青空を見て少しでも気分が晴れるなら,
青空を見て少しでも気分が晴れるなら, 大丈夫でしょう。気持ちよく晴れた空を見て, 少しでも気分が(気持ちよく)晴れるなら, あなたはきっと大丈夫だと思う。まぁ気分が「気持ちわるく」晴れるようなことはないだろうから, これはもちろん妙な言い方なんだけど。
青空を見て浮かんでくる歌, 程度の軽いノリで投稿しようと思って書き始めたのに, 打ち始めたのに, 気づいたら前口上の話題の方に随分と文字数を使っていた。まぁしかし, 今日の投稿の「気分」自体は, まったくもって, 歌の方です。
青空を見て少しでも気分が晴れるなら,
青空を見て少しでも気分が晴れるなら,
ともあれ, 青空を見て少しでも気分が晴れるなら, あなたはきっと大丈夫だと思う。これは昔々, どんよりとした曇り空やあるいは雨降りの日の方が(むしろ)気分が(ほんの少しでも)和らぐことがあり(「ことがあり」程度だったけれど), 澄み切った青空を見たりしたらかえって悲しく(正確には「ますます悲しく」)あるいはかえって辛く(正確には「ますます辛く」)なったりした時代があった人間の個人的主観です。
個人的主観, トートロジー。このしつこい言い回しは, 強調したいから, おそらく。こういうことは, つまり筆者言うところの「人生のポケット」みたいなものの受けとめ方は, 人それぞれで随分と違うものだろうと思うから。それは個人個人で異なる当事者のキャラクターや(人生のどんな時期なのかという意味で)タイミング, その時の周囲の様々な事情, そんな条件・環境などに影響を受けるだろうし。
一方で, 澄み切った青空を見たらかえって悲しくなったなんてのは, めちゃくちゃに珍しい心の動きでもないだろうから, 世の中に「そこそこ同様」くらいの経験者ならある程度はいるのではと思ったりもする。一時的にそういう気分になるのなら, 平凡とまで言わずとも, 世間にまま「ある」ことでしょう。
ただ, 自分の場合は, そんな心持ちでいるのが一時的な現象ではなく, その期間が長く, その心の状態は何というか, 深くて, とにかく深くて暗い … 深くて暗い河がある .. って「男と女のあいだ」(はい, そうです, 「黒の舟唄」)の話じゃないよ, 話が飛ぶのは昔からの癖だ, とまれ, ともあれ, 深くて暗い「人生のポケット」の話, その「人生のポケット」の時代が, そうだ, ひとりの人間の人生のスパンという意味合いの中では「時代」と形容していいくらいに長かった。
曇り空や雨降りの日の方がまだマシで, 快晴の日の方がかえって気分が(より, ますます)沈み, 季節で言えば, 新緑の木々が, あるいは昆虫でも小動物でも何というか何もかもが より生き生きとして見えてくるような初夏なんかよりも, 晩秋とか真冬の方が気分がマシ(あくまで「マシ」程度だったけれど)だったり。
昔々の話 〜 澄み切った青空を見て 悲しくなる時もある, 「人生 舐めんなよ」
タイトルに付けた写真は, 2021年12月13日に撮ったもので, "澄み切った青空を見て 悲しくなる" ような時代は 2016年の1月末か2月頭くらいに脱け出たので, それはこの写真の5年以上前の話。今日, 2025年12月5日から振り返れば, もう10年近く前までの一「時代」の話。
今日のタイトル写真は, 今日, 2025年12月5日に撮影。4年前の12月13日に撮った上の写真と同じく, 我が家の裏庭で撮ったもの。この間に, 外壁塗装をしたのです。でも空の青さは同じくらいだね。

写真の右下に写っているのは, 我が家の裏庭の枇杷の木。この, 枇杷の木。
ではでは。あ,
そういや, こんな歌があったね 〜 青空、ひとりきり (井上陽水)
歌詞はよく吟味したことないけど, 拙者(筆者!)。そもそも筆者(拙者)は, 「人生の底にいても」, 幸い ひとりきり ではなかったよ。
青空、ひとりきり 〜 井上陽水, 1976年3月25日リリース「招待状のないショー」より
しっかし陽水, 歌 上手いなぁ。
では, 次節へ。
人生の底にいても 大丈夫だった 〜 青空を見たらかえって「ますます」辛くなったりした時代, それでも, 後から振り返ってみれば 「大丈夫だった」
本章第1節の冒頭に,
ともあれ, 青空を見て少しでも気分が晴れるなら, あなたはきっと大丈夫だと思う。これは昔々, どんよりとした曇り空やあるいは雨降りの日の方が(むしろ)気分が(ほんの少しでも)和らぐことがあり(「ことがあり」程度だったけれど), 澄み切った青空を見たりしたらかえって悲しく(正確には「ますます悲しく」)あるいはかえって辛く(正確には「ますます辛く」)なったりした時代が
