ポール・サイモン「アメリカの歌」とナサニエル・ホーソーン「緋文字」を繫ぐトキワサンザシの実の「緋色」
ポール・サイモン「アメリカの歌」とナサニエル・ホーソーン「緋文字」を強引に繫ぐトキワサンザシの実の「緋色」。
ポール・サイモンが 1973年にリリースした「アメリカの歌」American Tune (*1) の歌詞の中の一節 "We come on the ship they call the Mayflower", この Mayflower はもちろん 1620年に イングランドのピューリタンたちが アメリカに渡った時に乗った船, つまり ピルグリム・ファーザーズの船の名前。
一方, Mayflower という言葉は 文字通り「5月に花を咲かせる植物」を意味する言葉でもあり, そのひとつが サンザシ。サンザシは英語では Hawthorn となるが, 19世紀アメリカの小説家 ナサニエル・ホーソーンの名前は 英語では Nathaniel Hawthorne と書く。ナサニエル・ホーソーンの代表作「緋文字」は, 17世紀アメリカのニューイングランド地方におけるピューリタンたちの社会を舞台に「姦淫の罪」(旧約聖書におけるモーセの十戒のうちの一つ, 新約聖書においては マタイによる福音書 (*2) で配偶者以外への性的関心を含み厳しく罰せられるものとされている罪)を犯した女性を主人公とする物語なのだが, サンザシ の英語名 Hawthorn に イングランド England の頭文字 E を小文字 e にして尻文字(では宴会芸?)まぁ要するに末尾の文字として加えると Hawthorne つまりこれは ナサニエル・ホーソーンの名前 Nathaniel Hawthorne の Hawthorne となる。
一方, 彼の代表作「緋文字」の原題は "The Scarlet Letter" で, 他方, 「5月に花を咲かせる植物」のひとつである トキワサンザシ(常盤山査子)の英語名は Scarlet Firethorn で, その実の色は英語で言うと Scarlet, 日本語で言うと「緋色」。
*1 この「アメリカの歌」, 原題 "American Tune" が収録されたアルバム "There Goes Rhymin' Simon" は, 1973年 5月リリース, "There Goes Rhymin' Simon" は「ほら, また サイモンが韻踏んでるよ」みたいなニュアンスかな, でも邦題はなんだかなぁな「ひとりごと」でした。今日の本 note は, なんだかなぁではない「ひとりごと」。
*2 因みに, ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲「マタイ受難曲」とポール・サイモン作詞作曲「アメリカの歌」は, メロディの元ネタが同じ。ポールが「アメリカの歌」でモチーフにしたのはバッハの「マタイ受難曲」そのものという説もある(詳しくは 今日の第2章にリンクを貼る過去 note の第7章「アメリカの歌、その源流」)。
以上, 「簡単で散漫な要約」でした。
簡単で散漫な要約 〜 簡単で散漫な演説
今日の前口上の最後の「簡単で散漫な要約」(というフレーズ)を何処から持ってきたかというと, それは ポール・サイモンの曲 "A Simple Desultory Philippic" の邦題, つまり「簡単で散漫な演説」。
「簡単で散漫な演説」については, 次章にリンクを貼る過去 note の第9章にもう少しだけ書いているけれど, 此処で「簡単」に紹介しておくと,
この歌, 「簡単で散漫な演説」"A Simple Desultory Philippic" は, ポール・サイモンが S&G 時代の 1965年8月にリリースしたソロ・アルバム "The Paul Simon Songbook" に収められたヴァージョンと, 1966年リリースの S&G 3枚目のアルバム "Parsley, Sage, Rosemary and Thyme" に収録されたヴァージョン, 2つのヴァージョンがあり, 歌詞は一部異なる。
A Simple Desultory Philippic (or How I Was Robert McNamara'd into Submission) from Paul Simon's 1965 album The Paul Simon Songbook
