【第六章】町屋の倉庫から麻布台へ:ゼロから拓いた「人とアートが集う場所」
はじめに:ゼロからの出発
父の画廊業引退を受け、「作家さんたちを守る」という使命感から江夏画廊を立ち上げることを決意した私。その前途は決して平坦なものではありませんでした。資金も、場所も、何もなかったのです。文字通り、ゼロからのスタートでした。
今回は、私がどのようにして最初の資金を作り、現在の麻布台(六本木)に拠点を構えるに至ったのか、その道のりをお話しします。それは、多くの人々との縁に支えられ、いくつもの偶然が重なって拓かれた、奇跡のような物語でした。
最初の拠点:町屋の倉庫で事業スタート
画廊を立ち上げると決めたものの、まず私が直面したのは「作品をどこに置くか」という現実的な問題でした。父の会社をそのまま継ぐことはできなかったので、作家さんたちの作品を保管できる場所を探しました。
「最初は、町屋の倉庫一つだけでやってたんですよ。作家さんから絵を預かっていたじゃないですか。だからそれを保管する場所を見つけることは、急務だったんです。」
私が最初に借りたのは、町屋にある小さな倉庫でした。そこはギャラリーと呼べるような立派なものではなく、ただ作品を保管するためだけの場所です。
へたをすると、雨漏りしそうな場所でした。華やかなアートの世界とは程遠い、静かで、少し寂しいくらいの空間でした。この倉庫が、江夏画廊のすべての始まりの場所となったのです。
一夜限りの奇跡:仲間と開いた、未来への扉
場所は確保したものの、画廊を運営していくには資金が必要です。私は、これまでお世話になった方々を招き、私の新たな挑戦を応援してもらうためのパーティーを企画しました。
「『江夏画廊を立ち上げます』と言って、『皆さん、是非応援してください!』って。私が昔働いてた会社の社長さんとかも呼んで。そしたら、絵を買ってくれたんです。」
パーティーには、保険コンサルタント時代の社長や、父の代からのお客様など、多くの人が駆けつけてくれました。そして、私の思いに共感し、その場で作品を購入してくれたのです。一夜にして集まった資金は、200数十万円。それは、私にとってまさに奇跡でした。このお金が、江夏画廊を本格的に始動させるための、貴重な元手となったのです。
運命の物件:麻布台のビルと、鶴の一声
資金の目処が立った私は、本格的なギャラリースペースを探し始めました。最初は比較的家賃が安そうな文京区で物件を探していました。気に入った物件があったのですが、契約寸前で他の方に決まってしまうという不運に見舞われます。
その物件のオーナーさんが「代わりにいいところを紹介する」と言って、繋いでくれたのが、現在の麻布台のビルでした。
正直いって、当時の私には家賃を払えるような余裕はなかったのです。契約相談の面接では、なぜかビルの役員がずらりと並び、まるで最終面接のような雰囲気がありました。私は正直に「お金はないんですけれど、入れるところを探していて…」と窮状を訴えました。
すると、その場にいた社長さんが役員の方々に向かって「江夏さん、入れてあげて」と鶴の一声を発してくれたのです。こうして、私は信じられないような幸運で、アートの中心地でもあるこの場所に、自分の城を構えることができたのです。2011年頃のことでした。
人が繋いだ、新たな物語の始まり
町屋の倉庫から始まった江夏画廊が、麻布台の一等地に拠点を構えるまで、わずか2年。その道のりは、私一人の力では到底たどり着けないものでした。保険会社時代の社長、パーティーに駆けつけてくれた人々、そして偶然出会ったビルのオーナー。多くの人との縁が、私の道を切り拓いてくれました。
この場所で、私はアートと人、人と人とを繋ぐ、新たな物語を紡いでいくことになります。
(続きはこちら↓)
(全十章のまとめはこちら↓)
江夏画廊ホームページ↓
お問い合わせはこちら↓
