ディランをディスる 〜 ジョニ・ミッチェル曰く「ディランは盗作者よ」(LAタイムズ), 本人曰く「それは言ってない」けど, 一方で 「ディランは音楽的にあまり才能がないわね」
俺が ボブ・ディランを軽蔑していることと, 今日取り上げるジョニ・ミッチェルのディラン評, 要するに彼女のディランに関する(少なくとも言葉の上では明らかに)ネガティヴなコメントとの間には, 直接的な関係はない。
俺は ディランが嫌いだが, ジョニ・ミッチェルが ディランを嫌いかどうかは知らないし, 彼女自身に12年前の件の言葉でディランをディスったという自覚があるかどうかも知らない。ただ ..
いや, 前口上はその辺にして, ジョニ・ミッチェルのディラン評(2010年および 2013年)に関することは 以下の第1章「前説(俺が ディランを嫌いなのは)」に続く, 第2章 "ジョニ・ミッチェル曰く 〜 「ディランは盗作者よ」とは言っていない, ディランは音楽的にあまり才能がないの, 彼は借り物が多いのよ"(長い見出しだね)で, その後の章は 毎度毎度ながら本 note 筆者による「ディディ」(「ディランをディスる」の略)とその付録。
前説(俺が ディランを嫌いなのは)
俺がディランを嫌いなのは, 1982年6月6日(*1)から9月末にかけてのイスラエルによるレバノン侵攻(死者約2万人)と同年9月16-18日にイスラエル軍による包囲下の在ベイルート・パレスチナ難民キャンプでイスラエル軍の協力のもとレバノンにおけるイスラエルの同盟者だったキリスト教右派民兵が起こした虐殺事件(サブラー・シャティーラ虐殺, 死者3,000人以上)の直後に,
ディランが 恥知らずのイスラエル支持ソングを作詞作曲し, それを翌1983年リリースのアルバム Infides(日本語に訳すなら「不信心者たち」「異教徒たち」といった意味, 件のイスラエル支持ソング Neighborhood Bully は1983年4月録音, アルバムは同年10月リリース)に収録, その後, ディランがその曲におけるイスラエルへの全面的支持(*2)表明に関し 具体的に後悔(なり懺悔なり反省なり)の弁を公けにしたことなどなく, その歌詞は今も彼の公式ウェブサイトに掲載されたまま削除などされておらず, 且つレコードも回収などされておらず(公けの場・機会における反省等の表明がないままに削除や回収が為されても無意味だが),
という, ディランの恥知らずのイスラエル支持の姿勢・アティチュードを許しがたいと考えるから(*3)(*4),
それに尽きるのだが(「尽きるのだが」と言いながらこの一文ここまでで既に超絶長い, ざっくりとでもしかし出来るだけ丁寧に説明したいからだよ),
で, その件は過去に何度も note 投稿していながら今日あらためて「ディラン関連」投稿しようとしているのは,
最近たまたま, ジョニ・ミッチェルが「ディランは盗作野郎で」云々とディランを別の方面からディスっているインタヴュー記事を見つけ, しかし一方で, 後に別のインタヴューでは「私はそんなことは言ってない」けれど「ディランは音楽的にはあまり才能がない」「ディランはその歌声をはじめ多くの借り物を使ってる」「彼は優れたギター・プレイヤーじゃない」といった趣旨のことを言っていて, この際それはそれで貴重な資料ではあるので, 備忘録的に自分の note 上に残しておこうと思ったから。
いやはや, note 史上最長ワンセンテンス記録, 更新。「センテンス」って「判決」じゃないよ, 最長ワン・センテンス, 一文の長さ最長記録。
*1 6月6日というのは, 奇しくも(いやこれは偶然ではなくイスラエルの悪しき意図あっての必然だった可能性すらある), 1967年にイスラエルが パレスチナのガザ地区(1948年「イスラエル建国」戦争後は国際社会が非公認のエジプトによる統治下にあった)と東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区(1948年「イスラエル建国」戦争後は国際社会が非公認のヨルダンによる統治下にあった)および シリアのゴラン高原と エジプトのシナイ半島を急襲し占領した, その侵略開始の日と同じ, いやこれは筆者の記憶違いで, 1967年の第三次中東戦争の開戦日つまりイスラエルによる上記奇襲攻撃の日は 6月5日だった(この訂正部分は本 note 投稿の翌日に編集・加筆),
いずれにしても, イスラエルは以降, 同地域の違法占領を続け, その後, シナイ半島のみエジプトに返還, 残りは依然としてイスラエルが, 1967年11月22日に(常任理事国として拒否権発動大国である)アメリカ合州国すら賛成し全会一致で採択された国連安保理決議242に違反しながら既に半世紀以上, 58年以上の長きにわたり違法占領を続けており(そのうえジュネーヴ条約違反の占領地内における違法入植地建設を続けており), 国際社会は当然ながら, これを認めていない。にもかかわらず, 偽善と欺瞞のダブルスタンダードが十八番(おはこ!)の欧米諸国による実質的支援のもと, イスラエルによる違法占領・違法入植地建設は今も続いている。
*2 「イスラエルへの全面的支持」という表現は, 2016年5月24日付のイスラエル紙 Haaretz の記事 "Unearthing Bob Dylan’s Forgotten pro-Israel Song"(「ボブ・ディランの忘れられたイスラエル支持ソングを掘り起こす」)の記事本文における同様の表現を想起してのもの。
While Dylan’s Jewishness has been examined and reexamined over the years, relatively little attention has been paid to his 1983 song 'Neighborhood Bully' — a rare declaration of FULL-THROATED ISRAEL support by a mainstream American rocker.