https://genius.com/Paul-simon-a-simple-desultory-philippic-lyrics
A Simple Desultory Philippic (or How I Was Robert McNamara'd into Submission) from Simon & Garfunkel's 1966 album Parsley, Sage, Rosemary and Thyme
歌詞の中の登場人物が次々と現れるクリップ
ではでは。
あまり簡単でない, 散漫な, いや些かとりとめのない要約
下掲の 2020年7月11日付 note アメリカの歌 〜ピルグリムの船・メイフラワー、植物のメイフラワー、そしてナサニエル・ホーソーン「緋文字」を巡る不思議(?)な展開, その第1章「いきなりの要約」から(noteリンクと目次の下に)転載。
まずは note の前口上。
今年はアメリカ合州国(以下、アメリカと略します)の建国神話の中核にあるイングランドのピルグリム・ファーザーズのメイフラワー号がアメリカに渡った 1620年から数えて、ちょうど 400周年の年に当たります。本投稿では、「メイフラワー」に纏わる諸々(まさしく諸々)を書いてみようと思います。
過去 2回、ユダヤ系アメリカ人ミュージシャン、ポール・サイモン Paul Simon が作曲した「アメリカの歌」 "American Tune" を取り上げました。前者では、歌詞を紐解きつつ、アメリカの歴史や同国の昨今の社会情勢などに絡めながら。最後にはあの歌のメロディの源流にも触れました。また、後者では、アフリカ系アメリカ人ミュージシャン、アラン・トゥーサン Allen Toussaint による同曲のカヴァーを取り上げました。若干ながら、再びアメリカの歴史や昨今の情勢などに絡めつつ。本投稿の最後に、それぞれの投稿へのリンクを貼ります。
今日は、あの歌の歌詞に登場する言葉、「メイフラワー」 "Mayflower" に拘ってみたいと思います。
目次
いきなりの要約
船のメイフラワー、植物のメイフラワー ... S&G 「アメリカ」(歌詞和訳)
アメリカを探す旅、「アメリカの歌」 〜 歌詞和訳
ピルグリムの船・メイフラワー (1620年)
植物のメイフラワー、山査子・西洋山査子、常盤山査子
メイフラワーとナサニエル・ホーソーンと「緋文字」 (1850年)
アメリカの歌、その源流
Mayflower とは何か? (簡単で散漫な攻撃的演説)
So what if it was a simple desultory philippic!?
ボブ・ディラン?
So What!
Allen Toussaint's "American Tune" 〜 歌詞和訳, note 1-4
第1章「いきなりの要約」
まずは、いきなり本投稿の要約を書いてしまいます。というのも、一旦書き出したら、色んな方面に大風呂敷を広げてしまったことで収拾がつかなくなりそうな内容になってしまい、まぁ結局は無理矢理「収拾をつけた」のですが、あまりのカオスなテキストに読者の方に「これって一体何を言おうとしているのか」、「最後まで読むのは疲れそう」などと思われて、途中で読むのを止めてしまわれるような結果になるのを避けたいと思ったからです。
この投稿で書いていることは今からちょうど 4年ぐらい前に思いついたことで、その元々の発想が大風呂敷型だったのですが、この 4年間その発想・着想がずっと頭の片隅にありながらもそれを誰かに語るというレベルではほぼ放置状態にしていて(自分の Facebook では投稿したことがありました、しかし英語それも 4年前)、今回ようやくそれを日本語で書いた文章にしてみようと思い立って始めてみたら、当時は気づかなかったことに気づいたり、新たなところに目が行ったりで、ますます風呂敷のサイズが広がってしまったのです。
妙な釈明はこの辺にして、さて、要約、というより要点なのですが、それはつまり、こういうことです。
以下、まずは思い切り乱暴に、思いつくままの箇条書きで表わしてしまいます。
・「メイフラワー」という言葉には、いくつかの意味がある。
