見出し画像

『バッド・バニーの真実』③アルバム『Debi Tirar Mas Fotos』その1

<後半>(②より続く)
 
――第2部は、最新アルバム『Debi Tirar Mas Fotos』について。時間が限られるんで全部聴きながらはできないですけど、順番にちょっと聴きながら、ああでもない、こうでもないってやってみようかなと思います。じゃあ1曲目から。バッド・バニー「ヌエバジョル/Nuevayol」。かっこいいですよね。そうそう、YouTubeに(映像が)2種類ありますよね。まずミュージック・ビデオを

――はい、1曲目ですけど、これね、あの、今見ていただいたのはCDに入っているバージョンとはちょっと違うMV版で・・・
どうですか、これ? いきなりエルグランコンボの曲から「ヌエバヨル」って、ずるいじゃんって感じでもあるんですけど。

 
伊藤:つかみとしてはばっちり
 
――そうそう。もうこの曲だけでもこのアルバム決まりって感じですよね。

伊藤:やっぱり1曲目に持ってきたってすごい意味を持ってる・・・
 
――そうですよね。高際さんどうですか。
 
高際:このYouTubeのMVの最後で流れてた、あのラジオのところって、ラジオの音声でその「今アメリカは移民がいなかったらなんでもない」ってコメントは、トランプの声ですかね・・・?
 
――いや、どうでしょうね・・・?
 
高際:今のMVバージョンは見てなくて、最後に音声が入ってるの、知らなかったです。
 
自分が見たのはビジュアライザー版のYouTube映像で、動画映像の代わりにこの歴史説明のテクストが。これに「プエルトリコ国旗」っていうコラムがついてて・・・

――高際さんの紙資料の2ページ目です。
 
高際:訳はついてないですけど。キューバの国旗の赤と青を逆転させたのがプエルトリコの国旗だと書いてあって。さっき伊藤さんが話してたニューヨークで、キューバとプエルトリコの独立運動があった時に、ほとんど同じ部門で活動してたからっていうことが書いてありました。
具体的な曲の中身と関係あるかわかんないけど、面白かったです。
あとMV画像のギャングっぽいお兄さんたちは、ヤングローズっぽかったです。

伊藤:きっとヤングローズですね。あの帽子の感じとか、
 
――本当ニューヨークっていうのを意識してるっていう映像と思いました
 
伊藤:そうですね。ヤングローズっていうのは、黒人の社会組織ではブラック・パンサーっていう組織があって、ワルな感じのお兄ちゃんたちが治安を守ったりするんですけど、それのラテン版ですね。
 
――60年代後半ですね。
 
伊藤:タイトルの「ヌエバヨル/NuevaYolってなんだよ?」って、「ヨル/Yol」は何なんだ?(笑) って質問があるかもですね。
 
アヤコ:こんな本ですが、『バッド・バニーのABC』という本が出てて、でスラングとか、いろいろ、知らないことがいっぱいあるんですけど、これすごい流行ってて、この間プエルトリコ行った時、友達に頼まれたし私も買おうと思って探したら、売り切れてて、「明日行くから取っといて!」って頼んで買ったんです。面白いんで、よかったらみんなまわして見てもらって。たぶん「ヌエバヨル」とかも出てくる。

”El ABC de DtMF" Maia Sherwood Droz

高際:歌詞を覚えてきたんですけど、さっき本をチラ見してたら、しっかり歌詞が引用されまくってて、「この単語なんだろう?」みたいなのが全部載ってていいんですよ、これ。スペイン語辞書としても、辞書に載ってない?文化視点的がすごいよくできてて。
いいですね、これ。
 
アヤコ:発音もね、プエルトリコの人たちの独特なやつが、そのままスペル化されてるから。RがLになってたりとかするんですよ。
 
伊藤:そうなんです、スペル化でRとLをひっくり返して言いってる。なんか日本人みたいなね。
 
質問:どこが出してるんですか?バットバニーが出してるんですか?
 