と書いていたけれど,
"どんよりとした曇り空やあるいは雨降りの日の方が(むしろ)気分が(ほんの少しでも)和らぐことがあり(「ことがあり」程度だったけれど), 澄み切った青空を見たりしたらかえって悲しく(正確には「ますます悲しく」)あるいはかえって辛く(正確には「ますます辛く」)なったりした時代",
以下は, そんな時代でも, 後から振り返ってみれば, 自分は「大丈夫だった」のだ, という話です。
ではでは, 今日の投稿の「気分」に添った(沿った)話題の方, 青空を見て浮かんでくる歌を, 次章で。
青空を見て浮かんでくる歌, とりあえずの 2曲
ポール・サイモン と ジェイムス・テイラー
ポール・サイモン と ジェイムス・テイラー, この二人の歌が浮かんだんだけど, この二人, 前回の note の
第2章第4節 ジョニ・ミッチェルが, 2013年のCBCインタビューで語ったディラン評, その要点 で, 紹介していたのだった。
その 4), ディランは 優れたギター・プレイヤーではない。
御意。同意。以下は, 本 note 筆者の音楽上の嗜好から, ディラン並みの「大物」ミュージシャンの「優れたギター・プレイヤー」の例。
ポール・サイモン
とりあえず, もう一人だけ, ジェイムス・テイラー
James Taylor's "Instrumental II", 中学から高校時代, がんばって弾いてました。後に職業音楽家になった「完コピ」系 3歳年上の兄貴と違い, 拙者(筆者!)は 楽譜見ながらなんだけど(泣)。
さて, 今日のお題へ。
Sunny Skies 〜 James Taylor
これはしかし, 実は「青空」「晴れた空」の歌, というわけではないね。それって今日気づいたんだけど。たぶん小6か中1の頃から, だから 1972年か1973年ぐらいから, ってことは半世紀以上前から わりとちょくちょく聴いていた曲なんだけど, 今日初めて歌詞をざくっと読んでみたら, Sunny Skies, これってこの歌の主人公の名前, あるいは渾名(あだ名, 愛称)なのかもしれない。
Sunny Skies from James Taylor's 1970 album Sweet Baby James
https://genius.com/James-taylor-sunny-skies-lyrics
サニー・スカイズ(晴れた空), 朝になっても眠ってるんだ
いつ起きればいいのかなんて 知ったこっちゃない
一日を前にして疲れた目を閉じてる
ほら見てごらん, もうあくびしてるよ
そうやって朝の時間を無為に放ってしまうんだ ..
彼はのんびりやる術なら知ってるさ
最後には皆うまくいくんだって
君らも知ったら いい気分になるだろう
サニー・スカイズには 友達がいないってこと ..
♫ ♫ ♫
以上, 最初の2つのヴァースだけを試訳。いつか気が向いて全部を訳したら, ここに入れるのさ!
さぁ一緒に歌ってみよう ♫
ではでは,
2曲目は,
Was a Sunny Day 〜 Paul Simon
以下のアルバムの中の曲。
1973年5月5日, ポール・サイモン, ソロ3作目リリース There Goes Rhymin' Simon ♫ 〜 レヴューもどき + 5曲歌詞和訳
Was a Sunny Day from Paul Simon's 1973 album There Goes Rhymin' Simon
https://genius.com/Paul-simon-was-a-sunny-day-lyrics
よく晴れた日だった, 雲ひとつない空だったよ
通り過ぎる人々からネガティヴな言葉なんて全く聞こえないさ
よく晴れた日だった, 木々で遊ぶ小鳥たちだって
それにラジオだって歌ってたよ, みんな お気に入りのメロディさ ..
♫ ♫ ♫
とりあえず 3回繰り返すコーラスだけを試訳。いつか気が向いて全部を訳したら, ここに入れるのさ!
ここにも加わる 🎶
さぁ一緒に歌ってみよう ♫
Was a sunny day, not a cloud was in the sky
Not a negative word was heard from the peoples passing by
Was a sunny day, all the birdies in the trees
And the radios singing song, all the favorite melodies ..
今日はほんと, よく晴れた日だった ♫
