ボブ・ディランの恥知らずのイスラエル支持ソングに続く収録曲 〜 License to Kill
タイトル写真の右は ボブ・ディランのイスラエル支持ソング "Neighborhood Bully" が収録されたアルバム "Infidels"(「異教徒たち」)のカヴァー写真, 同アルバムは 1983年4-5月録音, 同年10月リリース。左は, 当時イスラエル軍が包囲したベイルートの難民キャンプでイスラエルのレバノンにおける同盟者であったキリスト教右派民兵たちに無惨に虐殺されたパレスチナ難民らの遺体(1982年9月)。
ディランの License to Kill 〜 ディランの 恥知らずのイスラエル支持ソングと同じアルバム "Infidels"(「異教徒たち」) に収録
筆者(1960年生まれ)は大の音楽好きで, ジャンルを問わず何でも聴くが, 後にミュージシャン(職業音楽家)になった3歳年上の兄の影響もあり, ガキの頃からロックを中心に音楽を聴いて大人になったような人間。
ディランについてはアルバムを何枚か持っていて(CDの時代になってから買ったもの, まぁもう捨ててもいいんだが, 因みに "Infidels" は我が家にはない), ライヴも 2度ほど観たことがある。しかしディラン・フリークになったことはない。そもそも, 彼の曲の多くが他のミュージシャンにカヴァーされていて, ここはまぁ人それぞれ, 音楽のセンス, 嗜好の違いにすぎないと言っていいが, 自分の場合, 今まで知ったカヴァーの全てにおいて, 常にディランのオリジナルよりも カヴァーの方が好きだった。だったというか, 今もそれはそうだが。
ボブ・ディランが 恥知らずのタイミングで書いた恥知らずな内容のイスラエル支持ソング(1983年リリース)があることを知ったのは, 2016年秋に切っ掛けがあって, イスラエルの新聞ハアレツ( Haaretz )英字版 2016年5月24日付(括弧が多くなるがこの日はディランの75歳の誕生日)において, "Unearthing Bob Dylan’s Forgotten pro-Israel Song"(「ボブ・ディランの忘れられたイスラエル支持ソングを掘り起こす」)という見出しの記事を読んだとき。この記事の中身については, 後段の章にリンクを貼る過去 note にて。
ともあれ, ディランのイスラエル支持ソングの存在を知ったのは, 曲のリリースから33年経過してから。
だから 当然ながら, 一方の License to Kill は(有名な曲だから)昔から知っていたものの, しかし, License to Kill (「殺しの許可証」)が 件のイスラエル支持ソングが収録されたアルバム("Infidels", 日本語に訳すなら「異教徒たち」)の収録曲で, しかも, その, イスラエルによるレバノン侵略とイスラエル軍の包囲下で起きた歴史に残るパレスチナ難民虐殺事件(「事件」と呼ぶにはあまりに大規模であまりに悲惨なものだった「サブラ・シャティーラ難民虐殺」)の直後にディランが書いた件の恥知らずのイスラエル支持ソング Neighborhood Bully に続いて収録されている曲が, 歌詞の内容自体は帝国主義や戦争などの暴力を批判するものである License to Kill (「殺しの許可証」)であることも, その時, 2016年秋に知ったのだった。
今日 あらためて そのことに触れようと思った切っ掛けは, 本 note 第4章 "今更ながら, 「ディランの License to Kill が 彼の恥知らずの イスラエル支持ソングと 同じアルバム "Infidels"(異教徒たち) に収録」 の 事実を思い起こした", その第1節「いや, これまでも何度も思い出してたけど, 直近の切っ掛けは」にて。
因みに, アルバム "Infidels" の英語版ウィキペディア(Track listing の項 参照, LPレコード A面 3曲目が 恥知らずの イスラエル支持ソング Neighborhood Bully, 同 4曲目が License to Kill, 「殺しの許可証」), その Songs の項には, イスラエル支持ソング Neighborhood Bully に関する ディランの下らない言い逃れも 掲載されている。