伊藤:ではなくて、女性の著者がいて。ファンの人で。何度か交信したんですけど、バッド・バニーは若者言葉使うから、地元のシニアとか、同じスペイン語圏でも他の国ではわかんない事あるので出したんだと。一冊20ドルだからそんな高くない。
 
――ヌエバヨルはヨルクを・・・
 
伊藤:そうですね、ヨルクっていうのが「ヨーク/York」のナマリ、スペイン語読みですね。
それをさらに語尾のKを落として、RをLに置き換えてる。
プエルトリカンだったり、アメリカ人だったりが、そうやって綴ったり発音したりするのを面白がって使っている。
 
エル・グランコンボの初期のヒット<Ojos Chinos>(中国人の目)の歌詞の冒頭は

“El chinito quele aloz flito, bien flito de Puelto Lico”
(中国人はチャーハン、良く炒めたプエルトリコのチャーハンが好き)
 
で始まります。チャーハン/Arroz FritoがAloz Flitoになり、プエルトリコ/Puerto RicoがPuelto Lico”になっていて、こういう遊びは昔からかも
 
おもしろがって、プエルトリコの下町に「ALOZ FLITO」って名前のプエルトリコ(PUELTO LICO)系チャーハンの店(プエルトリコ系町中華?)が出来たり。オーナーはプエルトリコ人)が出来たりしてます。地元では、「わはは、シャレきついなあ」って感じでしょうかね。

高際:全部曲名にそういうの使ってますよね。
逆に言うと表記がかなり反映され、曲名が反映されてるから、それがプエルトリコ製なんだなっていうのは分かる。
 
伊藤:よくインスタとかTikTokとかのバッド・バニー関係見てると、メキシコ人がこの単語よく分かんない、とか言ってるけど、そりゃそうだよね。逆もしかりだし。
 
これの元歌「El Verano de Nueva York」はエル・グランコンボの1975年の曲でアルバム『7』に入ってた、アンディ・モンタニェスが歌ってるわけですけど、名盤ですよね。

あと歌詞の中にウィリー・コロンの「エル・マロ」がね、出てきたり、フリーダ・カロの話が出てきたり、「トニータでショットを飲み」っていうのがあったり、ラテン系なら、プエルトリカンなら、ニューヨリカンなら分かる、っていうのが、ちりばめられてるという。トニータっていうのは、ブロンクスにあるプエルトリコ系の飲み屋の、お店なんですよね。

ニューヨークは50年代のプエルトリカン人口爆裂の開始、そして60年代後半から70年代のプエルトリカン中心のサルサの勃興、そして居住地マンハッタンのエル・バリオ/スパニッシュ・ハーレム中心から、川を挟んだブロンクスへと広がって行った時代、1975年の曲ですね。

しかし、トロピカルなライフスタイルをもつカリブの人たちには、極寒の冬のNYは、厳しく望郷の念も湧く季節です。

この曲「夏のNY/ Un Verano en Nueva York」は、故郷と同じ心持ちに帰れる夏の歌。1975年に、プエルトリコを代表するサルサ・バンド、エル・グラン・コンボがこの曲を大ヒットさせたのは、そんな心持ちがNYのプエルトリカンに、またNYや米国に家族をもつプエルトリコのプエルトリカンの心に響いたからだと思います。

El Gran Combo

その曲をサンプルし、今の感覚を付け加え、このアルバムの冒頭に持って来たのは、とても大きなメッセージを含んでますね。プエルトリコの事を歌うんじゃなくて、アメリカにいるプエルトリカン、プエルトリカンでありアメリカンである事を、このアルバムで表現していく前書きみたいな感じ。他のラテンアメリカから米国に出てきている人たち、現地の家族にも、故郷を思うこの曲は響くものですね。
 
そんな背骨の上に、今の感覚が歌い込まれる。レゲトン/ヒップホップ的にビートが変わって。途中で「ラピス・エン・カペア・エル・ドフ」っていう歌詞があるんですが、これドミニカで流行ったですね、デンボウの曲なんですね。2000年代の頭の。

そういうものを、彼が聴いてたから、自然と入れてて、これを聴いた同世代は、なんか懐かしいこと言ってるわ、っていう感じを持ったりするんでしょうね。それからその後にビッグ・パンって名前が出てくるんですけど、ビッグ・パンはニューヨークで有名なプエルトリコ系ラッパー。『パニッシュメント』っていうアルバムがヒットしましたが、NYのプエルトリカン・ラッパーの代表アーティスト(亡くなりましたが…)です。サルサから、デンボウ/レゲトン、ヒップホップというバッド・バニーのルーツが凝縮されて曲でもあります。