*3 もちろん, 普段は, アートにおける作品とその作者の政治的態度は切り離してアートを鑑賞している。いちいち音楽家や画家などが(例えば)どの政党を支持するか, あるいはどんな政治思想を持っているか, などによって 音楽や絵画の選り好みなどしていたらキリがない。しかし, それにも限度はある。一線を超えたら話は別だ。
「ゲルニカ」で有名な ピカソが, もしも実はナチスを賛美する絵画を描き, 生涯それを恥じることがなかったのなら(仮定の話, もちろんピカソにそんな事実はない), ピカソのその後の評価は 決定的に違うものになっていただろう。しかし ディランの場合は 「仮定の話」ではない。
ジョン・レノンが もしも, ベトナム戦争の最中もしくはベトナム戦争におけるアメリカ軍兵士によるソンミ村虐殺事件の直後に「アメリカ合州国」支持を旨とする歌を書き, 生涯それに関し反省の弁を公にしなかったのなら(仮定の話, 勿論そんな事実はない), 彼のその後の "Imagine" や "Give Peace a Chance" は 全くの空虚な平和讃歌になっていただろう。しかし ディランの場合は 「仮定の話」ではない。
*4 ディランのイスラエル支持ソングを巡る問題は, 次々章にリンクを掲載する過去 note にて。
ジョニ・ミッチェル曰く 〜 「ディランは盗作者よ」とは言っていない, ディランは音楽的にあまり才能がないの, 彼は借り物が多いのよ
L.A. Times インタヴュー記事におけるジョニ・ミッチェル曰く 「ディランは盗作者よ」が, 当時メディアを騒がせた背景
L.A. Times 記事は 2010年のもので, その発言そのものは 3年後の CBC によるインタヴューでジョニ・ミッチェル本人が否定しているが【ただし次節に示すように後者のインタヴューでも彼女は「ディラン(の音楽, もしくは "創作")は借り物が多い」とコメントしている】, 彼女のその種のディラン批評が当時メディアを騒がせた背景には, もともと, ディランが "創作" したものには他のクリエイターの作品からの引用・盗用の類が少なくないとの指摘があり, 以前からディランの歌の歌詞, 自伝, 絵画などに他者の作品からの盗用・剽窃, 無断の引用などの類が取り沙汰され, 様々な分野で具体的な指摘が為されてきたという背景があるのだろうと思う。
ウィキペディアにも以下のようなくだりがあるが,
歌詞や自伝における引用・盗用(盗作)が数多く指摘されている。佐賀純一やジャック・ロンドン、アーネスト・ヘミングウェイ、ヘンリー・ティムロッドや、旅行ガイドからの引用も突き止められてきた。絵画は映画「パリ、テキサス」「黒い罠」の場面からの盗用が発覚している。さらにエド・クック教授は、ディラン自伝での盗用を発見し、失望したと述べている。ジョニ・ミッチェルは、LAタイムズ紙の取材の中で、「ディランは盗作野郎で、名前も声もインチキ、まがいもの。彼と私は昼と夜みたいなもの。彼は彼。私は私」と厳しく批判している。
筆者(本 note 筆者)も, 次章第5節にリンクを載せる 2019年9月19日付 note "ボブ・ディランの不都合な真実(2)ー または 私が 37年余り購読し続けた「朝日新聞」の購読を止めた理由" の冒頭に,
「ボブ・ディランの不都合な真実」と聞いて、彼が創作したものには他のクリエイターの作品からの引用・盗用の類が少なくないことを思い浮かべる方もおられると思いますが、私はその問題についてはいくらか論評を読んだことがあるものの、その件に関して詳しい者ではありません。
と記していたし, 上記の 2019年9月19日付 note に転載した 2017年2月28日発信の朝日新聞オピニオン編集部「私の視点」担当宛てのメール本文の中でも(このメールの経緯に関しては当該 note の中で詳述)
若干だけ、ディランが過去に多くの資料や映画などから無断で、且つ世間に発表する(音楽業界でいうところの release です)に際しても何の断り書き・注釈も付さぬまま引用・転用して自身のオリジナルであるとされる歌や自叙伝や絵画などに使っていることに触れた記事もありましたが、その記事においてすら、そのボブ・ディランの姿勢を擁護する識者もしくは文化人の解釈が併せて紹介され、「ノーベル賞受賞者」ボブ・ディランの「名声」を貶めるようなレベルの記事では全くありませんでした。
と記載しているように, ディランの作品における他者の作品からの盗用・剽窃, 転用などの問題について耳にしたことがある, 目にしたことがあるという人はそう珍しくないものと思われる。
ジョニ・ミッチェル曰く(CBCインタヴュー) 〜 「ディランは盗作者よ」とは言っていない, ディランは音楽的にあまり才能がないの, 彼は借り物が多いのよ
カナダ出身のレジェンド級シンガーソングライターであるジョニ・ミッチェル が, CBC のインタヴュー(2013年の Canadian Broadcasting Corporation によるインタヴュー, 後段に映像・音源リンクを掲載)において 〜 「ディランは盗作者よ」とは言っていない 〜 と語ったというのは,
次節にその記事リンクを載せる 2010年4月22日付の L.A. Times 紙におけるインタヴュー記事の中の ジョニ・ミッチェル本人の発言(とされる一部)を受けてのことで,
その発言を件の記事から転載すると,
Bob is not authentic at all. He’s a plagiarist, and his name and voice are fake. Everything about Bob is a deception. We are like night and day, he and I.
で, つまり, 「ボブは全く本物じゃないわ。彼は盗作者だし, 彼の名前も声も偽物よ。ボブに関する全てがごまかし, 偽物なのよ。彼と私はまるで夜と昼のように違う存在だわ」といった内容である。
実は, 筆者が今日のこの note 投稿をしようと思った(最初の)直接の切っ掛けは, 最近たまたま ディランのウィキペディアを見る機会があって, そこで上記のジョニ・ミッチェルによるディラン批判(あれはどう読んでも批判あるいは非難)が紹介されている箇所を読んだことだった。
ウィキペディアの該当部分は以下の通りで(前節でも掲載),
歌詞や自伝における引用・盗用(盗作)が数多く指摘されている。佐賀純一やジャック・ロンドン、アーネスト・ヘミングウェイ、ヘンリー・ティムロッドや、旅行ガイドからの引用も突き止められてきた。絵画は映画「パリ、テキサス」「黒い罠」の場面からの盗用が発覚している。さらにエド・クック教授は、ディラン自伝での盗用を発見し、失望したと述べている。ジョニ・ミッチェルは、LAタイムズ紙の取材の中で、「ディランは盗作野郎で、名前も声もインチキ、まがいもの。彼と私は昼と夜みたいなもの。彼は彼。私は私」と厳しく批判している。
ジョニ・ミッチェルのディラン批判に関する引用箇所は, 「ディランは盗作野郎で、名前も声もインチキ、まがいもの。彼と私は昼と夜みたいなもの。彼は彼。私は私」である。
日本語のニュアンス的には 筆者による上記の和訳より更に(やや「更に」程度か)辛辣なディラン評に読めるが, 出典は明らかに同じで, 2010年4月22日付 L.A. Times 紙におけるジョニ・ミッチェルへのインタヴュー記事である。
ただし, ウィキペディアの「出典」はタワーレコード(TOWER RECORDS)の 2010年4月26日付(L.A. Times 記事から4日後)のニュース記事からの孫引きで, 同記事("JONI MITCHELLがBOB DYLANを「偽物」と発言")では,
