(4)【はじめての現場】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-失踪編-
■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしてます。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指してます。
【はじめての現場】
ボロボロのハイエース
オンボロのハイエースに、5人。
手配師の車よりはマシ——。
そんなレベルの車だった。
「自分、弁当は?」
松下さんが聞いてきた。
「え?渡されてません。」
「あかんわ〜手配師は
なんも教えてくれんのぉ。
もしかして、朝飯も食っとらんやろ?」
何もかも分からない。
「あそこの事務所で
名前言うたら弁当くれる。
軍手50円、タオル150円や。
働いてる奴からボリボリ取るんやけどな。」
少し笑いながら続ける。
「朝メシもあるで。
食っても食わんでも金は引かれるけどな。」
僕は言われるままに、
弁当と軍手とタオルを買った。
現場までは1時間。
松下さんは、ずっと話してくれた。
「一輪車ってあるやろ?
砂とか運ぶやつ。」
「ネコって言うねん。」
「ネコ持って来い言われて
猫連れてきたら笑われるからな。」
車内は静かだった。
他のメンバーはテレビを見ているか、
寝ている。
僕だけが、新人だった。
7時、現場に着いた。
万博関連の大きな現場だった。
スケールが違う。
ただ、それを感じる余裕はなかった。
「現場事務所はひとつやないからな。
覚えとけ。」
専務の声。
「朝礼まで1時間あるけ、
準備して休んどけ。
その紙に名前も書いといてな。
ヘルメットと命綱、絶対やぞ」
山積みのヘルメット。
自分専用なんて、ない。
松下さんがセブンスターをくれた。
やめていたはずのタバコに、火をつける。
クラッとする。
——毒だ。
でも、少しだけ落ち着いた。
「おう、新人か?怪我すんなよ。」
「新人入れて5人なら、実働4人やな。」
「ちゃうちゃう。
教育係が要るから3人やろ。」
聞こえないふりをした。
松下さんからもらうタバコが、増えた。
朝礼が終わる。
「今日は側溝の据付準備や。
ユンボで掘ったあと、スコップで均す。」
ユンボが動く。
正確で、無駄がない。
溝が、美しく掘られていく。

「スコップ隊、いけ——。」
専務の声。
スコップを持つ。
「お前、ほんま素人やな。
持ち方も知らんのかい。」
空気が、刺さる。
「こう持つんやで。」
松下さんが、横で教えてくれた。
「フラフラして危ないわ。
スコップええから石どけとけ。」
別の人夫に言われる。
強い口調だった。

僕は、石を拾い続けた。
拳くらいの石を、ひとつずつ。
松下さんたちは、
軽く笑いながら作業している。
同じ現場なのに、世界が違う。
朝、50円で買った軍手。
すぐに穴が開いた。
手の感覚が、なくなっていく。

「休憩!30分!」
10時。
その言葉だけで、救われた。
「ほら。初日はえらいやろ。」
松下さんが差し出した。
ホットの缶コーヒー。
タバコ。
新しい軍手。
「職長に言うたらもらえたわ。」
50円のとは、全然違う。
しっかりしている。
涙が出そうになる。
こらえた。
セブンスターに火をつける。
缶コーヒーを飲む。
あたたかい。

あたたまるのは、
コーヒーのせいだけじゃなかった。
「松下さん、ありがとう。」
心から、そう思った。
この時はまだ知らなかった。
頑張れば認められる——。
そんな世界じゃないことを。
(第5話【怒鳴り声の中で見えた光】へ続く)
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「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」
【第一章・失踪編】
→目次から読む
→第1話から読む
【第二章・新聞配達編】
→目次から読む
→第1話から読む
