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I Shall Be Released 〜 歌詞和訳

ディランなんかじゃなく, ザ・バンドで, ジャック・ジョンソンで。Dylan なんかじゃなく, The Band で, Jack Johnson で。理由は, まず第一に, 少なくとも自分の音楽嗜好上, ディランの曲はほぼ例外なくカヴァーの方がいいから(私的, 個人的に, ディランのオリジナルの方が良かった例はない, もしくは記憶にない)。第二に, ディランが嫌いだから, というか, ディランを軽蔑しているから(詳しくは今日の最終章)。

それでも随分と前に(ディランを軽蔑していなかった頃に)この歌の歌詞を和訳した, その中身を此処 note に載せようと思ったのは, 最近きっかけがあって今から22年前に試みた自分の和訳の中身を見る機会があり, なんだ結構いいじゃんと自画自賛ならぬ自訳自賛, かつ, これまで note に幾度となく書いてきた「人生のポケット」なるものに嵌まり込んでいた当時の自分にとって, 拠り所になる, あるいは自分の心の揺れ・揺らぎを支えてくれるような歌のひとつが, この I Shall Be Released だったことを思い出したからだ。

最初にことわっておくと, (意訳である以上に)上に書いたような背景がある和訳であることから 一部 意識的に意味をずらした箇所があって, 以下では, それを敢えてそのまま掲載している。


I Shall Be Released 〜 歌詞和訳

I Shall Be Released 〜 The Band, Jack Johnson (歌詞和訳)

既に「前口上」している通り, かつ 訳注 や 次節に載せる「訳した日の日記」にもある通り, 意識的に意味をずらした箇所がある。

なお, 訳した当時の自分はディランのオリジナルの歌詞(下掲リンクの「英語原詞」)をもとにそれを日本語に置き換えることを試みたのだが, 幸いというか何というか, 以下の The Band も, Jack Johnson も, オリジナルの歌詞にほぼ忠実に歌っている。だから(上記の "意識的に意味をずらした" 箇所以外は)自分としては特に違和感はない。

I Shall Be Released from the Band's 1968 debut album Music from Big Pink 🎶

英語原詞 https://www.azlyrics.com/lyrics/bobdylan/ishallbereleased.html

全てのものは取り替えることが出来るという
だけどそれは簡単に出来るというわけじゃない
だから僕はみんなの顔を覚えている
ここに至るまでに僕が出会った人達の顔をね (*1)

僕の光が輝きながら近づいてくるのがわかるよ
その光は西から東へと進んでいるんだ
いつだって いつだって
きっと僕は解放されるだろう

誰もが保護されることを必要とするという
誰もがこの場所に落ちる可能性があるという
だけど誓って言うが僕には自分の姿が見えるんだ
この壁を超えたもっと高いところにね

救いの光が輝きながら近づいてくるのが見えるよ (*2)
その光は西から東へと進んでいるんだ
いつだって いつだって
きっと僕は釈放されるだろう

孤独な群衆の中で僕の隣りに立っている男
彼は俺は断じて悪くないんだとわめいている
一日中ずっと 大声で叫ぶ彼の声が聞こえる
罠にかかったんだと訴える悲しい声をね

僕には救いの光が近づいているのがわかる
光が西から東へと照らしていくのが見える
いつだって いつだって
僕は自由になるだろう

…….. ♫ …….. ♫ …….. ♫ ……..

訳注
*1 最初の Verse がまず意訳含み。意識的に意味をずらした箇所もある(本章次節に掲載の「訳した日の日記」に書いていた通り)。上掲の和訳で「ここに至るまでに僕が出会った人達」としている "ev'ry man who put me here" は, おそらくは, 「ここに僕を(俺を)追いつめた奴ら」「ここ(あるいは「この監獄」)に俺をぶち込んだ連中」といった日本語訳にしている例が多いのではないかと思う。

*2 ここで "my light" を「救いの光」という日本語に置き換えたのは, 当時「人生のポケット」(については 本 note 次章)期を生きていた自分の心の中に, 何か何処かに文字通り「救い」を求めたいような気分が充満していたからだろう。

…….. ♫ …….. ♫ …….. ♫ ……..