米「LA Times」紙のインタヴューにおいて、70年代のフォーク・シーンとボブ・ディランについて訊かれたミッチェルは、「ボブは全然本物じゃないわ。彼は盗作者よ。彼の名前も声も偽物だわ。彼にまつわるすべてはまやかし。彼と私は、夜と昼のように正反対だわ」と、同時代に活動してきたディランを痛烈に批判した。現在のところこの発言に対するディランのコメントなどは出ていない。
となっている。
問題の(?), というか件の ジョニ・ミッチェルによるディラン批判は, 調べると他にも ロッキング・オン(rockin'on)が記事にしており(2010年4月23日付, L.A. Times 記事の翌日付),
ジョニ・ミッチェルが、LA Timesに語った最新インタビューでボブ・ディランをフェイクだと言い放っているようだ。曰く「ボブ・ディランは、何ひとつ本物じゃない」「彼は盗人で、彼の名前も声もフェイクだ」「ボブ・ディランについてのすべてのことがまやかし」で「彼と私はちょうど昼と夜くらい違う」のだと。すげー。でも、こんなことを言えるのは、ジョニ・ミッチェルくらいなのかも。
というわけで, 内容からして当然ではあろうが, おそらくは日本でもかなり話題になっていたようだ。因みに, これもネット上など検索すると, 当時, アメリカ合州国やカナダ以外でも, 次節に記事リンクを掲載するように, 例えばイギリスで複数のメディアが取り上げていることを確認できる。
しかし, ジョニ・ミッチェルの曲は好きで ディランも当時は嫌いではなかった筆者, にもかかわらず , 件のジョニ・ミッチェルによるディラン批判に関しては, 最近まで自身の耳目に全く触れることなく歳月が過ぎ(*4), 自分の目と耳にこの件が入るのは, それから15年余り後, 今日から振り返ってほんの数日前のことだった。
さて, 長い長い長〜い前置きはこの辺にして(笑),
以下は, 2013年の CBC (Canadian Broadcasting Corporation) による, ジョニ・ミッチェルへのインタヴューで, 2分過ぎに 2010年の L.A. Times 紙 インタヴュー 記事における ジョニ・ミッチェルによるディラン批判コメントの話題が出る。
因みにその前, 0:16~ 0:57 では, ポール・サイモンに絡む話も(0:40 過ぎに Paul Simon に言及)。しかしこの箇所は聴き取るのは容易でなく, 字幕を頼りにシンプルに書き取ると以下の通りになるのだが, そもそも抽象的な話で意味は分かりにくい。ただ, 参考になりそうな記事を探し, それを読んでみると(*3), どうも ジョニ・ミッチェルは若い頃からなのか, あるいはキャリアを積んでからなのか, とりわけ後者の方かもしれないが, わりと他のミュージシャンの名を挙げながら音楽もしくは芸術論に関わる批評をするところがありそうだと思え, 参考記事と併せ推測するなら, この CBCインタヴューにおける「ポール・サイモン」言及の部分も, 批判的意味合いのある言及ではないかと考えられる(とはいえ, インタヴュー終盤の「ボブ・ディラン」への少なくとも具体的な言葉の上でネガティヴな響きを与えるコメントと比べると, 冒頭の「ポール・サイモン」言及部分の話の中身は些か抽象的で分かりにくいものがある)。
*自動字幕には一部誤りが入ることも珍しくないと思うが, 以下ではあえてPCのスクリーンに映る字幕が示す単語を, 逐一そのまま並べている。
I left a lot of half-baked ideas in my work for people to come and finish.
I just haven't, I'm not saying be like me, please, you know, I'm not trying to start a school people that have tried to start into my school, I want, will be to the imitators like you're going to pile up those many words Paul Simon tried it and I went yikes and I stopped doing it, you know, like I go oh oh, you know, that this should not be a school this is just painters principles that I'm trying to apply, don't take that direction I'm not sure I succeeded with it, it's kind of sounds goofy when I hear it.
以下の, 筆者による試訳では, 訳(わけ!)が分からない感じの話になるけれども, あえて記しておくと,
「私は, 作品の中に, 人々が来て完成させられるよう, 中途半端なアイデアをたくさん残してきたの」
「ただ, 私のようになってくださいと言っているわけではないわ。私が流派を作ろうとしているわけではないの。私の流派に入ろうとした人たちって, (彼らに)私が望んでいるのは, 模倣者になることよ。(でも)ポール・サイモンがそれをやろうとした時, 私は「うわっ」と思ってやめたの。つまり, ああ, これは流派にすべきじゃない, これは私が適用しようとする画家の原則に過ぎない, その方向には行かないで, そう思ったわけ。うまくいったかどうかはわからないし, 聞くとちょっと間抜けに聞こえるだろうし」
分かったような, 分からないような, 多少は分かる気もするけど, やっぱ具体的には何を言ってるのか, 正確な理解は容易じゃないね。
さて, 上記の部分の後は, 先達(先輩, この文脈では音楽史における先行のレジェンドやヒーローを指すものと思われる)から学ぶことと ただ模倣者(copycat)になることとの違い, その両者(の違い)は何処に線が引かれるのか, という話題が続き, そこで ジョニ・ミッチェルは まず「(芸術の)様式, 流儀, 伝統はそもそも模倣なの」といった応答をしている。
その後, 2分過ぎに, CBCのインタヴュアーが, 2010年の L.A. Times インタヴュー 記事におけるジョニ・ミッチェルによるディラン批判コメント を話題に乗せるのだが, ここで, ジョニ・ミッチェルは, 「私は『ディランは全く本物ではない』とは言ってない。そんな言葉(not authentic を指すものと思われる)は使ってない」と答えている。「それは "ジャーナリスト"によるでたらめだわ」「あれはコンテクスト(文脈, あの時のインタヴューでのやり取りの前後関係)から完全に外れてるのよ」と語り, 「愚かな連中によるインタヴューは嫌いだわ。彼(インタヴュアー)は間抜けだったのよ」とまで言う(笑)。
そして, 4分過ぎに再び ディランの話題となり, ジョニ・ミッチェルは, ディランについて, あらためてこう語っている。
I like a lot of Bob's songs, (though) musically he's not very gifted, you know, he's borrowed his voice from old hillbillies. He's got a lot of borrowed things. He's not a great guitar player, you know. He's invented a character to deliver his songs. Sometimes I wish that I could have that character — you know, because, you know, you can do things with that character, you know, It's a mask of sorts.
