おひとりさまの老後|介護するとき 介護されるとき|「無理しないで」の裏側で
おしゃれさん
季節は変わり、夏から秋へ。
おしゃれさんな彼女は、あふれるほどの衣装持ち。いや、あふれかえってきた。タンスにも床にも押し入れにも。
どうしたら、こんなことになったのか。いつから、こんなことになっていたのか。
捨てようと仕分けしていたのか、何かリメイクするつもりだったのか、大きなビニール袋にも服がぎっしり詰め込まれていた。買い置きの新しい下着もたくさんあった。
毎週のように届く「持ってきてほしいもの」のオーダー表には、〇〇色のセーターとか、どこどこにおいているセーターとか、細かく指示がある。でも、似たようなものが多すぎて、合っているのか合っていないのか、わからない。
似たようなものを持参しては、「違う。〇〇を持ってきてっていっているのに」と、困惑からの怒りも垣間見える。
もう十分あるよね。部屋が衣類であふれて身動きとれなくなるよね。
わたしの言葉は届かない。
困惑して、ケアマネに連絡をいれた。
「甘えているだけだから、ほっとけばいい。本当に必要なものはスタッフから連絡がくる。お部屋にはもう十分、必要なものはそろっている」
確かにそうなんだ。でも、望みをかなえてあげれない自分がダメなような気がして、苦しかった。
「よくやっていますよ」
ケアマネにそういわれた瞬間、涙があふれた。
不甲斐なさと罪悪感
面会にいくと、
「無理しないんだよ」
と声をかけてくれる彼女。だけど「持ってきてリスト」の攻撃はやまない。
「急がなくていいよ」といいながら、翌週持ち込んでも、
「持ってきてくれないのかと思った」
と悲しそうな声でいう。週に1回しか面会は許されていないのに。わたしは、遠方に住んでいるというのに。
そんなにすぐはできないよ…。
自分の意志で何もかもやってきた彼女にとって、施設は自由が利かない。ひとりで外出もできない。体自体も自由が利かなくなっている。退屈な日々で、待っている時間はさぞかし長いのだろうと想像がつく。
だけど、責められているような気になる。わたしが施設にいれてしまったという罪悪感もある。
わたしは、相続人でもないから、「関係ない」って他人事にしてしまえばよかったのだろうか。かかわらなければよかったのかなどと考えることもある。
自分に余裕がなくなってきていた。近くに住んでいれば、もっと気軽に動けるのに。1日がかりで対応する必要もないのに。
してあげたい気持ちと、放り出してしまおうかという気持ちの板挟み。
記憶
面会は日曜日のみ、予約制。時間は15分。感染症が流行の時期は面会できないこともあるけれど、月に2回は会いに行っている。
若いころ仕事をバリバリやっていたこと、祖父との思い出、近所が火事になった出来事など、何度も聞く話もあれば、なかなか登場しない身近な人物もいる。
わたしのことは、いつまでわかるのだろう。いつまで覚えていてくれるのだろう。そう思いながら、話に耳を傾ける。
入所してからというもの、見た目が随分変わり、祖母にそっくりになった。わたしは、祖母といっしょにいるのではないかと思うことがある。そして、わたしの記憶にはない祖父母からの愛情を聞かされたりする。
愛されていたのだと、自分の存在意義も感じる。
地元へ戻る決断
高速で1時間の距離を、月に何度も行き来するのも負担になっていた。
この冬、わたしは、地元に帰ることを決めた。ここでなければならない仕事でもなかったし、彼女の介護と、高齢の父のひとり暮らしも気がかりだったから。
彼女も喜んでいた。わたしが地元に戻ることを、ずっと望んでいたから。
そして、いつものように「あなただけに負担をかけてごめんね」と。
気遣いをくれる彼女と、パニックになって責める彼女が、行ったり来たり。
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