・1620年にイングランドのピューリタンたち(ピルグリム・ファーザーズ:イギリス国教会とイングランド国王による宗教弾圧から逃れ、彼らにとっての「新天地」で彼らが考えるところの「キリスト教の理想」を実現する社会を作ろうとした清教徒たち、実際には清教徒以外の人間も乗船しましたが)がアメリカに渡った時に乗った船、その船の名前。それが一つ目。
・その他に、特定のいくつかの植物を指す言葉として、メイフラワーという言葉が使われる場合がある。
・一つは、上に書いた船「メイフラワー」号に乗ってイングランドのピューリタン(清教徒)たちがアメリカに辿り着いた1620年の翌年、つまり 1621年の春にその地でいち早く花を咲かせ、それが切っ掛けでメイフラワーと呼ばれるようになった、そして今現在その土地、現在のアメリカのマサチューセッツ州の州花となっている、アメリカイワナシ。
・その他の植物でも、「メイフラワー」と呼ばれるものがある。イギリスにおけるサンザシ、アメリカにおけるアネモネといった、文字通り 5月に花を咲かせる植物がそれに当たる。
・1620年にイングランドからアメリカに渡ったピューリタン(清教徒)たちが乗った船「メイフラワー」号の船内に、サンザシの絵が描かれていた、それでサンザシが「メイフラワー」と呼ばれることになったという説がある。
・日本でサンザシというと通常は中国を原産地とするサンザシ(山査子)を指すが、上に述べたサンザシは厳密に言うとセイヨウサンザシ(西洋山査子)。その原産地は、ヨーロッパ、西アジア、北アフリカ。
・上記の前者のサンザシ(山査子)も後者のセイヨウサンザシ(西洋山査子)も、英語では Hawthorn と呼び、共にバラ科サンザシ属の落葉低木で、5月に花を咲かせ、秋に緋色の実が成ることは共通している。
・Hawthorn の thorn は刺のことだが、Haw は「垣根」を意味する古い英語 Haga に由来する。一方で、Haw という綴りの英語は現存し、「左へ曲がれ」「左へ曲がる」「左に曲がらせる」といった意味がある。
・筆者は 4年前の 2016年の初夏、1973年にリリースされて以来 40年以上聴いてきた Paul Simon の曲 "American Tune" を聴きながら、その歌詞に登場する船 "Mayflower" の意味するものについてあらためて気になったことが切っ掛けで、「メイフラワー」と呼ばれる植物を買って、自分の家の小庭でその「5月に咲く花」を咲かせようとした。買った「メイフワラー」は今も元気だが、しかしこの間、花は一度も咲いていないし、実も成ったことがない(笑)。
・筆者は「メイフワラー」の花を咲かせるつもりでサンザシ(山査子)を買おうとしたが、その時たまたま直ぐに手に入るものが市場になく、筆者が代わりに買ったのは、トキワサンザシ(常盤山査子)と呼ばれる植物。名前からしてこれもサンザシ(山査子)の一種に間違いないだろうと思って買ったものだが、実際にはトキワサンザシ(常盤山査子)はバラ科トキワサンザシ属の植物で、バラ科サンザシ属のサンザシ(山査子)とは微妙に異なる。ただ、花期が 5月(正確にはどれも 4~5月)で、秋に緋色の実が熟す落葉低木という点はサンザシ(山査子)やセイヨウサンザシ(西洋山査子)と共通しており、かつ、原産地がヨーロッパや西アジアであることは、中国原産のサンザシ(山査子)でなく、セイヨウサンザシ(西洋山査子)の方とほぼ同じである。

(2016年5月22日、我が家にメイフラワー号!! が到着した日に撮った記念写真: 届いたばかりの常盤山査子と "Ameican Tune" が収録された Paul Simon 1973年リリースのアルバム "There Goes Rhymin' Simon")
箇条書きを続けます。
・サンザシ(山査子)もセイヨウサンザシ(西洋山査子)もトキワサンザシ(常盤山査子)も緋色の実が成るが、濃く明るい赤色もしくは深紅色を意味する緋色は、英語では Scarlet もしくは Fiery Scarlet という。
・サンザシ(山査子)やセイヨウサンザシ(西洋山査子)は上に書いた通り英語で Hawthorn というが、一方、トキワサンザシ(常盤山査子)の英語名は、Scarlet Firethorn である。
・ところで、19世紀のアメリカを代表する小説家 Nathaniel Hawthorne (日本での表記はナサニエル・ホーソーン)の代表作は、The Scarlet Letter である(日本ではそのタイトルは「緋文字」と訳されている)。