これを筆者(本 note 筆者)なりに訳せば,
「ボブ(ディラン)の多くの曲は好きだけど, でも彼は音楽的にはあまり才能がないの, わかるでしょ, 彼は昔のヒルビリーたち(*)からその歌声を借りているの。彼(の音楽, もしくは "創作")は 借り物が多いのよ。彼は優れたギター・プレイヤーでもないわ, でしょ? .. 彼は自分の歌をリスナーに届けるために, キャラクターを作ったのよ。(ここから「だって」の前まで, ジョニ・ミッチェルは声色を変えて話す)時々, 私もあのキャラクターが自分にもできたらいいのにって思うくらいだわ 〜 だって, あのキャラクターがありさえすれば 色んなことができるのよ。あれは一種の仮面みたいなものよ」
*hillbillies は hillbilly の複数形。これは歴史的に使われてきた, 一般的には侮蔑的意味合いを持つ言葉で, アメリカ南部の山岳地帯の白人の住民(因みにディランはミネソタ州の生まれだからアメリカ南部出身ではない)あるいは田舎者といった意味。一方で, Hillbilly は カントリー・ミュージックのルーツとしての「ヒルビリー」を指す言葉でもある。ジョニ・ミッチェルが CBCのインタヴューにおける上記ディラン評で使った hillbillies は, 単に(昔の)「田舎者」という意味なのか, あるいは「ヒルビリー」音楽のミュージシャン(たち)というようなニュアンスなのか(あるいは後者なら 当該箇所は hillbillies ではなく Hillbilly music's と同意の Hillbilly's と言っているのかもしれない, つまり "「ヒルビリー」音楽の歌声から [その歌声を] 借りているの", と), とにかくそこは正確な意味が判然としないのだが, 少なくとも字面上はあまり好意的な表現ではないように感じられる。
Hillbilly https://en.wikipedia.org/wiki/Hillbilly
https://en.wikipedia.org/wiki/Hillbilly#Music
いずれにしても, ジョニ・ミッチェルはこのCBCのインタヴューの中で L.A. Times 記事上の「ボブは全く本物じゃないわ。彼は盗作者だし, 彼の名前も声も偽物よ。ボブに関する全てがごまかし, 偽物なのよ。彼と私はまるで夜と昼のように違う存在だわ」といった内容の自身のものとされた発言そのものは否定したものの(*), しかし依然として此処でも, なかなかに辛辣なディラン批評のコメントを残しているとは思う。
*実際のところ L.A. Times 記事の当該部分の真偽は分からない。政治家のスキャンダル追及の取材じゃあるまいし, L.A. Times は記事にする前にジョニ・ミッチェルにゲラを見せたり, といったことはなかったのだろうか。あるいは ジョニ・ミッチェル自身, 概ねああいう類のことは言ったものの, あのインタヴューの中のコンテクスト, インタヴュアーとの対話, そのやり取りの中の前後関係から あの部分が切り取られ, それが色んなメディアを騒がせる結果になったことに 苛立ちを感じたということだろうか。
さて, CBCインタヴューにおけるジョニ・ミッチェルのディラン評に話を戻して, He's got a lot of borrowed things, 「彼(の音楽, もしくは "創作")は 借り物が多いのよ」というジョニ・ミッチェルの指摘は, 具体的に何を意味しているのか, ここはシンプルに他者(あるいは他者の作品)からのインスピレーション程度から盗用・剽窃, 無断の引用の類まで, かなり幅広く解釈できる表現ではあると思う。いずれにしても ジョニ・ミッチェル個人の主観を述べているのではあり, とくに具体例を挙げて指摘したわけではないので, これ以上は想像の域を出ないのではあるが。
*1 参考 ジョニ・ミッチェル公式ウェブサイトにおける, 件の L.A. Times 記事に関する以下の記述(下掲リンク先)も興味深い。
その見出しはこんな感じ。
The interviewer was an a**hole’: Joni Mitchell clarifies her infamous ‘plagiarist’ charge against Bob Dylan (June 29, 2013)
「あの(L.A. Times の)インタビュアーは最低, ろくでなしだったわ:ジョニ・ミッチェルが彼女の悪名高いボブ・ディランに対する「盗作者」非難についてはっきりさせる(2013年6月29日)」
*2 参考記事 *Why Joni Mitchell Was “Almost Anti-Bob Dylan” and How a British Actor Helped Change Her Mind (DECEMBER 5, 2024)
この記事, ジョニ・ミッチェルのディラン評の変遷が分かりやすい。しかし記事タイトルの印象と違い, 記事の後半で近年のネガティヴなコメントが紹介されている(2013年, CBCインタヴューまで)
*3 CBCインタヴュー冒頭の, ジョニ・ミッチェルによる「ポール・サイモン」言及部分に関わる参考記事
前項の参考記事同様に, この記事の中身も 記事タイトルの印象と違い, ポール・サイモンの作詞作風に関しそこまで否定的な記事内容ではなく, 且つ, 後半では(ジョニ・ミッチェルによる, ポール・サイモンではなく)ボブ・ディラン批判のコメントが紹介されている。
*4 以下は, 「脱線」脚注。
しかし, ジョニ・ミッチェルの曲は好きで ディランも当時は嫌いではなかった筆者, にもかかわらず , 件のジョニ・ミッチェルによるディラン批判に関しては, 最近まで自身の耳目に全く触れることなく歳月が過ぎ(*4), 自分の目と耳にこの件が入るのは, それから15年余り後, 今日から振り返ってほんの数日前のことだった。
それはたぶん, その頃は 自分が「人生のポケット」に嵌まり込んでいた時期だったからではないかと思う。何しろ, 世の中の様々な事象への関心がひどく薄くなっていた時期でもあったから。
ではでは。
ジョニ・ミッチェル 曰く 「ディランは本物じゃないわ。盗作者だし, 彼に関する全てがごまかし, 偽物なの」 〜 LAタイムズ(インタヴュー), ガーディアン, インディペンデント
本節にリンク等を掲載するのは, 2010年の L.A. Times (Los Angeles Times) によるジョニ・ミッチェルへのインタヴュー記事のほか, イギリスの Guardian および Independent による関連記事, 日本のロッキング・オン(rockin'on)および タワーレコード(TOWER RECORDS)のサイトで L.A. Times インタヴューが紹介された記事である。
この件, 前節の前半で既に取り上げているので, ここでは参照元の記事のリンクなどを中心に, ざくっと記録として残しておきたい。詳しくは, 前節と併せ一読を。
2010年の L.A. Times インタヴューにおけるジョニ・ミッチェルのディラン批判については, 日本でもロッキング・オン(rockin'on)で取り上げられ(2010年4月23日付, L.A. Times 記事の翌日付),
さらに タワーレコード(TOWER RECORDS)の 2010年4月26日付(L.A. Times 記事から4日後)のニュース記事でも取り上げられた。
以下が, 「問題の」L.A. Times 記事である。
"It’s a Joni Mitchell concert, sans Joni" (April 22, 2010)
大きな話題になった部分を(最低限「ディラン批判」とされた部分だけ切り取って読まれないよう, インタヴュアーの直前の質問と併せて)転載すると,
LAT: As well, you’ve had experience becoming a character outside yourself [Mitchell caused controversy when she appeared as an African American male on the cover of her 1977 album, “Don Juan’s Reckless Daughter”].The folk scene you came out of had fun creating personas. You were born Roberta Joan Anderson, and someone named Bobby Zimmerman (*) became Bob Dylan.
JM: Bob is not authentic at all. He’s a plagiarist, and his name and voice are fake. Everything about Bob is a deception. We are like night and day, he and I.
As for my name, my parents wanted a boy, so they called me Robert John; when I came out a girl, they just added two letter A’s to that. Then I married Chuck Mitchell; I wanted to keep my maiden name — I had a bit of a following as Joni Anderson — but he wouldn’t let me.
*someone named Bobby Zimmerman became Bob Dylan については,
Bob Dylan was born Robert Allen Zimmerman (his Hebrew name is Shabtai Zisl ben Avraham) in St. Mary's Hospital on May 24, 1941, in Duluth, Minnesota.
