深紅の約束 第1話
あらすじ
高校に通う鳴海は本当の自分を表に出すことが出来ずにいた。小さな些細な事ではあるが、自分の大好きな飲み物を言うことができなかった。そんな鳴海は高校で一匹狼である加藤さんとひょんな事から仲良くなって、お互いの「大好きな物」を高校卒業まで交換することになった。そんな「大好きな物」を交換した二人の行方はいかに・・・!
部活が終わった帰り道、友達と別れた後が僕にとって大切な時間だ。そのまますぐには家に帰らずに、街はずれの方にある公園へ向かう。その公園の入り口にある自動販売機には僕が大好きな飲み物が売られている。
学校では好きな飲み物は三ツ矢サイダーと言っているが本当に一番好きな飲み物は愛のスコール。あの独特な乳酸菌炭酸飲料がとっても好きだけれども、そんなに有名という訳でもないし、スコールが好きという人に出会ったことがないので隠している。
コンビニやスーパーには夏になるとスコールが置いてあるけれども、それは一過性のものであってすぐに無くなってしまう。
でも僕が今向かっている公園の自動販売機は一年を通してずっとスコールが置いてある。だから僕は帰りに必ずこの公園に寄ってベンチに座りながらスコールを飲むことにしている。
「あー今日も部活大変だったなあ」
公園でスコールを飲みながら一日の出来事を振り返るのが日課になっている。
今日は部活の練習がとても大変だった。僕が所属している陸上競技部はそんなに強豪という訳ではないが、新人戦が近くなってきたこともあり顧問の先生の熱量が日に日に増している。新人戦の前にテスト期間を挟んでしまうため、今のうちに厳しい練習をさせておこうって考えなんだと思う。 今日はいきなり部員全員に対して『1500m走×5本』なんて言い出したものだから、それはもう必死だった。
嫌がる生徒もいない訳じゃないけど、みんな何だかんだ言って新人戦で勝ちたいという気持ちがあるからこそ、最後までみんな走り切った。かくいう僕も嫌だなあと思いながらも最後まで走り切った。
そもそも、僕は長距離を専門にしている選手なので走り切れないと大会にすら出られない可能性があるので手を抜けないし、途中でギブアップなんてすることができない。
「そうは言ってもなぁ部活の時間だけで1500m走を5本もやるのは流石にしんどかったなあ」
僕はスコールを飲みながら独り言ちる。そして今日の帰り道の出来事を思い出した。
☆
部活が終わった後は学内の自動販売機で飲み物を買って少し喋ったりしてから帰るのがお馴染みになっている。
この日も僕は同じ長距離の田中と一緒に自販機に行って飲み物を買った。もちろん僕が買うのは三ツ矢サイダーだ。
本当は部活が終わったらすぐにでも愛のスコールを飲みたいと思う。けれども他の人とは違う、王道ではない物を好きと堂々と言えるほど僕のメンタルは強くない。
「三橋って本当に三ツ矢サイダーが好きだよなぁ!いつも飲んでいるじゃん!」
田中が自販機に小銭を入れてコーラのボタンを押しながら僕に言ってくる。田中はいつもコーラを飲んでいる。本当に意識が高い部活であれば炭酸飲料を飲むことすら禁止されると聞いたことがあるけれども、僕らの部活ではそんなことは一切なかった。
「そういう田中こそ、コーラが大好きじゃん。ほぼ毎日飲んでね?」
「そうだなー!コーラこそジュースの中でトップに美味しい飲み物だろ!まあ三ツ矢サイダーも良い線行っていると思うけどな」
少し上から目線で僕に言ってくる。こういう時、素直に『実は三ツ矢サイダーじゃなくて愛のスコールが好きだ』って言えたらどれだけ楽になるだろう。でも僕はみんなと違うことが怖くて言えない。
「ちなみにさ、コーラ以外だと何が好きなの?」
好奇心とちょっぴりの期待感を込めて聞いてみることにした。
「んーそうだなあ、リアルゴールドとかライフガードとかマッチとかかなあ」
「ほとんどが黄色い炭酸飲料じゃん」
「黄色い炭酸飲料って美味しいんだよな。ほら、小さい頃って親からそんなに飲んじゃダメとか言われなかった?」
田中からの質問を聞いて少し考える。言われてみるとオロナミンCやデカビタは沢山飲んではいけないと言われた記憶があった。
「確かに。僕の場合はオロナミンCとかだけど、沢山飲んじゃダメって言われたな。コーラとかの方が飲んでいても何も言われなかったよ」
