院進率9割の学科で、ひとりだけ大卒で化学メーカーの研究開発職を目指した話―前例ゼロ・仲間ゼロ、それでも諦めなかった就活戦略の全部―【#創作大賞2026 ビジネス部門】
「理系なら院進するのが当たり前」の空気の中で、ひとりだけ逆のことを考えていた学生が私です。
結論から言います。学部卒でも、研究開発職に就けます。戦略次第で。
1. 物理も数学も苦手なまま化学系学部に入った話
小学生のころから物作りが好きで、勉強すること自体は嫌いじゃなかった。だから理系の道を選んだのは自然な流れでした。研究開発者になることが、小さいころからの夢でもあった。
でも入学してすぐ、現実が迫ってきます。
「物理の授業が、全くわからない。」
高校で物理を専攻していなかった私に、大学の授業は容赦がありませんでした。「前提として理解している」とされている基礎が、そもそも私にはない。物理基礎すら履修していなかったのです。
毎年2〜4科目ある物理系の必修科目は、単位を落とさないことだけを目的とする日々で、授業のたびに「自分はここにいるべきではないのかもしれない」という気持ちが積もっていきました。
研究室で基礎研究に没入できる精神的余裕もない。
それだけじゃなく、もっと根本的なことに気づいてしまいました。
「社会実装されるのが、何十年後かわからない。そのゴールのなさに、やる気が出てこない。」
調べたことを形にして、誰かに使ってもらって喜ばれることが好きな性分が、私にはありました。果てしなく続く基礎研究を大学院まで続ける自信が、正直なかったのです。
それでも、研究開発者になることだけは諦めたくなかった。
そのマイナス感情が、2回生の秋から就活を始める燃料になりました。(なんとも情けない動機ではありますが…)
2. 最初の絶望—優秀な従兄弟の希望が、通らなかった—
学部卒で研究開発職に就いた前例を、家族や友人の中で聞いたことがなかった。だからまず、院卒で理系就職した親戚たちに話を聞くことにしました。
その中で、一番ショックだったのが従兄弟の話でした。
名門国公立大学の院生で、学年の中でも片手で数えられるくらい優秀な成績で卒業した人です。大手メーカーに研究開発職を希望して入社した——はずでした。
実際の配属先は、製造技術部門でした。
自分よりはるかに優秀で、大学院まで進み、理想の就職先に内定をもらった彼の、研究開発職という希望ですら通らなかった。
他にも理系就職した親戚たちに話を聞いてみると、大手に入社はできている。でも、職種や勤務地の希望通りに配属されたケースは少ない。「希望の職種・勤務地に就けなかった場合はどうしますか?」という質問は就活の定番らしく、みんな形式上「問題ありません」と答えていた——と教えてくれました。
これが最初の絶望でした。
大手に入っても希望職種に就けない可能性がある。私の就活の軸は「研究開発職で新しい技術や製品を作れること」と「関西で一人暮らしして徒歩通勤できる勤務地」の2つでした。
希望が通らなかった場合「問題ない訳がない」のです。
3. 二番目の絶望—ついに仲間がゼロになった—
学科の院進率は9割程度。学部就職を選ぶ人も1割いましたが、研究開発職を目指す人は誰もいない。
それでも一人だけ、同じ学科に「自分も学部で理系就活する」と話していた友人がいました。
ある日、その子がいつの間にか院試の準備を整えていた。気づいたときには、もう決めていた。
ついに、仲間がゼロになったのです。
院進率9割の学科で、残り1割の学部就職組の中でも研究開発職を目指す人間は誰一人いない。その中で孤独に、正解のわからない就活を続ける覚悟をしないといけない瞬間でした。
4. 「大卒はほぼいません」と何度言われても動き続けた
孤独でも、とにかく動くしかありませんでした。
研究開発職を募集している化学メーカーの企業説明会に片っ端から参加しました。毎回必ず聞いたのは、「研究開発職に就いている大卒の方の割合と実例を教えてください」という質問です。
返ってくる答えはほぼ共通していました。
大手:「大卒はほぼいないですね、いても1割満たないくらい」
中堅:「大卒は1〜2割くらいですかね……」
でも、どの担当者も最後に必ずこう付け加えてくれた。
「そもそも応募の割合が反映されているだけで、院卒・大卒問わず検討します。」
もちろん建前の部分もあったかもしれない。それでも「不可能ではない」という小さな光が、その言葉にあった。
