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vol.2【ムスメは薬剤師✖️パーキンソン病?陰性続きの母の診断までの迷宮 】

私は調剤薬局で20年働く薬剤師である。
今までには治験コーディネーターや、夜勤を伴う病院勤務経験もある。

ペンギンのような小刻みな歩き、突進歩行、転倒。
箸が使いにくい、字が書きにくいなどの手先の不器用。考えれば考えるほど、母はパーキンソン病の症状に当てはまる。
しかし確定診断の検査では陰性。
これは違うということだろうか、
と不安に思っていたら、臨床的所見により、やはりパーキンソンだという診断に至った。
検査は絶対ではない、神経内科の分野では、臨床所見が1番重要、と医師は言った。
医師の言葉に医療従事者としては納得する一方で、モヤモヤも残ってはいた。検査に出ない初期としては、症状がしっかり出すぎているのではないか?多系統萎縮症など、他の疾患の可能性もあるのでは?


遡ること、2年ほど前の昼間、母は犬の散歩中に転倒して、大腿骨の骨折をした。通りがかりの方に通報してもらい、救急車で近くの整形外科病院に搬送された。
私に連絡があったのは夜間であった。私は車で1時間かかる距離に住んでおり、すぐに駆けつけられる距離ではなかった。
その後、話ができる状態となり、電話で母と話すことがあった。
「頭が痛い、頭が痛い」と。
母は片頭痛もちであり、そのせいであろうと最初は思っていたが、その後の検査で脳の挫傷があることが判明した。
最初にどちらの科もある施設へ搬送されていれば...と思ったものだが、時すでに遅し、だ。
脳に関してはそのまま整形外科で、脳外科の医師に個人的にアドバイスを受け、温存治療することとなった。
大腿骨の手術はボルトのオペで済んだのだが、術後は抗血栓薬なしでの管理となり(手術をしたあとは、血液が固まって脳などにとばないように、血液をサラサラに保つ薬を使うことがある)、リハビリもすぐに開始することはできなかった。(脳のためには安静が大事なため)
少し心配であった。
また、しばらくして、
「外で、誰かが飼い犬を譲渡する話をしている」
「外で誰か喧嘩している」
とせん妄に似た電話がかかってくることもあった。
「それは空耳だから大丈夫だよ」
といえば、「そうか。」と納得してくれたのでまだ安心できたが、その後もこう言った状態が続くのだろうかと心配したものだ。

不安に反して、母のせん妄はその後消失したが、一連の出来事から回復して退院しても、母の足は良くならなかった。痛みは続き、転ぶことが増えた。整形外科の医師も匙を投げた。治療は終了です、と。近医の整形で痛み止めをもらうようになった。
その後、手の震えもでて、ペンギンのように小刻みに歩き、転ぶことも増え、別の疾患があるのでは?と思い神経内科の門を叩いたのがそれから2年くらい経った頃であった。


神経内科の医師は、
「まずは薬を試してみましょう。」
と言った。
パーキンソン病の場合、薬が奏功するかどうかで診断を下す場合も多い。薬を試すことには賛成であった。
第一選択の薬はドパミン製剤である。脳で不足しているドパミンを補充するのだ。ドパミン自体が重篤な副作用を起こすことは少ないので、それ自体は不安はなかった。

2人とも半信半疑だったが、薬の服用が始まった。

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