そのほかにも出て来るフアン・ソトっていう名前は野球選手だとか、ピンとくる名前がいろんなところで遊びとして織り込まれてるのがすごい多いですね。
 
――さっきのビデオってウィリー・コロンちょろっと出てません?多分。
 
伊藤:歌詞にも出てるから、そうかも。
 
――では2曲目行きましょうか。<Voy a llevarte a Puerto Rico>
 
伊藤:じゃあこれもプロモビデオで。

――これはどうですか?高際さん。
 
高際:歴史説明のヴィジュアライザーが取り上げているのは、タイトルしか見てませんけど、「1898年」だから、米西戦争があった後のプエルトリコのことを描いてみたいです。
 
――そういう中で、こういうリゾートっぽい映像です。これはもう完全にいわゆるレゲトン…
 
伊藤:完全にレゲトンですね、歌詞の一番最初に「アチョ・ペ・エレ、エス・オトラ・コサ(Acho PR es Otra Cosa)」って言うんですけど。
「アチョ」は、ムチャチョ(Muchacho/少年)から来て「チャチョ」って縮められたり「アチョ」っていったりする言葉、まあ、間投詞的なんだけど、英語の「オー・ボーイ」と同じですよね。「ぺ・エレ」はプエルトリコの略称「PR」を発音したもの。

「アチョ・ペ・エレ、エス・オトラ・コサ」っていうのは、バッド・バニーが31日間、プエルトリコで連続公演でやった時に、ゲストに必ず言わせてた言葉です。「ねえ、プエルトリコって最高!」「いやー、プエルトリコは別格」みたいな。

DJブースのマイクに向かわせて。例えば、ペネロペ・クルースが来たら「はい、言って言って」と。彼女が「アチョ・ペ・エレ、エス・オトラ・コサ」って言ったら、会場が大歓声・・・
 
一同:へえ~~~)

それに使われてたんですけど。YouTubeにたくさんあるんで見て下さい(笑)
 
で、歌詞の中身は、彼女と出会ってどうだっていうような話なんだけど、ところどころ面白いくすぐりが入ってですね・・・
「女はロサリアみたいにどんどん変わって」っていうのがあって、誰だロサリアって?

ロサリアっていうのはスペインの今すごい人気の歌手、すごい売れてる。フラメンコとラテンビートを合わせたようなのからクラシカルなものまで。これが、プエルトリコのアーバンの歌手のラウ・アレハンドロと3年間付き合ってたんですね。で別れた。それのことを「女はロサリアみたいにどんどん変わってね~」とふっと入れてて(笑)。

バッド・バニーはラウ・アレハンドロと一緒に作品作ったりして仲悪くないんで、こんなことをフッと入れて遊んだり。
ロサリアってどんな人か、ラウと仲良かった頃2人で作った「ベソ」っていう曲のMVを。
 
――ロサリアはすごい売れてますからね。
 
伊藤:すっごい売れてますよね。

――そういえばラウ・アレハンドロも去年サマソニで来てましたよね。何の話題にもならなかったんですよ。
 
伊藤:ほんと、残念。ラウ・アレハンドロも最近ボンバをやったりしてますね。すごいですね、ボンバの人気・・・

アヤコ:普通の街中のクラブでやってるボンバでもラウ君が踊ってたりするし。ラウのライブに「ボンバイブス」って、いま、ロイサ(プエルトリコのアフロ系の多い町。ボンバが盛んな場所の一つ)の子たちがガッツリ入ったりしてやってるんですよね。
 
伊藤:オーセンティックな視点からだとまだちょっと下手だよね(笑)でも彼は踊り全般に上手い。
 
アヤコ:練習してると思う、絶対練習してる。
 
伊藤:そういうクスグリなネタなんかも入った曲でもあります。
 
――じゃあ次行きましょう。3曲目「バイレ・イノルビダブレ(Baile Inolvidable)」。

――このMV、(サルサの)ダンスを習っているところが可愛らしい感じなんですけど(笑)
 
伊藤:日本と同じですね、ダンスを教えるシステムは。
 
――本人も、「僕も習ったんだよ」とかって言ってましたけど、でも踊れるよね、本当は。
 
伊藤:多分踊れると思う、全く初心者ではない。
 
――初心者であるはずがないですね。どうですか、アヤコさん、こういうのを見て。
 
アヤコ:あのおじいさん、何て言うんでしたっけ、俳優さん。

Jacobo Morales

伊藤:ハコボ・モラレス(プエルトリコの代表的映画監督、俳優)ですね
 
アヤコ:このシーンで、あ、そういうことなのかなと。
 
――どういうことですか、その話をちょっとしてください。
 
アヤコ:ダンスはみんなきっとこうやってちょっとは習うんですよ、きっと。自然に持っているものもあるし、もちろんリズム感もあるけど、やっぱりきっかけはこういう風に習う人が多いんだなって安心させてくれるビデオじゃないですか。(笑)
 