・彼の本名は Nathaniel Hathorne だったが、改名して Ha の後ろに w が入り、Nathaniel Hawthorne と名乗るようになった。Hawthorne は、綴り上、「メイフラワー」 "Mayflower" であるサンザシ(山査子)の Hawthorn とほぼ同じ、Hawthorn の語尾に England の E (e) が付いただけである。
・代表作のタイトル The Scarlet Letter の Scarlet は、日本でのタイトルにある通り、緋色を意味する。サンザシ(サンザシやセイヨウサンザシ)や トキワサンザシ の実の色と同じ色、緋色である。また、トキワサンザシ(常盤山査子)の英語名 Scarlet Firethorn の Scarlet と重なる言葉でもある。
・Nathaniel Hawthorne の代表作 "The Scarlet Letter" は、17世紀のアメリカのニューイングランド地方(主にボストン)のピューリタン(清教徒)たちの社会を舞台に、消息を絶った夫の不在中に地元の牧師との間で姦淫の罪(旧約聖書におけるモーセの十戒のうちの一つであり、新約聖書においてはマタイによる福音書で配偶者以外への性的関心を含み厳しく罰せられるものとされている罪)を犯した女性を主人公とする物語である。
・「緋文字」 "The Scarlet Letter" の物語は、イングランドから「メイフラワー」号 "Mayflower" に乗ってピューリタン(清教徒)たちがアメリカに渡った 1620年から 22年しか経過していない、1642年のボストンで始まる。
・1620年にイングランドのプリマスの港から「メイフラワー」号 "Mayflower" に乗ってアメリカに渡ったピューリタン(清教徒)たちが辿り着いたのは、マサチューセッツ州のプリマスで、そのマサチューセッツ州に、メイン州、ニューハンプシャー州、ヴァーモント州、ロードアイランド州、コネチカット州の 5州を合わせた アメリカの 6つの州は、ニューイングランド New England と呼ばれるようになった。ニューイングランドの中心都市はボストンである。
・Nathaniel Hawthorne は 1804年7月4日に、1620年にピューリタンたちの「メイフラワー」号 "Mayflower" が着いた地プリマスがあるマサチューセッツ州に所在するセーレムという名の地方都市(セイラムとも表記、1692年に同地でピューリタンたちが行なった「魔女狩り」「魔女裁判」で有名)で生まれ、1864年5月19日、同じニューイングランド地方のニューハンプシャー州にある、マサチューセッツ州のプリマスと同じ名の地方都市プリマスを旅行中にこの世を去った。なんだか出来過ぎた話だなぁ、と思いつつ、しかしまぁ史実ではあります。
・というわけで、一気に、かつ乱暴に、本投稿の内容の要約を箇条書きにしてきたが、アメリカの「建国神話」の中核に位置する "Mayflower" を巡って、偶然にも(それぞれをきちんと検討もしくは精査していくと「偶然」でなく「必然」に過ぎないものも少なくないように思うが)連想ゲームのように色々なものが重なり合ってくる。そして、その全てではないが、過半に宗教の匂いがする。宗教、キリスト教、プロテスタント、ピューリタン。
・元々、筆者がこの「メイフラワー」 "Mayflower" という言葉に拘ることになったのは、4年前の2016年の初夏、それまで 40年以上聴いてきた Paul Simon 1973年リリースの "American Tune" というタイトルの曲を聴いていて、その歌詞に登場する Mayflower があらためて気になったことが切っ掛けだった。
・ Paul Simon の "American Tune" のメロディ・ラインには元ネタがあって、それはドイツ人の Paul Gerhardt が 17世紀(船の「メイフラワー 」号 "Mayflower" と同じ時代)に作曲した讃美歌 "O Haupt voll Blut und Wunden" だが、その歌自体にも元ネタがあって、それはやはりドイツ人の Hans Leo Hassler が 17世紀初頭に作曲した "Mein G'müt ist mir verwirret" というタイトルの恋愛の歌である。つまり、元々は世俗的・非宗教的な歌だったものをリメイクした宗教音楽(讃美歌)のメロディをベースに、Paul Simon は "American Tune" を作曲した。