就活初期は大手・知名度の高いメーカーにもたくさんESを出していました。でも通過率はせいぜい1割ほど。しかも通過しても、面接では必ず来る——「希望の職種・勤務地に就けなかった場合はどうしますか?」という質問が。
形式上「問題ありません」と答えるのが最善とわかっていても、それがどうしても嫌だったのです。
5. BtoBの中堅メーカーに狙いを絞ることにした理由
そこで、戦略を根本から変えることにしました。
「BtoBの中堅メーカーに、狙いを絞る。」
理由は2つありました。
1つ目は、業績や職場環境が良いのに知名度が低い企業には、大手と比べて応募者が少ない。応募者が少なければ、倍率が下がり、職種の希望が通りやすくなるはずという仮説。
2つ目は、入社前に「研究開発職で採用されるか」を明確に確認しやすいこと。大手では「総合職で入って配属は後日」というケースが多いですが、中堅企業なら職種別採用が一般的で、言質をとりやすい。
一番の就活の軸を、「絶対に研究開発職に就ける言質が取れる会社に入る」に絞りました。スタートアップでは新入社員が学びやすい基盤が整っていない可能性があるとも考えていたので、規模感もある程度ほしかった。
もう1つの軸「関西で徒歩通勤できる勤務地」はそのまま維持。これを妥協すれば、あとで後悔する自分が目に見えていました。
6. 「職種と勤務地の言質をとる」を最優先にした就活
BtoBの中堅化学メーカーを中心に、自分の就活の軸に近い会社の説明会に片っ端から参加していきました。
そしてある会社の説明会で、その言葉を聞いた。
「入社前に、職種と勤務地は確定した状態でオファーを出します。」
その瞬間、戦略がカチッとはまった感触がしました。
「大手に受かること」でも「高い給料をもらうこと」でもなく——「研究開発職として、関西で、確実に働き始めること」。それだけを判断軸にした就活は、この一言で完成しました。
※ 2026年4月30日追記: BtoBメーカー就活の詳細はこちらの記事で書いています👇
7. 師匠との出会い、そして入社を決めた瞬間
その会社の研究所見学で、一人の方に出会いました。
話してみたら、なんと同じ大学の、同じ研究室の大先輩でした。しかも現在の研究室の教授とも知り合いで、私が学んできた世界のことをよく知っている方だったんです。
30年のキャリアを持ちながら、自分の担当分野だけでなく経営・市場・投資まで視野に入れて動いている。社長の前でプレゼンをし、新事業を生み出してきた。社内外に広いコネクションを持ち、常に専門外の分野にもアンテナを張っている。
「この人みたいになりたい。」
それが入社の決め手でした。入社後も、社長へのプレゼン内容の相談や日々の情報交換、経営層の小話など、今もなにかとお世話になっています。私は心の中でずっと「師匠」と呼んでいます。
(師匠については、次のnoteで一本まるごと書いています)
8. 入社してわかったこと—大学の研究と仕事は、こんなにも違う—
入社直後に気づいたのは、「仕事の向き不向きと、大学の研究の向き不向きは、必ずしも一致しない」ということでした。
大学ではアミノ酸の高分子研究をしていましたが、社会実装の時軸が「何十年後」という世界に、ゴールなき日々にやる気を保てなかった私が——入社後はまったく変わりました。
「お客さんに買ってもらえるか」が最初のゴール。市場を調べ、技術を育て、サンプルをお客さんに届け、フィードバックをもらいながら開発品を育てていく。調べたことを形にして、誰かに使ってもらって喜ばれる——その繰り返しが、天職だと感じるくらい自分に合っていた。
「研究が嫌いだったから」ではなかった。「ゴールが見えない長期研究が向いていなかった」だけでした。仕事の現場には、常にゴールがあった。
今は展示会で市場調査をし、特許を出願し、開発テーマを自分で立ち上げ、お客さんと定期的に打ち合わせもしています。
入社5年目の今もこの仕事が好きです。
9. 給与差・キャリア・働き方のリアルをぜんぶ話す
正直に書きます。
うちの会社では、院卒と学部卒の初任給の差は月2万円ほどです。10年で240万円の差になる計算で、「大したことない」と言うつもりはありません。
ただ、私は毎月5万円をNISAに回せていて、神社仏閣を巡り、友達とアフタヌーンティーをしばきに行き、本を買い、暮らしに不満を感じたことがない。それも事実です。
副業OKな会社なので、帰宅後にクラウドソーシングで仕事をしたり、このnoteを書いたり、勉強したりする時間がある。仕事のスケジューリングを自分で組める中堅企業ならではの自由度のおかげで、ほぼ毎日定時に帰れています。
