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『バッド・バニーの真実』④アルバム『Debi Tirar Mas Fotos』その2

(PART③より)

――じゃあ次、高際さん、どれ行きますか? 時間も時間なんで全部聴くこともできないんですけど・・・
 
高際:「カフェ・コン・ロン」とか・・・

――これはね、アヤコさんもいっぱい言うところあるでしょ? 言いたいことはあるんですか? え、一緒に写真撮った?誰と?
 
アヤコ:4月にプエルトリコに行った時に、この曲をやっている、プレーナのグループの、プレネーロ・デ・ラ・クレスタの人たちが参加する、カフェ・コン・ロン・ツアーっていうのがあったんですよ。
皆さんも行ったらすごい楽しいからおすすめなんですけど、山の中にバスで行って、地元のコーヒーの試飲とかラムの試飲とか組み込まれてたりとか。

プレーナ版と、ボンバ版とか色々あるんですけど、私たちが行ったのはプレーナ版でギロ(ラテン音楽で使うこすって音を出すパーカッションの一種)名人みたいなおっちゃんがいて、ギロ名人がギロを教えてくれたりとか、みんなでやってみたりとかするのとかが組み込まれたツアーがあって、最終地点に行くとプレーナのライブがあるんですよ。

そこでクレスタの子達が「来るよ」って言って、演奏あるのかなと思ったら写真撮ってクレスタの子達がバーっていなくなっちゃった。(笑)

Pleneros de la Cresta

でも今はちょっとアイドル的な感じにその界隈の中でなってて、すごい、なんていうか、プエルトリコにはプレーナ・バンドがすごいたくさんあるんですけど、クレスタの子達は、若いっていうのもあるし、背も高くて可愛いし。ここにバッド・バニーさんは目をつけてたのかも知れない、とちょっと思いましたけど(笑)あの辺の子達も、以前は全然知られてなかった。
 
伊藤:やっぱり戦略的に。
 
アヤコ:この間もビルボード・アワードのショーもこの子達が出てきて・・・ 日本にもクレスタ連れてきてほしい・・・ クレスタとボンバの太鼓3人くらい連れてきてほしい。
 
伊藤:ディアブロ・マリーノとジョイントしたり(笑)
  
高際:プレーナらしいプレーナって僕、これ聞いたの初めてくらいで、「そっかぁ、こういうことか」と思って聞いてたんですけど、このアルバムを通じて色々勉強できるなと思って、楽しんだんですけど、だからプレーナってこういうことなんだ、と。
 
伊藤:ここにいるプエルトリコ・ファンの方はご存知だと思うんですけど、一応なぞると、プレーナっていうのは、タンバリンのチャラチャラがついてないみたいなハンドドラム、フレームドラムをいくつか使ってやるんです。その打楽器は3種類ぐらいあるんですね、ベーシックな低音用と中音と高音。

パンデレータとグイロ

で、高音がインプロビゼーションでアクセントをつける、パンデーロとかパンデレータっていう名前の楽器なんですけど、リズムをそうやって作ります。その上で、メインは歌で、歌を即興でいろんなことを歌い込んでいくっていう伝統を持っています。

プエルトリコには、プレーナとヒバロ音楽の2つの音楽が即興でどんどんいろんな事を歌っていく音楽があります。内容は街のゴシップから今、その人が頭に来てることとか面白いと思ってる事、それから政府に対する抗議だとか、 その場で主張したい事とかを音楽に乗せてやるっていうのが基本。

政府への抗議デモにもプレーナが(旧市街、2019)

ヒバロ音楽もそうなんだけども、特にプレーナは抗議したり、強くものを言いたかったりするとき、リズムの出る打楽器が伴奏する事もあってよく使われる。なので、例えばデモとかの抗議運動とか、パレードでも景気をつけるときとか、必ずこれを持って練り歩くっていう、そういうタイプの音楽ですね。

 ――伊藤さんの職場で何かおもしろい事件があったとか(笑)

 伊藤:本にも書いたんですけど、向こうで勤めてた会社で宣伝のために、いろんなコンサートのスポンサーをやってたんです。プエルトリコは自治体がやる無料のコンサートがたくさんあって、スポンサーも付けられるということなんです。

その中でジョバニ・イダルゴっていう、有名なパーカッションの名手のバンドを呼ぼうということになって。ラテンジャズやサルサなんですが。で、会社の打ち合わせに来てくれたんですね。木曜日の午後ぐらいだったんですけど、段取りの打ち合わせが午後4時ごろ終わったんです。