I Shall Be Released (Jack Johnson with ALO) from a 2007 tribute album to the Band, Endless Highway: The Music of the Band 🎶

英語原詞 https://www.azlyrics.com/lyrics/bobdylan/ishallbereleased.html

全てのものは取り替えることが出来るという
だけどそれは簡単に出来るというわけじゃない
だから僕はみんなの顔を覚えている
ここに至るまでに僕が出会った人達の顔をね (*1)

僕の光が輝きながら近づいてくるのがわかるよ
その光は西から東へと進んでいるんだ
いつだって いつだって
きっと僕は解放されるだろう

誰もが保護されることを必要とするという
誰もがこの場所に落ちる可能性があるという
だけど誓って言うが僕には自分の姿が見えるんだ
この壁を超えたもっと高いところにね

救いの光が輝きながら近づいてくるのが見えるよ (*2)
その光は西から東へと進んでいるんだ
いつだって いつだって
きっと僕は釈放されるだろう

孤独な群衆の中で僕の隣りに立っている男
彼は俺は断じて悪くないんだとわめいている
一日中ずっと 大声で叫ぶ彼の声が聞こえる
罠にかかったんだと訴える悲しい声をね

僕には救いの光が近づいているのがわかる
光が西から東へと照らしていくのが見える
いつだって いつだって
僕は自由になるだろう

…….. ♫ …….. ♫ …….. ♫ ……..

訳注
*1 最初の Verse がまず意訳含み。意識的に意味をずらした箇所もある(本章次節に掲載の「訳した日の日記」に書いていた通り)。上掲の和訳で「ここに至るまでに僕が出会った人達」としている "ev'ry man who put me here" は, おそらくは, 「ここに僕を(俺を)追いつめた奴ら」「ここ(あるいは「この監獄」)に俺をぶち込んだ連中」といった日本語訳にしている例が多いのではないかと思う。

*2 ここで "my light" を「救いの光」という日本語に置き換えたのは, 当時「人生のポケット」(については 本 note 次章)期を生きていた自分の心の中に, 何か何処かに文字通り「救い」を求めたいような気分が充満していたからだろう。

…….. ♫ …….. ♫ …….. ♫ ……..

この歌の歌詞は, 本章次節に掲載の「訳した日の日記」にある通り, 今から22年前, 2003年4月5日に訳した。

訳した歌詞(自分の日本語に置き換えた表現)は, 当時の自分のホームページ(何年も前から更新せず放置中)上に今も掲載したまま。

ではでは。

訳した日の日記

昔々, ジュラ紀の昔, いやそこまでは。まぁ昔だね。しかし前世紀ではない。

03年 4月 5日(土)   I SHALL BE RELEASED

 ディランの I SHALL BE RELEASED を訳した。例によって意訳した。タイトルはどうとでも訳せる。僕は解放されるだろう。釈放されるだろう。自由になるだろう。

 I SHALL BE RELEASED は、ザ・バンドもカバーしているし、彼らのラスト・ワルツの中での、出演者総出でディランをフューチャリングして歌われたバージョンもいい。10年ほど前の、ディランのデビュー30周年記念トリビュート・コンサートでの、クリッシー・ハインドのバージョンもかっこよかった。

 ディランはライヴでもよく曲の歌詞を変えるというし(そもそも演奏も日によって変わるほどって話もある、意図してやってるんだかそうなってしまうんだかわからんけどなぁ)、たぶん複数のアルバムに収録された曲なんかは結構変わってるんじゃないかな。ぼくはディラン・フリークとは言えないから、詳しくはないんだけど。
 I SHALL BE RELEASED も、歌詞の方もその時々で変わっていて、1番2番の順番が変わるとか一部表現が変わるとか、ある部分を省略(?)するとか、とにかく本人がいろんなバージョンを作ってしまっている。ここでは、ボブ・ディランの公式サイトにアップされている歌詞をチェックして訳した。