さて, Haaretz の記事 "Unearthing Bob Dylan’s Forgotten pro-Israel Song"(「ボブ・ディランの忘れられたイスラエル支持ソングを掘り起こす」)を読んだ切っ掛け, その詳細は忘れたが, あの年の秋に ディランはノーベル文学賞を受賞していて, それが多くのメディアで話題になっていたという背景があってのことだった, それはよく覚えている。
ディランの恥晒し恥知らずのイスラエル支持ソングを知った筆者(本 note 筆者, 拙者のことです)は 当時, ノーベル文学賞の賞選定に責任を持つ The Swedish Academy の「終身秘書官」だった Sara Danius に対し, 件のイスラエル支持ソングの存在とその深刻な問題につき知らせ「ディランに対するノーベル賞授与はそれが文学賞であっても再考すべき」と伝える英文メールを 2度にわたり送り, その他, The New York Times, The Guardian, The Independent, 朝日新聞(*1)などにも, 同様の考えを書いた投稿を送ったが, それらは全て無視された。
*1 安倍晋三やドナルド・トランプのような批判しやすい権力者には批判記事を書いても, ディランのようなポピュラー音楽界の「大権威」様を前にすると, からっきし腰抜け腑抜け・及び腰になり, あっさりと平伏すナサケない自称「ジャーナリズム」朝日新聞とのやりとりについては, 後段の章にリンクを貼る過去 note にて。
アートと政治は別だ 〜 しかし, 「ゲルニカ」で有名な ピカソが, もしも実はナチスを賛美する絵画を描き, 生涯それを恥じることがなかったのなら(仮定の話, もちろんピカソにそんな事実はない), ピカソのその後の評価は 決定的に違うものになっていただろう, しかし ディランの場合は 「仮定の話」ではない
ボブ・ディランのイスラエル支持ソングは, 1982年のイスラエルのレバノン侵攻と同年9月のベイルートにおけるパレスチナ難民虐殺事件の直後に書かれた
以下, 下掲 note 第5章 "All Along the Watchtower と言えば, もちろん 〜 ボブ・ディランよりも, ジミ・ヘンドリックス(歌詞和訳つき!)" より転載。
英米のロックを聴いて育った自分にとって, かつて, ボブ・ディランは数多く存在する好きなミュージシャンのうちの一人に過ぎない存在だったのであり, 特別な存在だったことはない。また, 彼が作った歌の中に自分にとって好きな歌は少なからずあったものの, いつも彼本人が歌うヴァージョンよりも他のミュージシャンによるカヴァーの方が好きだった(ただし 2016年4月に遅ればせながら初めて且つ2度 ディランのライヴを観た際はそのカリスマ性を感じさせるステージに感銘を受けた, それは正直に書いておく)。
そして, ディラン自身が歌う歌は, 2016年秋に今日の note でも取り上げた彼の恥ずべきイスラエル支持ソングの存在を初めて知って以来, 一切, 聴かなくなった。
もちろん, 通常は, アートにおける作品とその作者の政治的態度は切り離してアートを鑑賞している。いちいち音楽家や画家などが(例えば)どの政党を支持するか, あるいはどんな政治思想を持っているか, などによって音楽や絵画の選り好みなどしていたら, キリがない。
しかし, それにも限度はある。一線を超えたら話は別だ。例えば, 「ゲルニカ」で有名なピカソが, もしも実はナチスを賛美する絵画を描き, 生涯それを恥じることもなかったと知ったら(もちろん仮定の話, ピカソに関してそんな事実はない), あるいは, "Imagine" や "Give Peace a Chance" などを歌ったジョン・レノンが, もしも実はベトナム戦争時の米軍によるソンミ村虐殺事件の直後に「アメリカ合州国」支持を旨とする歌を書いていたことが分かり, それを彼が生涯恥じることなどなかったのだと判明したら(これももちろん仮定の話である, 実際のところはジョン・レノンがそんな歌をそんなタイミングで歌う, 歌ったなどということは有り得ない話だ), 仮にそんなことがあったとしたら, 二人に対する後世の評価はどうなっていただろうか。
なぜ, ボブ・ディランだけは, その「不都合な真実」が「不都合」なものとして広く世に知れ渡らない? なぜディランだけは許容される? それはディランだから?