ジオバニ・イダルゴ

「終わったよ」っていうことになったら、社内の音楽ファンが、「ジョバニ来てるんだって?サイン欲しいんだけど」とか言ってノート持ってくるやつも何人かいたんですけど、このプレーナのパンデレータを持ってくるやつがいた。「ここにサインしてくれ」って。サイン終わったジョバニがそれを当然のように叩き始めるわけですね。トンツク・トンツクね。
 
するとなんか後ろの方からギロの音がシャカ・シャカ…って聞こえてくる。ん? って振り向くと、同僚がギロを弾いてる。すると向こうの席からクラーベ(クラベス)を出しキンキン叩いて歩いて来るやつが。小型のカウベルを引き出しから出す奴もいて。気づくと机の中から楽器を持ち出したり、隣の棟のやつも、パンデレータ持ってきてどんどん増殖して。ジョバニは喜んで、いきなり歌も歌いだして。

このパンデレータはなぜ事務机に保管されていたのか。なぜ、ジョバニと即興の掛け合いをできるやつが、たくさんいるのか。プエルトリコの音の秘密に遭遇した事件でした
(右がジョバニ・イダルゴ)

この歌がまた素晴らしいのは、会社の社名を即興で織り込んで、「今日はここに打合せ来た、打ち合わせに来たんだけども、みんながいて楽しい」っていうのをどんどん歌いながら、社内を練り歩いて。
中庭みたいなとこで止またら、社内中が集まってきて、コール&レスポンスを、「この会社最高、ジョバニ最高」みたいな。
 
そうやって盛り上がってるうちに、5時になって終業のベルがビーッと鳴るんですけど、すると、「どどん、どん!」と終わりを締めてプレーナは終了。「いやぁ良かったなぁ」とか言ってハグしあって、みんなさっさと帰っちゃって。「え? 残業しないの? 君たちは?」「ここまでやってて」「え?」みたいな。
 
――時間に正確。
 
伊藤:大変時正確でした。これがラテン(笑)、驚きましたね。本当にもう。
 
――日々そういう生活を送ってたんですか? 伊藤さん。
 
伊藤:そうなんです。ラテンはつくづくすごいなって。
生活の中、会社にギロを潜ましている。何のために潜ましていたのかよく分からないんですけど。
 
――いつか来るジョバニのためにね(笑)。
ということで、次はじゃあ高際さん、あれ行きましょう・・・ハワイの歌。
ハワイアンじゃないんですけど、<Lo que Le Paso a Hawaii>

・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
――まあ、さっきからね、伊藤さんの話もありましたけど、ハワイもアメリカに併合されて州になっているのは1950何年でしたっけ? 1959年でしたっけ? 今、普通にハワイ州になってますけど、考えてみるとハワイ、エルビスのね、『ブルーハワイ』とか、あれって1961年ぐらいでしょ? だから多分ね、ハワイ州になったっていうことをプロモーションとかね、という意味もあったと思うんですよね。
 
だからちょっと違いますけど、『007』をジャマイカで撮ったのは、62年にジャマイカ独立した時にそれを撮ったとかね、そういう割と政治的な意味もあるんじゃないかと思うんだけど。
 
だからあの、よく考えてみると、パールハーバー、真珠湾攻撃したじゃないですか、日本が。それに対して「リメンバー・パールハーバー」とか言ってるんだけど、お前ら州でもなんでもないじゃねえか、まだよう、って僕は思うとこあるんですけど、まあそれは置いといて。

 
えーと、「ハワイのようにはなってほしくない」っていう歌なんですよね。

――どうですかこれ、ヒバロって感じですけど。

高際:配ったレジュメの2ページから3ページに歌詞を載せてあるんですけど、これヒバロが泣いてるのが聞こえるってところ、ヒバラが島に残ったってことが、なんか多分意味があるんじゃないかって話をちょっとしてもらったので、そこが聞きたいなと思って。
 
アヤコ:ちなみにさっきの映像ってプエルトリコでやったライブじゃないですか・・・、あの配信、無料配信見た方いらっしゃいますか?あ、 結構いますね。すごいですね。日本で見た人が全員ここ集まってるからか(笑)。
 
――歌詞はレジュメの2ページ目の下の方ですね
 
伊藤:今の演奏のところに、ちょっとだけ楽器編成が映ったんですけど、まさにヒバロ音楽の編成ですね。ギロとそれからクアトロと歌があってっていう編成です。ヒバロの音楽の形式の中で一つ「ラメント」っていうのがあるんですね。