なお, Bob Dylan の出生時の名前 Robert Allen Zimmerman は, ジョン・レノンが 1970年にリリースした曲 "God" の歌詞において, "I don't believe in Zimmerman" というラインで使われている。
歌詞の意味, 日本語訳は,
個人的「備忘録」, ボブ・ディランとポール・サイモンの Jewishness つまり「ユダヤ人性」「ユダヤ人であること」は, 以下の note の最後から 3つ目の章 "Silent Eyes 〜 ついでに ポール・サイモンとイスラエル, ボブ・ディランとイスラエル" で言及。
話を今日の本 note 本章本節の本題(本4つ, ナンセンスなカウント!)に戻して, 以下はイギリスの著名メディアにおける「本題」関連記事。
ジョニ・ミッチェル, 「ディランは 盗作者」と主張(ガーディアン紙)
"Bob Dylan is 'a plagiarist', claims Joni Mitchell", "In an outspoken interview, Joni Mitchell claims Bob Dylan's 'name and voice are fake', but remembers Jimi Hendrix fondly" (April 23, 2010)
ジョニ・ミッチェル, ディランを盗作で非難(インディペンデント紙)
Joni Mitchell accuses Bob Dylan of plagiarism (April 24, 2010)
さて, 次節では, それから 3年後の 2013年の CBCインタビューにおけるジョニ・ミッチェルのディラン評の要点を。
ジョニ・ミッチェルが, 2013年のCBCインタビューで語ったディラン評, その要点
ここで 件のインタビューを再掲します。
4分過ぎ, ジョニ・ミッチェルは, ディランについて, こう語っている。
I like a lot of Bob's songs, (though) musically he's not very gifted, you know, he's borrowed his voice from old hillbillies. He's got a lot of borrowed things. He's not a great guitar player, you know. He's invented a character to deliver his songs. Sometimes I wish that I could have that character — you know, because, you know, you can do things with that character, you know, It's a mask of sorts.
前々節にも示した筆者(本 note 筆者)なりの訳は 以下の通り。
「ボブ(ディラン)の多くの曲は好きだけど, でも彼は音楽的にはあまり才能がないの, わかるでしょ, 彼は昔のヒルビリーたち(*)からその歌声を借りているの。彼(の音楽, もしくは "創作")は 借り物が多いのよ。彼は優れたギター・プレイヤーでもないわ, でしょ? .. 彼は自分の歌をリスナーに届けるために, キャラクターを作ったのよ。(ここから「だって」の前まで, ジョニ・ミッチェルは声色を変えて話す)時々, 私もあのキャラクターが自分にもできたらいいのにって思うくらいだわ 〜 だって, あのキャラクターがありさえすれば 色んなことができるのよ。あれは一種の仮面みたいなものよ」
*hillbillies は hillbilly の複数形。これは歴史的に使われてきた, 一般的には侮蔑的意味合いを持つ言葉で, アメリカ南部の山岳地帯の白人の住民(因みにディランはミネソタ州の生まれだからアメリカ南部出身ではない)あるいは田舎者といった意味。一方で, Hillbilly は カントリー・ミュージックのルーツとしての「ヒルビリー」を指す言葉でもある。ジョニ・ミッチェルが CBCのインタヴューにおける上記ディラン評で使った hillbillies は, 単に(昔の)「田舎者」という意味なのか, あるいは「ヒルビリー」音楽のミュージシャン(たち)というようなニュアンスなのか(あるいは後者なら 当該箇所は hillbillies ではなく Hillbilly music's と同意の Hillbilly's と言っているのかもしれない, つまり "「ヒルビリー」音楽の歌声から [その歌声を] 借りているの", と), とにかくそこは正確な意味が判然としないのだが, 少なくとも字面上はあまり好意的な表現ではないように感じられる。
Hillbilly https://en.wikipedia.org/wiki/Hillbilly
https://en.wikipedia.org/wiki/Hillbilly#Music
さて, 此処では, あらためて「問題の」, というか単に「件(くだん)の」, ジョニ・ミッチェルによるディラン評, ディラン批評の要点を抜き出し, それぞれに関し若干の考察をしたい。若干です。
1) ディランは 音楽的にはあまり才能がない。
これは音楽上の「趣味」にもよるのだろうが, 概ね同意する。これまでディランの多くの曲が多くのミュージシャンにカヴァーされており, その意味ではソングライターとしてのディランの才能は, 一定以上のものがあるに違いない。しかし, 曲の出来上がり, パフォーマンスの完成度を見た時には, 少なくとも本 note 筆者の音楽上の嗜好の上ではほぼ例外なく他のミュージシャンにカヴァーされたヴァージョンの方が良い。
その例を挙げたら「枚挙に遑(暇, いとま)がない」。
All Along the Watchtower 歌詞和訳
All Along the Watchtower by Jimi Hendrix
さらには,
"The Star-Spangled Banner" & All Along the Watchtower by Dave Matthews Band
そして,
I Shall Be Released 歌詞和訳
I Shall Be Released by the Band
I Shall Be Released by Jack Johnson
I Shall Be Released by Chrissie Hynde
参考, というか「備忘録」的に, for Julian Assange
さて,
優れたカヴァー例は 他にもごまん(五万?)とあり,
Like a Rolling Stone by Jimi Hendrix
その他にも,
Highway 61 Revisited by Johnny Winter
さらに,
Mr. Tambourine Man by The Byrds
それから,
A Hard Rain's a-Gonna Fall by Leon Russell
ほんと, 枚挙に遑がない, 枚挙にいとまがない, 枚挙に暇がないけれど, とりあえず, もう1曲, ただしこれはアレンジがかなり特殊と言えるもの。しかし素晴らしい。クラプトンのギター, その真骨頂。
Don't Think Twice, It's All Right by Eric Clapton, LIVE at Bob Dylan 30th anniversary; October 16, 1992, MSG, NYC
再度「とりあえず」,
個人的「音楽の嗜好」列挙はこの辺にして,
話を本章本節の本題に戻します。
2) ディランは 昔のヒルビリーたちから その歌声を借りている(「ヒルビリー」の意味については上述)。
ジョニ・ミッチェルに言わせれば, ディランは 声(歌声)も「借り物」だということになるようだけど, あのディランの歌声, ディラン・フリークの人以外では, そうそう「いい声だなぁ」「あの歌声が好き」という人はいないのではないか(かな〜り少ないのではないか)。
3) ディラン(の音楽, もしくは "創作")は 借り物が多い。
さて, CBCインタヴューにおけるジョニ・ミッチェルのディラン評に話を戻して, He's got a lot of borrowed things, 「彼(の音楽, もしくは "創作")は 借り物が多いのよ」というジョニ・ミッチェルの指摘は, 具体的に何を意味しているのか, ここはシンプルに他者(あるいは他者の作品)からのインスピレーション程度から盗用・剽窃, 無断の引用の類まで, かなり幅広く解釈できる表現ではあると思う。いずれにしても ジョニ・ミッチェル個人の主観を述べているのではあり, とくに具体例を挙げて指摘したわけではないので, これ以上は想像の域を出ないのではあるが。
その他, 本章第1節 "L.A. Times インタヴュー記事におけるジョニ・ミッチェル曰く 「ディランは盗作者よ」が, 当時メディアを騒がせた背景" を参照。
L.A. Times 記事は 2010年のもので, その発言そのものは 3年後の CBC によるインタヴューでジョニ・ミッチェル本人が否定しているが【ただし次節に示すように後者のインタヴューでも彼女は「ディラン(の音楽, もしくは "創作")は借り物が多い」とコメントしている】, 彼女のその種のディラン批評が当時メディアを騒がせた背景には, もともと, ディランが "創作" したものには他のクリエイターの作品からの引用・盗用の類が少なくないとの指摘があり, 以前からディランの歌の歌詞, 自伝, 絵画などに他者の作品からの盗用・剽窃, 無断の引用などの類が取り沙汰され, 様々な分野で具体的な指摘が為されてきたという背景があるのだろうと思う。
