🗾やんごとなき不敬罪 最終回「平和の中に生きる、私たちの“無自覚”」
🕊️「#平和国家」という #安心感
戦後から長い時間が経ち、
いまの日本人の多くは
「#平和国家に生きている」と思っています。
確かに #戦火は遠く、日常は静かで穏やか。
けれどその安心の下には、
#見えない仕組みがずっと続いています。
👑 #無自覚に続く天皇制
#天皇は「#象徴」とされました。
それでも国家の #儀式や祭祀では欠かせない存在であり、
私たちの #日常の基盤にもその影響は残っています。
―――
⚰️ #家・#墓・#葬式、そして #米
たとえば
「#家を継ぐのは当然」
「#お墓を守らねばならない」
「#葬式や法事はするものだ」――。
多くの人が「#当たり前」として受け継いでいるこれらの習慣。
実はその根には、
#家制度と天皇制が重なった歴史の影があるのです。
🌾 そして「米」も同じ。
かつては #米騒動、戦後には「米を作るな」という減反政策。
庶民の食卓すら
“上の都合”で揺さぶられてきました。
👉 私たちが信じている「#当然」は、
意外に作られたものかもしれません。
―――
💡 まとめ
平和に生きる私たちは、無意識のうちに
「#天皇制の物語」の一部を今も生きています。
それに気づくか、
気づかないまま続けるか。
―――選ぶのは、現代を生きる私たち自身です。
私の終活の選択。
0葬(ゼロ葬)について、自分自身の言葉でまとめました。
制度や慣習ではなく、「どう生き、どう終えるか」を
私自身が選ぶという記録です。
下記に、
私にとって良き師であり、友人でもある
長澤靖浩さんの note と書籍を
紹介として貼っておきます。
長澤靖浩さん。