 基本的にいつも通りの意訳なんだけど、特に1番の So I remember ev'ry face of ev'ry man who put me here ってとこは、オリジナルから意識的に意味をずらした(ここはずれてるはずだ)。まぁ、自分のために訳詞をやってるんで、自分用に変えさせてもらった。訳された世界は訳者のオリジナルなのです(強引!)。

 いつか、そんなに遠くないうちに、僕は解放されるだろう。きっと僕は釈放されるだろう。いつか、遠くないうちに、僕は自由になるだろう。具体的な、明示できる根拠がなくたって、そいつがない時にはなおのこと、とにかくそう思い続けることが大事だってことさ。ねぇ、ディランさん(*3)。

 だから、いつか、そんなに遠くないうちに、僕は解放されるだろう。きっと僕は釈放されるだろう。いつか、遠くないうちに、僕は自由になるだろう。

*1 今から 24年近く前, 2001年夏に「完成までたったの 3日間 ゼロからのホームページ作り」(成美堂出版)という本を買って html を独学し, (当時 激務の仕事をしていたし, 実際には)「3日間」ならぬ 5日間ほどで立ち上げ, その後, 仕様をずっと旧態依然とした体裁のままにしている(そして軽く10年以上 放置中, おそらくこれからも)自前のホームページ上。その, まるで windows95以前であるかのような(いやいくら何でもそこまでは, それにそれは流石に有り得ないのだが)旧態依然とした仕様のホームページは実際にはトップページから menu, main のフレームを組んでいるのだが(*2), 件のオンライン「日記」へのリンクを貼りにくいので menu の枠を外すと, 2003年4月5日付のオンライン「日記」へのリンクは以下の通り。

*2 ほんと, windows95時代よりも更に 1億4550万年前ほど前のジュラ紀に存在していたかに見える(そこまで卑下するか, 笑)旧態依然でも泰然自若として放置中のホームページ, その入り口。

*3 今なら「ディランさん」なんて書かない。何せ今や, ディランなんて俺の「軽蔑の対象」に過ぎないからね(本 note 最終章)。

人生のポケット

以下, 今日の「前口上」から抜粋。

それでも随分と前に(ディランを軽蔑していなかった頃に)この歌の歌詞を和訳した, その中身を此処 note に載せようと思ったのは, 最近きっかけがあって今から22年前に試みた自分の和訳の中身を見る機会があり, なんだ結構いいじゃんと自画自賛ならぬ自訳自賛, かつ, これまで note に幾度となく書いてきた「人生のポケット」なるものに嵌まり込んでいた当時の自分にとって, 拠り所になる, あるいは自分の心の揺れ・揺らぎを支えてくれるような歌のひとつが, この I Shall Be Released だったことを思い出したからだ。

続いて, note 上のマガジン「人生のポケットから出る方法はどこかにある」の紹介文とリンク, そして同マガジンの中の(音楽のアルバムで言うなら "タイトル・トラック" に当たる)note 「人生のポケットから出る方法はどこかにある」の前口上とリンク。

自分の「人生のポケット」は、2001年の晩秋頃もしくは2002年初夏辺りから、2016年1月終わり頃まで。同年1月末か2月初め頃、脱出した。

誰もが「人生のポケット」を経験するわけではないだろうとは思う。

幸いにして(幸いにして空は青く澄んでた、嘘のように *3)自分は既に「人生のポケット」から出ている。そして、2度とあの「ポケット」に嵌まり込むことはないだろうと断言できる。まぁ起きていない先のことについて断言するのは本当は誰にも出来ないんだろうが、主観で言うなら断言していいだろうと。

上の転載文の *3 は 下掲 note の中の注釈

タイトルの上に載せた写真は、2016年7月に撮った写真。家から歩いて10分程度のところで咲いていた向日葵。日が落ちてから散歩に出たら、暗がりで綺麗に咲いている向日葵を見つけたので、思わず撮りたくなって、手持ちのスマホで撮影した。向日葵といえば普通は黄色い花を思い浮かべるが、そこには黄色い向日葵だけでなく、赤い向日葵も一緒に咲いていた。