この後, この件に関するウィキペディアの記述(ジョニ・ミッチェルのコメントに関しては, 今日のこの note で取り上げた通り),
歌詞や自伝における引用・盗用(盗作)が数多く指摘されている。佐賀純一やジャック・ロンドン、アーネスト・ヘミングウェイ、ヘンリー・ティムロッドや、旅行ガイドからの引用も突き止められてきた。絵画は映画「パリ、テキサス」「黒い罠」の場面からの盗用が発覚している。さらにエド・クック教授は、ディラン自伝での盗用を発見し、失望したと述べている。ジョニ・ミッチェルは、LAタイムズ紙の取材の中で、「ディランは盗作野郎で、名前も声もインチキ、まがいもの。彼と私は昼と夜みたいなもの。彼は彼。私は私」と厳しく批判している。
さらに 本 note 筆者の過去の note からの転載など, 掲載したうえで,
要するに,
ディランの作品における他者の作品からの盗用・剽窃, 転用などの問題について耳にしたことがある, 目にしたことがあるという人はそう珍しくないものと思われる。
ただし, 著名な音楽評論家の中には, いろいろ理由を付けて「ディランの場合は問題ない」とか, あるいは「音楽はそもそも模倣だ」など書き連ねて, おおよその事実関係は認めながらも ディランを擁護する例が散見される(正直, この「問題」には今のところ具体的なレベルの関心を持っていないので, これ以上の深入りはしないが, ググったりすればこの件に関する様々な関連事象は確認できる)。
4) ディランは 優れたギター・プレイヤーではない。
御意。同意。以下は, 本 note 筆者の音楽上の嗜好から, ディラン並みの「大物」ミュージシャンの「優れたギター・プレイヤー」の例。
ポール・サイモン
とりあえず, もう一人だけ, ジェイムス・テイラー
それから,
5) ディランは 自分の歌をリスナーに届けるために, キャラクターを作った。あのキャラクターがありさえすれば色んなことができる。あれは一種の仮面みたいなものだ。
分かる話ではある。例えば, 以下に参考箇所あり。
“Musically, Dylan’s not very gifted,” Mitchell said. “He’s borrowed his voice from old hillbillies. He’s got a lot of borrowed things.” She said he wasn’t a “great guitar player” and that “he’s invented a character to deliver his songs. It’s a mask of sorts.” While Mitchell’s opinion of Dylan has certainly oscillated between respect and resentment over the years, it’s unsurprising that someone so emotionally and artistically vulnerable like Mitchell would find fault in an artist who chooses to separate his true identity from his music.
But of course, it takes all kinds, Mitchell and Dylan included.
上記は, 前々節でも紹介した参考記事 Why Joni Mitchell Was “Almost Anti-Bob Dylan” and How a British Actor Helped Change Her Mind (DECEMBER 5, 2024) からの転載。
ジョニ・ミッチェルのディラン評の変遷が分かりやすい記事ではあるが, 記事タイトルの印象とは違い, 記事の後半でジョニ・ミッチェルの近年のディランに対するネガティヴなコメントが紹介されている(2013年, CBCインタヴューまで)
しかしナンだね,
ディランは 自分の歌をリスナーに届けるために, キャラクターを作った。あのキャラクターがありさえすれば色んなことができる。あれは一種の仮面みたいなものだ。とか, ディランは an artist who chooses to separate his true identity from his music とかいったディラン評が, 仮にその通りであるとすれば,
次章で取り上げる ディランの1983年の恥ずべきイスラエル支持ソングは, ある意味, ディランの本性が何処にあるのかということとは別に, ディランは少なくともあのとき「シオニスト」の 仮面をかぶってあの歌を作り, 世間にむかってリリースしたとも言えるのか?
で, その後, その恥ずべきイスラエル支持ソングに関する後悔も懺悔も反省も公けにせず, 撤回も回収もなく。まぁ 十二分に気持ちのわるい話ではあるね。
では, 次章, いこう。
ここから先は ジョニ・ミッチェルのディラン評とは無関係 〜 俺が ディランを嫌いなのは
ディランのイスラエル支持ソング, その後の反省も後悔も撤回・回収もなく 〜 1982年のイスラエルによるレバノン侵略およびパレスチナ難民虐殺事件の直後の, 恥ずべき イスラエル支持ソング
因みに「撤回」の意味は, 「一度提出・公示などしたものの効果を, 当の人や機関が将来に向けて消滅させること」「ある意思の表示をした者が, その効果を将来に向かって消滅させること」(広義では 取り消すこと)。
ディランの恥知らずのイスラエル支持ソング, 詳しくは 本章本節の後段にリンクを掲載する過去 note の中で,
しかし その前に, 肝所を, あらためて 本日の「前説」より一部転載する。
俺がディランを嫌いなのは, 1982年6月6日(*1)から9月末にかけてのイスラエルによるレバノン侵攻(死者約2万人)と同年9月16-18日にイスラエル軍による包囲下の在ベイルート・パレスチナ難民キャンプでイスラエル軍の協力のもとレバノンにおけるイスラエルの同盟者だったキリスト教右派民兵が起こした虐殺事件(サブラー・シャティーラ虐殺, 死者3,000人以上)の直後に,
ディランが 恥知らずのイスラエル支持ソングを作詞作曲し, それを翌1983年リリースのアルバム Infides(日本語に訳すなら「不信心者たち」「異教徒たち」といった意味, 件のイスラエル支持ソング Neighborhood Bully は1983年4月録音, アルバムは同年10月リリース)に収録, その後, ディランがその曲におけるイスラエルへの全面的支持(*2)表明に関し 具体的に後悔(なり懺悔なり反省なり)の弁を公けにしたことなどなく, その歌詞は今も彼の公式ウェブサイトに掲載されたまま削除などされておらず, 且つレコードも回収などされておらず(公けの場・機会における反省等の表明がないままに削除や回収が為されても無意味だが),
という, ディランの恥知らずのイスラエル支持の姿勢・アティチュードを許しがたいと考えるから(*3)(*4),
それに尽きるのだが(「尽きるのだが」と言いながらこの一文ここまでで既に超絶長い, ざっくりとでもしかし出来るだけ丁寧に説明したいからだよ),
以下の注釈も, 本日の「前説」から転載。
*1 6月6日というのは, 奇しくも(いやこれは偶然ではなくイスラエルの悪しき意図あっての必然だった可能性すらある), 1967年にイスラエルが パレスチナのガザ地区(1948年「イスラエル建国」戦争後は国際社会が非公認のエジプトによる統治下にあった)と東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区(1948年「イスラエル建国」戦争後は国際社会が非公認のヨルダンによる統治下にあった)および シリアのゴラン高原と エジプトのシナイ半島を急襲し占領した, その侵略開始の日と同じ, いやこれは筆者の記憶違いで, 1967年の第三次中東戦争の開戦日つまりイスラエルによる上記奇襲攻撃の日は 6月5日だった(この訂正部分は本 note 投稿の翌日に編集・加筆),
いずれにしても, イスラエルは以降, 同地域の違法占領を続け, その後, シナイ半島のみエジプトに返還, 残りは依然としてイスラエルが, 1967年11月22日に(常任理事国として拒否権発動大国である)アメリカ合州国すら賛成し全会一致で採択された国連安保理決議242に違反しながら既に半世紀以上, 58年以上の長きにわたり違法占領を続けており(そのうえジュネーヴ条約違反の占領地内における違法入植地建設を続けており), 国際社会は当然ながら, これを認めていない。にもかかわらず, 偽善と欺瞞のダブルスタンダードが十八番(おはこ!)の欧米諸国による実質的支援のもと, イスラエルによる違法占領・違法入植地建設は今も続いている。
*2 「イスラエルへの全面的支持」という表現は, 2016年5月24日付のイスラエル紙 Haaretz の記事 "Unearthing Bob Dylan’s Forgotten pro-Israel Song"(「ボブ・ディランの忘れられたイスラエル支持ソングを掘り起こす」)の記事本文における同様の表現を想起してのもの。
While Dylan’s Jewishness has been examined and reexamined over the years, relatively little attention has been paid to his 1983 song 'Neighborhood Bully' — a rare declaration of FULL-THROATED ISRAEL support by a mainstream American rocker.
