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[27]【春の鹿島に、心を預けた】人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。-新聞配達編-


■この物語は筆者の実体験をもとに執筆しています。
・正直、極限まで恥をさらしてます。
・僕が生きてきた記録(ノンフィクション)です。
・ほぼ毎日更新を目指してます。


【春の鹿島に、心を預けた】


午前1時。

コーヒーをいれる。

湯を注ぐ。
立ちのぼる湯気を見る。
カップを持つ。
一口飲む。

苦い。

そして、うまい。

カフェインが、
全身をゆっくり全身を
巡っていくのを感じた。

前みたいに、
何を飲んでも同じという感じでは
なかった。

そのことに、少し救われた。

吉田に電話をした。

母にも電話をした。

どちらも、
何かが解決したわけではない。

借金が消えたわけでもない。
過去が帳消しになったわけでもない。
僕が許されたわけでもない。

それでも、
胸の奥に引っかかっていたものが、
少しだけ軽くなっていた。

たかが電話一本。

たった電話一本だった。

本当は、もっともっと
迷惑をかけた人がいる。

謝らなければいけない人もいる。

顔を合わせることすら、
まだできない人もいる。

それでも、
まずは吉田だった。

そして、母だった。

その二人に電話できたことで、
僕は少しだけ、
息をしやすくなっていた。

四月下旬。

鹿島は、もう暖かかった。

ここへ来たばかりの頃は、
まだ肌寒かった。

バイクに乗ると、
風が身体に刺さった。

朝の空気も冷たくて、
アパートの部屋も冷えていて、
布団の中にいても、
どこか落ち着かなかった。

それが今は、
少し違っていた。

季節は、
ちゃんと流れていた。

失踪してから、
まだ三ヶ月ほどしか経っていない。

それなのに、
何年も経ったような気がした。

人夫出しにいた。

工場で働いた。

ホームレスになった。

新聞配達を始めた。

人生が終わったと、
何度も思った。

もう戻れないと、
何度も思った。

それでも、
その時その時に、
そこにいた人たちに助けられた。

綺麗な人たちではなかった。

立派な人たちでもなかった。

僕と同じように、
どこかで何かを失くして、
底の方で生きている人たちだった。

でも、
その人たちがいたから、
僕はまだ生きていた。

そんなことを考えながら、
今日もチラシを新聞に折り込む。

もう、身体が覚えていた。

新聞を取る。
チラシを挟む。
揃える。
積む。

最初の頃みたいに、
間違えたらどうしようという怖さは
薄れていた。

手が勝手に動く。

身体が勝手に覚えていく。

人は、
こうやって少しずつ、
知らない場所に慣れていくのかもしれない。

配達の準備が終わる。

バイクにまたがる。

エンジンをかける。

鹿島の朝の中へ出ていく。

ポストに新聞を入れる。
次の家へ向かう。
また入れる。
また走る。

同じ道。
同じ家。
同じ順番。

でも、
最初の頃とは違っていた。

知らない土地だった鹿島が、
少しずつ身体の中に入ってきていた。

どの角を曲がればいいか。
どの家のポストが固いか。
どの道に犬がいるか。
どの時間になると空が白み始めるか。

そういうことを、
僕の身体が覚えていた。

配達は無事に終わった。

店に戻る。

パンを食べる。

缶コーヒーを飲む。

誰かがくだらないことを言う。

誰かが笑う。

僕も、少し笑う。

それだけのことだった。

でも、その輪の中に、
僕はもう完全な
よそ者ではなかった。

みんなも、
僕を受け入れてくれていた。

僕も、
少しずつ溶け込んでいた。

福岡出身のまま、
少しだけ
鹿島の人になれた気がした。

仕事が終わり、
アパートへ向かう。

春の風が吹いていた。

冷たくない風だった。

立ち止まって、
煙草に火をつける。

一口吸う。

煙を吐く。

白くはならなかった。

もう、冬ではなかった。

何かが終わったわけではない。

何かが始まったとも、
まだ言えなかった。

それでも、
この朝だけは、
心を鹿島に預けてもいい気がした。

僕は煙草を消して、
アパートへ歩いた。

明日も、新聞を配る。

それでよかった。



【次の話】第28話「母の顔が浮かんだ日へ



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「人生が終わった日も、朝のコーヒーだけは飲んでいた。」

【第一章・失踪編】
目次から読む
1話から読む

【第二章・新聞配達編】
目次から読む
1話から読む


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