自分は来月 911 には還暦を迎えるイイ歳をしたオヤジなのだが、過去、不惑のはずの40歳を過ぎてから惑い、その後、13年半という長い年月にわたって、人生の中の「暗くて長い」トンネルに入っていた(今これって「黒の舟唄」の歌詞にあったような気がすると思ったのだが、早速調べてみたら、あれは「深くて暗い」だった、まぁ勿論あっちはトンネルじゃなくて川なんだが、しかしのっけから脱線かよ、これはしかし癖なのだ)。

暗くて長いトンネル、それをここでは「人生のポケット」という。ポケットなんだから、中に入れば暗いだろうが、長いというのは妙だな。しかし、自分の場合は長かった。「人生のポケット」に嵌まり込んだことがある、しかしそこから出ることができた、そういう人は当然ながら、世を見渡せば自分以外にそこそこの人数いるんだろうと思う。ポケットが浅くて、わりと早く出られた人もいるだろうし、そういう場合は、そう長くはなかったが、しかし暗いトンネルではあった、そのトンネルを脱出することができた、そういう言い方も出来るのかもしれない。

自分の場合は、とにかく長かった。暗くて長いトンネルだった。そして、入っている時は、出口は全く見えなかった。脱出する直前まで、いや、脱出するその時まで、出口は見えなかった。

ある日、気づいたら、出ていたのだ。兎にも角にも、自分の場合は、暗くて長かった。「人生のポケット」は、思い切り深かった。

ではでは。

カフカ 『変身』 〜 過負荷 『返信』

以下, 今日の「前口上」から抜粋。

それでも随分と前に(ディランを軽蔑していなかった頃に)この歌の歌詞を和訳した, その中身を此処 note に載せようと思ったのは, 最近きっかけがあって今から22年前に試みた自分の和訳の中身を見る機会があり, なんだ結構いいじゃんと自画自賛ならぬ自訳自賛, かつ, これまで note に幾度となく書いてきた「人生のポケット」なるものに嵌まり込んでいた当時の自分にとって, 拠り所になる, あるいは自分の心の揺れ・揺らぎを支えてくれるような歌のひとつが, この I Shall Be Released だったことを思い出したからだ。

その「きっかけ」。

上掲 note, その前口上の後の「目次」は 以下の通り。

1) 前説
2) カフカ 『変身』, プチ感想文 〜 2006年10月21日(土), 過負荷な秋の「休日」
3) Paul Simon "Run That Body Down" 〜 歌詞和訳
4) 軽蔑するボブ・ディランの歌 "I Shall be Released" 〜 歌詞和訳
 I Shall be Released 〜 歌詞和訳
 ディランをなぜ軽蔑するのかは
5) Paul Simon "The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)" 〜 歌詞和訳
6) "Rene and Georgette Magritte with Their Dog after the War" by Paul Simon
 なぜ?
 Rene and Georgette Magritte with Their Dog after the War

ディランの曲は オリジナルより カヴァーの方がいい

ディランの曲は オリジナルより カヴァーの方がいい

こういう人はわりといる, 少なくとも「少なくない」と思うが, まぁこれは第一にはその人の音楽の嗜好, 趣味の問題。要は, 筆者が自身の好みとして, こう言っているわけです, 「ディランの曲は, オリジナルより, カヴァーの方がいい」。

以下では, 今日の本 note で取り上げた I Shall be Released 以外の例をいくつか。

Highway 61 Revisited by Johnny Winter (Feb 23, 1944 – Jul 16, 2014)

A Hard Rain's a-Gonna Fall by Leon Russell (Apr 2, 1942 – Nov 13, 2016)

Like a Rolling Stone by Jimi Hendrix (Nov 27, 1942 – Sep 18, 1970)