「だろー!たぶんその反動があると思うんだよな。一番好きなのは小さいころから身近にあったコーラだけどさ、リアルゴールドとかマッチなんかは見かけるとついつい飲んじゃうんだよな」
「うん、田中の気持ちが良く分かったよ。確かに僕もリアルゴールドとか見かけるとついつい買っちゃうし」
僕は嘘をついた。別にリアルゴールドやマッチを見つけても買わないし心が動かされたりすることもない。
でもここは田中の話に共感をしているように見せないといけない場面。僕の本心なんかはどうでも良くて、ここで共感をしないといつの間にか仲間内から外されてしまう。
「おー!三ツ矢サイダーが好きな三橋も分かるか!やっぱり男はみんなそうだよな!」
田中は満面の笑みで僕の首に腕を回してくる。それと同時にホッとした。僕の共感をしたという回答は間違っていなかったみたいだ。これでまた友達として田中と距離を縮めることができた。
☆
田中と自販機の前でしゃべり続けていると1人の女子が自動販売機に近づいてきた。リボンの色が緑色なので同学年であることが確認できた。次いで、顔をちらっと見たたら同じクラスの加藤さんだった。
加藤さんは無言で僕たちの前を通り過ぎて自動販売機の前に立つ。何を買うのかなとちょっとした好奇心で見ていると、躊躇うことなく深紅の缶のボタンを押した。間違いないあれはドクターペッパーだ。そして、加藤さんはドクターペッパーを片手に颯爽と昇降口に向かっていった。
「なあ、今のって同じクラスの加藤さんだよな?」
田中が確かめるように僕に聞いてくる。
「うん、全く話したことないけど加藤さんだったと思うよ」
「加藤さん、ドクターペッパー買っていたよな?」
「・・・そうだね、あの赤色の缶はドクターペッパーだね」
この学校の自動販売機は基本的に王道なドリンクが揃えられている。コーラ、三ツ矢サイダー、マッチ、アクエリアス、水、お茶、紅茶、コーヒー等々。もちろんスコールも置いてある。その中で異色なのがドクターペッパーだった。
ドクターペッパーは赤色の目立つ缶で一目見た感じだとコーラの亜種のように見える。それに騙されて買ってしまい、まずいと声を上げる人がうちの学校には多い。
実際、僕たちの周りではドクターペッパーを好んで飲んでいる人は誰一人いないし、飲んでいる人は十中八九何かの罰ゲームだった。そんなドクターペッパーを加藤さんは迷うことなく、躊躇う事なく買っていった。
「あんな、くっそまずい飲み物を好んで飲んでいる人いるのかよ」
苦虫を潰したような顔をしながら田中が言った。田中が罰ゲームでドクターペッパーを飲んでいる所を僕は見た事があった。あの時と同じ顔をしている。きっと罰ゲームで飲んだ時の味を思い出してしまったんだろう。
「確かにね。僕も初めて見たかも。でもさ、もしかしたら罰ゲームで買ったのかもしれないよ?」
「いや、それはないな。三橋よ、お前加藤さんが他の女子と一緒にいるところ見た事あるか?」
「そう言われると・・・記憶にはないなあ」
僕は田中に返事をしながら加藤さんの事を思い出してみた。綺麗な黒髪は肩まで届くか届かないかくらいの長さに整えられている。目が大きく、少し切れ長で化粧っ気が全くない。スカートも膝丈にしている。
そして一番の特徴としては、友達がいないのではと思ってしまうくらい常に1人で行動していることだ。休み時間はもちろんのこと、移動教室や体育の授業ですら彼女が誰かと仲良く話している所を見た事がない。もちろん、連絡的な話しはしているけども所謂友達との雑談という物はほぼしていないんじゃないだろうか。
「そういえば、俺同じくクラスなのに加藤さんとは一度も話したことないんだよな。連絡事項を伝えるみたいなのもないや」
田中が少しぼやいた。別に彼女に好意がある、という訳ではなさそうだ。田中は『みんな楽しく仲良く』がモットーなのでクラスであまり話していない人がいるのが悔しいんだと思う。
「僕も加藤さんとは話したことないあぁ。なんかちょっと話しかけにくい雰囲気あるよね」
「そうなんだよなー。なんて言ったらいいのか分からないんだけどさ、ちょっと変わっているよな加藤さんって」
「変わっているって?」