ディランはポピュラー音楽史において触れてはならない, 批判してはならない絶対の「神」のような存在だとでも言うのだろうか(そもそも筆者は一切の宗教について信者ではないのでそんな莫迦莫迦しい心理は理解に苦しむが)。文字通り, 莫迦莫迦しい。
さて, 上にも書いた通り, 筆者はもともと, つまり2016年以前から, ディランが作った歌に少なくない好きな歌はあっても, いつも彼本人が歌うヴァージョンよりも他のミュージシャンによるカヴァーの方が好きだった。それは "All Along the Watchtower", 邦題「見張塔からずっと」にしても然り。
元々この歌の歌詞は, ユダヤ系アメリカ人であるディランが, ユダヤ教の「旧約聖書」(「イザヤ書」第21章)にある逸話をもとに書いたものらしいのだがね。
イスラエル擁護者 「ボブ・ディラン」 に対する 俺の個人的ボイコットは, 所謂 "キャンセル・カルチャー" なるものとは一切関係ない 〜 All Along the Watchtower 歌詞和訳付き
以下, 下掲 note 前口上より転載。
「ボブ・ディラン」ボイコット運動でも起きれば, 協力なり参加なりすると思うよ。しかし自分でそれを起こすような気はないし(今再び ディランが 破廉恥なイスラエル支持ソングをリリースでもしたなら「ボイコット運動」の意味はあるだろうが, でなければ 既に昔ほどの影響力を持たないディランに対する社会的つまり世間を巻き込んだ「ボイコット」運動を組織することは俺個人にとっては時間の無駄だと感じる, 括弧長ぇ), 何はともあれ, 俺のディラン「ボイコット」はまずは 俺のアティチュードもしくはその意思表明, まぁ後者もアティチュードに含まれるけれども, 要するに 個人的なレベルのアティチュードであって, それ以上でも以下でもない。「ジャーナリズム」なりメディアなり「評論家」なり 世論なりが「ディランだから」という理由で 彼への批判を控えるのなら, 実際「控え目に言っても」「控えてる」と思うし, 神聖化して不可侵扱いしてる向きもあるだろう, 俺はそれに対しては あくまで批判者だけどね。
もちろん, 普段は, アートにおける作品とその作者の政治的態度は切り離してアートを鑑賞している。いちいち音楽家や画家などが(例えば)どの政党を支持するか, あるいはどんな政治思想を持っているか, などによって 音楽や絵画の選り好みなどしていたらキリがない。しかし, それにも限度はある。一線を超えたら話は別だ。
続く第1章の見出しは(長ぇ見出しだなぁ),
仮定の話, ゲルニカを描いたピカソが 実は一方で ナチス賛美の絵画を描いた過去を持ち 生涯それを恥じることもなかったとしたら, あるいは Imagine を歌ったジョン・レノンが もしも実はベトナム戦争時のソンミ村虐殺事件の後に「アメリカ合州国」支持ソングをリリースし 彼がその後も後悔なり反省なりの考えを公にしなかったのだとしたら 〜 〜 〜 〜 〜 実際の話, ディランは 1982年のイスラエルによるレバノン侵略とイスラエル包囲下でのパレスチナ難民虐殺事件の直後に イスラエル支持ソングをリリースし, その後, 撤回・撤収・回収はもちろん 一切の反省の言辞もないままに時は過ぎ, イスラエルに対する態度は不変のまま
ボブ・ディランの恥ずべきイスラエル支持ソングと、サブラ・シャティーラ、パレスチナ難民虐殺事件
以下の 2020年9月17日付 note "ボブ・ディランの恥ずべきイスラエル支持ソングと、サブラ・シャティーラ、パレスチナ難民虐殺事件 38周年", その第2章に, 2021年6月から1年間 イスラエルの首相を務めたナフタリ・ベネットの生い立ちを書いている。奴の両親は, 1967年にイスラエルに移住したユダヤ系アメリカ人。イスラエルがどんな国かを示す典型例 の一つ。
ハロルド・ピンター と ボブ・ディラン 〜 共に ユダヤ人ノーベル文学賞受賞者ながら 雲泥の差, もちろん 泥 は ディラン
比べものにならない, 月とスッポン。
ボブ・ディランの不都合な真実 〜 または 私が 37年余り購読し続けた「朝日新聞」の購読を止めた理由
こんな新聞, 要らない, 朝日新聞。
安倍晋三やドナルド・トランプのような批判しやすい権力者には批判記事を書いても, ディランのようなポピュラー音楽界の「大権威」様を前にすると, からっきしダメで 腰抜け腑抜け・及び腰の姿勢になり, あっさりと平伏すナサケない自称「ジャーナリズム」朝日新聞。
インチキ新聞, 朝日新聞。
ついでだ, まぁ日本のメディアも こんなもんだよ。
更に ついでだ, 「西洋」「西側」メディアのインチキ。
ではでは。
チョムスキー, ディランを語る
下掲 note 最終章の「見張り塔からずっと 〜 "All Along the Watchtower" 歌詞和訳」の第1節「軽蔑するディランの歌」の終わりの方に, 「チョムスキー, ディランを語る」なども掲載。
ユヴァル・ノア・「知の欺瞞」「知の怠慢」ハラリ(*1, 2)は 知っていても(彼の欺瞞, 偽善を知る人はいまだ少ないと思うが, 残念ながら), ノーム・チョムスキー は知らない という人, 何処かで チョムスキー 調べてください。
*1 イスラエルの歴史家・哲学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の「人類と新型コロナウイルスとの闘い」論考批判
*2 ユヴァル・ノア・ハラリ と 彼を礼賛する人たち が見ないもの、あるいは見ようとしないもの
次, ジョン・レノン!