世に出回る「院卒と学部卒の生涯年収差4,000万円超」という数字は、あくまで傾向にすぎません。同一職種・同一会社での純粋な比較でもない。
スキルを磨いて転職すること、副業で収入を育てること、資産運用を続けること——キャリアプラン次第で、この数字はどうにでも変わると私は考えています。
(在職中の身で大きい声では言えませんが…)
今の私は、AI活用・知的財産・英語の3本柱でキャリアを広げようとしています。現在、知的財産管理技能検定2級とTOEICを勉強中で、中長期的には知財を経営戦略に活かすIPランドスケープの強みを持つ知財部門へのキャリアチェンジを目指しています。
10. 院進か学部就職か博士か—自分の軸で決めるための基準—
最後に、「結局どの進路が正解なの?」という話をします。統計や周囲の空気じゃなく、自分の軸で決めてほしいので、あくまで1つの基準として読んでください。
🎓 大学院(修士)進学がおすすめな人
大手企業の研究開発職を狙いたい人、研究室や大学のコネクションをフル活用して就職したい人、アカデミックな研究を深めることが苦にならない人——に向いていると思います。
大手メーカーの研究開発職は、正直なところ院卒がほぼ前提になっているケースが多い。「大手で研究開発」を目指すなら、院進はかなり有力な選択肢です。
ただ、院進したからといって必ずしも希望の職種や勤務地に就けるわけじゃない、というのも前の章で書いた通りです。
まあそうはいえど、学部卒で大学内のコネクションが希薄な状態での理系就活よりは、ずっと少ない労力で希望の職種に就ける可能性が高いです。
💼 学部卒就職がおすすめな人
アカデミックな研究は向いていないと感じているけれど研究開発職への意志はある人、特定の職種・勤務地への希望が明確で妥協したくない人、早く社会に出て実績を積みながらキャリアを作りたい人——には、学部就職という選択肢が十分ありだと思っています。
私がそうでした。(情けない動機から始まった就活でしたが…)
ポイントは「院に行かなかった」じゃなくて「学部就職を選んだ」という意識を持てるかどうかです。
採用面接では、毎度おなじみと言っていいほどに院に行かない理由を聞かれます。消去法じゃなくて戦略として選ぶなら、その軸がそのまま就活の強みになります。
🔬 博士課程が向いている人
誰も答えを知らない未知の領域を開拓することが好きな人、何度失敗してもしぶとく続けられる人——だと思っています。
仕事柄、名刺に「博士」と書いたメーカーの研究職の方にお会いすることがたまにあります。担当する開発品の技術や理屈の説明が、群を抜いて明確でわかりやすいんです。
企業の開発現場では「よい特性は出たけど理屈はよくわからない」という状態でサンプルを提供することも正直あって、そういう場面で理屈をきちんと把握できる担当者がいると安心感がぜんぜん違う。
博士課程に進んで研究を続けている友人たちを見ていると、社会人よりずっとハードな生活を送りながら、それでも自分のやりたいことを諦めない姿勢が本当にかっこいい。私には真似できないと思っているし、心の底から尊敬しています。
勝手な偏見かもしれませんが、博士の道を選べる人は、いっそ神がかったといえるくらいの忍耐力と研究への情熱を持っている人だと思っています。
※ 2026年4月30日追記: この記事の「院進した友人たちのその後」について、 続編を公開しました👇
3つの選択肢をざっくりまとめると、こんな感じです。

「院進しないと研究開発職に就けない」なんてことはないし、「学部就職=諦め」でもない。自分がどんな働き方をしたいのか、何を大事にしているのかを先に決めてしまえば、進路はその後からついてくると思っています。
どんなキャリアを描くにしても、一番大事なことは——「前例がない」と諦める前に、まずその道を歩いた人を探し、可能なら直接話を聞くことだと思っています。
院進率9割の学科でひとり孤独に就活していた21歳の私は、今の私のような存在を探していました。
このnoteが、誰かのその「存在」になれればとても嬉しいです。
📅 更新スケジュール
これから「製造業×研究開発/知財×AI」という切り口で、理系のキャリアや仕事術をリアルに発信していきます。
次回は4月14日(火)12時 に
「私のあり方を変えた「師匠」との出会い—なぜ私は入社を即決したのか—」を投稿予定です。
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