「嫌いになって」第2話|創作大賞2024
「それでそうなったんだ」
里美が私の髪を見て言った。
「どう?似合うでしょ?」
髪をかき上げて見せる。
私の髪、メイク、服をじっくりと視線を動かしながら眺める里美。
品定めされているみたいで少し緊張してしまった。
ふーんと呟いて、すぐにまた昼食のB定食を食べ始めた。
「え……だめ?」
「いいんじゃない。もともときつめの顔だし、前よりそっちの方が似合ってるよ」
「きつめって言うな」
「でも、もったいないかもね。黒髪清純キャラ、男子人気あったんだよ」
「別にそんなのいらない」
ぶっきらぼうに答える。
里美は、昔から私の顔をきついと言ってくる。
ちょっとつり目で鼻先がツンとしているだけなのに。それもメイクでごまかせるぐらいだ。
目じりにしわをつくり穏やかに笑う先生にふさわしくなるように、以前の私はどちらの特徴もメイクで全て消し去っていた。
でも、今は濃いアイラインを引き、ハイライトでより鼻筋をきれいに見せている。
やわらかい笑顔より不敵な笑みが似合いそうだ。
ふんっと鼻を鳴らして笑った。
里美が訝し気に見る。
「別の男にいくのも、いいね」
ああ、と答える里美。
「いいじゃん。美人だし、すぐ彼氏できるよ」
そう言って、コップのあたたかいお茶を一口飲む。
里美はいつもこうだ。
恋愛事に関しては、他人事のような返事しか返ってこない。自分には関係ないと思っているのだろう。
「だよね。これでフリーなのもったいないよね」
「何がもったいないの?」
「彼女いない男たちの時間が」
「なるほど」
「彼女いないって嘆いている奴がいて、彼氏欲しいって思っている奴がいるって、win-winじゃん。さっさとくっつかないと。国の利益にしかなんないじゃん」
「それは、どうだろうね。結婚……いや、出産までいかないと」
「いや、国とかどうでもいいし。こんな美人な若い女子大生が余ってるのおかしいから。就活始まる前に遊んどかないと絶対後悔するし。役に立つのか立たないのかよくわからない研究をずっとへらへら笑いながらしてるおじさんに時間費やしてる暇ないし」
一気にまくしたてて、はあと深いため息をつく。
里美はつまらなさそうにお盆の隅を見つめていた。
「あの人ってそんなおじさんだっけ?」
「おじさんだよ」
「そうなんだ。見えないね」
「あんま外でないんじゃない?いつも本読んでるし」
「そんなことないでしょ。学会とかあるだろうし、研究で地方行ったりするだろうし」
「じゃあ……精神年齢が子供なんじゃん」
ふうん、と里美がつぶやく。
嫌な気分だった。里美が観察するような目で私を見ている。何かを探っているようだった。
いつもは興味なさそうに受け流すのに、こちらが踏み込まれたくないことがある時は決まって、正体を明かそうとする。
好奇心なんだろうか。いつも見逃すことはなかった。
「何よ」
不機嫌に答える。見るなよ、と顔で表現する。
努めて何もないというように首を振る里美。
「なんでもない」
「うそ。なんか考えてたでしょ」
「考えたよ」
「じゃあ、言ってよ」
「言わないよ」
「なんで?」
一瞬だけ言葉をつまらせながら、
「私には関係ないもん」
ぴくりと眉を動かす。顔を逸らして聞こえるようにため息をついてしまった。
なんだか今日はいらいらする。
里美は恋愛関係の話を避けたがっている。
それがありがたい時もあれば虚しく感じるときもあった。特に先生の話は聞いてほしかった。
「里美って人を好きになったことある?」
突き放すようにぶっきらぼうに言った。
前にも聞いたことがあるけど、決まってはぐらかされた。
今は興味ないだの、この小説の主人公は好きだの、今度考えてみるだの、そんな返答ばかりだ。
今日も同じような答えが返ってくると思っていた。
なかなか返事がないからちらっと顔をのぞいて、すぐに顔を上げる。
里美が何かを言おうとして口を開きかけて、ぎゅっと閉じたからだ。