音楽と政治は別だ 〜 しかし, ジョン・レノンが もしも ソンミ村虐殺事件の直後に 「アメリカ合州国」支持を旨とする歌を書き 生涯その反省の弁を公にしなかったのなら(仮定の話, 勿論そんな事実はない), 彼のその後の "Imagine" や "Give Peace a Chance" は 全くの空虚な平和讃歌になっていただろう, しかし ディランの場合は 「仮定の話」ではない
ジョン・レノンのプロテストとユーモア(ジョンの命日に) 〜 ジョンが作った歌の歌詞, 和訳集
音楽と政治は別だ 〜 しかし, ジョン・レノンが もしも ソンミ村虐殺事件の直後に 「アメリカ合州国」支持を旨とする歌を書き 生涯その反省の弁を公にしなかったのなら(仮定の話, 勿論そんな事実はない), 彼のその後の "Imagine" や "Give Peace a Chance" は 全くの空虚な平和讃歌になっていただろう, しかし ディランの場合は 「仮定の話」ではない
言いたいこと, 書きたいこと, 此処に載せたいものは, 前章
"アートと政治は別だ 〜 しかし, 「ゲルニカ」で有名な ピカソが, もしも実はナチスを賛美する絵画を描き, 生涯それを恥じることがなかったのなら(仮定の話, もちろんピカソにそんな事実はない), ピカソのその後の評価は 決定的に違うものになっていただろう, しかし ディランの場合は 「仮定の話」ではない"
と同じ。全く同じ。
今更ながら, 「ディランの License to Kill が 彼の恥知らずの イスラエル支持ソングと 同じアルバム "Infidels"(異教徒たち) に収録」 の 事実を思い起こした
いや, これまでも何度も思い出してたけど, 直近の切っ掛けは
これ。
20か月後, イスラエルの主張が, (2023年10月7日に)自国の無能な軍隊, 要するに イスラエル軍が 自国の国民, つまりイスラエル人を いかに殺したか(*1~5)を隠蔽するための, (その邪悪な)動機に満ちたウソの情報, 悪意に満ちたプロパガンダであったという証拠が現れた。真実はついに明らかになる。しかし, イスラエルが数え切れないほどの戦争犯罪を犯した後に。
以下の動画, 3:52, 上方に出る字幕に "license to kill"
20 months later, evidence appears that Israel's claims were motivated disinformation, black propaganda to cover up how its own incompetent armed forces killed Israelis. The truth will eventually shine through. But not after the lie has covered up so many war crimes. pic.twitter.com/TWYr6FHUPb
— Yanis Varoufakis (@yanisvaroufakis) May 2, 2025
*1
🚨BREAKING: Haaretz reports that investigations found the Israeli army ordered the Hannibal Directive on October 7th, which involves killing both the captor and the captive. pic.twitter.com/zT1ZKfY8uR
— Suppressed News. (@SuppressedNws) July 7, 2024
🚨WITH EVIDENCE - NEVER FORGET, ISRAEL KILLED ITS OWN “CIVILIANS” ON OCTOBER 7TH INCLUDING BABIES!