・一方、Johann Sebastian Bach (ヨハン・ゼバスティアン・バッハ)も賛美歌 "O Haupt voll Blut und Wunden" のメロディをベースにマタイ受難曲 "Matthäus-Passion" を作曲しており、Paul Simon が "American Tune" でモチーフにしたのはこのバッハの「マタイ受難曲」の方だという説もある(どれが真実なのか、Paul Simon 自身が何処かで具体的に語っているかもしれないし、もしかしたら曖昧にしたままで語っていないかもしれないが、Paul Simon ファン歴半世紀の筆者もそれ以上突き詰めて調べたことがない)。
・というわけで、アメリカ「建国神話」において重要な役回りをする "Mayflower" の背後には宗教(キリスト教、プロテスタント)的なものが錯綜しているが、アメリカの歌 "American Tune" の背後にも(そのメロディだけでなく解釈のしようによっては歌詞にも)(歌詞の中身については以前のあの歌に関する投稿で拙訳を掲載しつつ紐解きましたが、但しその時は宗教的な意味合いを探るような試みはあまりしませんでした)、同様に宗教(キリスト教、プロテスタント)的なものを感じ取れる面がある。
・それがどうした?
と、薮から棒に Miles Davis の "So What" をかけてしまいました。それがどうした, So What!
・まぁしかし、イングランドの信仰心篤いピューリタン(清教徒)たちがアメリカに渡った時に乗った船の名は "Mayflower", "Mayflower" はサンザシ(山査子)のことでもあり、サンザシは "Hawthorn", "Hawthorn" の "Haw" は「左へ曲がれ」「左へ曲がる」「左に曲がらせる」、今のアメリカの左派はどうも宗教に寛容過ぎるきらいがあるけれども(例えば彼らの一部はイスラムの社会やその教義にある反民主的な要素に目を瞑ることが 911テロ以来右派から謂れ無き差別を受けてきた一般のムスリムたちへの差別意識がないことの証左になるとばかりの Islamophobia ならぬ Islamo-philia 的なところがある)、本来の左派は宗教からもっと距離を置き、かつ政治や公の場での政教分離の原則を大事にする人たちのはず、アメリカよ、”Mayflower" よ、今こそ舵を取れ、Haw, Haw, 左へ、左へ。
・今の言い方、何かトゲあったかな、"Mayflower" さん。"Mayflower" は "Hawthorn", "Haw" には "thorn" 刺が付き物なんだよ。
.. というわけで、以下、色々と脱線しながらのカオスの投稿を続けます。これから書いていくことの要点は、もう上に書いてしまっているのですが .. 単にこれは言葉遊びをしているだけなのか(笑)。
「常盤山査子」三部作 〜 「トキワサンザシ」トリロジー
9年目の5月に 初めて花開く, 我が Mayflower 常盤山査子 〜 ポール・サイモン American Tune 歌詞和訳
今から 9年前, 2016年5月, Paul Simon の American Tune の歌詞(今日の note 最終章に筆者による歌詞和訳を掲載)に登場する(船の名の)Mayflower が気になったことが切っ掛けで, (植物の)Mayflower の花を我が家の小庭で咲かせてみようと妙なことを考えて買ったもの。その後, 9年近くもの長きにわたり, 期待に反して一輪の花も咲かせなかった我が家の常盤山査子(トキワサンザシ)。花は咲かずとも, この間ずっと元気な様子だった。
それが 昨日の朝, 驚いたことに, ほぼ 9年の空白(花に関してはね)を経て, その常盤山査子の枝に蕾が付いたことに うちのカミさんが気づき, 筆者も庭に出て見て「心底」感激, これは記念写真を撮らねばと .. その写真が今日のタイトル写真。
Mayflower 常盤山査子 〜 9年目の May, 5月に 初めて 花を咲かせる, 我が家の小庭にて
第1章は "Mayflower 〜 アメリカとイスラエルの「入植者植民地主義」を蹴っ飛ばす"(!)
