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お諏訪さまが暮らす町でガレはひっそりと息づいていた。(第三話・完結編)


  第一話では、以下の様に書いた。

一度訪れたいと思っていた信州・諏訪。

ここには、神代の時代から人々が心の拠り所として永らく祀られてきた大社おおやしろがある。
人々が飢えや喉の渇き、そして寒さ暑さ、雨風からこの身を護り、五穀豊穣、無病息災を願って祈りを捧げてきた神聖な領域スピリチュアルスポット
諏訪は、多くの人に問いはかる場所なのだ。

そして、其処ここには、ガレが終生自身の人生観としてきた「我が根源は森の奥にあり」の想いに近しい環境が横たわっているのだ。
森には樹々や蔦が生い茂り、小鳥や蝉や蝶や蛾、闇には蝙蝠こうもりが飛び交い、春にはおたまじゃくし、夏ともなれば蜻蛉とんぼや蛙などが息づく、諏訪湖のほとりという、願ってもない居場所安住の地を授けてもらっていたのだ。

ガレの作品は、此処でまるで静謐せいひつな時間を愉しみ棲息しているかの如くに生命を与えられて蘇り、鼓動を打つかの様にその存在感を示し所蔵されている。

小布施からの帰路、前者では神々しい空気と風を味わい、かたやアールヌーボーのかつての旗手のまばゆいばかりに輝く作品を賞翫しょうがんできるという、またとないチャンスが巡って来たのだ。


ひとつ目の目的であった北澤美術館でのガレの作品との再会を果たし、ここ諏訪でのもうひとつの目的地に辿り着いた。





🔸諏訪大社上社本宮

 敬虔な仏教徒でもなく信仰心がある訳ではないのに、神社に来るとほっとするのは何故だろうとずっと思っていた。
思えば、旅をすると決まって寺社仏閣に寄ることを必須としている。
だがしかし、この日はこれまでと違う感覚を体感したのだった。

大鳥居を目の前にして、その奥には何かが潜んでいるという不思議な感覚にとらわれたのだ。
人の気配や物とは異なる何か、ゾクゾクとする様なものではないが、もやっとしている何か、引き寄せられるような磁力でもなく、恐怖を抱くようなものでもない、言葉に表し難いが何か特別なオーラの存在を感じたのだ。

元来、旅の目的地についての下調べは、大まかに所要時間や簡単に見処は押さえてから出発することを常とするが、それ以上の詳細な情報は殆ど修得せずに出掛けてしまうので、後になって後悔する事の方が多いのであるが、その場に行ってから気づくことや学びで得る事の方が大きいので、敢えてなるべく頭を無地の状態にして出掛けるようにしている。
つまりファーストインプレッションを大事にしたいのだ。

今回のように神社を目的地とした場合、何が祀られどのような由来や謂われや伝承が残されているか、などを入念に調べあげてから向かうのが一般的であるが、敢えてそうした事もしない為、新たな情報も取得せずに現地に向かったのである。

その点では、出会い頭での遭遇事象なのだ。


この不思議な感覚。
これはデジャヴか?

待てよ。
思い起こせば、かつて初めて伊勢神宮を訪れた時の感覚。
こんもりとした森の向こうに、羽衣を纏った天女が脳裏に映し出された記憶が蘇った。

夢かうつつのような感覚。
霊感といわれる物は持ち合わせていないと自負しているし、信ずる神ももっていない。

祀られている何かが持つ圧倒的なパワーがもたらしたのか?
それとも、信仰心のない者への戒めか、、、


狛犬 阿業


狛犬 吽業



この不思議な感覚を頭の片隅に収納したしまいこんだまま、阿吽業の狛犬、湯の守護獣を見て廻る。
親しみある会釈で迎い入れてもらったと勝手に解釈して、社殿の方へと歩を進めていく。


かつては、諏訪湖からほど近い場所に神社は位置していたと聞く。

満々と水をたたえるこの大きな湖の恩恵を受けて田畑はうるおい、多くの穀物などの実りが人々に生きる糧をもたらして来たが、反面水害や時として旱魃かんばつにも手を焼き、悩まされてきたのであろうと察する。
いずれにせよ、ここで暮らす人々を長く見つめ、守り神として支え続けてきたのだ。

長い時間の流れと共に水量も減り、湖は現在の位置に落ち着いたようであるが、この地で暮らす人々にはなくてはならない、かけがえのない大きな存在が、大いなる諏訪湖であり諏訪大社なのだ。

