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[30]【再会、母よ】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-新聞配達編-


■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしてます。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指してます。


【再会、母よ】


午前1時。

これまで、
こんなに嬉しい午前1時が
あっただろうか。

今日の配達が終われば、
3連休だ。

ただの休みではない。

福岡に帰る。

そのことを考えるだけで、
身体の奥が落ち着かなかった。

コーヒーをいれる。

湯気が上がる。

いつもの部屋。
いつもの午前1時。
いつものコーヒー。

でも、今日は違う。

カップを持つ手に、
少し力が入る。

思えば、この数ヶ月は
必死だった。

がむしゃらだった。

飢えと渇き。

その言葉が、
いちばん近い気がする。

金がなくて、
人に奢ってもらった。

助けてもらった。

それなのに、
人を裏切った。

逃げた。

嘘もついた。

生きるためだったと言えば、
そうなのかもしれない。

でも、
それで全部が許されるわけではない。

濃い数ヶ月だった。

人生の何年分かを、
まとめて歩いたような気がする。

それが今は、
鹿島の部屋の中で
コーヒーを飲んでいる。

新聞配達の仕事がある。

帰る場所がある。

そして、
福岡に迎えてくれる家族がいる。

カフェインが、
身体に沁みていく。

煙草はやめられても、
コーヒーだけは
やめられないだろう。

今まで、
色んなコーヒーを飲んできた。

同じ缶コーヒーでも、
同じインスタントコーヒーでも、
状況で味が変わる。

稼いでいた時のコーヒー。
逃げていた時のコーヒー。
眠れなかった朝のコーヒー。
新聞を配る前のコーヒー。

そして今日は、
福岡に帰る前のコーヒーだ。

配達が終わったら、
午前中に福岡へ向かう。

ふるさと。

その言葉を、
口にするのも久しぶりだった。

その言葉を、
口にするのも久しぶりだった。

失踪して、
姿をくらました。

連絡もせず、
迷惑をかけた。

そんな僕を、
迎え入れてくれる。

最後に残っていたのは、
家族だった。

ありがたい。

その一言では
足りないのに、
それ以外の言葉が出てこなかった。

コーヒーを飲み終えて、
新聞店へ向かう。

いつもの道を走る。

でも、
いつもと違う。

今日の配達が終われば、
休みだ。

福岡だ。

母に会う。

そう思うだけで、
胸の奥がざわついた。

配達は、
いつも以上に慎重にした。

ここでミスをしたら、
全部が台無しになる気がした。

地図を確認する。
新聞を確認する。
ポストを確認する。

一軒、一軒、
きちんと配る。

焦ってはいけない。

今日だけは、
絶対に崩したくなかった。

配達を終えて、
新聞店に戻る。

宮本さんが笑いながら言った。

「今日、福岡帰るんやろ?
そのまま鹿島に戻ってこないんじゃ
ないかって、みんな言ってるよ。」

僕も笑った。

「戻ってきますよ。」

そう答えた。

でも、
そう言われても仕方なかった。

僕は一度、
逃げた人間だ。

突然いなくなることが、
できてしまう人間だと
思われても仕方がない。

けれど、今回は違う。

僕は戻ってくるつもりだった。

鹿島に。

この新聞店に。

この部屋に。

不思議だった。

逃げ場所だった鹿島が、
いつの間にか
戻る場所になっていた。

社長が僕を呼んだ。

「これ、土産代や。」

そう言って、
一万円を渡してくれた。

一万円。

たった一枚の紙なのに、
その時の僕には
ものすごく重かった。

給料とは違う。

借金とも違う。

仕事の報酬でもない。

気持ちだった。

涙が出るほど、
ありがたかった。

頭を下げる。

うまく言葉が出ない。

「ありがとうございます。」

それだけ言うのが、
精一杯だった。

鹿島を出て、
いったん東京へ向かった。

まっすぐ福岡へ帰ることも
できた。

でも、見ておきたい場所があった。

住んでいた場所。

便利屋時代の会社。

自分が逃げ出したあと、
そこがどうなったのか。

こっそりと見て回った。

マンションには、
もう新しい住人がいた。

当たり前だ。

僕がいなくなっても、
部屋は空いたままではない。

誰かが住む。

誰かの生活が始まる。

僕がいなくなった後も、
世界は普通に続いていた。

便利屋時代の会社にも行った。

会社は、
空き家になっていた。

机もない。
椅子もない。

人の声もない。

あれほど必死に
しがみついていた場所が、
もう形を失っていた。

ここにいた。

確かに、僕はここにいた。

でも、もう何も残っていなかった。

東京で半日過ごした。

懐かしいというより、
不思議だった。

自分の過去を、
自分ではない誰かの跡のように
見ている気がした。

夕方、空港へ向かう。

東京発、福岡行き。

飛行機に乗る。

座席に座っても、
まだ実感がなかった。

本当に帰るのか。

福岡に。

家族のところに。

窓の外を見ても、
何を考えればいいのか分からない。

謝ることは山ほどある。

言わなければいけないことも
たくさんある。

でも、
何から言えばいいのか
分からなかった。

飛行機が着く。

福岡。

その文字を見た瞬間、
胸が詰まった。

空港を歩く。

足が重い。

早く会いたいのに、
会うのが怖い。

出口へ向かう。

人の流れの向こうに、
見覚えのある顔があった。

父がいた。

弟がいた。

そして、
母がいた。

本当に、いた。

その顔を見た瞬間、
何かが崩れた。

言葉は出なかった。

ありがとう。

ごめん。

ただいま。

いろんな言葉が浮かんだ。

でも、どれも声にならなかった。

涙が溢れる。

止まらない。

母の顔を、
まっすぐ見ることができなかった。

それでも、
母はそこにいた。

失踪した僕を。

迷惑をかけた僕を。

それでも、迎えに来てくれていた。

ありがとう。

それしか浮かばなかった。

涙だけが、
止まらなかった


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「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」

【第一章・失踪編】
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1話から読む

【第二章・新聞配達編】
目次から読む
1話から読む


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