ヒューマンドラマ×グルメ小説|タバスコが辛くなくて困る(10)|昔ながらの中華そば
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【あらすじ】
ライターの東海林町子は40歳独身女。花より団子の食道楽。
大学からの友人、芙由美とまどかと3人で、独身を脱却するぞと宣誓するが、実は一人がまあまあ楽しかったりする。
立ち飲み屋で楽しむビールと焼き茄子、激安スーパーで買った鶏ハツでスパークリングワイン——
最高過ぎて、結局今日も一人飲み——?
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昔ながらの中華そば
「お疲れ様でした」
そう言って、町子と今回の取材旅行のカメラマンは生ビールの中ジョッキをカチンとぶつけた。汗をかいた中ジョッキの中で、なみなみに注がれたビールの泡が弾け揺れる。町子とカメラマンは、同じタイミングでその魅惑的な黄金色の液体に「おっとっと」と口をつけた。
暑さと道中の人混みで疲れた身体に、冷たさと苦味がほろりと沁みる。
「いや〜、思ったよりハードでしたね」とカメラマンが言う。
カメラマンは男性で、町子より2歳年上だと言っていた。今回たまたまご当地グルメ記事の取材だということで、依頼先の企業から派遣されてきた人。歳が近いこともあってか、2泊3日の取材旅行で、すっかり馴染んでしまっている。
こうして町子の住むマンションがある最寄駅まで送ってもらい、そのお礼にと町子行きつけの中華そば店で2人カウンターに並んでいるのも、いつもそうであるかのように至って自然だ。
「本当ですね。何せ暑かったし、予定外に漁船にも乗せてもらっちゃったし」と町子は言った。
カウンターの中で、中華そば店の店主が麺を湯切りする。スープの寸胴鍋から湯気が上がるのを見ながら、町子はまたビールを喉に流し込んだ。わざと空調を弱くしてあるのか、それとも熱気で十分空調が効かないのか、じわりと額に滲む汗も、ビールが進む言い訳に丁度いい。
「写真が出来上がったらメールします。一応、東海林さんも確認してください。イメージと違うとか言ってくれたら、ある物でにはなりますけど、差し替えも検討しますので」とカメラマンは言った。
2泊3日の間に分かったことではあるが、本当に仕事相手として信頼できる人だと思う。以前、一緒に仕事したカメラマンは、仕事は早いが少し自分のこだわりが強いというか、結果あまり納得のいく記事にはならなかった。普段、自分の専門外には口を出さない町子が、どうしても辛抱たまらず口にした意見を、「差し替えに向く写真がない」ということで一蹴されたのを、少々残念な思いと共に記憶してしまっている。
「ありがとうございます」
町子は言って、常連のみに小皿でこっそり出される柿ピーのピーナッツを口に放り込んだ。
今回、グルメ記事の取材旅行だったこともあり、3食プラス間食も、しっかり小洒落たものばかりで、こうしていつもの店で食べるジャンクな味が、四十路女の身に染みる。
この後の自宅までの道中、コンビニで追加のおつまみとスナック菓子でも買って帰ろうかと思っていたときだった。
「お待たせ」とカウンター越しに、馴染み深い姿形の中華そばが姿を現す。
クリアではあるが茶色が濃いめのスープ。器から上る湯気には香ばしい醤油の香りと、昆布や椎茸をベースにした出汁の香りが混ざり合い、そこに浸かる黄金色の中太麺と、具材はメンマと多めのチャーシュー、刻みネギのみと、ごくシンプルな盛り付けだ。トロトロに煮込まれた背脂が極上のスープの上でキラキラと光り、ただ地味でシンプルと言うばかりでもないことを教えている。しょっちゅう食べてはいるが飽きがこず、定期的に食べたくなる味。
恐らく1ヶ月ぶりにはならないその姿を、町子は「これこれ」と思いながら自分のほうに引き寄せた。
「おっちゃん、ありがと。いただきます」とカウンターの割り箸を取りつつ、手を合わせる。ツルツルモチモチの麺を啜ると、何重にも重なる旨味がこれでもかと唾液線を刺激し、醤油と甘い脂の香りが鼻から抜けた。
「いただきます」と言いながら町子の後に続くカメラマンも、すぐに箸と咀嚼が止まらなくなったのか、2人は中華そばを食べ終わるまで、ほとんど会話も交わさないまま、ただ黙々とその味を噛み締めた。
——やっぱり、旅の最後はこうじゃないと。
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