まだまだ例はあるけれど, (たぶん!)キリがない。

次節でさらに, ジミヘンによる All Along the Watchtower を歌詞の和訳と共に取り上げるが, ここではあと 1曲だけ。

ただしこれはアレンジがかなり特殊と言えるだろうけれど。しかしこれはマジ, 素晴らしい。

Don't Think Twice, It's All Right by Eric Clapton LIVE at BD 30th anniversary; October 16, 1992, MSG, NYC 🎶

まさにクラプトン,

クラプトンのギター, その真骨頂。

ではでは 🎶

Who did it better? 〜 "All Along the Watchtower" 歌詞和訳

タイトル上の質問に対する筆者の回答は、本投稿のタイトル。

まぁ 2016年の秋にボブ・ディランの一線を超えた破廉恥極まりない「イスラエル支持ソング」の存在を知って以来ディランの音楽を聴かなくなった筆者ではあるものの、ハッキリしておきたいのは、ディランが作った曲には今でも好きな曲は少なくないが、誰かがカヴァーしている場合は、ほぼ例外なくカヴァーの方が良い、その嗜好と思考はディランの音楽のファンだった頃から(ただしディラン・フリークになったことはない、歌詞はいいかもしれないが筆者はディランが音楽的にそれほど素晴らしいと思ったことは昔っから無い)、ずっと一貫しているということ。

音楽なんだから、基本、音を楽しめばいいんで、何がいいかなんて個人の好き嫌いで構わない。構わないと思うが、というか、だからこそ書いておくと、例えば生まれた年(1941年)まで同じ、且つたまたま同じユダヤ系アメリカ人ミュージシャンで同時代のポピュラー音楽界の巨人と言っていいポール・サイモン、彼が作り出してきた音楽は「豊穣」という言葉が相応しい中身の濃さを持っていて、そして歌詞も素晴らしいんだけれど、それと比べてディランの方は歌詞は「文学賞」「なのかもしれない」が、歌詞の文字通りの「言葉」以外のところの「音」を評価した場合、筆者自身はディランのそれが世間で評価されるほどに素晴らしいと感じたことは一度もない。メロディにしても、あの歌い方にしても、演奏を含めた曲全体のパフォーマンスとしても

ただ何だろうね、2016年4月に2回ディランのライヴを東京で観たんだが、とりわけ1回目の時、それが筆者が初めた生で観たディランだったこともあってか、少なくとも客席から観ていた時はステージ上のディランから言わばカリスマ的なオーラみたいなものを感じたのは事実。あれはほんと、いま想えば何だったんだろうね、という感じ。騙されたのか(笑)、それとも本当に何かあるのか。

まぁでも正直、また観たいとは思わないし、あの時のこっちの気分に関して特に改めて追及したいなどという欲求は全く無いのだが。

https://note.com/dailyrock/n/n3fb13032aa3e

All Along the Watchtower by Jimi Hendrix (Nov 27, 1942 – Sep 18, 1970) 🎶

英語原詞 https://genius.com/The-jimi-hendrix-experience-all-along-the-watchtower-lyrics

「ここから脱け出す道があるはずだが」
 ジョーカーが泥棒に言った
「混乱し過ぎて心休まる時が全くないんだ
 商売人は俺のワインを飲むし
 農夫は俺の土地を掘り返す
 結局境界線の奴らは誰もわかっちゃいないんだ
 そいつにどんな価値があるかってことをね」

「エキサイトする必要はないさ」
 泥棒が優しく言った
「ここには人生はジョークに過ぎないと感じてる奴ばかり
 だけどあんたと俺はそいつを通り抜けてきたし
 これは俺たちの運命じゃないのさ
 だから俺たちは間違わないことだ
 死期を迎える時は遅くなりつつあるんだよ」

見張り塔からずっと
君主たちは監視を続けた
そのあいだ女達はみんな入ったり出たり
裸足の召使達も同じだった
遠く彼方で山猫が唸り声をあげると
馬に乗った二人が近づいてきた
風も音を立て始めたぜ

