その不調、加齢か病気か。ゆらぐ50代の『答えあわせ』
家がある。お気に入りのものに囲まれた暮らしをしている。
それでも、カラダの衰えや経済的なことで不安を抱えている。
更年期だから、加齢だからとあきらめて受け入れようとしていたその不調。
実は、『病気』でした。
更年期の心身の変化や気づきなどを、つれづれなるままに。
実年齢との剥離|45歳で止まっている
実年齢は、すっかり50代だ。そんなのは、わかっている。
でも、急に聞かれると、いくつになったかわからない。
別にサバを読むつもりもないけれど、年齢も「自分の外観のイメージ」も45歳で止まっている気がする。
ハローワークに行って、紹介をお願いすると、相手先に
「〇歳の女性です。紹介を希望です。」
と電話をかけてくれる。
それを聞きながら、
定年が60とすると、あとわずかしかないんだな……
その年齢を聞いたら、ひくよな……
と思ってしまう。
逆に職場に新しい人が来て、その外見から「わたしより年上かな?」と思ったら、わたしより随分年下だった、ということも多々ある。
じゃあ、わたしはいくつに見られているのだろう、と焦る。
先日、プチ同窓会があった。
「若い」といわれ、喜ぶ自分がいる。
かれこれ10年くらい前だけれど、「案外、歳いっているのね」といわれたことがある。
それって「若い」と褒められているのか、なんとも不思議な気持ちになった。
でも、根底にあるのは「若々しくいたい」「若づくりしているとは思われたくない」ということなのだろう。
自然に任せて、年相応におばあちゃんになっていけばいい。
だけど、老いていく自分も怖い。
日々、揺れ動き、抵抗している。
流れに身をまかせることができない、更年期まっただ中。
「おばあちゃん」と呼ばれる日
はじめて「おばちゃん」と呼ばれたのは、長男が2歳ぐらいのとき。
引っ越し先の近所の高校生からだった。
ちょっと衝撃が走った。
そのことを友人に話すと、
「わたしは自分のことを『おばちゃん』って言うよ」
と返ってきた。
「おばちゃんにこれちょうだい」みたいな使い方らしい。
わたしはまだ、自分のことを「わたし」と言っていた。
それは、ささやかな抵抗だったのだろうか。
さて、50代になり、早々から自分のことを「おばちゃん」と呼んでいたその友人は、今では「おばあちゃん」と呼んでいるらしい。
自分が学生時代、50代の先生なんて「おばあちゃん」に近かったよな、と思い出す。
わたしは、まだ白髪染めもしていなくて、ファッションカラーだし……「おばちゃん」の自覚はさすがに出てきたが、まだ「おばあちゃん」には程遠い気がしている。
でも、最近、白髪はかなり増えた。
いくつになったら、「おばあちゃん」という自認が芽生えるのだろう。
70代・80代・90代の区別は、外からはつけにくい。
後期高齢者になれば、たぶん確実に「おばあちゃん」かもしれない。
それこそ70代の女性から「若いわね~」と言われることもある。
いくつと比べて若いんだか、と思いつつ、「ありがとうございます!」と答えておく。
最近の60代も若い。
60代はおばあちゃん予備軍かな。
ただ、ここは随分と個人差がありそうだ。
まずは、明るい60代を目指して。
優しそうにみえる「ぽっちゃりさん」への憧れと抵抗
ぽっちゃりさんは、包容力があって優しそうなイメージで、若いころは憧れていた。
でも、いざ「ぽっちゃりさん」へ向かってしまっている自分に気づくと、慌てて抵抗する。
「痩せたい」スイッチが入る。
それでも、40代になると、水を飲んでも空気を吸っても太る。
日々、自分の最高体重記録を更新していくみたいだ。
時折、ストイックに筋トレしたり運動量を増やしてみたりしては、やや理想体重に戻るものの、余裕を見せた途端にまた自己最高体重をたたき出す。
