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私たちはなぜ働くのか?──労働は義務ではなく、選べる“喜びの営み”だとしたら

10年前、私はある問いに出会いました。
「労働は義務ではなく、選べる権利になるのではないか?」

その時は思いつきのように語っただけで、世界の動きを予言しようとしたわけではありません。
けれど振り返れば、その仮説こそが私のキャリアの選択を導き、今の仕事のあり方を形づくってきました。

この記事では、その仮説が私自身の人生でどう現実になり、社会全体でどんな兆しが見えてきたのかをまとめています。


10年前に芽生えた仮説


2010年代半ば。私は会社員として都市開発の仕事に携わりながら、「これから働き方はどう変わるのか」という問いに強く惹かれていました。
きっかけは『ライフ・シフト』『ワーク・シフト』など未来の働き方を描く書籍です。そこには、時間や場所に縛られない働き方やテクノロジーによる労働変容が描かれていました。

当時はAIが「人間の仕事を奪う」ことについてリアリティを持って語られ始め、フィンランドではベーシックインカムの実験(2017–2018)が始まりました。さらに、トマ・ピケティが『21世紀の資本』(2014)で示した「r>g」という構造が、資本主義の持続可能性に疑問を投げかける議論を世界中で広げていました。
私自身もその議論に触れながら、人口減少と低成長が常態化する社会では、成長を前提にした経済モデルは持続しないのではないかと強く感じていたのです。

そんな中でふと浮かんだのが、
「労働は義務ではなく、選択できる権利になるのではないか」
という仮説でした。


仮説が導いたキャリアの選択


あの時ふと浮かんだ仮説が、後になって思えば、私の生き方を大きく左右していました。

会社を辞め、「場所にとらわれない働き方」を試す旅に出ました。
まずはヨガ指導という身体スキル。どこでもクラスを開ける自由さが魅力でした。
同時にフリーランスのコンサルティングも始め、PCひとつで働く可能性を試しました。

しかし次第に、「もっと根本的に、人と組織がなぜ働くのか」という問いに向き合いたくなりました。
そこでデロイトトーマツコンサルティングに転職。組織開発や働き方改革の最前線で、未来の働き方を現実の組織で試行する時間を持ちました。

独立後も組織の現場と向き合い、現在は自らの会社でパーパス策定やエグゼクティブコーチングを行っています。
10年前の仮説は、社会を当てる予言ではなく、私自身が生きて確かめるべきコンパスになっていたのです。


経済と価値観の変化が示す未来


2010年代後半以降、世界では「資本主義の限界」や「新しい所得保障」に関する議論が次々と起こりました。
フィンランドのベーシックインカム実験はその象徴的な出来事のひとつです。

また、Z世代をはじめ若い世代は「一社に人生を預ける」発想を捨て、自分のパーパスを軸に持ち運べるスキルを磨くことを選び始めました。
実際、博報堂キャリジョ研の調査(2023年)では、「お金よりも自己実現や社会貢献を重視する」と回答した20代は6割を超えており、かつてのように“生活のための労働”が主軸ではなくなりつつある現実が浮かび上がります。
働く理由は「生活の維持」から「意味や貢献」へと重心を移しています。

私たちはなぜ働くのでしょうか。
経済はどこへ向かうのでしょうか。
仕事は報酬だけで語れるのでしょうか。

こうした問いは、いつの間にか社会のあちこちで語られるようになっていました。


「やりたいから働く」への静かな移行


私は現場で、義務としての労働が、自己表現であり喜びを分かち合う営みへと移り変わっていくことを肌で感じてきました。

企業もまた「理念への共感」で人材を惹きつけ、パーパスを戦略の核に据えはじめています。
お金が動機ではない「意味の経済」へのシフトは、確かに進んでいます。

私自身も、報酬を超えて「やらずにはいられない」と感じる仕事に携わっています。
働くとは、自分を誰かに届ける行為そのものになりつつあります。

もちろん、「もし誰も担いたがらない仕事が出てきたら、社会はどう回るのか?」という問いも残ります。特に、“選ばれにくい”とされる仕事の存在は、こうした理想の先にある現実のひとつです。
けれど、それもまた“働き方の意味づけ”を見直すことから始まるのではないでしょうか。
役割に対する敬意や報酬の再設計、人間以外の技術の活用。
「誰かがやるべき」という前提を越えて、「どうすれば持続可能なかたちで分かち合えるのか」を考えていく視点が、いま求められているのだと思います。

仮説が私に示したもの


ベーシックインカムが社会全体に導入されたわけではありません。
それでも私は、この10年を通して「労働を義務から選択へ」という仮説を自分の生き方で確かめてきました。

重要なのは、未来を正確に予言することではなく、
どんな問いを持ち続けるかが未来を形づくるということです。

私たちはなぜ働くのでしょうか。
働く自由はどこまで広がるのでしょうか。
「やりたいから働く」社会をどう育てていけるのでしょうか。

10年前にふと浮かんだこの仮説は、私を未来へ導く羅針盤だったのです。


結び


働くことが選択になるという変化は、一気には起きないかもしれません。
社会の仕組みが整うより先に、個人の感性が未来を先取りしてしまうこともある。
けれど私は、いま確かにその“兆し”を、あちこちで感じています。

好きなことを仕事にする。
やりたいことで人の役に立つ。
お金よりも、感謝や共鳴が報酬になる働き方。

それは、夢物語ではなく、すでにあちこちで始まっている新しい現実です。
世の中も、気づき始めている。
「働くこと」の定義が、少しずつ塗り替えられていることに。

働くことは義務ではなく、誰かと喜びを分かち合う営みである。
そんな世界の可能性に、私は希望を感じています。



著者プロフィール:
Effica株式会社 代表取締役
全米NLP協会認定トレーナー
柳下早紀

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