[31]【生きてて良かったよ】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-新聞配達編-
■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしています。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指しています。
【生きてて良かったよ】
福岡空港のロイヤルホスト。
ゴールデンウィーク。
新聞店に休みをもらい、
僕は福岡に帰ってきた。
ちゃんとした店に入るのは、
どれくらいぶりだろう。
ほんの数ヶ月ぶりのはずなのに、
何年も外の世界から離れていたような気がした。
夜だった。
夕食の時間だった。
でも、まったく食欲が出ない。
僕はコーヒーだけを頼んだ。
母もコーヒーだけ。
父と弟はハンバーグを頼んだ。
運ばれてきたコーヒーを飲んだ。
メチャクチャ美味しかった。
新聞店で飲むコーヒーとも、
配達の途中で飲む缶コーヒーとも違った。
ちゃんとした店の椅子に座って、
家族と同じテーブルで飲むコーヒーだった。
母が言った。
「生きてて良かったよ」
僕は黙っていた。
「生きとったら、免許更新をするはずやけん。その時に見つかるって信じとった」
「うん。ありがとう」
それしか言えなかった。
母は続けた。
「東京での後始末は大変やったとよ。でも心配なかよ。全部片付いたけん」
「ごめんね。ありがとう」
謝ることしかできなかった。
弟も話してくれた。
「お母さんと僕で東京に行って、いろんな人と話したよ。分かってもらった。ヤミ金にも行ったよ」
「ヤミ金に?」
「うん。メチャクチャ怖かったよ」
弟は、少し笑うように言った。
笑える話ではなかった。
「ごめん。ヤミ金はどうなった?」
「五千円ずつ、分割で振り込むことにした。でも先月、振り込もうとしたら口座が凍結されとった。電話も使われてなかった。たぶん警察に処理されたんやろね」
「マジか」
それ以上、言葉が出なかった。
「だけん、お兄ちゃんがあと数ヶ月我慢しとったら、失踪せんでも、そのまま事業を続けられたかもしれんね」
その言葉は、静かに刺さった。
あと数ヶ月。
僕が壊れて、逃げて、
新聞配達をしていた数ヶ月。
その間に、
僕の知らない場所で、
母と弟は東京を歩き回っていた。
僕の代わりに頭を下げていた。
僕の代わりに怖い場所へ行っていた。
母が言った。
「とにかく、全部片付いた。借りとったマンションも、事務所も、ちゃんと話を分かってくれた。安心しなさい」
僕は頷いた。
「生きてて良かったよ」
母は、もう一度そう言った。
そして僕の顔を見た。
「あんた、痩せたね」
「うん。だいぶ痩せたよ」
「この何ヶ月か、あんたも大変やったろう。今日は家でゆっくり休んだらいいたい」
そのあと、弟の運転で実家に向かった。
車内でも、いろんな話を聞かされた。
僕が逃げたあと、
誰が何をしてくれたのか。
誰に迷惑をかけたのか。
誰が怒って、
誰が心配して、
誰が諦めずにいてくれたのか。
窓の外に、福岡の夜が流れていた。
懐かしいはずの道なのに、
知らない街のようにも見えた。
迷惑をかけてすみません。
心の中で、何度もそう思った。
何年かぶりに実家の風呂に入った。
湯船に浸かると、
体の奥の力が抜けていった。
まだそのまま残してあった自分の部屋で眠った。
布団の匂いも、
天井の感じも、
昔のままだった。
帰る場所が残っていた。
そのことが、
ありがたかった。
僕は何も返せていない。
何も片付けていない。
ただ、生きて帰ってきただけだった。
それでも母は、
生きてて良かったよ、
と言ってくれた。
その言葉を思い出しながら、
僕は眠りについた。
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「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」
【第一章・失踪編】
→目次から読む
→第1話から読む
【第二章・新聞配達編】
→目次から読む
→第1話から読む