これの繰り返し。
ストレスで痩せることもある。
あまりにも軽々と痩せていくと、今度は病気ではないかと心配する。
結局のところ、コンフォートゾーンが安心なんだろう。
そして、そのコンフォートゾーンが無理なくじわじわと上昇している。
太ってもいいよ、って自分に許可を出しているんだろうと思う。
「やせすぎると、老けて見える」
そんな観念がわたしの中にある。
太っても痩せてもいい。健康が一番。健康あってこその人生だ。
そんなことを痛感する50代。
更年期障害か自律神経失調症か
30代の頃、「更年期みたいなことを言っている」と婦人科で言われたことがある。
当時、疲れやすいとか頭痛がするってことを訴えたのだろう。
なぜかわたしの中で、
今、更年期みたいだから、きっと更年期になったら、更年期障害なんて関係なく元気に過ごすんだろう
と思っていた。
だけど、やっぱり体調不良は続き、今度は正真正銘の「更年期障害」っぽい。
更年期障害は、血液検査の数値で判定するものではないから、「この薬が効けば更年期障害、効かなければ自律神経失調症」と婦人科医に言われた。
先日の同窓会で聞いた「おなかにぺたっと貼る薬」をわたしももらった。
更年期障害だろうが何だろうがいい。カラダが楽になってくれれば。
でも、更年期障害って具体的にどんなこと?
実は、ホットフラッシュしか知らなかった。
ホットフラッシュの体感がないからと、また勝手に「更年期障害ではない」と思っていた。
頭痛や疲労感は、ただの更年期で、みんなが通る道。
こんなことで休んではいけないと思っていた。
でもね、いろいろと病気が複雑に絡み合い、どこからが更年期障害でどこからが違う病気なのか、それとも正常範囲なのかわからない。
そんな状態が続いている。
対処療法で鎮痛剤を飲んで、仕事に行き、へとへとになって帰宅し、食習慣が乱れる。
それでいいのか? いいわけないじゃない?
まだまだ人生は続くんだから、ちょっと足を止めよう。
と思うんだけれど、罪悪感も消えない。
経済的な不安も消えない。
今日も揺れ動く、更年期。
繊細なホルモンに振り回される繊細なわたし
AIに更年期障害について聞いてみた。
ホットフラッシュ系(のぼせ・発汗)
① 突然カーっと熱くなる、顔が赤くなる
② 大量に汗をかく(夜中に寝汗でびしょびしょ、とか)
③ 逆に冷え・手足の冷えもある
自律神経系
④ 動悸・息切れ
⑤ めまい・ふらつき
⑥ 頭痛・肩こりがひどくなる
⑦ 不眠(眠れない、途中で目が覚める)
⑧ 疲れやすい、だるい
こころ・神経系
⑨ イライラしやすくなる
⑩ 気分の落ち込み、不安感
⑪ 集中できない、記憶力が落ちた気がする
⑫ やる気が出ない
わたしは、②③④⑤⑥⑦⑧⑪が該当する。
ほとんどじゃないか、と愕然とする。
でも、今にはじまったことではないものもあるから、「体質」で見過ごしてしまう。
ずっと自分に無理をさせているのに。
疲れやすさや頭痛は思春期から結構頻繁にあり、周囲に「またなの?」と思われることが負担で、平気なふりをしてきた。
だから、わたしにとって「ちょっと具合が悪い」というのは、相当具合が悪いのである。
ポンコツになってきてる
最近のわたしは、物忘れをたびたび起こす。
すでに完了した仕事も、完了してしまえば忘れてしまう。
やったかな?と不安になる。
メモリ不足起こしてる……歳のせいかな……
まさか認知症がはじまりだしてる?と頭をよぎったり。
また、引き算が苦手になってきた。
もともと好きではないけれど、今まで以上にめんどくさいと感じる。
考えたくない。
記憶力も悪くなっている気がする。
数字、3個ぐらいずつしか覚えられないかも……。
ポンコツになってきてるなあ。
認知症になるの、早いんじゃない?