伊藤:全世界の人が安心するビデオみたいな。ちょっとこの中のシーンに注目していただきたいんですけど、バッド・バニーが踊れるようになるわけですよね。そして薄いブルーのスーツを着て、女性の方も茶色い目の細い柄の服で踊っている。このシーンだけちょっと覚えておいていただいて、ちょっと次行きたいと思います。
 
歌詞なんですけど
「君と踊ったことを忘れられない」っていう男の泣きの歌なわけですね。
「僕が忘れることのできない踊りだ」っていうのがタイトルのわけなんですけど、言ってることはもう悲しい。「僕にダンスを教えてくれた、僕に愛する事を教えてくれた」って。
 
で、バッド・バニーにはお付き合いしてた人がいるんです、ガブリエラさんという、とっても可愛い人なんですけど、この2つ前のアルバム(『Un Verano Sin Ti』(君のいない夏))が出た頃に別れたんですね。なので、このアルバム実はとても悲しいんですよ。ジャケットのこの悲しそうなハートは彼なんです。とっても寂しいハートなんですね。

『Un Verano Sin Ti』

で、さっきの踊りのシーンなんですけど、仲良かった頃、ビルボード・アワードだったか、2021年の授賞式にガブリエラさんと出たんですね。一緒に行ってレッド・カーペット歩いて。その時の写真がインスタに残ってるんですね。その時の写真がこの右側なんですけど、今回のMVと同じような格好してるんですよ。
 
観客:(おお~~~)

MVで、女性の方に同じような格好させ、自分も同じようなスーツを着て、踊ったシーンを残したんです。
 
アヤコ:だいぶめめしい(笑)・・・
 
伊藤:かなり(笑)。だけどバッド・バニーの心を思ってあげて下さい。
 
――だいたいそんなもんでしょう(笑)
 
伊藤:ラテンはね。特にプエルトリコ系は多いですよね、すぐ泣くことになる歌詞が。
 
――めめしい歌ばっかりですよ、昔からね(笑)
 
伊藤:そうなんですよ。でも偉いのは、それこそネタにしてるってのが、調べれば分かっちゃうはずなのに。
 
――彼の場合は、パーソナルなことを歌詞に書いてること多くないですか。
 
伊藤:多いです。作ってんのかなとも思うけど、思ってることに近いっていうリアル感がありますよね。そこが彼の面白いところ。マッチョの香り高い従来型レゲトン歌詞と、それを修正して来た歌詞をあるがままに並列してたり。
 
――このアルバムだって、これは嫉妬深くないぜ、みたいな曲ありましたよね(笑)・・・
 
伊藤:ま、言ってんだかではありますが・・・(笑)
 
――次いきましょう、そういうことで。
 
伊藤:4曲目。<PERFuMITO NUEVO>

――ライナオという女性歌手。
こういう若い子をフィーチャーをしているというのも・

 
伊藤:ピンとくる。最近ボレロを歌っているのもすごい良いですね。
 
――このアルバムの中で、バックバンドって言い方も変ですけど、演奏に若い子たちが使っていますよね。そこが一つの大きなポイントかなとは思うんですけど。
 
伊藤:そうですね。特にサルサの曲は、エスクエラ・リブレ・デ・ラ・ムシカという音楽学校、高校生の若手を起用している。
 
――若い子が本当に多いですよね。
 
伊藤:録音した時から1年以上経ってますから、大学に進んだ人もいるんですけど、高校生なのにみんな上手くて驚きます。
 
――やっぱりそういう学校教育というのは、昔からちゃんとしているというのは、ちゃんとしているとは言い方が変ですけど、聞いてますけど今もずっと続いているという。
 
伊藤:エスクエラ・リブレ・デ・ムジカ(自由音楽学校)って、小学6年生から中高までの間、音楽を学べる公立校。島内に6校あります。1946年創立。なのでサルサの60年代、70年代から活躍している人たちも学んだ人が多い。大学に行かないで、そこでトランペットとかをやったとかいうのも多い。

