人為の巡礼|【狸の掌編】
物心ついた時から、私の身体には地図があった。
赤黒く盛り上がった線が、
皮膚の上を川のように枝分かれし、
全身を巡っている。
医者はただの奇形だと言い、
人々は不気味な痣だと囁いた。
だが、私にはわかっていた。
これは、どこかへ至るための地図なのだと。
理由も目的もわからない。
ただ、
疼く傷に導かれるまま私は地図の線を指でなぞり、
その終着点を目指して歩き続けていた。
旅の途中、奇妙な噂を耳にする。
私と同じような印を持つ人間がいるらしい。
その者は、
印を辿った先で安息の地を見つけたのだと。
その噂は、私の内に微かな希望を灯した。
この旅の果てには、私を理解してくれる誰かが、
あるいは私という存在の答えが
待っているのかもしれない。
地図の線が複雑に絡み合う街を抜け、荒野を渡る。
重要な分岐点に差し掛かるたび、
傷痕は灼けつくように熱を帯び、
進むべき道を教えてくれた。
旅を続けるうち、
私は自分が少しずつ変わっていくのを感じていた。
以前は石ころのように無感動だった心が、
夕焼けを見て美しいと感じるようになった。
不器用だった指先が道端の小さな花を
壊さずにそっと摘めるようになった。
旅の経験が、
私を人間らしく育てているのだと信じていた。
けれど、鏡に映る自分を見るたび、
拭えない違和感が胸をよぎる。
この身体は、まるで借り物のようだ。
魂と肉体の間に一枚薄い膜があるような、
もどかしい感覚。
やがて、最後の線が指し示したのは、
海に突き出た岬に立つ、古びた白い灯台だった。
潮風に晒された扉を開けると、中はがらんどうで、
螺旋階段だけが天へと続いている。
一段、また一段と上る。
頂上に近づくにつれ、
全身の傷痕が共鳴するように激しく疼きだした。
最上階には、部屋の壁一面を覆う
巨大な鏡が一つだけ置かれていた。
恐る恐る、その前に立つ。
鏡に映った私の身体。
その瞬間、全身を焼くような激痛が走った。
「ああ……ッ!」
悲鳴と共に、私はその場に膝をつく。
見ると、赤黒かった傷痕の地図が、
まばゆい光を放ち始めている。
それは赤ではなく、
神経や血管を思わせる、生命的な青白い光。
光の線は、まるで役目を終えたかのように、
スッと皮膚の内側へ吸い込まれ、消えていく。
腕から、胸から、足から。
生まれついて私を縛り付けていた地図は、
跡形もなく消え去った。
後に残されたのは、ただの、滑らかな皮膚。
もう一度、鏡を見る。
そこに映っていたのは、見慣れているはずなのに、
まったく知らない私だった。
あの膜のような違和感は、もうどこにもない。
手足の先まで、自分のものだという確かな実感。
私は、この旅の意味を悟った。
安息の地を探す旅ではなかった。
仲間を探す旅でもなかった。
傷痕の示す場所を巡り、
様々な経験を辿ること自体が、
私という存在を完成させるための儀式だったのだ。
その傷痕は、私を作るための設計図。
目的を失い、
そして初めて本当の自分を得た私は、灯台を出る。
どこへ向かうべきか、今はわからない。
だが、これから歩む道は、
誰のものでもない、私が選ぶ道だ。
ふと、自分の手のひらを見下ろす。
すると、その中心に見覚えのない、
ごく細い一本の線がうっすらと
浮かび上がり始めていた。
初めての長編に挑戦しました。⬇️
他の作品もどうぞ⬇️
🔻「道」が、そこに落ちたものを「食べている」。
いつも使う近道は、ゴミを食べる奇妙な「生き物」。その無害なはずの生態観察は…。
🔻――外が見たい。本物の空を。星を。あるいは、ただの闇でもいい。
すべてが最適化された揺り籠の中、満ち足りていたはずの男に芽生えたささやかな衝動が、幸福な世界の真実を覗かせる。
🔻まるで世界から、一枚一枚、音が剥がされていくように。
ページをめくるごとに現実を侵食する絵本が、あなたの世界を静寂で満たしていく物語。
もう見逃さない。全編を一気読みできます。⬇️