やばい、やばい、やばい。
病院で診察を待っているとき、別室から認知症の検査を受けているおばあちゃんの声が聞こえた。廊下で思わず耳をすます。
看護師さん「今日は何月何日ですか?」
……あ~、わたし、わからないわ。気にしてない。
看護師さん「ここはどこですか?」
病院。それはわかるよ、うん(笑)。
看護師さん「これから3つのものを言います。覚えてください」
よし、覚えた!
看護師さん「あとからまた聞くので、覚えていてくださいね」
ちょうどそのとき、わたしも看護師さんに呼ばれた。
ひとりになってから、認知症の検査の続きを思い出す。
あれ……なんだったっけ……え~っと、かさ、ねこ。
……。
あ、やばいよ、わたし、やばいやばい。
本気を出したら、思い出した。
よし、セーフ!!
でも、合っていたかどうかはわからない……。
でもね、これって「脳のかすみ(ブレインフォグ)」というらしい。
認知症 → できていたことができなくなる(進行する)
ブレインフォグ → できてるけど、霧がかかった感じ(原因が改善すると戻る)
とAIが教えてくれた。
引き算が苦手になるのも、数字・計算ってエストロゲンと関係が深い脳の機能だから、ホルモンが下がると出やすいって言われているらしい。
そんなところまでホルモンが影響するなんて、驚き。
ホルモンはスプーン1杯の匙加減で体調が変わると、以前聞いたことがある。
そんな繊細なホルモンに振り回される、繊細なわたし。
甲状腺機能亢進・バセドウ病発症
2025年の夏は暑かった。
40代から汗かきにはなった。年々、汗かきになっている気がする。
でも、この夏はさらに汗をかいている気がした。
首に巻いたタオルがびっしょり。
着替えも持ち歩かないと、外出先で困るほど。
今年の夏が暑いから?
わたしが太ったから?
更年期だから?
周囲に聞いても、「みんな同じよ」という言葉しかかえってこない。
7月、わたしは家を建てて地元に戻った。
それを境にして、体重が減った。
「重力が違うのかな?」なんて冗談を言いながら、体重が減っていくのを喜んでいた。
8月頃から、脈拍が早くなり……100を超えだした。
あれ? わたし赤ちゃん並みになってますけど??
9月、動悸がしだした。
体重減少と動悸、これは心臓か甲状腺かの病気かもしれない、と不安がよぎり、循環器内科を受診する。
案の定、甲状腺機能亢進との血液検査結果が出て、甲状腺科への紹介状が出た。
そして、また同じような検査を繰り返し、ようやく「バセドウ病」との診断が下りる。
数年、数か月単位で治療していく病気。
命にかかわるわけではないが、しっかり治療していく必要がある。
疲れやすさや体重減少が主症状、ぐらいの認識でいた。
自分では、早期発見・早期治療が開始できたと思ったし、たばこも吸わない。薬さえちゃんと飲めば早く寛解になる。
とまたまた勝手に思い込んでいた。
だから、食べても体重が増えない期間は「甘いものを食べれるボーナスタイム」だと豪語していた。
冬のはじめには、体重の減りが落ち着き、薬の量も減った。
甘いものを食べられるボーナス期間は終わったけれど、寛解に向けて順調だと思っていた。
小さなカラダの変化が起き始めていたことに気づきながら。
老眼?疲れ目?眼精疲労?|バセドウ眼症
年末ごろから、細かい文字が見づらくなっていた。
老眼がまたすすんだのかな、ぐらいに思っていた。
初商いで眼鏡を作りなおそうと思っていたものの、膝の不調でそれどころではなくなり……
2月も中旬になってから、眼鏡屋さんへ行った。
事務作業で文字が見づらいので、近近眼鏡を作った。
これで業務が楽になるはず。
確かに楽にはなったけれど、それでもすっきり見えない。
ましてや、近近眼鏡をかけていないときの見えづらさがひどくなった。
感情とは関係なく、涙があふれる。
疲れ目かと思い、薬局へ行き、おすすめを聞いてみる。
バセドウ病だというと、市販の目薬ではなく、眼科に行くようにすすめられた。
眼科で言われたのは「眼精疲労。眼鏡が合っていない。」
