偶像人形は空転する|【狸の短編小説】
私の物語は、一枚の写真から始まった。
スマホの画面に映る完璧な私。
『
今日のコーデは、
アキトくんが好きな映画のヒロインを意識した
ヴィンテージ風ワンピース♡
』
指先が軽やかにハッシュタグを紡ぐ。
投稿と同時に、通知が弾けた。
親友の祈からの返信。
『
最強可愛い!
私の目に狂いはなかった!絶対イケる!
』
完璧な笑顔の裏側で、私は息を殺していた。
アキトくんの講義が終わるまで、あと2分46秒。
キャンパスのカフェの指定席。
すべては計算された偶然のために。
***
彼への恋は壮大なプロジェクトだった。
祈は、その最高のプロデューサー。
「
この間のニット、アキトくん絶対好きだよ!
私みたいな凡人には似合わないけど、
レイは別格だから。
」
彼女はうっとりと私を見つめる。
「
次の投稿はこの角度で撮ろう!
完璧なレイを、もっと完璧に見せるために
」
祈の声援が私を強くする。
同時に、逃げ場のない檻に閉じ込められる。
アキトくん攻略は、二人だけの刺激的なゲーム。
共犯者のいる恋は、甘く、熱を帯びていた。
彼の好きな曲を、偶然を装って口ずさむ。
「その曲、趣味いいね」
アキトくんの言葉を、すぐに祈へ報告する。
二人で祝う小さな勝利。
この共犯関係は麻薬だった。
彼が他の女子と話していれば、心がさざめく。
祈と二人、相手のSNSを暴き出す。
「レイの方が絶対に上」
そう囁き合う夜。
それは友情のようで、歪んだ依存だった。
アキトくんは、
私たちの偶像へのトロフィーになっていく。
***
夏が過ぎ、秋風が吹く。
私たちのプロジェクトは熱を帯びるばかり。
なのに、彼との関係は進まない。
感じのいいクラスメイトのどまり。
膨大なエネルギーだけが、空回りしていく。
狂気的な空転。
完璧な笑顔を演じた頬が、引きつっていた。
窓辺に目をやる。
そこは、誰にも見せたことのない私の聖域。
歪な形の多肉植物たちが、静かに並んでいる。
祈ならきっと言うだろう。
「なにこれ、可愛くない」って。
でも、私はこの不格好さが好きだった。
完璧じゃないから美しい。
この葉に触れている時間だけが、
本当の私に戻れる気がした。
「もっと完璧にやらなきゃ」
焦る私を、祈はさらに焚きつける。
「アキトくんは高嶺の花なんだから」
その日、空は泣いていた。
徹夜明けの頭で、彼と出くわしてしまう。
計算する余裕なんてない。
うっかり、地元の訛りが出た。
寝癖を指摘され、素直に慌てた。
最悪だ。完璧な私じゃない。
絶望する私に彼は言う。
疲れたように、でも、どこか嬉しそうに。
「なんだ、レイさんってそんな風に笑うんだ」
「
いつものキメ顔より、
そっちの方が全然いいじゃん
」
その言葉は鋭い刃。
祈と築いた偶像の仮面に、初めてヒビが入った。
「アキトくん、素の私の方がいいって」
混乱したまま祈に打ち明けた。
救いを求めるように。
彼女は、信じられないという顔で私を見る。
「は? 何言ってるの?」
声が、氷のように冷たい。
「らしくないよ、レイ」
らしくない、と彼女は言った。
「そんなダサいとこ見られたなんて最悪じゃん」
「今まで積み上げてきたものが全部パーになるよ?」
彼女は、泣きそうな顔で続けた。
「私が好きなのは、完璧で誰もが憧れるレイなのに」
光と闇から二本の矢が放たれる。
彼からの素の肯定。
親友からの素の完全否定。
私の世界が音を立てて崩れていく。
アキトくんに好かれるための偶像は、
彼本人に否定された。
その偶像を信じていたはずの祈からは、
素を否定された。
私は誰?
何が正解?
スマホのインカメラに映る顔が、引きつって笑う。
この子は、誰?
気づいてしまった。
私はアキトくんのためだけじゃない。
祈の期待に応えるためにも、演じていた。
私は、ただの人形だった。
***
寒い冬の日、私は決めた。
SNSを開き、投稿をアーカイブしていく。
『#あざと可愛い #君のための私 』
さようなら、偽物の私。
代わりに一枚の写真を投稿する。
ずっと好きで集めていた、歪で美しい多肉植物。
キャプションは一言だけ。
『#これが私』
フォロワーが減っていく。
祈からの「いいね」は、つかない。
その沈黙が私の決意を肯定しているようだった。
後日、図書館でアキトくんに会った。
もう何も計算しない。
「こんにちは、アキトくん」
ただ、それだけ。
彼はいつも通りに挨拶を返し、
少し躊躇ってから言った。
「この間の雨の日、ごめん。変なこと言って」
「
でも、俺、あの時のレイさん、
本当にかっこいいと思ったんだよ。
なんていうか、自分を隠してない感じが
」
彼の瞳は、まっすぐだった。
彼もまた、アキトではない誰かとして話している。
そう感じた。
一人、カフェでスマホを開く。
アキトくんに送るため、推敲を重ねたDMの下書き。
何十もの飾られた文章。
過去の私と祈と過ごした時間を慈しむように。
そして、決別するように。
ひとつ、またひとつ、削除していく。
空になった画面に、冬の柔らかな光が反射する。
その時、一件の通知がやってくる。
祈からのDMだった。
『その多肉、何?』
短い問いかけ。
非難か、困惑か、それとも微かな興味か。
返信するかは、まだ決めていない。
ただ、私の物語はもう誰かのためのショーじゃない。
不器用で、等身大で、予測不可能な、
たった一人の「零」の物語。
その始まりを告げる通知を見つめる。
私の口角が、ほんの少しだけ上がった。
それはきっと、誰にも見せることのない、
私だけの、あざとい。

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