*3 もちろん, 普段は, アートにおける作品とその作者の政治的態度は切り離してアートを鑑賞している。いちいち音楽家や画家などが(例えば)どの政党を支持するか, あるいはどんな政治思想を持っているか, などによって 音楽や絵画の選り好みなどしていたらキリがない。しかし, それにも限度はある。一線を超えたら話は別だ。
「ゲルニカ」で有名な ピカソが, もしも実はナチスを賛美する絵画を描き, 生涯それを恥じることがなかったのなら(仮定の話, もちろんピカソにそんな事実はない), ピカソのその後の評価は 決定的に違うものになっていただろう。しかし ディランの場合は 「仮定の話」ではない。
ジョン・レノンが もしも, ベトナム戦争の最中もしくはベトナム戦争におけるアメリカ軍兵士によるソンミ村虐殺事件の直後に「アメリカ合州国」支持を旨とする歌を書き, 生涯それに関し反省の弁を公にしなかったのなら(仮定の話, 勿論そんな事実はない), 彼のその後の "Imagine" や "Give Peace a Chance" は 全くの空虚な平和讃歌になっていただろう。しかし ディランの場合は 「仮定の話」ではない。
*4 ディランのイスラエル支持ソングを巡る問題は, 次々章にリンクを掲載する過去 note にて。
その過去 note の一部を 以下, 並べる。
ボブ・ディランのイスラエル支持ソングは, 1982年のイスラエルのレバノン侵攻と同年9月のベイルートにおけるパレスチナ難民虐殺事件の直後に書かれた
ボブ・ディランの恥ずべきイスラエル支持ソングと、サブラ・シャティーラ、パレスチナ難民虐殺事件 38周年(2020年9月17日 投稿)
ボブ・ディランの恥知らずのイスラエル支持ソングに続く収録曲 〜 License to Kill
そして,
ハロルド・ピンター と ボブ・ディラン 〜 共に ユダヤ人ノーベル文学賞受賞者ながら 雲泥の差, もちろん 泥 は ディラン
第1章 "ことわり書き: ミュージシャンが ノーベル「文学」賞を受賞したって構わないよ勿論 〜 だから 取り上げたいのはそんなくだらないハナシではなく"
上の見出しの一言二言で 十分なんだけど, せっかくなので一応, 以下にざくっと書いておくと, 本 note で取り上げるのは 両者の「文学」の質の差ではない。そもそも ロックの歌の歌詞は「文学」ではないとか, ミュージシャンが「文学」賞を受賞するのはおかしいとか, そんなくだらないことを主張する気はない。ロックだって「文学」になり得るし, ミュージシャンが サブカル「文学」賞を受賞したっていいし, あるいは ノーベル「文学」賞を受賞したって構わない, 当たり前だ, マル。彼らの英語圏だと今どき "period" って書いたり言ったりするよね, 要するに「この件はこれでおわり, あとはつべこべ言うな」。俺はこの件, つべこべ言わない(笑)。
前段に書いたようなことはどうでもいいし, そもそも拙者, ボブ・ディランの歌はけっこう知ってるし, ライヴだって 2度観たし, それに 本 note 上でもやってる「趣味シュミ」歌詞和訳の一環で ディランの歌の歌詞を和訳したりもしてるけれど, イギリスの劇作家・詩人である ハロルド・ピンター(Harold Pinter, 1930年10月10日 - 2008年12月24日)の作品については, 現時点で 読んだことも見たことも, 聞いたことも聴いたこともない .. と思う (ピンターは 映画の脚本, ラジオの台本なども書いた人)。
俺が ここで言いたいのは, 以下(次章へ)。
ハロルド・ピンター と ボブ・ディラン 〜 共に ユダヤ人ノーベル文学賞受賞者ながら 雲泥の差, もちろん 泥 は ディラン
ではでは。
「キャンセルカルチャー」とは関係ないぜ, という話
下掲リンク 2024年11月21日 投稿 note から, その前口上。
「ボブ・ディラン」ボイコット運動でも起きれば, 協力なり参加なりすると思うよ。しかし自分でそれを起こすような気はないし(今再び ディランが 破廉恥なイスラエル支持ソングをリリースでもしたなら「ボイコット運動」の意味はあるだろうが, でなければ 既に昔ほどの影響力を持たないディランに対する社会的つまり世間を巻き込んだ「ボイコット」運動を組織することは俺個人にとっては時間の無駄だと感じる, 括弧長ぇ), 何はともあれ, 俺のディラン「ボイコット」はまずは 俺のアティチュードもしくはその意思表明, まぁ後者もアティチュードに含まれるけれども, 要するに 個人的なレベルのアティチュードであって, それ以上でも以下でもない。「ジャーナリズム」なりメディアなり「評論家」なり 世論なりが「ディランだから」という理由で 彼への批判を控えるのなら, 実際「控え目に言っても」「控えてる」と思うし, 神聖化して不可侵扱いしてる向きもあるだろう, 俺はそれに対しては あくまで批判者だけどね。
もちろん, 普段は, アートにおける作品とその作者の政治的態度は切り離してアートを鑑賞している。いちいち音楽家や画家などが(例えば)どの政党を支持するか, あるいはどんな政治思想を持っているか, などによって 音楽や絵画の選り好みなどしていたらキリがない。しかし, それにも限度はある。一線を超えたら話は別だ。
第1章は, "仮定の話, ゲルニカを描いたピカソが 実は一方で ナチス賛美の絵画を描いた過去を持ち 生涯それを恥じることもなかったとしたら, あるいは Imagine を歌ったジョン・レノンが もしも実はベトナム戦争時のソンミ村虐殺事件の後に「アメリカ合州国」支持ソングをリリースし 彼がその後も後悔なり反省なりの考えを公にしなかったのだとしたら 〜 〜 〜 〜 〜 実際の話, ディランは 1982年のイスラエルによるレバノン侵略とイスラエル包囲下でのパレスチナ難民虐殺事件の直後に イスラエル支持ソングをリリースし, その後, 撤回・撤収・回収はもちろん 一切の反省の言辞もないままに時は過ぎ, イスラエルに対する態度は不変のまま"