バセドウ眼症とは言われなかったから、ほっとしつつも、急いで遠近眼鏡を作りに行った。
1週間後、できあがった眼鏡を受け取りに行ったとき、見え方があまりよくない。その場で再検査してもらうと、
「1週間前よりも見え方が悪くなっている。今、検査している最中でも、視力が安定しない。」
とのこと。
疲れたときに、目がきつい奥二重になるのがなかなか治らず気になり始めていたこともあり、甲状腺科の定期診察時に相談すると、遠方の眼科を受診するようすすめられた。
高速を使って1時間ほどかかる眼科を受診すると、顔を見て、一発で「バセドウ眼症」との診断が出た。
ホルモン値は安定しているのに、何故と戸惑った。
バセドウ眼症は遅れて発症するらしい。
眼瞼後退とすでに上方が見づらい症状が出ているとのこと。
MRI検査をしたのち、治療方針を決めることとなる。4月上旬のことだ。
怖かった。
バセドウ眼症は、目が飛び出る、目が見えなくなる、入院治療や手術。
そのような情報に押しつぶされそうだった。
膝がようやく歩くことだけは不自由なくなってきたのに、今度は目……。
老眼や疲れ目というみんなが普通にもつ症状というわけでなく、眼精疲労でもなく……バセドウ眼症と診断されるなんて。
涙が出たり乾燥したり、瞼や目の下が引っ張られる違和感。目の異物感。目の痛み、頭痛。
そして、光がまぶしくなった。パソコンの画面が見られなくなった。
仕事にならない。
カラダが休めってサインを出しているのに、休まないから、どんどんわたしを絶望させる症状を起こす。
そう気づいているのに、休めない。
休ませないのは、
約束を守らなければならない
無責任に放り出してはいけない
というわたしの観念だ。
幸いにも、MRI検査の結果は安定しているとのことで、入院治療は必要なかった。点眼と通院での経過観察。
基本的には、バセドウ病の治療としての服薬でホルモン値を正常に保つことが必要なんだそうだ。
バセドウ病のホルモン値はほぼ正常に近くなっているのに、抗体がまだ異常値らしい。
内服だけでなく、安静も必要らしい。ストレスが大敵。
そういわれたにもかかわらず、入院治療が必要なくなったから、また出勤しなくては……と思うが、とうとうカラダがガス欠を起こしたようだ。
長らく続いていた不調で、じわりじわりと体力を奪われた。
疲労感と息切れ。
仕事にいけない。
ひとつひとつの病気は、普通よりもちょっと深刻。
でも、その病気の世界では軽症。
健康というラインを微妙に超えているのかも。
更年期というラインも微妙に超えているのかも。
自分に優しくできるのは、自分だけだとわかっているのに
甘えているんじゃないか、さぼっているんじゃないかと気になる。
許してやれない自分がいる。
まだ葛藤している春の日。
持つべきものは、仲間 ~わかちあえる友と笑い~
先日、バセドウ病を患っていたという元同僚とランチに行った。
彼女も今50代だけれど、30代から患っていたらしい。
バセドウ病から一転して甲状腺機能低下症にもなり、20年選手だったという。
「たばこ吸ったり、薬もさぼったりしたからね。でも、職場の人間関係から解放されたら、治っちゃった(笑)」
恐るべし、ストレス。
「眼科には行かなかったけれど、病気が治ったら目も治ったよ。当時は、やっぱり目が出てた」とのこと。
彼女も軽症のバセドウ眼症だった可能性が高い。
それでも本人が気にならないレベルに落ち着いたという。
これは、わたしにとって希望の持てる話だった。
症状が落ち着いたあとに、目の外見が気になったら、外科で手術も可能とドクターには言われているものの、手術をしなくても気にならないレベルになるならそれに越したことはない。
同じ病気や悩みを持つ人、それを乗り越えた人の体験談は、心強い。
ランチをしながら、
「親が介護と健康の話しかしないって、若い頃はつまらなく思っていたけど、同じぐらいの歳になると、やっぱりそうなるよね~」
と笑いあった。
気分転換にもなった。
