英文記事などで「不動産」を意味する熟語 real estate を把握していたように思う。仮にその時点で知らなければ(まさか知らないまま「金(かね)」の意と断定するはずもなく)辞書を引くはずだから, いずれにしても real estate は「不動産」と分かったうえで, しかしこの歌詞の中では(そのラインあるいはヴァース全体を)どういう日本語で表現するのか, と考えたのだろう。

当時の自分がどういう考えで "I've got some real estate here in my bag" を「お金なら何とかなるさ, バッグに少し持ち合わせているんだ」としたのか, 何しろ20年以上前のことでそれは自分でも想像する他ないのだが(ガキの頃, 1970年代初期!にLPレコードのライナーノーツ内で見た日本語訳の微かな記憶に引きずられた一面すらあるの「かも」しれない), 昨日切っ掛けがあり, あらためて, real estate について, そして Verse 1 冒頭における主人公の言葉に関して, 以下に検討することにした。

"Let us be lovers, we'll marry our fortunes together
I've got some real estate here in my bag"


上記 Verse 1 の冒頭, これをまずは分解し, それぞれ分けて検討してみる。

1) Let us be lovers
「僕達、恋人になろう」

2) we'll marry our fortunes together
「僕らの運命を一緒にするんだ」

marry は「結婚する」「結婚させる」などの他に 他動詞として「(~を)結合させる」という意味で使われる場合がある。ここではそれだろう。

fortune(s) は「富、財産、大金」あるいは「運」「幸運」もしくは「運勢」。歌詞の上記ラインにおいては, 「財産」「運」「運勢」(もしくは「運命」)辺りなら, そのいずれに解釈しても通る気がする。ただし, この歌の二人である限りは「財産」の場合は「少しの財産」である(要するに「富」や「大金」ではない)。

3) I've got some real estate here in my bag
「少しなら不動産があるんだ, 鞄の中に」
「少しならお金もあるんだ, バッグの中に」(意訳的)

鞄とバッグの違いにはさしたる意味はない(「不動産」という漢字を使うと「鞄」にしたくなる, ただそれだけかもしれない)。

さて, 上に書いたように, real estate は「不動産」の意で使われる熟語だ。これはこの歌の歌詞を訳そうとする多くの人の知るところではあると思う。これをもともと「金(かね)」を意味する熟語だと思う人はさすがにいまい。もうひとつ言えることは, この real estate の熟語の意味を知らない人なら, 辞書を引くことになる。引けば, すぐに「不動産」と分かる。

問題は, ここでそのまま「僕は 鞄の中に幾ばくかの不動産を持ってるんだ」と, 素直に(直訳あるいは逐語訳的に)日本語にすべきなのかどうか, ということ(一応付しておくと, some は「幾ばくかの」といった意味で使われる場合がある)。

「不動産」は堅苦しく言えば「土地およびその定着物(建物)」(動かせない財産)のことで, 当然ながら「土地」や「建物」は 鞄の中に入らない。バッグの中には入らない。したがって, 「僕は 鞄の中に幾ばくかの不動産を持ってるんだ」, では明らかにおかしい(有り得ない)表現だ。

とはいえ, その種の, 現実では有り得ないことを言葉で表わすことは, 詩もしくは歌詞の中では逆にいくらでも有り得る(比喩なり暗喩なり様々なかたちで)。そのうえで, それをどういう日本語にするのか, ということになる。要するに, 比喩なら, 詩的な表現なら, 例えば日本語にした場合にかなりの違和感があるケースでもそのまま(ある意味, 直訳的もしくは逐語訳的に)訳すのか, それとも, 文脈や前後あるいはそのヴァース全体の意味を踏まえて意訳するのか(意訳的な翻訳をするのか), そこは詩や歌詞を訳す作業において極めて難しい問題のように思える。

"Let us be lovers, we'll marry our fortunes together
I've got some real estate here in my bag"

Let us be lovers, we'll marry our fortunes together は, 上の検討によれば「僕達、恋人になろう。僕らの運命(運勢, 運, 幸運)を一緒にするんだ」「僕達、恋人になろう。僕らの財産(少しの財産)を一緒にするんだ」など。