「ほら、女子ってみんな高校入ったらすぐに化粧をし始めたじゃんか。んで、スカートも膝上にしているじゃん。正直ちょっとドキっとしちゃうんだけどさ」
「あーなるほどね。でも加藤さんはそれに当てはまらないと?」
「そうそう。いやなんかさ、そういうのをしない女子って一定数いるけどどうにも加藤さんってその女子たちとも一線を引いているよな」
「うん、なんか加藤さんって他の人にはない雰囲気というか、一匹狼って感じがするよね」
僕は返答しながらまた加藤さんの事を思い出してみた。っといってもさっき思い出したこと以上には何も思い出すことができなかった。同じクラスになって半年近く経つのに、クラスメイトの事がここまで分からないことにちょっと自分でも驚いた。
「まあ女子の事は分からん!うっし飲み終わったし帰ろうぜ!」
僕も三ツ矢サイダーを飲み終えていたので田中に続いた。自販機横のゴミ箱に缶を捨てると同時に加藤さんの事も忘れようとしたがどうしても忘れられなかった。あれだけ、堂々と自分の好きな物を買える加藤さんの姿が頭から離れなかった。
☆
改めて今日の事を思い出して、やっぱり加藤さんは格好いいなと思った。僕もあんな風に堂々とスコールを買って飲みたいって思った。まあ、そんな風に思ったところで僕にはそんな自信はないんだけれども。
「うっし、飲み終わったし帰ろうかな」
立ち上がって公園の出入り口に向かうと、見覚えのある姿が自動販売機の前にあった。さっき学校でも見たから見間違いなんてない。加藤さんだ。
「・・・加藤さん?」
空き缶のゴミ箱の近くに行って思い切って声をかけてみた。加藤さんは少し首をかしげて僕の方を見た。
「三橋・・・くんだっけ?」
「うん、同じクラスの三橋だよ」
加藤さんに名前をはっきりと覚えてもらえていなかったことに少しだけショックを受けた。
「どうしてこんな街はずれの公園に三橋くんはいるの?」
先制をされてしまった。まずは僕が先聞こうと思っていたのに、名前の件で少しショックを受けている間に聞かれてしまった。
「いやーあのその・・・」
上手く濁そうにも無理そうなので、逆に加藤さんに聞いてみることにした。
「むしろさ、加藤さんこそどうしてここに?」
「ドクターペッパーが売っている場所って学校以外だとこの公園の自動販売機しかないから。さっきも飲んだけど、帰り道も飲みたくなったの」
僕の目を見て、加藤さんははっきりと告げた。ドクターペッパーが飲みたかったと。僕には到底そんなことはできない。常に周りの目を気にして、人と違うことが怖くて、嫌われることが怖い。『普通』から外れるのがとても怖い。そんな僕は絞り出すように声を出した。
「ドクターペッパーが好きなの?」
僕の質問に対して、「こいつは一体何を聞いてきているんだ」という顔をしながらも加藤さんは答えてくれた。
「うん。私は飲み物の中で一番ドクターペッパーが好き」
「その・・・さ。ドクターペッパーが好きって中々珍しいよね、しかも女子でって」
「それがどうかした?好きなものに性別なんて関係ないと思うけど。好きなものを好きって言えないのって私は良く分からないんだよね」
加藤さんは自動販売機からドクターペッパーを取り出し、プルタブを引き上げた。プシュっという音と共にドクターペッパー独特の香りがした。凄く嬉しそうに飲み始めた。
「周りの人とか気にならないの?」
「ん・・・。周りの人ってどういうこと?」
缶から口を離して、きょとんとした顔で僕に聞き返してきた。その時初めて加藤さんの顔を真正面から見た。化粧っ気が全くないけれどもぱっちりとした二重でまつ毛が長い。眉も綺麗に整えられていて、どこかの絵のように感じた。しばらく見惚れてしまい、慌てて答えた。
「いやえっとさ、周りの友達とか。あんまり他の人と違ったりするとさなんか視線とかそう言うの気にならない?」
「ああ、そういうこと。三橋くんってそんなこと気にするタイプなんだ」
少しだけ微笑んだ加藤さんは別に僕をバカにしているわけでも憐れんでいるわけでもなさそうだった。それでも、僕はむっとして反論をしてしまった。
「そんなことって。高校生活を送っていくうえで周りの事を気にするのって変なことじゃないと思うけど」
「もちろん変じゃないよ。ただ、気にするポイントがおかしいと思って」
「どういうこと?」
