【心震える本】立花隆『宇宙からの帰還』を読むと私はその人を思い出す
今日は「忘れられない人と本」、そんな出会いの話です。
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凄い熱量の1冊を教えてくれた人
その人はケイさんと言った。
50代前半の、物腰やわらかな男性。
職業は音楽家。
より詳しく言うと、主にCMソングやイベントの楽曲などを手掛ける作曲家だった。
最近の作品を教えてもらうと「あっこのCMソング知ってる・・・」というものもあり、そんな人に私がインタビューしていいの? と少し緊張したのを思い出す。
当時――今から20年ほど前、私は地方都市で細々とフリーランスのライターをやっていた。
新聞のコラムで「あなたの人生の1冊は」という記事を担当させてもらっていた時の話だ。
さまざまな業界で活躍する人に、人生で大きな影響を受けた本について聞く。
本好き人間にとって本望のような企画だったが、2週に1度の締め切りがあり、取材対象者から見つける必要があってけっこう苦労した。
そこで友人知人に協力を依頼。映像作家のアイさんが紹介してくれたのがケイさんだった。アイさんとケイさんは一緒に作品を手がけたこともある長年の仕事仲間だった。ありがたい。
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「宇宙って、なんであるんだろう」
数日後、ケイさんの仕事場であるスタジオにお邪魔した。
「はじめまして」と振り向いた時の、穏やかなバリトンの声と、メガネの奥の優しい瞳を今も思い出す。
てっきり音楽関係の本が出てくるのかと思いきや、「これなんですよね」と見せてくれたのはちょっと意外な1冊で。
漆黒の宇宙空間と宇宙飛行士。
バックには地球と思われる青の輝き。
印象的な表紙だった。
「ジャ-ナリスト立花隆さんの・・・『宇宙からの帰還』ですね。すみません、読んだことがなくて」
「宇宙を題材にしたノンフィクションなんですけど、立花さんがアメリカの元宇宙飛行士たちにインタビューするんです。
宇宙空間から地球を眺めてどんな精神的インパクトを受けたか、というテ-マでね。
特に月に降り立って地球を眺めた人の心の変化は別格で、『神の存在を確信した』と言ってより深い信仰心をもった人もいるみたいで」
「ケイさんはなぜこの本に興味を持たれたんですか?」
「それは・・・」
――まだ若く、愛想の良さだけが取り柄の取材者だった私は、とにかく素直な気持ちで話を聞くスキルしか持ち合わせていなかった。
特にこの企画に関しては「相手にゆだねる」ことを大事にした。
それで心地よく取材時間が流れたのは、まちがいなくケイさんの人柄によるものだった。
「僕は子どもの頃から宇宙に憧れがあって。
夜空を見ながら『宇宙ってなんであるんだろう』と思ってた。
僕自身は特別な信仰を持ってなくて、神・・・人間の姿をした神様が存在するかはわからないけど、〝宇宙意思〟みたいなものはあるんじゃないかと感じてて。
それで大人になってからこの本を読んで、ひきつけられたんです」
「特に印象に残っている箇所はありますか?」
もし詩人や哲学者が宇宙に行ったら
「これを読んでいると、もし詩人や哲学者が宇宙に行ったら帰還後にどんな言葉を生み出すだろう・・・と何度も感じる箇所があって」
「詩人や哲学者が宇宙に・・・?」
「そういうテーマが出てくるんです。
僕としては、作曲家なら宇宙から帰還してどんな音楽を作るんだろうってやっぱり気になります」
話すにつれて、ケイさんの瞳の奥が輝いていくのが見えた。
夜空を見上げた少年の日に戻っているのかもしれなかった。
「宇宙飛行士はもともと・・・特にNASAでは軍のテストパイロットとか、科学者のような人しかなれなかった。
完全に技術畑、理系の世界ですね。
だから宇宙に行く前も行った後も、話題はほぼ技術的な内容で、『自己の内面がどう変化したか』という話はほとんど出なかったそうなんです。
そこに著者の立花さんが切り込んでいくという」
「確かに文系の人ばかりで宇宙に行くというのは考えづらいですね・・・でも心の探索や創作のために行く、というのは興味深いです」
ケイさんと話すうち、私自身の頭のなかにも宇宙空間が広がっていった。
詩人や作曲家が宇宙へ行き、暗黒の宇宙空間に浮かぶ地球を見つめている。
どんな言葉、メロディが浮かぶのだろう。
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アインシュタインとモ-ツァルトならどちらが
「ところでスズハラさんはアインシュタインとモーツァルト、どちらがより偉大だと思う?」
「えっ?」
ーーアインシュタインとモーツァルト?