大切なのは、わかちあえる友と笑いかもしれない。
この記事が、誰かにとってのそんな場所になれたら、嬉しい。
お年頃ですませないで 〜人に言いたいことは自分に言いたいこと〜
疲れやすい、ものが見づらい、汗をかく量が増えた、物忘れをしだした、膝が痛い……更年期かな、歳のせいかな、でついつい済ませてしまいがち。
「そういうお年頃だもんね」
確かにそうなんだけれど。
治療が必要な場合もある。
治療して楽になること、改善することもある。
無理しないで。我慢しないで。
そう伝えたい。
でもね、「人に言いたいことは自分に言いたいこと」なんだって。
わたしが一番、いたわりを求めているのかもしれない。
ひざの痛みはおばあちゃん病!? 〜変形性膝関節症のなりはじめ〜
足首やひざのけがをたびたび起こし、完治させないまま生活してきた。
そのひずみがきたのだろう。
今年の1月に突然、立てなくなった。歩けなくなった。
直接、転んだとかひねったとかそんな認識がなかったので、
このまま歩けなくなるのか?
杖が必要になるのか?
人工関節を入れなくてはいけなくなるのか?
とそれはもう不安に襲われ、凹んだ。
整形外科でも痛みが強すぎて、最初は触れないくらいだった。
人生初の、水を抜かれた。大きな注射器1本分とれたらしい。
でも、すぐに痛みがひくこともなく、2週間ぐらいしてからMRI検査を受けた。
気休めになるかとサポーターを買いに行った。
お店の方のおすすめを紹介してもらいながら、その方が、
「わたしの行った病院では、ドクターに『おばあちゃん病』っていわれた」って不愉快そうに話していた。
変形性膝関節症、このとき初めて疾病名を知る。
高齢者にはありきたりな疾病名のようだ。
きっとわたしは「みんな同じだから、この疾病名なら我慢すべき」って思っていたことだろう。
わたしの場合、MRIで少し半月板に傷もあったことから、リハビリにまわされた。
リハビリに行くたびに、回復していくのを実感した。
結局は膝関節につながるいろんなところが全部悲鳴をあげていたんだろうと思う。
「どれかが主犯というよりも、みんなが共犯っぽい」
ってリハビリの先生は笑う。
じゃあ、「変形性膝関節症」ではなかったのか、まだ大丈夫なのかとほっとしたら……
「え~っとね、ここ、ぎしぎし言ってるでしょう? これ、変形性膝関節症のなりはじめ」
って。
残念。確実に近づいているではないか……。
でも、歩けるというありがたさをかみしめながら、今回はとりあえず完治といわれるまでリハビリに通おうと思う今日このごろ。
コンパクトな平屋のススメ 〜備えは大事〜
以前、膝をけがしたときは、マンションの3階に住んでいた。
自分の部屋に帰るのに、手すりを使ってよじのぼる。
まるで山登りのようだった。
買い物もショルダーバッグに入る分しか買えないし、持ってあがれない。
今は、平屋のコンパクトな住まいなので、室内移動も少なくてすみ、助かった。
ただ、トイレの手すりは入居してから、かわいいものを探そうと思っていて、まだ準備していなかった。
今回、足を痛めてからホームセンターに出向くことになった。
「ナチュラルでかわいいもの」を求めて、数軒まわった。
足が痛くて泣きそうだった……。
ようやく見つけた手すりは、自分で取り付けた。
たくましいな、わたし(笑)。
アフター点検に来てくれた担当さんに、ついどやってしまった。
ひとりで暮らすということは、体調が悪いとき誰も助けてくれないということでもある。
だから、助けてくれる人を含め、環境を事前に整えることが大事だ。
年老いてからじゃなくとも、不自由になることはある。
実家の近くに引っ越してよかったのは、買い物をお願いできること、病院に連れて行ってもらえること。
だけど、肝心な日に限って父は旅行で不在(苦笑)
備えは必要だ。
備蓄の食品で食いつないだ(笑)
小さなカラダの変化 〜AIが導き出す味覚性発汗〜
12月、顔がほてって顔に妙な汗をかく。
そんなことが起こり始めた。
これがホットフラッシュ?