ヒバロ音楽は10弦5コースの小型ギターのような「クアトロ」という楽器を使います。
写真は新世代の俊英、バークリーを初めてクアトロで卒業した
ファビオラ・メンデス(Fabiola Méndez)がNPR Tiny Deskに出た時のもの

ラメントってやっぱり悲しいメロディーをやるんですけど、それ伝統を感じます。プエルトリコの大作曲家ラファエル・エルナンデスにも<ラメント・ボリンカーノ>っていう名曲もある。ヒバロたるプエルトリカンの嘆きですね。それからヒバロって山岳地帯の農民ですが、厳しい生活だった。出身はスペインのカナリー諸島の テネリフェとかスペイン南部の方からとかで、山地で暮らすんですけど、台風もあるし、お水も限られるしっていうところで苦労して農業をやってきた。なので歌で吐き出すっていうことね。

ラファエル・エルナンデス

スペイン南部の音階が、イスラムの支配下にあった時の影響で、アラビア音階(フリジアン)の影響も強く出て、その哀感もある。その哀歓と、もう一つは、島の開発が進んでいく中で、先ほどのアメリカの話で普通に農業をやったところが単一農業にどんどん変わっていったり、平地は砂糖、高地はコーヒーに集約。その過程で自然が荒れたりする嘆きもある。

ボビー・バレンティンっていう、サルサの有名なベーシスト、ファニアのベーシストもありますけど、それが、「ヒバロが泣いてる」っていう歌詞を含んだ、自然が破壊されていることを嘆く歌("El Jibaro y la Naturaleza")も作ったり。

そういう風に、ヒバロ=プエルトリカンって一生懸命生きる一方、時代や大国の流れに流されて厳しい状況にあるって感覚を多分持ってんじゃないかと思うんですよ。だから歌詞の「llorando(泣いている)」って単語を見るときっとエルナンデスやバレンティンの歌をすぐ連想し、またヒバロの厳しい人生と、今のプエルトリコの状況を重ねたりすると思います。

ボビー・バレンティン

高際:もう一つ、ヒバラが島に残ったって歌詞("Otra jibara luchando, una que no se dejo" があるんですけど・・・
 
伊藤:これ面白い歌詞ですよね。男連中は島内での働き口は厳しくで、外へ出ていく、でも女性は残るっていう意味合いの歌詞になってるわけですね。
 
それは女性の、なんていうんですかね、地に根を張った強さみたいなことを彼は歌ってるのかもしれないし、この歌詞の中では「オトラ・ヒバラ」って単数で言ってるので、誰のこと言ってるのかもとも思うんですが。

彼がすごい買ってる女性っていうと、ヒップホップのユニットで有名なカジェ・トレセのビジタンテの妹で歌手のイレアナ・カブラ、イレ(iLe)っていう人がいるんですけど、彼女のことを言ってるんじゃないかとも思います。

彼女は社会の不公正や、女性蔑視などへの抗議を歌に込めた作品も多く作っている。バッド・バニーのレジデンシー・コンサートにもゲストで出てきて一曲歌いました。曲は<ロ・ケ・レ・パソ・ア・ハワイ>。ハワイがアメリカに飲み込まれた事を歌った曲。

この時に着てた洋服のデザインは正面側にボタンが並び、一部に縞模様をあしらっている。これ向うの人が見るとかなりの人がはピンとくるはず。1954年に、アメリカの国会議事堂で抗議の発砲事件を主導したプエルトリカンのナショナリスト、ロリータ・レブロンという女性がその時着てた洋服を思い起こさせます。彼女のコーラス担当の女性たちはもっと近いデザインの服を着てました。イレは抵抗のアイコンとしてロリータ・レブロンにしばしば言及してます。

イレ(左)とロリータ・レブロン(右上)

曲と衣装は直接関係ないけど、両者に共通するのはアメリカの良いようにされるプエルトリコでの闘争の心ですね。

高際:ありがとうございます。
歴史のテキストの方ですが、スペイン語と日本語が並んだのが教室で訳してもらったのをまとめたんですけど、これ、プエルトリコの固有種の生物について書いてあるんだけど、1月にナショナルジオグラフィックの記事にバッド・バニーがプエルトリコのコキガエルとか、もう一種類のサポ・コンチョの記事がナショナルジオグラフィックに載ってて、アルバムリリース時に同時に発表された、短編映画の中にもサポ・コンチョが出てきて。


*アルバム発表時にリリースされたショートフィルム(12分ほど)映画監督・俳優のハコボ・モラレスとマスコットのサポ・コンチョが主演。アメリカの影響がどんどん進出している危機感を表現している。

コキとサポ・コンチョ

このテキストのことをナショナル・ジオグラフィックが言っているのかなという気がして面白いんですけど、このカエルがハワイにプエルトリコから移民が行った話とそれにくっついて、どっちでしたっけ?コキガエルがプレトリコからハワイに渡って・・・これ、プエルトリコで有名な話なんですか?
 
