【声を磨く】
声とは、見えない履歴書
人は、年齢を重ねるほど「何を語るか」よりも、「どんな声で生きているか」が、重要になります。
声は、履歴書には載っていません。
しかし、声はその人の生き方、姿勢、覚悟、そして尊厳を、もっとも正直に外へ伝えています。
60歳という年齢は、不思議な節目です。
私は還暦を4年ほど超えていますが。
60歳といえば、まだ身体は動く。
気力もある。
知識も経験も十分にある。
それなのに、ふと立ち止まって、息を整えたくなる瞬間が増えていきます。
人生の歩幅を、無意識に測り直し始める年齢だからです。
仕事の第一線から一歩退いたとき。
子育てが終わり、役割が変わったとき。
親の介護や、自身の体調の変化を意識し始めたとき。
声を磨くとは、結局、自分という人間を磨くことなのだと、私は思います。
「これから、私は何者として生きていくのだろう」
そんな問いが、静かに胸に浮かんでくるのではないでしょうか。
こうした問いに直面したとき、多くの人は無意識のうちに声が小さくなっています。
会議で発言しなくなる。
初対面の人に話しかけるのをためらう。
「私なんて」と言葉を呑み込む。
声が出なくなるのは、喉の衰えだけが原因ではありません。
「自分の出番はもう終わったのではないか」という心のブレーキが働いてしまうのです。
人生をしっかり歩いてきた人の声は、決して大きいわけではありません。
けれど、芯があり、迷いがなく、誰かに気に入られようとする気配が一切ないのです。
媚びない。
遠慮しない。
言い訳をしない。
年齢を重ねたからこそ、声に迷いがなく、揺らぎがなく、人生の厚みがそのまま響くと思います。
私はその声を聴いた瞬間、はっとしました。
そして、強く思ったのです。
声は、目に見えない履歴書だ、と。
どんな人生を歩んできたのか。
どんな価値観を大切にしてきたのか。
自分をどう扱ってきたのか。
それらすべてが声に刻まれている。
私は何度も失敗してきました。
感情だけで話してしまったこともあります。
小さすぎる声で、本当の気持ちが届かなかったこともあります。
だから今は、相手に届く声で、丁寧に話すことを心がけています。
その声は、決して流暢でも、堂々としたものでもありません。
さまざまな経験の中で、何度も突きつけられたのが、「伝えることの難しさ」です。
言葉を尽くしても、気持ちがあっても、声の出し方ひとつで、伝わり方は大きく変わってしまう。
気がつけば、話すことに物怖じしなかったはずの私は、声を出すことそのものに、少し怖くなっていました。
そのとき、はっきり気づきました。
声とは、単なる音ではない。
声は、その人の存在の輪郭であり、人と社会をつなぐための、最も根源的な道具なのだと。
コミュニケーションに、ほんの少しの甘みが加わるだけで、人間関係はもっと温かく、潤いのあるものになります。
声を磨くとは、上手に話すことではありません。
若々しい声を手に入れることでもありません。
自分の人生をもう一度声にすること。
そして、社会と再びつながっていくことです。
「声を磨く」と聞くと、話し方教室や滑舌の練習を思い浮かべるかもしれません。
けれど私が伝えたいのは、もっと根源的なことです。
声を磨くとは
・身体を目覚めさせること。
・心を開くこと。
・もう一度、社会とつながること。
そして何より、「私はまだ終わっていない」と自分自身に許可を出すことなのです。
60歳からの人生は、縮んでいく時間ではありません。
磨き直す時間です。
これまで積み重ねてきた経験、
思考。
想い。
それらは声に宿っています。
声を磨けば、人生もまた、輪郭を取り戻します。
声を整え、人生を再起動するのは、いつからでも、できると思います。
だから私は、声を磨いていきたいと思うのです。
それは、「もう一度、あなた自身の人生を語り始めなさい」というメッセージでもあります。
日本では年齢を重ねるほど、声を抑え、目立たず、出しゃばらないことが美徳とされてきたかもしれません。
けれど私は思います。
人生の後半こそ、その人らしさは、もっと堂々と声にしていいのではないでしょうか。

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