— Suppressed News. (@SuppressedNws) June 11, 2024
Video 1: Israel dropped missiles and tank shells on its own settlers to prevent hostage taking - killing hundreds on Oct 7
Further testimonies by Israeli soldiers prove that an… pic.twitter.com/xXUuITT8ZZ
*2
ISRAEL KILLED THEIR OWN ON OCTOBER 7TH AND USED HANNIBAL DIRECTIVE. https://t.co/2ASuDbXpLK pic.twitter.com/l0PSawCkXq
— Suppressed News. (@SuppressedNws) July 7, 2024
*3
On 7 October, "Israeli" forces were ordered to fire at *every single vehicle* moving towards Gaza. There is no doubt the Zionists deliberately murdered large numbers of their own people that day. https://t.co/ok8Tq948sx pic.twitter.com/oFsowfW9iC
— Ali Abunimah (@AliAbunimah) July 8, 2024
*4
Gallant admits Hannibal directive employed on 7 October. https://t.co/ytlYhhHWUp pic.twitter.com/0Rf84ftMtP
— David Miller (@Tracking_Power) February 6, 2025
*5 スレッドの中のツイート 1点。
another testimony from an Israeli woman's experience on October 7, who also confirms their murderous regime intentionally killed their own civilians with the Hannibal Directive: "Hamas didn't harm us. They treated us very humanely." pic.twitter.com/C9GVVxO50F
— ☀️👀 (@zei_squirrel) March 27, 2025
次, あらためて「パレスチナ問題」。
パレスチナ/イスラエル問題 〜 それは 勿論, 2023年10月7日に始まったのではない
過去の note においても書いてきたけれど, パレスチナ/イスラエル の「問題」は, 2023年10月7日に始まったのではない。いわゆる「パレスチナ問題」(「問題」という言葉の解釈次第で「イスラエル問題」と言った方がよいのではとも思うが)の歴史的背景を知る人間には, それはあまりに常識的なことではあるが。
「パレスチナ/イスラエル問題」の概観については, 以下の 2021年10月8日付 note の 第1章から 第2章 にかけて, まとめています。
ハイファ(48イスラエル, 47イギリス委任統治領パレスチナ)に戻って 〜 1983年10月5日
以下は, パレスチナ及び中東に関わる note マガジンへのリンク。
パレスチナ 🇵🇸
Jerusalem in 1947, beautiful 🇵🇸 Palestine before the international catastrophe that was the Western creation of the “state of Israel”… pic.twitter.com/Y0mOCAIyV1
— Patrick Henningsen (@21WIRE) February 5, 2025
では, 次は,
License to Kill を, カヴァーで聴く
BD とは, 莫迦 ディラン, ボブ・ディラン。
Tom Petty (Oct 20, 1950 – Oct 2, 2017) and the Heartbreakers LIVE at BD's 30th anniversary, 1992
そういや,
これは個人的記録, 今日の趣旨とは無関係 〜 昔々の「過労死」寸前時代, ディランの恥知らずのイスラエル支持ソングの存在を知らなかった時代 〜 License to Kill を 自分のウェブ上の日記に載せたことがあった
ディランが 恥知らずのタイミングで書いた恥知らずな内容のイスラエル支持ソング, その歌の存在を知らず, だから 当然ながら, License to Kill(「殺しの許可証」)が 恥晒し恥知らずのイスラエル支持ソングと共に 1983年リリースのアルバム Infidels(「異教徒たち」)に収録された曲であることなど, 全く知らなかった時代。
それは「人生のポケット」に嵌っていた時代だった(「人生のポケット」は ディランとは全くの無関係)。
I Shall Be Released 歌詞和訳 〜 いったい何からの解放なんだよ, 恥知らずのイスラエル擁護者 ボブ・ディラン!
冤罪のルービン・カーターを題材にしたとの説もあるけれど, 此処ではそれより ディランの恥知らずのイスラエル支持ソング, その後も一切の反省をせずの大罪, それを想起してのこと。