昔からプエルトリコの音楽教育はしっかりしていて、チェロのカザルスも貢献しています。カサルスの母親ピラールはプエルトリコのマヤグエス生まれで、それもあってカザルスは後年プエルトリコに移り住んで、プエルトリコで亡くなる。亡くなった時(1973)の奥さんはウマカオ出身のマルタ。

パブロ・カザルス

カザルスはプエルトリコ交響楽団を指導したりヤング・タレントを育成したり、例えば(サルサの名プレーヤー、アレンジャーの)ルイス・ペリーコ・オルティス(tp)なんかはカザルスさんに習ってたと思いますよね。
 
――カザルスが指揮するオーケストラで大学の卒業演奏をやったとか、やったとかね、話を聞いてますけどね。
 
伊藤:プエルトリコのコンセルバトリオ(公立音楽院)には、この間行ってインタビューとかしてきたんですけど、すごく教育がしっかりしていて、なおかつ、よいのがフォルクロリックな、民族的なボンバとかと、クラシックな音をクロスさせた授業があるんですね。すごい面白い音楽教育。
 
その他にプエルトリコ大学とか、インターアメリカン大学にも音楽学科があって、特にインターアメリカン大学は、アヤコさんもよく知ってるカルメン・ノエミ(p)が先生だったりするわけですけど、ちゃんとスタジオを持ってて、そこでミュージシャンが録音したりなんかしてるっていう風に、録音技術もあり、あと、スペイン語と英語の橋渡しをするマネジメントがこれから重要だっていうことで、マネジメント学科があったり、結構いろいろ頑張っている。

インターアメリカン大学音楽学部・マネージメント学科の生徒たち

――カザルスは記念館みたいなのありますよね。
 
伊藤:旧市街のコロン広場にありますね。

Museo Pablo Casals

――じゃあそんな若い子をフィーチャーしてるっていう意味で、つぎ行きましょうか。<ウェルティータ /  WELTiTA>。
チューウィーっていう4人組をフィーチャーした、ちょっとチャチャチャっぽいところからリズムがガッと入ってくるような曲なんですけど、どうぞ。

高際:歌がすごい。このチューウィーのボーカルの女性、名前忘れちゃったですが、この間NPRのタイニー・デスクに出てましたね。すっごい良くて。

この歌でも女性ボーカルがすごい綺麗で、その歌詞もロマンチックだし。「天城越え」的な、素敵な場所を思い描くような歌詞で、いいなと思ってすごく好きなんです・・・

伊藤:歌詞に「ハシント!(Jacinto!)」ってスペイン語の辞書に多分出てない単語が出て来るんですが、これはプエルトリコの北西部の海岸の岩場にあるにある名所、岩の切れ目のような穴から真っ青な海が見える。デートスポットでもあって、恋人たちはそこに落ちてしまった、伝説の牧童の名前を呼ぶのがお約束。何かが起こる、ってことになってます。そんな恋のシーンも含まれたロマンチックな歌。

ハシントの洞窟(Pozo de Jacinto)

高際:この曲のMVに付属のテクストは16世紀のスペイン統治時代の話でした。

16世紀は、最初、プエルトリコに金鉱があって、そこでプエルトリコの先住民をたくさん働かせてたんだけど、逃亡奴隷がたくさん出ていたってって話と、さっき伊藤さんの話と一緒なんだけど、スペインが重商主義で他の島と交易するのを禁止してたから、プエルトリコに産業があんまり生まれなかったんだって話が16世紀の話だけど書いてました。歌とは全然関係ないんだけど、付属テクストはこんな感じでした。
 
――ライナオもそうだけど、チューウィーもすごく魅力的なグループですよね。本当にそういう若い子たちを・・・いわゆるロックなんですかね、チューイっていうのは。
 
伊藤:そうですね。ロック、ポップぐらいですかね。そういうとこに目をつけるって感じは、シーンもよく見てますよね。アヤコさんどうですか?
 