それにしては汗の量は少ないし、時間も長い。
風邪? 熱はない。
共通点……おやつを食べたあとかもしれない。
小麦?……食パンは平気。
卵?……卵焼きもゆで卵も平気。
バター?……バター炒めの料理も平気。
化学物質??
共通項がわからない。
そんなとき、乳化剤をやめたら血圧が下がるというネットの記事をみつけた。2月中旬のことだった。
顔から妙な汗が出るという症状も治まるかもしれないから、とりあえず乳化剤の入っていない食品を選んで食べようと試みた。
乳化剤の入っていない食品を見つけるのは大変だった。
それでも「1週間抜いたら血圧は下がる」という情報を信じてやってみた。
確かに、血圧は下がった。顔汗も出ていない。
犯人はこれか~!
ほっとしたのも束の間。3月になるとまた顔汗が出ることが増える。
どうやら、乳化剤ではなかった模様。
この汗、口のまわりから始まり、ひどいときは目の下にたまができるほど。顔は赤くほてる。
食べている最中にでることもあれば、食後15分以内のこともある。
30分以上たってからのこともある。
しかも、長いときは4時間とか……次の空腹まで続く。
落ち着いたころには空腹で、次の食事をとらないとそれはそれで具合が悪くなる。
でも、何でも食べられるわけではない。
また汗が出たら、気分が悪くなる。
自分で作った食事でそうなったことはない。
でも、4時間おきに空腹になれば補食も必要だ。
すべてを手作りで、というわけにもいかない。
食事と発汗の記録をとった。
自分で原材料をチェックしても、共通項はわからない。
そんなときに、AIと出会った。
AIに商品名を報告した。
似ているようでも汗の出なかった商品も報告した。
AIは、あっという間に解析してくれる。
汗を出すトリガーとなるものは、こういうものです。
それは、こんな病気が原因かもです。
みたいに。
でも、実際の病院では、どこも自分の専門外だという。
直接的な治療法は、まだみつかっていない。
「味覚性発汗だとしたら、バセドウ病が落ち着いたら治る」というAIの診断だけが頼りだ。
わたしにできることといえば、
・できるだけ自炊する
・休養をとる
・内服薬、点眼をしっかり続ける
・ドクターとの連携をとる
ということだろう。
スローライフを始めるいいきっかけだ。
残りの人生のなかで、今日が一番若い
年老いていくということは、いろいろとガタがくることでもある。
だけど、みんなガタがくるのだから、それがアタリマエ。
我慢して今までどおりの生活を続けなければ、なんて思わず、年相応な暮らしに変化させていかなければならないのではないだろうか。
40代からそう言い続けて、やり残したことがない毎日を過ごそうとしてきた。
それでも、働かなければ生計を立てられないという実情に、心身を貪られてきた。
今世に未練はないけれど、ゆっくりと今を味わいたい。自然を感じたい。
そのためにも、健康でありたい。
また、矛盾しているかな。
小さなおばあちゃんができるまで、ゆっくりとわたしの葛藤するココロのことばを刻んでいきたい。