「自分の好きなものを好きって言ってそれで周りが離れていくならその人達とはどう頑張ってもきっと長続きしないよ。性格的な相性ってものが悪いんだと思う。あ、これはお姉ちゃんの受け売りなんだけどね」
真面目に僕の反論に答えてくれた。言っていることは良く分かったけど、それでも僕は納得をすることができなかった。
「でもさ、その」
僕が反論をしようとしたところで加藤さんが遮ってきた。
「あ、ごめんね。そろそろ私帰らないと。この後スーパーに行って買い物しないといけないから。じゃあね」
そう言うと、僕が言いかけた事を気にも留めずにドクターペッパーを飲みながら公園から離れていった。僕は少し呆然とした後に「やっぱり変わっているなぁ」と呟いた。
☆
その日以降、僕は学校内で加藤さんを目で追いかけることが増えた。あれだけ公園で話したのに学校内では一切話をしない。僕から話しかけることもないし、加藤さんから話かけられることもない。
でもそれは学校内の事だけだった。お互いあの公園の自動販売機の飲み物に用があるので、公園で会うことが多々ありぽつぽつと話をするようになった。でも僕がまだスコールが好きなことは話していない。加藤さんが帰った後にこっそりスコールを飲んでいた。だからだろうか、ついに今日公園で加藤さんに聞かれたしまった。
「最初にここで三橋くんと会った時に聞いたけど、三橋くんはこの公園に何をしに来ているの?」
「・・・ん」
僕が返事を濁していると追撃の質問が飛んでくる。
「周りの事が気になりすぎてこの公園で何かこっそりやっているんでしょ?」
ここまで言われてしまうともう隠し通せないと思った。それに加藤さんに話しても、学校で一匹狼の加藤さんが周りに吹聴するとは思えないし。仮に友達が大勢いたとしても吹聴するようなタイプの人ではないことを話していて分かっていた。だから、思い切って話してみることにした。
「加藤さんと同じ理由だよ」
「え?ドクターペッパー飲みに来ているってこと?」
少しズレていて何となく笑ってしまった。
「違うよ。僕はこの公園に愛のスコールを飲みに来ているんだよ。他の場所だと誰かに見られるかもしれないけど、この公園は街はずれでほとんど人が来ないし。だから安心してスコールが飲めるんだ」
話した後下を向いてしまったので、加藤さんがどういう顔をしているのか分からない。少し緊張して顔を上げると加藤さんは凄く笑っていた。
「何それ。そんな可愛い理由でここに来ていたんだ」
「そんな理由って!!!」
「だって、私が大好きなドクターペッパーと比べればスコールが好きなんて可愛いでしょ。カルピスソーダの遠い親戚みたいなものなんだからさ」
「そういわれるとそうだけど」
「じゃあ学校でいつも三ツ矢サイダーを飲んでいるのは、スコールが好きっていうのがばれたくないから?」
「うん」
核心をついてくる言葉に思わず頷いてしまった。顔が一気に熱くなる感覚がある。でも仕方ないんだ。僕は周りと違うことが怖い。三ツ矢サイダーなら周りと大きく違わない王道の飲み物なんだ。そんなことを考えながら加藤さんの方を見ると、やはり笑っていた。
「三橋くんそこまで考えているとさ、生きにくくない?」
「え?」
素っ頓狂な声を出してしまった。一体どういうことだろう。
「これもさ、お姉ちゃんの受け売りなんだけど。高校って小さい社会の縮図で高校生の時ってその世界が全てって思っちゃうんだって。でも、世界はもっと広いし高校の時の事を後々まで気にしている暇なんてないんだって」
「・・・うん」
「だから、私は深く考えすぎるのを止めようって思ったの。好きなものは好き。それで私と仲良くしてくれる人がもし高校に居れば仲良くなれる。でもそうじゃないんだったら、高校はそれで仕方ない。まだ大学生になればきっと出会えるかなって。」
「そうなんだ」
「私はお姉ちゃんがそういう風に教えてくれたからドクターペッパーが好きっていうことを隠してないけど中学の時は隠していたからね」
「え!?」
思わず大きな声が出てしまった。
「今の三橋くんみたいな感じだったよ。中学生の時の私の好きな飲み物はミルクティーってことにしていた。あ、もちろんミルクティーも嫌いじゃないよ?でも一番好きってわけじゃない」
「そうだったんだ」