見張り塔からずっと
(気をつけな!)
見張り塔からずっと

最後に, これは今日は "おまけ" だ, 「軽蔑の対象」としてのボブ・ディラン

以下では, 前々章にリンクを載せた note "カフカ 『変身』 〜 過負荷 『返信』" の第4章の第2節からそのまま持ってきて, 加えて, 最後に Dave Matthews による All Along the Watchtower を。

軽蔑するディラン。そもそも "キャンセル・カルチャー" 議論そのものに興味がないが, とりあえず, 俗に揶揄される類の "キャンセル・カルチャー" と筆者のディラン批判は一切関係ないので, 念の為(*2)

*1 下掲 note 第5章 "All Along the Watchtower と言えば, もちろん 〜 ボブ・ディランよりも, ジミ・ヘンドリックス(歌詞和訳つき!)" より以下転載。

英米のロックを聴いて育った自分にとって, かつて, ボブ・ディランは数多く存在する好きなミュージシャンのうちの一人に過ぎない存在だったのであり, 特別な存在だったことはない。また, 彼が作った歌の中に自分にとって好きな歌は少なからずあったものの, いつも彼本人が歌うヴァージョンよりも他のミュージシャンによるカヴァーの方が好きだった(ただし 2016年4月に遅ればせながら初めて且つ2度 ディランのライヴを観た際はそのカリスマ性を感じさせるステージに感銘を受けた, それは正直に書いておく)。

そして, ディラン自身が歌う歌は, 2016年秋に今日の note でも取り上げた彼の恥ずべきイスラエル支持ソングの存在を初めて知って以来, 一切, 聴かなくなった。

もちろん, 通常は, アートにおける作品とその作者の政治的態度は切り離してアートを鑑賞している。いちいち音楽家や画家などが(例えば)どの政党を支持するか, あるいはどんな政治思想を持っているか, などによって音楽や絵画の選り好みなどしていたら, キリがない。

しかし, それにも限度はある。一線を超えたら話は別だ。例えば, 「ゲルニカ」で有名なピカソが, もしも実はナチスを賛美する絵画を描き, 生涯それを恥じることもなかったと知ったら(もちろん仮定の話, ピカソに関してそんな事実はない), あるいは, "Imagine" や "Give Peace a Chance" などを歌ったジョン・レノンが, もしも実はベトナム戦争時の米軍によるソンミ村虐殺事件の直後に「アメリカ合州国」支持を旨とする歌を書いていたことが分かり, それを彼が生涯恥じることなどなかったのだと判明したら(これももちろん仮定の話である, 実際のところはジョン・レノンがそんな歌をそんなタイミングで歌う, 歌ったなどということは有り得ない話だ), 仮にそんなことがあったとしたら, 二人に対する後世の評価はどうなっていただろうか。

なぜ, ボブ・ディランだけは, その「不都合な真実」が「不都合」なものとして広く世に知れ渡らない? なぜディランだけは許容される? それはディランだから?

ディランはポピュラー音楽史において触れてはならない, 批判してはならない絶対の「神」のような存在だとでも言うのだろうか(そもそも筆者は一切の宗教について信者ではないのでそんな莫迦莫迦しい心理は理解に苦しむが)。文字通り, 莫迦莫迦しい。

さて, 上にも書いた通り, 筆者はもともと, つまり2016年以前から, ディランが作った歌に少なくない好きな歌はあっても, いつも彼本人が歌うヴァージョンよりも他のミュージシャンによるカヴァーの方が好きだった。それは "All Along the Watchtower", 邦題「見張塔からずっと」にしても然り。