アヤコ:チューイはタイニー・デスクでも、(プレーナの)パンデーロを使ったり、プエルトリコの音楽をうまく使ってポップな感じに作ってて、こういうのをバッド・バニーさんが引っ張り上げてる感じでいいなって思いました。可愛いですよね。すごくキュート、グループ自体は兄弟なんですよね。お兄さんと、妹さん。
 
――じゃあ、次行きましょうか、「ベルダ(VeLDÁ)」

伊藤:洗練された軽快なダンスホール/デンボウって感じ。このタイトルもRとLをひっくり返してる。本来はVerdaで「まじ?」って感じ。若者言葉満載のSNSや駆け引きをネタにした、イキがった兄ちゃんのちょっとうぶな恋愛話。


ーーこれのYouTubeでのプエルトリコの歴史版の画像はプエルトリコがアメリカ領になった1898ねんから最初の一区切りの1936年までの事が書いてあります。バッド・バニーYouTubeにこのアルバムのミュージック・ビデオとプエルトリコの歴史説明版とかいっぱいアップしてるわけですが、高際さんは、この中からピックアップして、歴史版の説明や、また歌詞の和訳練習を授業に使っているんですね。

 
高際:そうなんですよ。
「ヌエバジョル」とかはすごい意味が深くて文脈があって、読んでもわからなくなっちゃうから、文脈なしに行けるのは、多分11曲目の「ツーリスタ」。ボレロで韻も踏んでるし、読みやすいかなと。あとは、14曲目の「ロ・ケ・レ・パソ・ア・ハワイ」っていう曲。いいなと思って、使ってます。
 
――学生さんの反応ってどうですか?
 
高際:興奮してるのが僕だけかもしれないです。(笑)
 
――あ、そうなんですか(笑)
 
高際:授業のアンケートで「もう5回くらいその話聞いた」みたいなこと書かれて(笑)、ちょっとヤバいなと思って。
 
――さっきから言ってるんですけど、バッド・バニーが来た時に、どのくらい人が集まるかっていうのがすごい気になるんですよ。来るとしてね。
アヤコさん、どうですか?どのくらい来ると思います?集めたいですよね。

 
アヤコ:集めましょうよ。
 
――集めたいんです。
 
アヤコ:どうしたらいいでしょうか? こういう会をたくさんするとか?
 
――そうそうそう。
ハーフタイムショー、NFLのハーフタイム・ショーに出るっていうことは、ものすごいことだと思うんですよ。2020年に、J・ロー(ジェニファー・ロペス)とシャキーラがでた時にも、J・バルビンとバッド・バニーは出たんですが。いわゆるアメリカの国民的イベントでしょ?そういうとこに出るって言っても、あんまり日本じゃ盛り上がらない。あとは、さっきから、くどいほど言ってるけど、全米チャート・ナンバーワンになってるんだけど、反応が・・・

高際:思ったんですけど、沖縄とかでやってほしいなって思った。
 
――沖縄いいかもしれないね。
 
高際:だったら、女性ラッパーのエーウィッチとゲストに呼んだり。
この間、島ことばでラップしてたんですよ。それがすごいよくて、ビジュアライザーとか見せたら、多分話し通じるんじゃないかなって。
 
――エーウィッチにウェルティータ歌ってほしいね。
 
高際:そうそう、プエルトリコでやったレジデンシーみたいなショーとかやって。沖縄がいいんじゃないかって勝手に思って、妄想を膨らましてました。
 
伊藤:「Yonaguni」(2021) とか(笑)?

――「セックス チタ~イ」って歌詞で言ってましたけど、大丈夫ですか?(笑)
日本だと英語だとなじみがあるんだけど、スペイン語って言うだけでちょっと拒否反応じゃないですけど、いまいちみたいな風になるところを感じるんですけどね。
どうですか?なんかこういう話してると、だんだん暗くなっちゃう。(笑)
 
でも今、いい提案が。沖縄でやるしかないな、これは。

 
質問:実際、ラテンファン以外の、いわゆる若い日本人って、バッド・バニーがどのぐらい格好いいのか知ってるんですかね。わかんないですよね。
 
――わかんないですね~。
 
アヤコ:ほぼ知らないと思う。
 
――ほぼ知らないですよね。
 
アヤコ:周りの人たちは全然知らない。
 
伊藤:知らないと思いますね。さっきも冗談で言ったんですけど、日本の有名な音楽雑誌でバッド・バニーの盤が紹介されて「コロンビア人」って書いてあってびっくりしましたね。そんな状況。
それがあって、「ラテン音楽入門」でバッド・バニーの項を書いたってのがありますけど。
 
――こういう新しいところをみんな聴いてほしいなというところがあるんですね。

『バッド・バニーの真実』④アルバム『Debi Tirar Mas Fotos』その2

*面白かったらハートマークをクリックお願いします!

『バッド・バニーの真実』 ①その軌跡
『バッド・バニーの真実』 ②躍進とプエルトリコ


いいなと思ったら応援しよう!