伊藤:そうなんです、すごい有名な話です。
 
高際:それが載ってて、私びっくりしたんですけど、これで初めて知った次第です。結構面白かったです。
 
アヤコ:コキって、ご存知ですか?プエルトリコに行かれた方は夜になるとすごい鳴いているので、知ってるかと。沢山いるとなかなかすごい音量・・・ちょっと前に、アメリカの観光客とかが「うるさい」って言って殺虫剤まいて、すごい問題になって、「お前ら帰れ」みたいなことになってましたけど、コキというカエルが鳴いているんですよ。
 
伊藤:コキ、とてもかわいい声をしますよね。だから固有種を守らなきゃいけないという自然保護な話ではあると同時に、バッド・バニーの固有の文化を守らなきゃいけないというメッセージでもあるんですよね。
 
――時間も時間なんで、最後のね「ラ・ムダンサ」っていう曲をちょっと聴いて、お話をしましょう。

伊藤:ちなみに「ムダンサ」って「引っ越し」っていう意味ですよね。
 
――ムダンサ、これがね、アルバム最後ということで。
最初に「ヌエバヨル」が始まって、これが最後というすごい象徴的な曲かなと思うんですけど・・・高際さん。

 
高際:これかっこいいですよね、サルサのバリバリのやつ。
歌詞が伊藤さんの訳がすごく良くて、それを一緒に見たいなと思ってるんですけど、出てくるんですか?出ますかね?
 
先に歴史のテキストのビジュアライザーの話をすると、すごく最近のプエルトリコの話を書いていて、さっき伊藤さんがアメリカが税制をすごく外堀りを固めて、プエルトリコからうまく搾取できるようにしていると言っていた話がここで書いてあるんですよね。
 
それプラス、ハリケーン・マリアの話が書いてあって、あれは2017年でしたっけ、最初死者が60人ぐらいだと言われていたのが後で4000人超えているみたいな数字が出たんだけど、その話が書いてあるんですよ最後に。

で、要はプエルトリコが対外債務を大量に抱えていて、債務を返済するお金ばかりに政府予算が割かれていて、公共サービスの方に全然回されていなくて、それでハリケーンでインフラが大打撃を受けて、ということが書いてあるんですよね。

だから、このテクスト自体もすごく怒っているし、この歌も「ジョ・ソイ・デ・ペ・ ファッキン・ エレ(Yo soy de R fuckin' R)」って最後に来ていて、その怒っている感じと、サルサの音の解放されている感じがいいなと思って見てたんですけど、あと旗を背負ってますよね、プエルトリコの。
プエルトリコの旗を持って逃げる、あの旗って古い方の旗ですかね。
 
アヤコ:色が違う。多分皆さんがよく知っているのはアメリカの国旗と同じ色の濃いネイビーと赤白なんだけど、バッド・バニーが抱えていたのは薄い水色と赤白で、これが一番オリジナルの旗だそうで、私もいただいたんですよ、プエルトリコの旗を。

水色を使った旗

これからボンバの時にはこれを使ってくださいって言って、わざわざ持ってきてくれて、今ボディギータにもあるんですけど、みんないつも水色の方の旗を使うようにしているんですけど、その同じ旗をバッド・バニーも抱えて走っている。
 
伊藤:歌詞で旗のことを何か所か言ってます。
あやこさんの言った、薄い青の色の旗の事。それから「旗を掲げただけで殺された奴らもいた」という部分。アメリカの方針で旗が禁止されていた時期があった。そういう史実をさりげなく織り込んでいる。それから、「オストスを連れて帰る日に俺の曲を流してくれ」って。これ聞いただけじゃ何言ってるか全然わかんないですよね。

