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発達障害の私が初セミナー開催で60人以上集まった話。

あの日、お腹を壊しながらも私が伝えたかったこと。

「スタバに一緒に行きませんか?」

2025年11月3日。
私の手元にあったのは、緻密な事業計画書でも、洗練されたプレゼン資料でもありませんでした。
ただ、画面の向こうにいる誰かに向けた“小さじ一杯の勇気”。

でも、その軽やかな言葉の裏側には、焼き印のように刻まれた「痛み」がありました。

それからわずか数ヶ月。
気がつくと、私の目の前には60人を超える方々が集まっていました。

「発達障害」と診断され、社会のレールから脱線し、真っ暗な井戸の底で
「自分にはもう何もできない」と立ち止まってしまった私が、なぜ60人の前でマイクを握ることになったのか。

今日は、あの日の「スタバの誘い」から始まった、運命の日までの記録を書こうと思います。

「知識」ではなく「生き方」が欲しかった

私が語るようになったのは、生きやすい世の中にしたかったからです。
正確に言えば、私のような痛みのある人生を、これ以上、増やしたくなかった。

子どもの頃から、学習障害があって、国語の文法理解がどうしても追いつきませんでした。
「本を読めばいい」と何度も言われ、家にはたくさんの本があった。
でも、解決はしなかったんです。

足りなかったのは知識じゃない。
「具体的に、どう生きればいいか」という、等身大の道標でした。

文章の型やテクニックも学びました。
それでも、どこか腑に落ちない。
「自分らしさ」という正体不明の何かに、いつも追いかけられているような気分でした。

絵を描くとき、私の頭の中ではスパークが起きます。
その光に手を伸ばすと、色が生まれて、線になって、重なっていく。
偶然できた色、ブレて混ざって予想外になる感じが、私はたまらなく好きでした。

文章は色がブレると「わかりにくい」と言われる。
実際、言われてきました。
「キミの文章は、難解だね」
そう言われるたびに、心が痛くなりました。

それでも、つばめが渡りをやめられないように、私は書くことをやめられなかった。
やがて、飾るのをやめ、語るように書くようになりました。
無価値だと思っていた私の語りに、二桁のリスナーが集まる日が増えていきました。

フォロワー1万人は「痛みの確認」だった

Xに書き始めたのも、自分が救われたかったからではありません。
私と同じ場所で行き止まりを感じ、心が折れてしまう人を、一人でも減らしたかった。

これは自己表現じゃなく、一つの「道しるべ」を置く作業でした。
「こういう痛みがある」
「ここに落とし穴がある」
それを、できるだけ正確に、喉の奥から絞り出すように外に出したかった。

フォロワー数を追っていたわけじゃありません。
気がついたとき、2024年、Xのフォロワーは1万人になっていました。

それは祝福というより、確認でした。
「ああ、この痛みは、ここまで届いてしまったんだな」と。

この痛みの重さを知っているからこそ、2025年11月3日、私は一つの企画を打ち出しました。
「スタバに行きませんか?」という、あの誘いです。

「ジェットコースターへ、乗ろう」

運営を任せる彼女の、不安そうな顔を今でも覚えています。
私は作り笑いをしました。本当は、私も怖くてたまらなかった。

【ジェットコースターに乗った彼女、森田かえさんのイベント感想記事:

人生初のセミナー運営を終えて、今思うこと】

無理をすると、誰かに迷惑がいく。
背伸びをすると、自分が一番に傷ついてしまう。
それを、発達障害当事者として、焼き印のように知っている。

「ジェットコースターへ、乗ろう」

そう言って、私は席に座りました。
私が腹を括って座った瞬間、彼女の顔が変わりました。
そこにいたのは、不安そうな運営スタッフではなく、決意した「戦士」でした。

そこから集客が始まりました。
毎日、いろいろな人に「セミナーに来てほしい」と伝えました。
そのたびに、胸の奥で小さな声がする。
「何様なんだろう」「政治家かよ」
うつを経験してから、特に強くなった卑下する気持ち。