興味津々に見つめていると、私の視線に気づいた里美が急いで目を逸らした。
私は興奮した。
高校からの付き合いなのに一度も恋愛について言及してこなかった里美が何か言おうとしていたのだ。これは何かある。
にやっと意地悪い表情で里美を見ながら「ふーん」と呟いた。わざと大げさにやって見せた。
面白がられるのを里美はすごく嫌っているからだ。
案の定、私の顔を見て里美は目を細めた。
「……その顔うざっ」
里美は持っているコップをトレーの上に音を立てて置いた。
そのまま立ち上がってトレーを持ち、返却口に向かった。
慌てて、里美の後を追いかける。
「ねえ、好きな人できたの?」
「いない」
「でも、何か言おうとしてたじゃん」
「してない」
「してたよ。いいじゃん。教えてよ!今まで里美が恋愛系の話でまともに何か言うことなんかなかったんだから、気になるでしょ」
想定外という顔で里美がこちらを振り向いた。
「色々言ってあげてたでしょ」
「いや、全然的外れのことしか言わないからプラマイゼロだよ」
ショックだったみたいだ。ちょっと肩を落としている。
何も聞き出せなくなると面白くないので、慌ててフォローする。
「冗談だって。ちょっとは助かってたよ。そんなことよりさ、何かあったんでしょ?好きな人できたとか気になる人がいるとか。教えてよ、誰にも言わないから」
足早に歩き出す里美。返却台にトレーをのせてそそくさと立ち去ろうとする。
こいつ、私のことまこうとしてる。急いで追いかける。
逃げる里美の横にぴったりついてしつこく聞いた。
里美は相当うざかったのか、ほとんど無視していた。
もしかしたら周りにはギャルがおとなしい子に絡んでるように見えたかもしれない。
でも、関係なかった。
里美が嫌そうにするほど楽しくなっていった。他の事を考えたかった。自分のことを考えていたくなかった。
里美が里美にしては大きな声で言った。
「好きな人なんていない」
嘘だ。早く終わらせたがっているように見えた。
「嘘」
「嘘じゃないって」
「そんな感じじゃなかった」
「そんな感じって?」
「何もない感じじゃなかったってこと」
「なんでわかるの?」
「付き合い長いんだから、そのぐらいわかるよ。友達なんだから」
素早く捲し立てた。でも、全部本当のことだった。証拠はないけど里美の中で何か変わったんだなと思ったし、友達だから困っているなら力になりたかった。
あとは、友達という言葉をだすとなんだかんだ優しい里美はほだされるだろうという打算的な思いもあった。
そう思っていたのに、里美の表情を見てぎくりとした。
苦しそうな表情をしていた。
思わず立ち止まってしまった。
気づかないのか、里美は歩いて行ってしまう。
どうしよう。追いかけるのに躊躇した。里美のあんな顔は初めて見た。
どんどん里美の背中が遠くなってしまっているのに気づいてはっとして追いかけた。
「里美!」
里美が私がいないことに気づいたらしく振り向く。
私は戸惑いながら謝った。
「ごめん」
「え」
「しつこくしすぎた」
「ああ……」
なんだか上の空だった。
「もう聞かないよ。でもさ、なんか悩んでるんだったら言ってよね?」
「それって友達だから?」
「うん」
里美は「そうだよね」と呟いて、私の方を見た。
「なんで髪染めたの?」
「なんでって、さっき言ったじゃん」
「嫌われるため?」
「そうだよ」
「そんなことする意味ある?」
よく意味が分からず、口元がぎこちなく笑っていた。
「さっき意味話したじゃん」
「私には意味あると思えないよ」
「私にはあるよ」
「じゃあ、先生何て言うと思う?今の姿見て」
「……」
顔が強張る。里美の顔をまっすぐ見れない。
「……先生がなんて言うかなんて別にいいよ。でも確実に嫌いになるでしょ。そうしたら全部終わるんだから。それでいいの」
里美は私の話を黙って聞いていた。そして、悲しそうに言った。
「終わりじゃないよ」
つづく