オストスっていうのはプエルトリコの中で大事なですね・・・革命っていうか独立をさせたいと思った思想家・哲学者(Eugenio María de Hostos. 1839-1903) なんですけど、その人はプエルトリコでいろいろ活動して、最後ドミニカ共和国で暮らして、そこで亡くなるんですね。
で、亡くなる時に「プエルトリコが自立して独立した時に自分を連れて帰してくれ」って遺言した。

Eugenio María de Hostos

だから、「オストスを連れて帰る日に」っていう歌詞っていうのは、プエルトリコが自立して、その時にオストスの亡骸もプエルトリコに帰してあげてその時に俺の歌も歌ってくれってバッド・バニーが自分を重ねるわけですが、バッド・バニーがいまいるんだから「かけてくれ」も何もない訳ですよね、歌えばいいんだから。でもこの表現は言外に、「自分が死んだあとにやっとそういうことが実現するかどうか、くらいかかる」と言っているのと同じですね。でも、あきらめないで、と。

まだ30歳ちょっとなのにこういう発言。年長の世代には、各人が考えて、ちょっとあきらめかけてるかもしれない気持ちを、改めて「いや、いかん」と思わせ、若い世代には「そうか、そういうことは大事だ」と思わせる。

こういう風にいろんなとこに、プエルトリコの人はわかる事がちりばめられている。アメリカ人とか日本人とかには分からない。でもね、彼はプエルトリコの人に聞いてもらいたいってことなんですね。っていうのは、アメリカにいろんなこと今までやられてきて、もう皆さんそれは大変ご存知なわけですよね。だけどそんなに簡単にひっくり返らない、でも思う事を辞めてはいけない、なぜならプエルトリコはこんなにポテンシャルがある、と思ってるわけです。

2024年の投票では州昇格派が強いものの、州昇格反対の「現状+独立」で41%あり、
まだコンセンサスは固まっていない

昔々はですね、プエルトリコの政治的なあるべき姿は?と国民投票やるとですね、独立派が10%とかいて残りが、州に昇格派半分、現状維持派半分みたいな感じだった。とこが、だんだん独立派は小さくなってる。
残りの州昇格でも現状維持でもどちらもメリット、デメリットがある。
州になればなるほど締め付けも強くなるし、それから偏見がある中で州になるってどういうことなのか、だいたい米国が「スペイン語の州」なんて作るのか、スペイン語はもうダメとか言うんじゃねえかとか?と

と言って現状のELA/Commonwealthの立場じゃ、連邦議会に代表も遅れず、連邦のサポートも州より小さい。なのに運命は全面的に中央政府に握られる。しかし当面スペイン語の文化は現状維持できる。とか。

答えは簡単じゃない。で、悩んでるうちに現状肯定になって、気づくとプエルトリコの文化やアイデンティティが弱体・忘却・消滅すんじゃないかという危機感だと思います。
 
だけど、もう一度見直そうよ、あるがままになってるんじゃなくて、もう一つ自分の中に持ってる力とか持ってる文化とかを見直した上で、「いいものあるじゃない」っていう、そういうことを思い出そうよいう事がいろいろ出てくるんですよね。「こんな風景があるじゃない」とかね。
「こんな歌があって」と織り込むわけで。昔のトミー・オリベンシアのサルサの曲のことなんかをコラボしたレゲトン・ラッパーくんが織り込んだりする。そういう曲がいっぱいあるんですね。
 
そんなプエルトリコの人たちへのメッセージですが、そんな危機感は多分ラテン各国にも響いたんだと思います。独立国ではあるけど、大国に翻弄される立場は同じ。だからこれが出た時にいきなり26カ国トップとか、その後もどんどん伸びて、聴いてみよう、面白いっていって伸びた。

ティト・トリニダ(左)とミゲル・コット(右)

歌詞の事を少し続けると、「ティト」とか「コット」っていう名前が出てきて、地元人は「ボクシングのチャンピオンだ」分かるわけですが続けて「ルギア」「ホーオー」って出て来る。これ分かる人いますかね。
これポケモンの名前なのです。火の鳥、フェニックスみたいな。「鳳凰」ですね。彼らの世代はピンとくる面白さなわけですが、不死で力強いキャラであるわけです。なので世界王者になった「ティト・トリニダ」や「ミゲル・コット」と並んで出て来る強いものの象徴。プエルトリコはそう力がある、と言っているんですね。
 
(⑤に続く)
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『バッド・バニーの真実』 ①その軌跡
『バッド・バニーの真実』 ②躍進とプエルトリコ
『バッド・バニーの真実』③アルバム『Debi Tirar Mas Fotos』その1


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