ヒューマンドラマ小説|サンクチュアリが見えたら(4)|懐かしい香り
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田舎の古民家シェアハウス『サンクチュアリ』。
住人は老若男女6人と猫が一匹。
住人の一人、雨宮茉莉花は40代シングルマザー。小学生の男の子が一人いる。茉莉花は、ある日サンクチュアリへの帰宅途中で男性と揉めていた50代の元モデルの女性、夏見紫をサンクチュアリに誘う。
茉莉花もまた、そうしてサンクチュアリに迎えられた一人だった——
茉莉花をサンクチュアリに誘った野路菊さくらは、過去に不倫経験のある70代女性。その他、神野宗四郎は30代の同性愛者の男性、木南悠はお金のない現役大学生。
仕事、恋愛、家族——
これは、それぞれがそれぞれに、生き方に悩みながらも、少しずつその答えを見つけていく物語。
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懐かしい香り
葉は言って、廊下のローチェストに置いてあった写真立てを紫に見せる。
そこには、葉と茉莉花、志麻さんの他に、男性が2人、高齢の女性が一人写っていた。見るからにチャラそうな茶色のゆるいパーマヘアなのが宗四郎で、もっさりとした黒髪に眼鏡をかけた気の弱そうな男性が悠なのだろう。
みんな、ただ楽しげに笑っている。
「この女の人が——」
名前が出てこず、紫が言い淀んだのに気付いて、葉が「さくらさんのこと?」と言う。
「そうそう。さくらさん」
「さくらさんは魔女で、年齢は内緒なんだって。だけど、お母さんがきっと70歳過ぎぐらいって言ってた。もう死んじゃったけど、お祖母ちゃんと好きな俳優さんが一緒なんだって。さくらさん、さっき隣の家に回覧板を持ってったきり、まだ帰らないの。きっとまたお隣さんとのお喋りに夢中なんだよ」
葉が、何もかも分かった風に言う。
紫は、お隣さんと言うにはあまりにも遠い、通り過ぎてきた民家を、ぼんやりと頭に描いた。
葉の後について、階段を下り、お風呂場と洗面所を見学する。台所で茉莉花が「葉、もうちょっとでコーヒーが入るからね。紫さん連れてきてね」と手元を見たまま言う。
「離れを案内するね」
そう言って葉が案内してくれた離れは、母屋とは少し雰囲気が違った。恐らく建て増ししたのだろう。和と洋がポップなメロディーを奏でていた。ところどころ、ターコイズブルーのアクセントが効いている。

ちらりと覗いて見る家の脇には掃除道具や庭仕事の道具、鉢植えの花が並んでいた。
「ここが僕とお母さんの部屋。隣が紫の部屋だよ」
決定事項のように語られる内容に違和感がないことに、既に紫も気付いていた。まるで、ずっと前からここで暮らしてきたような気さえする。クローゼット代わりの納戸を開ければ、自分のお気に入りの服たちがそこに並んでいる気がした。
窓から、海とは反対方向の山々が見える。空気を吸い込めば、そんな訳はないのに、ミントの香りが鼻を抜けるような気がする。すんと透き通った甘い香り。
「どう? 気に入ったでしょ?」
葉が自信ありげに言う。
黒目がちの瞳に、きらきらと期待の色が見える。
「うん。気に入った。葉、ありがとうね」
なんとなくそうするのが自然なように思え、紫は葉の頭をわしゃわしゃと撫でた。葉が嬉しそうに、目をギュッとつぶる。
「ようー。紫さーん。コーヒー入ったよー」
「はーい、お母さん! 今行くねー!」
母屋の1階から茉莉花が声をかけたのに、葉は元気よく返事を返した。
台所に戻ると、葉が「紫、こっち」と紫に居間を案内する。
台所も居間も、お日様を閉じ込めたような香ばしいコーヒーの香りに包まれていた。障子に透ける日の光が部屋を満たし、時間さえ忘れたように空気がゆったりと流れる。茉莉花が、光をたずさえて立っている。
「紫さん、どうぞ。ここ座って下さい」と茉莉花が言う。クリームの乗った美味しそうなケーキが、コーヒーの隣に並んでいた。

【1229文字(あらすじ、その他除く本文のみ)】
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