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note365日継続したら感動で震える?→全然そんなことなかった

昨年の8月13日からnoteの毎日更新を始めて、昨日が365日目の記事でした。

24時間テレビのエンディングでサライを合唱するシーンくらいの感動に全身が震えると想像してたんですけども……。

1粒の鳥肌も立たなかった!

でも、続ける価値はあるな〜と実感しています。

今日はそんな「毎日更新を1年続けたあと」について、感じたことを書いてみようと思います。

毎日更新が「当たり前」になった感覚

100日目〜300日目を迎えたときは淡白だったのですが、まさか365日目も同じような低いテンションだったとは。
だって、365日ってそこそこの節目ですよね!?

だけど、そもそも1年前のわたしは具体的にどんな変化を期待していたんでしょうね?
曖昧だったんですよね〜。

とはいえ、毎日更新が当たり前になった今としては、特別な達成感は求めていなかったみたいです。
それよりも、日常の一部になったという納得感のほうが重要だった、と。

ほら、歯磨きや洗顔するときって心も頭も使ってないじゃないですか。
noteに発信することも、それらと同じルーティーンに落ち着いたってことですね。
だったら、淡白なのも仕方ないです。

鳥肌は立たなくても成長はしてた

でもねでもね、鳥肌が立つほどの感動はなくても、成長は実感できているんですよ〜。

例えば、文章を書くハードルが下がったこと。
下手でもなんでもいいや!って、開き直れるようになりましたね。

自分の考えをまとまっていない状態で公開することにも、抵抗が小さくなりました。
上手にまとめようとすると、毎日更新という条件をクリアできないと悟ったんですね。

自己肯定感も上がったかもしれません。
noteの更新とセットで、手帳に継続日数を書き入れているんですけども……。
夏休みのラジオ体操のスタンプみたいに、自分の行動が数字で積み上がっていくのが嬉しい!

低いテンションで続けているだけなのに、周りの方から「やってるね!」と褒めてもらえますし(笑)

「365日ってスゴイ」プレッシャーより大切なこと

365日って、数字のインパクトがあってスゴイことみたいに映ったんですよ〜。

でも、スゴさを期待すると、身の丈以上の水準(文章力やフォロワー数、いいね数など)を自分に強制しかねません。
そのプレッシャーを燃料にできたらいいんですけど、自分には無理です(笑)。

特にバズることもなく、影響力が高まるでもなく、淡々と書き続けるのは地味で面白みもない営みですが……。

自分から出る言葉を文字にする練習になりますし、続けたら着実に文章力が上がりますし(これには期待してる)、AIの使い方もうまくなりますし。
発信する力が上がると思っています。

毎日続けてみようかな……?
と思ったら、とりあえず3日続けるだけでも、何か掴めるのではないでしょうか。

やってみようかなと思い悩むよりも、やってみて上手くいかなかった点を修正するほうがネタにもなりますしね。

さて。
次は何日を目標にしようかなー?
って考えてみたんですけど、まだピンと来てません。
ひらめきを持ちながら、淡々と続けます〜。


300日継続はインタビュー形式で振り返りました。
感動は……やっぱり小さかった。

200日継続したときは有料記事で振り返りました。
この中で紹介している問いは、いまも自分に投げかけていますよ〜。

150日継続したとき。
意識が低いんじゃなくて、当たり前になってきたのかもしれません。

100日継続したときの振り返り。
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