「だからさ、三橋くんの気持ちが分かるよ。でも愛のスコールは全然マイナーじゃないし、味も王道の味だから人に言っても大丈夫だと思うけどな」
真面目に僕の事を心配して言ってくれていることに少し驚きながらも、その通りだなと思った。結局のところ僕が色々と余計に気にしすぎていたのかもしれない。でも、今更スコールが好きとは言えない。それは恥ずかしさが勝る。
「でも、今更スコールが好きとはちょっと言えないかも。加藤さんの言う通り味で言えば王道に近いからこそなんで今更言うんだよってなりそうで恥ずかしいかも」
「何それ。またそんなこと気にしちゃって」
またしても笑いながら加藤さんは僕を小突いた。公園で話すようになってから分かったけど学校とは異なり本来の加藤さんはよく笑うし、よく喋る。さっき言っていた通り高校では『合う』人がいなかったのだろう。
「仕方ないよ。加藤さんは中学から高校に進学っていうきっかけがあったかもしれないけど、今の僕にはそういうものがないから」
僕は少し俯きながら答えた。
「うーん確かにそうかも。まあ、私も考えておいてあげるよ。どうするのが良いか。お姉ちゃんにも聞いてみるし」
そう言うと加藤さんは立ち上がった。
「じゃあ今日もまたスーパー行かないといけないからまたね!」
笑顔でそう言って帰って行った。
☆
テストが近くなってきて、部活が休みになった。部活が休みになると早く帰ることになるためあの公園にスコールを飲みに行くこともなくなった。家なら飲んでいても誰にも何も言われないから。
特に約束をしているわけでもないし、連絡先を知っているわけでもないけど何となく加藤さんの事が気がかりだった。もしかしたら僕の事を待っていてくれたりするんじゃないかって。
でも公園に行く気持ちにはならず、かといって勉強をする気持ちにもならずただベッドに横たわって時間を過ごした。
しばらく何もせずベッドで横になっているとスマートフォンから通知音が聞こえた。画面には『メッセージあり』としか表示されていない。
「んー誰だろう」
パスコードを入れてアプリを立ち上げた。
『三橋くん、テスト期間中だけど公園には来ないの?』
公園というフレーズから加藤さんだと分かった。なんで加藤さんが僕の連絡先を知っているのだろうと思うと当時に指が勝手に動いた。
『なんで僕の連絡先知っているの』
『そんなの聞いたからに決まっているじゃん』
『誰から』
『さっき、田中くんから』
『え!?』
なんでよりにもよって田中から聞いたのだろう。そう思ったら田中からも連絡が来ていた。
『三橋勉強しているかー?今日加藤さんから三橋の連絡先聞かれたから教えておいたぞ。なんか急ぎって言っていたけどなんかあったんか?』
からかわれると思っていたけど加藤さんが上手くやってくれたみたいだ。とりあえず田中への返信は保留にして加藤さんに返事をしないと。
『今も公園にいるの?』
『うん。寒空の下、ドクペ飲んでいる』
『わかった。今から僕も公園に行くからちょっと待っていて』
『なるべく早くね。今日も私買い物行かないといけないから』
加藤さんの返事を流し読みして、急いでコートを着て家を出た。
☆
公園に着くと加藤さんは僕の分のスコールを買って待っていた。
「ごめんありがとう」
言いながらお金を渡した。
「いいえ。ま、テスト期間だから来てないとは思っていたけど、やっぱり早めに伝えておきたくって」
「この間のこと?」
「そう。私なりに色々と考えてみたの」
加藤さんは少し自信なさそうだった。いつも堂々としているその姿からはちょっと信じられなかったけど。
「笑わないで聞いて欲しいんだけどね」
「うん」
「私の大好きな物と三橋くんの大好きな物を交換しない?」
「はい!?」
笑うどころかぽかんとしてしまった。
「えっとね。今更スコールが好きって言うのはちょっとインパクトに欠けるって言っていたでしょ。だったら実はドクターペッパーが好きだったってことにすればいいかなって」
「いやそれは分かったけど、なんで交換?」
確かにドクターペッパーが好きだったということはスコールよりは言いやすいかもしれない。王道ではないから。でもなんで交換なんだろうか。
「えっと、その・・・」
珍しく加藤さんが言い淀んでいた。しかしそれも束の間の事で意を決したように話し始めた。