それでも、続けた。
これは売り込みじゃない。
選択肢を差し出す行為なんだと、自分に言い聞かせました。

事態は予想外の展開を見せました。
参加者が、本当に、瞬く間に増えていったんです。

11月の時点で会場変更も頭をよぎりましたが、私は「無理をしない」と決めていました。
会場はそのまま。
ただ、水の流れを正しくするように、声をかけ続けました。

運命の日の前日の商業出版

『発達障害のよりみちが、それでも生きる理由。』

その時も強く思ったことは…

そして、翌日。

運命の日。「お腹が痛い、マウスがない。」

2026年1月17日。運命の日。
お腹が、痛い。
言葉を探す前に、身体が先に答えを出していました。

朝5時半。震える手でスペースを開き、作り笑いをしながら言いました。
「お腹、痛いんですよね」
すると共演者さんから、「いつものことだね」という空気が返ってきた。
否定も、同情もない。ただ、受け取られた。
その瞬間、胸の奥が、少しだけ緩みました。

会場に向かう途中、緊張のあまり飲み物を二つ買っていました。



会場に着いてセッティングをしていると、パソコンのマウスを忘れたことに気づきました。
大阪のときも忘れた。同じところで、同じミス。

私は、そっと深呼吸をしました。
「責めない。戻らない」

そうして、60人の前に立ちました。

想いと行動の「小さな産業革命」

セミナー後の交流会。
そこには私の想像を超えた景色が広がっていました。


自伝のサイン会には長い列ができ、一人ひとりと目を合わせて言葉を交わす。

「よりみちさんの言葉に救われました」
「今日、ここに来るのが目標でした」

そんな言葉を受け取るたびに、私の内側で何かが熱く弾けました。

さらに驚くべきことが起きました。
私の考えに深く共感してくれた方が、私の世界観を形にした「手帳カバー」というプロダクトを作ってくれたのです。

一人の「困りごと」から始まった言葉や絵が、誰かの手に触れる「形」あるものへと変わっていく。
それは私にとって、一つの「小さな産業革命」のように感じられました。
個人の痛みが、誰かの日常を彩る価値へと変換される瞬間。

ただ「想い」があるだけでは、この景色はカタチになりません。
そこには、お腹が痛くても、マウスを忘れたとしても、泥臭く、コツコツと行動し続けていく時間が必要でした。

感謝、そして「あなたのよりみち」へ

あの日、会場へ足を運んでくれた人。
オンラインでその瞬間を視聴してくれた人。
そして今、アーカイブを楽しみに待ってくれている人。

本当にありがとうございます。
あなたにとって、あなた自身の歩む道が、これからも「よきよりみち」になりますように。
私はそう願わずにはいられません。

そして、この場を借りて伝えたい感謝があります。
2025年11月から、私の無茶な「ジェットコースター」に同乗し、今日まで走り回ってくれた彼女、彼ら運営チームに、心からの拍手を。

また、私たちの可能性を信じ、背中を押してくださったスポンサーの皆様へ、深い感謝を捧げます。

あの日を、一緒に再体験しませんか?

完璧な人間なんて、ここには一人もいない。
みんな、よりみちしながら、お腹を痛めながら、それでも「表現」という酸素を求めて集まった仲間でした。

あの日、スタバのノリで始めた小さな一歩が、こんなにも大きな川の流れになった。
それは、私が凄かったからじゃない。
ただ、痛みを隠さず、水の流れに身を任せ、そして今日まで歩みを止めなかったからです。

そんな、あの日、あの瞬間の思いをすべてカタチにしたのが『コトバブック』、そして、あなたの日常に寄り添う『手帳カバー』です。

これらは単なる商品ではありません。
私が震える手でマイクを握り、60人の仲間と共鳴した、あの熱狂と静寂を閉じ込めた欠片。
あの日を、私と一緒に再体験しませんか?

あなたの隣にも、水の流れはあります。
「スタバ、行きませんか?」
そんな小さな言葉から、あなたの新しい色が生まれることを、私は心から願っています。

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心の画家 よりみち


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