手水舎ちょうずや


全国の神社で御神木ごしんぼくとされているもみの木。
ここ上社本宮では、4本が「御柱おんばしら」として祀られ7年に一度催される大祭まですげ替えられるのを待ち続けるというのだ。

しかも、此処に選ばれる樅の木は樹齢150年、17mを超える巨木で、上社前宮、上社本宮、下社春宮、下社秋宮の4社に各々4本、合計16本が祀られるという。

御柱大祭は、宝殿の造り替えを行うために御柱を人の手によって山から里に曳きだし、境内に建てるという一大神事なのだ。
そうして、7年毎の寅と申の年に諏訪大社の社殿の四隅に建てられるのだ。

平安の時代より1500年も続く神事に人々は拘り続け守り続けている。
まずは、直近行われる3年後の令和10年2028年を楽しみに待ちたいと思う。


階段を上がり、一休みして佇んでいたら塀重門へいじょうもんの奉納幕にまるで下から息を吹きかけるかの如くに風が吹き、幕をゆったりと幾度も揺らしている。

周りにさほど風が吹いてないにも関わらず、あたかも我々が来たことを迎え何かを伝えたいかのような趣きなのだ。

塀重門へいじゅうもん

ふ~っ、と一息

さらに、ふ~っと


幣殿へいでん

驚いたことに、ここ諏訪大社には本殿というものがないというのだ。
本殿と思っていた社は、幣殿へいでんと呼ばれ参拝者はここにお供え物や献上物を捧げるのだ。

そして、古来より本殿の代わりに神体山として守屋山もりやさんを崇めているという。
守屋山は、諏訪大社の背後に大きく広がる標高1651mを有し、古来より雨乞いの神がいると信じられてきた山なのだ。



幣殿では祈願が行われていた

脇から幣殿を眺めつつ、この場を後にした。


掌を洗い清め、拭ってからクルマに戻り、夕刻迫る高速道路でのラッシュを避けようと家路を急いだ。




帰宅して、この記事を書きながら回想し不思議な現象の落着き処を探った。

大鳥居をくぐる前に感じた不思議な感覚。
恐らく、それはこういうことなのではないだろうか?

ここには人々が長い間崇めているふたつのものが祀られている。
ひとつは、御柱であるが、圧倒的な存在は自然信仰の対象として人々の暮らしを見守り続けてきた神体山である。
大鳥居を前に感じた不思議な感覚、過去に伊勢神宮で感じた場面と相似点があるとしたら、それは神社の背景にこんもりとした森が控えているというただ一点だろう。

祀られている対象から発せられるエネルギーは当然の事ながら、目で捉えたり科学の力をもってしても推し量ったりは出来ないが、この愚鈍な我が身でも受け取ることができたのは、この御神木、そして御神木を育む神体山である守屋山が秘めているとてつもなく尊大なパワーであろうと推察するに至った。



だが、それだけで片付けたくはないという思いのもと、守屋山にまつわる伝承・神話についていくつかの記録を眺めているうちにある文面に目が止まった。
それは山伏の坂本大三郎という方が書かれたものだった。
この方は東北を拠点に山伏として活動し、民間信仰、山岳信仰に造詣が深く書籍も著されている。

「守屋山の歴史と文化|縄文〜古代〜中世に続く神と精霊の世界」

〇古事記による神話

建御雷神タケミカヅチ大国主命オオクニヌシノミコトに国譲りするように迫り、大国主命オオクニヌシノミコトの次男である建御名方神タケミナカタがそれに反対し、建御雷神タケミカヅチと力比べをするが負けてしまい、諏訪まで逃れ、以後この土地の外へは出ないことを誓ったという国譲りの神話があります。

出典:YAMAP MAGAZINEより引用

〇ミシャクジという謎多き神の存在
 神氏一族から八歳くらいの童児が、神を入れる器である大祝おおほうりとして選ばれ、長期間いくつもの禁止事項を課せられ精進を積まされたのちに御神体となる。
そして、大祝おおほうりの分身として、周辺部落より神使おこうとして六名の幼児が一年間、神の使いを務める。
大祝おおほうり神使おこうは、ほとんどの時間を御室という密閉された暗闇の中で過ごし、神懸りしやすい、ある種の異常な精神状態におかれたとされ、一年の任務を終えた神使の幼い心身は再起が難しい状態になったとか、あるいは集落の境まで連れられて殺害されたとの話も伝わっています。

