ヒューマンドラマ小説|サンクチュアリが見えたら(6)|見え隠れする過去
【この小説は1頁につき、おおよそ3分で読めます】
マガジンTOP
前ページ
田舎の古民家シェアハウス『サンクチュアリ』。
住人は老若男女6人と猫が一匹。
住人の一人、雨宮茉莉花は40代シングルマザー。小学生の男の子が一人いる。茉莉花は、ある日サンクチュアリへの帰宅途中で男性と揉めていた50代の元モデルの女性、夏見紫をサンクチュアリに誘う。
茉莉花もまた、そうしてサンクチュアリに迎えられた一人だった——
茉莉花をサンクチュアリに誘った野路菊さくらは、過去に不倫経験のある70代女性。その他、神野宗四郎は30代の同性愛者の男性、木南悠はお金のない現役大学生。
仕事、恋愛、家族——
これは、それぞれがそれぞれに、生き方に悩みながらも、少しずつその答えを見つけていく物語。
【この小説は途中から有料になります】
(1)はこちら
見え隠れする過去
「いいんですか? ほら、家のこととか」
そう言った茉莉花に、節目がちに紫が笑う。
「さっき、仕事がフリーランスみたいなものって言ったけど、本当は私、今無職なの。家もなくて、知り合いのところを転々としてて。まあこれには色々と事情があるんだけど」と紫は言った。
「そんなだから、服や私物も必要最低限だけを知り合いの家に置かせてもらってて。後はトランクルームに押し込んであるの。知り合いのところの荷物も、頼めば宅配で送ってくれるだろうし。この島に来たのも、昔の古い知り合いを訪ねたのよ。もしかして、住み込みで働かせてもらえたりしないかと思って。残念ながら、もう引っ越していなかったんだけど」
紫は一息にそう言うと、少し落ち着かないのか、鞄の中の電子タバコに手を伸ばしかけ、「あ、ここは当然禁煙よね」と言って、代わりにコーヒーに手を伸ばした。

その様子は、先ほど船着場で見せた表情に少し似ている。まるで、迷子の子どものよう。
「紫さん、大丈夫ですか?」
「平気、平気。駄目ね。煙草が癖になっちゃってて。つい手に取ろうとしちゃうの。50歳も過ぎて、本当情けないわ」
情けない、という言葉はきっと、今紫が置かれた状況そのものも表現しているのだろう。
それにしても——
「あれ? 何か私今、聞き捨てならないことを聞いた気がしたんですけど」と茉莉花が言う。
「え? 紫さんって40そこそこかと思ってました」
「あ、歳の話?」
思わずふいをつかれたようで、紫が少し笑う。
「そんな若くないわよ。もうとっくに人生折り返してるの。若く見えるとしたら、少しだけ人前に出る仕事してたからかしらね」
「どんな仕事してたんですか?」
「売れない元モデル」
そう言って、紫はまた小さく笑う。
「一応、今も辞めてはないんだけどね。ただオファーがなくて。今じゃすっかりスナックのおばちゃんよ」
「いやいや、今もお綺麗ですよ。スタイルいいなと思ってたんです。どうりで」
「ありがと。お世辞でも嬉しい」
紫がそう言って笑ったときだった。
「ただいま戻りました」と玄関で声がしたかと思うと、綺麗に着物を着こなした老婦人が台所に回ってくる。
「さくらさん、おかえりなさい」と言ったのは茉莉花だ。
「茉莉花ちゃん、ただいま。あら、そちらは例の新しい入居者さん? いらっしゃい」
葉に引き続き、何故かさくらの中でも紫の入居は決定事項らしい。まるで昨日も会ったかのようなさりげない様子で、さくらは紫に声をかけた。張りのある声は、70過ぎとは思えない。
「初めまして。私、夏見紫と言います。今日からお世話になります。宜しくお願いします」
「まあまあ。ご丁寧にありがとう。私は野路菊さくら。みんなにはさくらさんて呼ばれてるわ。こちらこそ宜しくお願いします」
紫の丁寧なお辞儀に、さくらも冷蔵庫に伸ばしていた手を止めて、紫に向き直る。

【1186文字(あらすじ、その他除く本文のみ)】
ここから先は

『サンクチュアリが見えたら』のマガジンです。ほのぼの、ゆるゆる、たまに強く揺れ動く住人たちの心。現在公開部分、全て無料。最終価格未定。
この記事が参加している募集
応援宜しくお願いします∩^ω^∩いただいたチップは、資料購入や取材活動などに使わせていただきます☆★☆