ポール・サイモン「アメリカの歌」とナサニエル・ホーソーン「緋文字」を繫ぐトキワサンザシの実の「緋色」
今日のこの note のこと!
此処では写真つき。「緋色」の実をつけた, 我が家の常盤山査子(2025年10月17日)。



ではでは。
ポール・サイモン「アメリカの歌」, 歌詞和訳
アメリカの歌 〜 Paul Simon "American Tune" 歌詞和訳(「拙訳」は「拙者による訳」の意で, 実際には「良薬は口に苦し」の良薬ならぬ良訳 .. だ
と思うぞ)
アメリカの歌 〜ピルグリムの船・メイフラワー、植物のメイフラワー、そしてナサニエル・ホーソーン「緋文字」を巡る不思議(?)な展開
American Tune from Paul Simon's 1973 album There Goes Rhymin' Simon
https://genius.com/Paul-simon-american-tune-lyrics
Many's the time I've been mistaken
And many times confused
Yes, and I've often felt forsaken
And certainly misused
Oh, but I'm all right, I'm all right
I'm just weary to my bones
Still, you don't expect to be bright and bon vivant
So far away from home
So far away from home ..
「緋色の帆を掲げた都市が 碇泊してるのが 見えたんです」 〜 はっぴいえんど 「風をあつめて」
以下の第5章「植物のメイフラワー、山査子・西洋山査子、常盤山査子」の中盤(序盤と終盤の間!)から, note リンクの下に転載。
というわけで、トキワサンザシ(常盤山査子)はサンザシ(山査子)と異なる属の植物なのですが、一方で、サンザシの原産が中国中南部であるのに対し、トキワサンザシの原産はヨーロッパ南部~西アジア地方であって、そこはセイヨウサンザシと重なります。花期が 4~5月頃、そして秋に赤く実が熟すことは、サンザシ、セイヨウサンザシ、トキワサンザシ、どれにも共通です。
因みにこれらの実の赤さは日本語では「緋色」と表現されることが多く、英語ではこの緋色は Scarlet もしくは Fiery Scarlet と言います(これは実は、「みは」でなくて「じつは」、後の章で記述することに関わってくるのです)。
日本語は実に豊かな表現力を持つ言語で、例えば青でも赤でも、微妙に異なる色合いを表わすことができるように、様々な単語があります。緋色もその一つですが、残念ながら、そして憂うべきことに、現代の日本人はこうした日本語をあまり使わなくなってきています。
私自身は「緋色」に関しては子どもの頃から親しみを持っている言葉ですが、理由があって、それは日本の伝説的ロックバンド「はっぴいえんど 」の歌のお陰です。松本隆作詞、細野晴臣作曲の「風をあつめて」。2番の歌詞の中に「緋色の帆を掲げた都市が 碇泊してるのが 見えたんです」を含む一節があります。