「高校に入って、ああ私と近い感覚の人っていないなって1年の時に思って諦めていたの。前三橋くんに話したように、高校ではもう無理だなって。2年になって、この公園で三橋くんと話すようになって、三橋くんは私とちょっと感覚が近いなって勝手に親近感がわいたの。ほら愛のスコールは王道寄りとは言え、好きな人多くないでしょ?そういうのが好きな人っていうのがまさか高校にいるなんて思ってもなくて」
「うん」
「それに、三橋くん私の話をちゃんと聞いてくれたから。一応学校でも努力してみたんだけどどうにも他の女子たちとは波長が全く合わなくて。実は1年の時色々な人に話かけていたんだよ?でも、誰とも仲良くなれなくて。だから一匹狼を装っていたけど、実は結構寂しがり屋というか、やっぱり人とお話するのが凄く好きで」
「うん、それはここで話すようになってよくわかったよ」
「それで、その、チョロいみたいに思われたくないけど、三橋くんの事気になってしまって。話しているうちに楽しくなってきて。でも付き合うとかそういうのは良く分からなくて、でももう少し近くなりたくて、だから大切な物を交換したいって・・・」
途中から完全に顔が真っ赤になってどんどん声が小さくなっていった。まさか加藤さんにそんな風に思われているなんて思いもしなかった。これじゃあ本当にただのチョロい女子だぞと思った。
でも、僕も加藤さんと話している時は実は凄く楽しかった。もちろん他のクラスメイトや部活の友達と話しているときも楽しいけれども、その楽しさとはまた質が違った。加藤さんが言った通り同じような感覚だからこその楽しさだったのかもしれない。
「まあ、その僕も正直付き合うとかそういうのは良く分かんないけど、加藤さんと話しているのはなんかすごく楽しいよ」
「本当?」
真意を確かめるように聞いてくる。真剣に話しているのに顔を見てしまい『やっぱりまつ毛が長いな』なんてことを思っていた。
「うん。っと話がだいぶそれたけど交換をするってことは、僕がドクターペッパーが好きってことになって、加藤さんがスコールを好きってことになるのかな」
「うん。でも一時的な交換だからね」
「どういうこと?」
「私が本当に一番好きなのはドクターペッパーで、三橋くんが本当に一番好きなのは愛のスコールでしょ。でも、高校にいる間はそれを逆にするの。高校を卒業したら、大学では新しい場所になるから三橋くんも最初から堂々と愛のスコールが好きって言えるでしょ?だから残りの高校生活の間だけ。期間限定の大事なものの交換」
加藤さんの言っていることは良く分かった。でも、ちょっとこんな面倒なことをする必要もない気がしてきた。僕が素直に『愛のスコールが好き』って言えばいいだけの話だし。
「いやそこまで加藤さんにしてもらうのは申し訳ないからやっぱりスコールが好きって言うよ」
僕が言うと加藤さんは少し慌てた。
「え、でもほらせっかく私が考えてきたのに」
そう言われてしまうと僕も反論ができない。僕の場合うじうじ考えてしまうし、ちょっと面白そうな気もするからここはひとつ加藤さんの案に乗っかろうと思った。
「わかった。じゃあ交換しよう」
僕が言うと加藤さんは笑顔になった。
「うん!じゃあさ、卒業式終わった後にこの公園に来てね。あと1年あるけど絶対に忘れないでね。たぶん学校では今まで通りに過ごすと思うから」
「わかったよ」
「あ、あと三橋くんの名前を教えてもらってもいい?一応ラインにフルネームで登録しておこうと思って」
「ああ鳴海だよ。鳴る海で鳴海」
僕が名前を言うと加藤さんはスマートフォンを操作して僕の名前を入力した。
「ちなみに加藤さんの名前は?」
「私は有子だよ。有る子で有子」
僕もスマートフォンを取り出して加藤有子と入力した。
「じゃあはい、これ私の一番大好きな物だからあと1年大切にしてね。卒業式のあと絶対だからね」
僕は加藤さんからドクターペッパーを受け取った。そして愛のスコールを加藤さんに渡した。
「これで解決だね!卒業式後までは私この公園には来ないから。じゃあ三橋・・・鳴海くんまたね!」
加藤さんは颯爽と去っていた。僕は加藤さんに渡された飲みかけのドクターペッパーを一気飲みした。久しぶりに飲むドクターペッパーは独特の風味だけでなく少し甘酸っぱく意外に美味しかった。