長ぇ見出しだなぁ。
イスラエル擁護者 「ボブ・ディラン」 に対する 俺の個人的ボイコットは, 所謂 "キャンセル・カルチャー" なるものとは一切関係ない 〜 All Along the Watchtower 歌詞和訳付き
再度, 関連リンクを。
ボブ・ディランのイスラエル支持ソングは, 1982年のイスラエルのレバノン侵攻と同年9月のベイルートにおけるパレスチナ難民虐殺事件の直後に書かれた
ボブ・ディランの恥ずべきイスラエル支持ソングと、サブラ・シャティーラ、パレスチナ難民虐殺事件 38周年(2020年9月17日 投稿)
ボブ・ディランの恥知らずのイスラエル支持ソングに続く収録曲 〜 License to Kill
ではでは。
ディラン, 宗教および盗作問題, ほか
もう面倒くさい。本節は安直に「ほぼ」ウィキペディア転載だけで済ませる。
ウィキペディア「人物と宗教」の項目
「人物と宗教」2段落目
元々ユダヤ人、ユダヤ教徒として出生したが、1970年代末には宣教師ビリー・グラハムの影響を強く受け、福音派プロテスタント(聖書に純粋な信仰を置く一般的キリスト教)に改宗したことで非難を浴びた(ジョン・レノンは、ディランのイエス・キリストを讃える歌詞に反発し、反対の意味のアンサー・ソングを書いている)。ソニー・ミュージックなどによれば、1983年以降はユダヤ教に回帰している。
因みに, 福音派プロテスタントは 実際には「一般的キリスト教」信者とは言えず, その大多数はいわゆる クリスチャン・シオニスト である。
また, 「ジョン・レノンは、ディランのイエス・キリストを讃える歌詞に反発し、反対の意味のアンサー・ソングを書いている」の件は 不詳。
ジョン・レノンの 1970年リリースの歌なら "God" があるが(因みに Bob Dylan の出生時の名前 Robert Allen Zimmerman が, この歌の歌詞において, "I don't believe in Zimmerman" というラインで使われている)。
ジョン・レノン, God 〜 神とは, 我々の苦痛を測るための概念である (歌詞和訳)
では,
ディランのウィキペディア「人物と宗教」の項目に戻り, その 4段落目
歌詞や自伝における引用・盗用(盗作)が数多く指摘されている。佐賀純一やジャック・ロンドン、アーネスト・ヘミングウェイ、ヘンリー・ティムロッド(英語版)や、旅行ガイドからの引用も突き止められてきた。絵画は映画「パリ、テキサス」「黒い罠」の場面からの盗用が発覚している。さらにエド・クック教授は、ディラン自伝での盗用を発見し、失望したと述べている。ジョニ・ミッチェルは、LAタイムズ紙の取材の中で、「ディランは盗作野郎で、名前も声もインチキ、まがいもの。彼と私は昼と夜みたいなもの。彼は彼。私は私」と厳しく批判している。
この件は, 今日の本 note の第2章。
さらに, ディランのウィキペディア「人物と宗教」の項目, その 5段落目
2012年10月発売の米誌ローリング・ストーン(フランス語版)のインタビューで米国の人種間関係について問われた際に、「奴隷主や(クー・クラックス・)クランの血が混じっている人がいれば黒人はそれを感じ取る。そういうことは今日にも残っている。ユダヤ人ならナチスの血を感じ取り、セルビア人ならクロアチア人の血を感じるように」などと応じ、クロアチア人に対する憎悪を煽情する発言として在仏クロアチア人協議会から告訴された。2013年11月中旬、これを受けたフランス司法当局により、侮辱行為と憎悪扇動の罪で刑事訴追されたが、2014年4月15日にパリの裁判所により訴えは棄却された。
この件は, 本 note 筆者, 全く詳しくない。ディランがその後, 本件に関し後悔なり反省なり, あるいは開き直りなり, 何か発言したかどうかについても知らない。
ついでに, 朝日新聞も ディスる
ボブ・ディランの不都合な真実(2)ー または 私が 37年余り購読し続けた「朝日新聞」の購読を止めた理由(2019年9月19日 投稿)
(1)は これ。ボブ・ディランの不都合な真実 ー 1982年イスラエルのレバノン侵略とパレスチナ難民虐殺事件の直後に書かれたイスラエル支持ソング
朝日新聞をディスる話題は, 次章の「番外編」の中にも有り。
番外編: ついでに 「痴の巨人」「知の虚匠」 ユヴァル・ノア・ハラリ も ディスる
ユヴァル・ノア・ハラリを ディスる 〜 ついでに 「恥(ち)の巨人」朝日も ディスる
イスラエルの歴史家・哲学者ユヴァル・ノア・ハラリの「人類と新型コロナウイルスとの闘い」論考批判
ユヴァル・ノア・ハラリ と 彼を礼賛する人たち が見ないもの、あるいは見ようとしないもの
では, 最後に,
好きなジョニ・ミッチェルの曲 〜 嫌いなディランの, 嫌いではない曲(歌詞和訳)
"The Circle Game" and "Both Sides Now" by Joni Mitchell
The Circle Game from Joni Mitchell's 1970 album Ladies of the Canyon 🎶
Both Sides, Now from Joni Mitchell's 1969 album Clouds 🎶
Both Sides Now, the title track on Joni Mitchell's 2000 album 🎶
上掲の 2曲(3曲), 以下の最終章 サークル・ゲーム 〜 "The Circle Game" by Joni Mitchell の中にも。
ではでは!
"All Along the Watchtower" by Jimi Hendrix, and Dave Matthews Band 〜 歌詞和訳
これ と あれ, です。
そして, 最後は,
"I Shall Be Released" by the Band, and Jack Johnson 〜 歌詞和訳
我々はいつか「解放」されるのか。とりあえず, 今日はこれにて, 了。
