記憶の雫はまだ冷たい|【狸の短編小説】
空の底が抜けて、街の色が沈んでいく。
人々は口を噤んで、足早に屋根の下へと消えていく。
通りのショーウィンドウの明かりだけが、無人のアスファルトを煌々と濡らしていた。
男はアパートの自室で、窓の鍵を確かめる。
カーテンの隙間から見える空は、鉛を固めた鈍色の天井。
肋骨の内側で心臓が硬い音を立てているが、男は耳を塞いで、その音を必死に聞かないようにしていた。
一滴、窓ガラスに冷たい染みができた。
それを合図に、灰色の糸が無数に地上へと垂れ始める。
向かいのマンションの一室では、二つの影が激しく揺れて、やがて片方が崩れ落ちるのが見えた。
路上では、雨に打たれたまま膝をつく、逃げ遅れた男の背中が、ひどく小さく見えた。
誰もが、その雫に触れることを避けている。
乾いた風が鳴って、古びた窓枠が軋んだ。
隙間から霧のような飛沫が吹き込んで、テーブルに置かれていた男の左手に落ちてしまった。
冷たさが皮膚から染み込み、血管を遡っていく。
男は固く目を閉じた。
自らの油断を呪いながら、罰が下されるのをただ待っている。
だが、心に響いたのは断罪の言葉ではなく、薄暗い部屋の映像と色褪せた一枚の写真の映写が始まった。
写っている三人のうち、男の指が友人の顔を避けて、彼女の輪郭だけをそっとなぞっている。
そこに憎しみはなく、飲み込めなかった酒の苦い味だけが喉に広がって、空のグラスに落ちる埃が静かな時間を刻んでいた。
自分の罪が作り上げた友人の憎悪は、どこにも存在しない。
胸を焼いたのは、空っぽの部屋に響く時計。
頬を伝う水滴は、熱を持っていた。
どれくらい経っただろう。
音が止んでいた時間を過ごしていた。
窓の外には、水たまりに映る青空だけが広がっている。
洗い流された街の、濡れたアスファルトの匂いがした。
男は立ち上がって、コートを羽織る。
玄関のドアノブは、まだ冷たい。
扉を開けると、偉く眩しい光が差し込んだ。
空には、何事もなかったかのように白い雲が浮かんでいる。

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