カヴァーなら聴くよ。
ではでは。
License to Kill, 殺しの許可証 を イスラエルに与え続ける 〜 偽物, 偽善と欺瞞の帝国, インチキ民主主義の帝国, それが 「西洋」「西側」「アメリカ合州国」
🇺🇸, 🇮🇱 と共犯 〜 民主党が大量虐殺, 共和党が民族浄化, 地上最大の「悪魔」国家の役割分担
「西洋」の 欺瞞 と 偽善 〜 さらば バーニー・サンダース, さらば リチャード・ドーキンス, くたばれ ユヴァル・ノア・ハラリ, くたばれ ボブ・ディラン, ついでに言うと, ぼのぼの は好きだが, U2 の ボノ は最低だ
ディランもボノも最低だ, 文字通り。他の連中も, ビヨンセ, テイラー・スウィフト, ニック・ケイヴ, トム・ヨーク とかも名指ししたいところだ。
世間で色々とやかく言うところの要するに所謂「キャンセル・カルチャー」, "so-called cancel culture" とは一切関係ないぜ(それ「らしき」反応を見たことがあるので念の為), 俺が 連中を嫌いだってこと, それには理由があるってことだよ。
その後の, 「西洋」の欺瞞と偽善 〜 戦争犯罪者は自由に歩き, その批判者は拘束される「西洋」
終わり(*1)を知らない, 「西洋」の欺瞞と偽善。
*1 「終わり」。
The End, the final track on the Doors' 1967 self-titled debut album
脱線した。
🇺🇸 〜 🇮🇱 への巨額の軍事援助だけでは飽き足らず, "名実ともに"「戦争犯罪人」のネタニヤフを連邦議会に招き「演説」を "拝聴", 今や 世界一の恥知らず国家 🇺🇸
恥を知れ。
「見張り塔からずっと」 🇺🇸🇮🇱 を監視する 〜 "All Along the Watchtower" 歌詞和訳
軽蔑するディランの歌 "All Along the Watchtower" の ジミヘン, デイヴ・マシューズ・バンド による カヴァー 及び 歌詞和訳は, 最終章にて。
「星条旗」, "The Star-Spangled Banner" を演奏した後に 〜 「見張り塔からずっと」, "All Along the Watchtower" by Dave Matthews Band
All Along the Watchtower 歌詞和訳
タイトル上の質問に対する筆者の回答は、本投稿のタイトル。
まぁ 2016年の秋にボブ・ディランの一線を超えた破廉恥極まりない「イスラエル支持ソング」の存在を知って以来ディランの音楽を聴かなくなった筆者ではあるものの、ハッキリしておきたいのは、ディランが作った曲には今でも好きな曲は少なくないが、誰かがカヴァーしている場合は、ほぼ例外なくカヴァーの方が良い、その嗜好と思考はディランの音楽のファンだった頃から(ただしディラン・フリークになったことはない、歌詞はいいかもしれないが筆者はディランが音楽的にそれほど素晴らしいと思ったことは昔っから無い)、ずっと一貫しているということ。
音楽なんだから、基本、音を楽しめばいいんで、何がいいかなんて個人の好き嫌いで構わない。構わないと思うが、というか、だからこそ書いておくと、例えば生まれた年(1941年)まで同じ、且つたまたま同じユダヤ系アメリカ人ミュージシャンで同時代のポピュラー音楽界の巨人と言っていいポール・サイモン、彼が作り出してきた音楽は「豊穣」という言葉が相応しい中身の濃さを持っていて、そして歌詞も素晴らしいんだけれど、それと比べてディランの方は歌詞は「文学賞」「なのかもしれない」が、歌詞の文字通りの「言葉」以外のところの「音」を評価した場合、筆者自身はディランのそれが世間で評価されるほどに素晴らしいと感じたことは一度もない。メロディにしても、あの歌い方にしても、演奏を含めた曲全体のパフォーマンスとしても。
ただ何だろうね、2016年4月に2回ディランのライヴを東京で観たんだが、とりわけ1回目の時、それが筆者が初めた生で観たディランだったこともあってか、少なくとも客席から観ていた時はステージ上のディランから言わばカリスマ的なオーラみたいなものを感じたのは事実。あれはほんと、いま想えば何だったんだろうね、という感じ。騙されたのか(笑)、それとも本当に何かあるのか。
まぁでも正直、また観たいとは思わないし、あの時のこっちの気分に関して特に改めて追及したいなどという欲求は全く無いのだが。
All Along the Watchtower 〜 by Jimi Hendrix (November 27, 1942 – September 18, 1970)
英語原詞 https://genius.com/The-jimi-hendrix-experience-all-along-the-watchtower-lyrics
「ここから脱け出す道があるはずだが」
ジョーカーが泥棒に言った
「混乱し過ぎて心休まる時が全くないんだ
商売人は俺のワインを飲むし
農夫は俺の土地を掘り返す
結局境界線の奴らは誰もわかっちゃいないんだ
そいつにどんな価値があるかってことをね」
「エキサイトする必要はないさ」
泥棒が優しく言った
「ここには人生はジョークに過ぎないと感じてる奴ばかり
だけどあんたと俺はそいつを通り抜けてきたし
これは俺たちの運命じゃないのさ
だから俺たちは間違わないことだ
死期を迎える時は遅くなりつつあるんだよ」
見張り塔からずっと
君主たちは監視を続けた
そのあいだ女達はみんな入ったり出たり
裸足の召使達も同じだった
遠く彼方で山猫が唸り声をあげると
馬に乗った二人が近づいてきた
風も音を立て始めたぜ
見張り塔からずっと
(気をつけな!)
見張り塔からずっと