元々この歌の歌詞は, ユダヤ系アメリカ人であるディランが, ユダヤ教の「旧約聖書」(「イザヤ書」第21章)にある逸話をもとに書いたものらしいのだがね。

https://note.com/dailyrock/n/n52361ddf0fc1

*2 下掲 note 前口上より。

「ボブ・ディラン」ボイコット運動でも起きれば, 協力なり参加なりすると思うよ。しかし自分でそれを起こすような気はないし(今再び ディランが 破廉恥なイスラエル支持ソングをリリースでもしたなら「ボイコット運動」の意味はあるだろうが, でなければ 既に昔ほどの影響力を持たないディランに対する社会的つまり世間を巻き込んだ「ボイコット」運動を組織することは俺個人にとっては時間の無駄だと感じる, 括弧長ぇ), 何はともあれ, 俺のディラン「ボイコット」はまずは 俺のアティチュードもしくはその意思表明, まぁ後者もアティチュードに含まれるけれども, 要するに 個人的なレベルのアティチュードであって, それ以上でも以下でもない。「ジャーナリズム」なりメディアなり「評論家」なり 世論なりが「ディランだから」という理由で 彼への批判を控えるのなら, 実際「控え目に言っても」「控えてる」と思うし, 神聖化して不可侵扱いしてる向きもあるだろう, 俺はそれに対しては あくまで批判者だけどね。

もちろん, 普段は, アートにおける作品とその作者の政治的態度は切り離してアートを鑑賞している。いちいち音楽家や画家などが(例えば)どの政党を支持するか, あるいはどんな政治思想を持っているか, などによって 音楽や絵画の選り好みなどしていたらキリがない。しかし, それにも限度はある。一線を超えたら話は別だ。

https://note.com/dailyrock/n/nf2c8515db503

続く第1章の見出しは(長ぇ見出しだなぁ),

仮定の話, ゲルニカを描いたピカソが 実は一方で ナチス賛美の絵画を描いた過去を持ち 生涯それを恥じることもなかったとしたら, あるいは Imagine を歌ったジョン・レノンが もしも実はベトナム戦争時のソンミ村虐殺事件の後に「アメリカ合州国」支持ソングをリリースし 彼がその後も後悔なり反省なりの考えを公にしなかったのだとしたら 〜 〜 〜 〜 〜 実際の話, ディランは 1982年のイスラエルによるレバノン侵略とイスラエル包囲下でのパレスチナ難民虐殺事件の直後に イスラエル支持ソングをリリースし, その後, 撤回・撤収・回収はもちろん 一切の反省の言辞もないままに時は過ぎ, イスラエルに対する態度は不変のまま

https://note.com/dailyrock/n/nf2c8515db503

*3 因みに, 以下の 2020年9月17日付 note "ボブ・ディランの恥ずべきイスラエル支持ソングと、サブラ・シャティーラ、パレスチナ難民虐殺事件 38周年", その第2章に, 2021年6月から1年間 イスラエルの首相を務めたナフタリ・ベネットの生い立ちを書いている。奴の両親は, 1967年にイスラエルに移住したユダヤ系アメリカ人。イスラエルがどんな国かを示す典型例 の一つ。

*4 ハロルド・ピンター と ボブ・ディラン 〜 共に ユダヤ人ノーベル文学賞受賞者ながら 雲泥の差, もちろん 泥 は ディラン

*5 こんな新聞, 要らない, 朝日新聞。(1)はその下。

*6 おまけ(おまけがチョムスキーか, 笑), 以下の最終章の「見張り塔からずっと 〜 "All Along the Watchtower" 歌詞和訳」の第1節「軽蔑するディランの歌」の終わりの方に, 「チョムスキー, ディランを語る」なども掲載。

ではでは, 今日の最後の最後は, Dave Matthews による All Along the Watchtower の音楽を聴いて, 了(この歌の歌詞, 歌詞和訳については, 今日の note 前章でも掲載)。

「星条旗」"The Star-Spangled Banner" を演奏した後に, "All Along the Watchtower" 「見張り塔からずっと」

Dave Matthews による「見張り塔からずっと」のカヴァー, まず第一にこれも筆者の音楽嗜好上 Jimi Hendrix によるカヴァー同様に, オリジナルよりもこっちの方がずっといいと思うが, Dave Matthews によるカヴァーに関わっては, 周辺情報を加えて詳しくは上掲 note の最終章, その第2節に。

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