 この幼い神の使いにとり憑く神がミシャクジだと言われます。
ミシャクジは石や樹木に関係が深い神・精霊であるとされ、諏訪では御左口神、他の地域では守宮神や石神や宿神という名であらわされることもあります。

出典:YAMAP MAGAZINEより引用


言い伝えとしての大きな存在は御名方神タケミナカタであるが、とても気になったのは、精霊ミシャクジの方である。

ミシャクジは、大祝おおほうり神使おこうにとり憑く精霊とのことだが、右も左もわからない年端も行かない幼子を幽閉し大祝おおほうりは神職、換言すれば御神体として仕立て上げられていくのである。
村を護る、そして民の暮らしを護ることと引き換えとするにしては、言い方を換えれば、余りにもむごいともとれることが行われていたのだ。

そこには神職とはいえ、引き裂かれた家族の深い悲しみ、苦しみが重く見え隠れはするが、一番被害者は本人が望まなくとも幼少期にあらゆる自由をがれて日々を過ごさなければならなかった幼子の方である。

泣き叫び、わめく幼子もいずれは泣き疲れ、わめき疲れて、泣き叫ぶこともなく精神に異常を来たしたり、挙句の果てには殺害までされたとの記載もされている。
書かれていることが全て事実ではないとしても、想像するだに哀れで涙がこぼれそうな話ではある。


の地ネパールにはクマリという生き女神の存在があると何かで見聞きしたことがある。
幼い女の子を暗い部屋に幽閉し、生き神様としての修練を積み、仕立てあげていくのである。

形こそ違え、諏訪大社の神体山信仰には、こうしたまさに同じような伝承が残されていたのだ。

大祝おおほうりは神事には欠かせない神職とされ、綿々と世襲制が敷かれていたが、明治維新の時に廃止されたとある。
思えば、随分近代まで行われていたのである。

諏訪大社にこのような過去があったことに驚きは隠せない。
しかしながら、不思議な感覚を感じ取ったからこそ、この過去の事実に行き着いたとも言えるのである。
これは年輪がなせる技なのかも知れないが、引き続き、素を持って無心に近い状態で感じ取ることを大事にしていきたいと思う。

それにしても、古来からの習わしで精霊の身代わりとも言える生贄生まれ変わりの如くに祀りたてられた幼子たちに祈りを捧げずにはいられない気持ちで胸が一杯になった。







 ここに眠る多くの精霊たちに贈るふさわしい言葉が中々見つからない。


… … …


… … … …


心を鎮めて思い浮かんで来たのは、改めてここを再訪し祈ることだった。
そして、龍神伝説や御神渡おみわたりなどが七不思議として言い伝えられているこの地をもっと深く知ることである。


敢えて、贈る言葉として借りてくるとすれば、諏訪・北澤美術館に多くの作品が所蔵されているエミール・ガレの家訓を最後に贈りたい。

ここには、文化や宗教、民族こそ違え、この世のあらゆる生きとし生けるものに対峙して自らの作品に「もののあわれ」を表したガレの多くの作品が人々に魅了されるのをひっそりと待っているのだ。

それらはまるで生前彼が心の奥底に沈め思い続けていたであろう「輪廻転生」の願いにも似た祈りをまとうかの如くに、彼が生前愛でた環境に相応しい場所のひとつとして選ばれたこの地で、きらめきを放っているのである。

そんなガレが遺した言葉が僅かでも癒しや慰めとなり、安らかなる眠りとなるよう願い、精霊に捧げる。


我が根源は森の奥にあり



     完




「お諏訪さまが暮らす町でガレはひっそりと息づいていた。」はこれにて完結です。
長い記事にお付き合いいただきありがとうございました。

 尚、本記事はフィクションではありません。 
感ずるままを事実に基づいて書き綴りましたので、ご了承いただければと思います。 

但し、神社そして伝承に関する記述については、一説として書かれた記事を参考にさせて頂きましたので偏
った表現とも取れる記載もさせて頂いておりますが、神社や祀られている物に対する畏敬の念を込めて敢え
て記事にさせて頂きました。冒涜する意思は毛頭ございませんので、合わせてご理解の程、宜しくお願い申
し上げます。 








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#諏訪大社 #ガレ #不思議な現象

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