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[35]【身体が覚えている】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-新聞配達編-


■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしています。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指しています。


鹿島に戻ってきて、最初の朝。

持って帰ってきたお土産を、みんなに渡した。

「ありがとう。」

「福岡に帰ってたんか。」

「鹿島に戻って来てくれて良かったよ。」

そんな言葉を、みんながかけてくれた。

嫌な顔をする人は誰もいない。

こんなことすら、
今までの僕には出来なかった。

お世話になった人に、
お土産を買って帰る。

普通のこと。
当たり前のこと。

その当たり前が、
やっと出来るようになった。

こんな僕を、
また迎え入れてくれる人たちがいる。

ありがたかった。

僕は三日ぶりに、
新聞配達の準備をした。

チラシを挟む。

新聞の部数を揃える。

配る順番に合わせて、
新聞を組み替える。

三日ぶりなのに、
手は思ったよりスムーズに動いた。

次に何をするのか。
どこに何を置くのか。
どの順番で積めばいいのか。

頭で考えるより先に、
身体が動いていた。

身体が覚えている。

人間ってすごい。

あれだけ必死に覚えた仕事は、
ちゃんと僕の中に残っていた。

配達も、思ったよりスムーズに終わった。

外田新聞店に戻ると、
早く配達を終えた人たちが
いつものようにパンを食べていた。

僕も後片付けをして、
パンを食べた。

誰からともなく、
話しかけてくれた。

福岡はどうだったか。

実家はどうだったか。

ちゃんと休めたか。

僕は、携帯電話を契約したことを話した。

番号も新しくなったことを伝えた。

細かい事情までは言わない。

言えないことも、まだたくさんある。

それでも、みんな何となく察してくれていた。

宮本さんが、
小さな声で言った。

「良かったな。」

それだけだった。

でも、その一言で十分だった。

今の僕の居場所はここだ。

そう思えた。

朝のひと仕事を終えて、
アパートに戻った。

新しく買ったカップを出す。

コーヒーをいれる。

湯気が立つ。

香りが広がる。

僕はそのカップを両手で持って、
ゆっくりと一口飲んだ。

鹿島に戻ってきた。

新聞配達に戻ってきた。

僕の生活に戻ってきた。

新しいカップで飲むコーヒーは、
いつもより少しだけ、
自分のものの味がした。


次の話[第36話]【よし、伝えよう】
26/06/11 更新



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「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」

【第一章・失踪編】
目次から読む
1話から読む

【第二章・新聞配達編】
目次から読む
1話から読む


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