筆者の当初の訳では「僕達、恋人になって結婚しよう。未来を一つにしてパートナーになろう」としていて, 意訳ではあるが, そう飛躍的な意訳ではないと自分では思う。

I've got some real estate here in my bag は「お金なら何とかなるさ, バッグに少し持ち合わせているんだ」としていたのだが, これは要するに, まずは「鞄の中に幾ばくかの不動産を持ってるんだ」ではさすがに日本語として違和感が強いだろうと考えたのだろうと思う。そのうえで, 「不動産」を意味する real estate は ここでは何なのか, 「幾ばくかの」を意味する some と合わせ, some real estate「幾ばくかの不動産」, しかも here in my bag「鞄の中に」とはどういうことなのか, 何を意味する比喩なのか, 考えたのだろう。

考えたのだろうが, 名案も浮かばず, その前の we'll marry our fortunes together fortunes が「財産」「大金」などを意味する言葉でもあることを踏まえ(あるいはそれに釣られ), 「鞄の中に幾ばくかの不動産を持ってるんだ」を「鞄の中に少しのお金なら持ってるんだ」とし, 「お金なら何とかなるさ, バッグに少し持ち合わせているんだ」に落ち着いたのでは, いま察する限りでは, 23年余り前の自分の歌詞和訳作業の一部をそんなふうに, 大雑把に想像する。

さて, ここで, 今朝「発見」したあるウェブサイトのページから転載。

Then where his is home, such as it is? He tells us that in the first verse: "I've got some real estate here in my bag." His home is the road. George Carlinexplained, in his famous "Place for My Stuff" routine, that a house is "just a pile of stuff with a lid on it." Well, Simon's "place for his stuff" is in his bag. All he needs is some junk food, cigarettes, and a magazine... and he's set.

http://paulsimonsongs.blogspot.com/2010/04/america.html

日本語訳

では, 彼の家は一体どこにあるのだろうか? 彼は最初のヴァースで告げている。「鞄の中に幾ばくかの不動産があるんだ」。彼の家は道路だ, 路上だ。George Carlin は, 彼の有名な "Place for My Stuff"(俺の持ち物の置き場所)という演目で, 家とは「蓋が付いたただの物の山」だと説明した。そうなんだ, ("America" の歌のなかの)Simon にとって「彼の持ち物の置き場所」は 鞄, バッグの中なのだ。彼に必要なのはいくらかのジャンクフード, タバコ, それから雑誌…それだけだ, それで準備完了ってわけだ。

ここで再び, 件(くだん)のラインに関し, 考えを進めてみる。

「不動産」, 要するに土地や建物, 家などは動かせない, だから「不動産」だ。それが「鞄の中にある」という。そんなもの, 実際にはあるわけがない。そして, あるいは「しかし」, 彼はいま(キャシーと二人で)「アメリカ」(が象徴するもの, もしくは「アメリカ」が象徴するものと彼が考えたもの, 自由, 希望, チャンスなど)を探す旅に出るところだ。彼の家(「不動産」)はその旅の中にある, あるいはその旅の途上にある, ある意味「有り体に言えば」その旅をするうえでの, 路上にある。

そんなふうに解釈したうえで I've got some real estate here in my bag を「少しなら不動産だって持ってるんだ, 鞄の中だけどね」という些か皮肉めいてユーモラスな語感のある日本語に置き換えるなら, それを上記のような解釈を背景としたものだとするのであれば, これはこれでわるくないかなと思う。

疲れたね(笑)。

2002年12月7日 初訳

「僕達、恋人になって結婚しよう
 未来を一つにしてパートナーになろう
 お金なら何とかなるさ
 バッグに少し持ち合わせているんだ」

2026年3月12日 試訳(案)

「僕達、恋人になって結婚しよう
 未来を一つにしてパートナーになろう
 少しなら不動産だって持ってるんだ
 鞄の中だけどね」

American Tune 歌詞和訳 - One Nation Under a Groove - America 歌詞和訳 - Rolling Stone

これが 元々の切っ掛けで, 前章の件, 気づいた。

"America", 歌詞和訳・改訳 (2026年3月26日)

これです。

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