唐突に聞かれて
「えぇと・・・どちらも人類に必要な方だとは思いますけど・・・」
という間抜けな返答しかできなかった私を見て、ケイさんはいたずらっぽく微笑んだ。
「科学っていうのは、いわば自然界にある法則を発見して研究したり整理することだよね。
だからもしかしたらアインシュタインがいなければ、別の科学者が後から見つけ出していたかもしれない。ーー仮定の話ね」
「言われてみれば確かに」
「でもモーツァルトの音楽はモーツァルトにしか作れない。
彼の音楽は、もしかしたら宇宙からの信号のようなものを受信して作ったんじゃないかと感じるくらい凄くて」
「確かに・・・モーツァルトがいなければ後で別の誰かが同じ音楽を生み出しただろう、とは思えませんよね。ほかの作曲家もそうですけど」
「うんそれで僕は最近、またこの本を読み直して、クラシックの名曲も聴いて改めて思った。
余計な音は要らないなって。
若い頃は自分の楽曲にあれこれいろんな音を入れ込んだこともあるけど、やっぱり究極的に必要な音だけでいい」
「余計な音は要らない・・・」
音楽も究極的に必要な音だけでいい
「きっと宇宙にも余計なものはないんだろうなと思う。
宇宙から地球を見た飛行士の何人もが、あまりの美しさと、完全な調和を感じて、なぜこんな奇跡としか言えないものが宇宙に存在するんだろう、神が作ったとしか思えないって感じたそうなんです」
「ケイさんは、ご自身も宇宙に行ってみたいと思われますか?」
「そうですね・・・行けたらいいな。
いつか詩人でも作曲家でも宇宙に行ける時代になったらいいと思う。
そうしたら僕は何を感じるんだろう。
どんな曲を作るんだろう。知りたいですね」
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感動的な読書体験、そして悲しい後日談
ーー知的で、人懐っこい笑顔とともに、ケイさんのインタビューは今も忘れることができない。
この企画では何十人かの人に話を聞いたけれど、紹介された本のインパクトとともに、とりわけ心に残る取材となった。
後日この『宇宙からの帰還』を自分でも購入し熟読。
とにかく圧倒された。
立花氏による独創的なテ-マと質問の語彙力。取材対象者から〝その人の本質〟を引き出そうとする熱量。
私自身の人生観や地球観、いや宇宙観が新たに開拓されるほどの強烈な読書体験だった。仕事を超える出会いだったし、ケイさんに心から感謝した。
ーーなのにこれには悲しい後日談がある。

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「ケイさんが亡くなったんです」
その取材から1年ほど経ったある日。
ケイさんを紹介してくれた映像作家のアイさんから連絡がきた。
「スズハラさん・・・実はお伝えしなきゃならないことがあって。作曲家のケイさんが先日、亡くなったんです」
「えっ! なぜ、どうしてですか?」
衝撃だった。
『宇宙からの帰還』を手にカメラの前で微笑んでくれた姿がすぐに浮かぶ――信じられない。
「何カ月か前に病気が見つかって・・・入院してたんだけど、あっと言う間でした」
言葉もなかった。
あんな素敵な人が。
葬儀は近親者のみですでに終わったという。
私は・・・たった一度取材で会っただけの、知人と言えるかどうかもわからない関係だ。それでもケイさんはあの名著を教えてくれた、私のなかでは恩人だった。
「アイさん私、ケイさんにお手紙書いてもいいですか? どこに届けたらいいかもわからないですけど・・・伝えたいことがあって」
ケイさん、宇宙にいますよね?
「わかった。こんどまたケイさんの家に行った時、ご家族にお渡しするね」
意味のないことかもしれないと思いつつ、気持ちが溢れて文章にした。
ケイさんへ
『宇宙からの帰還』を教えてくださり、ありがとうございました
あの後熟読しましたが、読まずに死ぬという選択肢が考えられないくらい、素晴らしい本でした
ケイさんは言いましたよね
モーツァルトとアインシュタインなら、モーツァルトのほうが偉大なんだって
モーツァルトの音楽は宇宙からのメッセージを受信しているみたいで、だからあれは彼にしか作れない音楽なんだって
そして自分もいつか宇宙に行ってみたいとおっしゃってましたよね
ケイさん、いま宇宙にいますか?
いますよね
そしてあの宇宙飛行士たちのように、真っ暗な宇宙空間でひときわ輝く地球を眺めていることでしょう
宝石のようですか
地球はやはり奇跡ですか
どんな音楽が浮かんできましたか
ケイさんがどんな音楽をつくるのか、楽しみにしています
私も死んだら宇宙に行くので、曲を聞かせてくださいね
そしてまた『宇宙からの帰還』の話をしましょう
本当にありがとうございました
いちど取材でお会いしただけのライターより
――数日後、アイさんから再び連絡がきた。
「あの手紙、奥さまにお渡ししたら涙を流して喜んでくださって。
『夫のことをよくわかってくれてる。彼は仕事でこういう話をしたんですね・・・嬉しいです。彼もきっと喜びます』って言われたよ」
驚いた。
ご迷惑かもしれないと心配だったのだ。
もしくは、何をトンチンカンなことを書いてるんだろうと不思議がられると思っていた。それでも感謝を抑えきれなかった。
そして気づいた。
私はケイさんのことを、何も知らない。
ただケイさんが「人生で1番好きな本」について1時間ほど話しただけだ。
だからケイさんのことを「よくわかっていた」のはその本だ。
本が、ケイさんのことを知っていたのだ。
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そこにはいつもあなたがいたり、私がいたり
私はいつも思う。
「この本が好き」と感じたら、そこには紛れもない「自分」がいるのだと。
見つけた時に引力のように引き寄せられ、その力が強いほど忘れられない本になる。
その本には今もケイさんの心がある。
だから立花隆『宇宙からの帰還』を読むと、私はその人を思い出す。

ついにいろんな人が宇宙に行ける時代が来ましたよ。日本でも実業家や、この間はアメリカの歌手が宇宙旅行に行きました。
お金はかかりますけどね。
詩人や画家や音楽家が宇宙に行く日も近いかもしれませんね。
もちろん知ってますよねーー!
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最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
素晴らしい読書体験がたくさんの方に訪れますように
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〈本データ〉
『宇宙からの帰還』(著者 立花隆/中公文庫/税別860円)
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