見出し画像

短編106「ラスト・ワード」 バー・ローズデヴァン#9

あらすじ
人生に迷う人のもとに現れる、謎のバー『BAR Rose des vents(バー・ローズデヴァン)』。人気ユニットのYUとKAZは、夜の繁華街で迷い込んで……。

 夜の街は、彼らの創造したメロディを胎動のように響かせていた。
 街中のデジタルサイネージから、店頭に展示されたテレビから。
 それは彼らがいかに人々の生活に溶け込んでいるかを、表していた。

 YUゆうは真っ赤な顔で、足元がおぼつかないほどべろべろに酔って夜の繁華街をふらついていた。黒いレザーパンツに真っ赤な襟付きシャツに身を包んでおり、シャツの赤と赤い顔が同化し始めている。
 彼はもはや自分の意志で歩いているのではなく、彼の右腕を掴む力に引きずられているように見えた。
 彼の腕を掴むのは、盟友・KAZかず。シルエットのゆったりしたアーミーパンツにだぶだぶのパーカー。彼の顔は焦燥に歪み、YUの腕を強く掴んで離さなかった。

 二人は人気音楽ユニット『ディスコード・ハーツ』のメンバーで、YUが作詞作曲を、KAZが歌唱とプロデュースを務めている。彼らの楽曲はキャッチーなメロディの奔流の中に、デジタルノイズや不協和音を意図的に混ぜ込むことで現代人の抱える葛藤や不安を表現しており、若者を中心に熱狂的な支持を得ていた。
 楽曲のストリーミング再生回数は合計一億回を突破し、SNSのフォロワー数は五百万人。彼らの人気は頂点にあった。

「離せよ、KAZ! 俺はもう終わりなんだよ。俺のメロディじゃお前の声と釣り合わない! お前は俺なしでも、もっとデカくなれんだよ!」
「なに言ってんだこの酔っぱらい! お前の不安なんて俺の歌で上書きしてやる。だからさっさと次の曲を書け!」
 そんなKAZの励ましに、YUは不安そうに眉をひそめる。期待されているという言葉は、いまの彼には単なるプレッシャーにしか聞こえない。
「無理なんだよ! 俺の才能はもう、使い果たした。お前の足手まといにしかなってねえんだ!」
「あーもう! お前いつからそんな根暗な奴になったんだよ!」
 
 夜の繁華街で激しく罵り合いながら、二人は当てもなく歩く。ここ最近は、いつもこんな調子だった。

「ん……? なんだ、あのキラキラは」
 YUは酩酊しているにも関わらず、不意に足を止めて建物に視線を向ける。
 そこには、駆け出しの頃に何度かライブを行ったライブハウスだ。
「おかしいな。入口が増えてるぞ?」
 KAZも違和感に気づいた。ライブハウスの入口のドアの隣に、黒く重い扉がある。その上には毒々しいピンク色のネオン管で『BAR Rose des vents(バー・ローズデヴァン)』と、存在を主張するように書かれていた。

「なんだあ? ライブハウス以外でも儲けようとしてんのかあ?」
「落ち着けYU。それならそれで、オーナーに挨拶して行こうぜ。入ろう」
 KAZはYUの腕を引くと、勢いよく扉を押し開けた。暗い通路がまっすぐに続いているが、十メートルほど歩いても店内への入口は現れない。
「この建物、こんなにデカかったか……?」
 KAZが心中の不安を素直に口にした。YUは眠いのか、それには反応せずただ引きずられて歩いている。

 三十メートルほど歩いただろうか。小さな木製の扉が見えてきた。開くと、ぎぃ、と軋んだ音を立てて、からんからんとドアベルの軽い音が鳴った。扉の中からは、古びた木材と僅かなアルコールの香りが、外の喧騒と光を遮断して、二人を包みこんだ。
 店内は薄暗く、木の素材を活かした王道のバーに見えたが、壁には不規則に点滅する小さなモニターが散りばめられており、古典とデジタルの不協和音を奏でている。
 カウンター席が6席と、スタンディングテーブルが2つ。カウンターの奥に誰か座っているようだったが、照明が暗く単なる黒い影に見えた。

「いらっしゃい�せ。お客様も、迷われたの�すね」
 カウンターの中からかかる声に、二人はぎょっとした。
 かろうじてバーテンダーの姿だと分かるが、彼の身体は巨大なノイズで包まれていたからだ。
 彼は薄緑色の髪をアップバングにまとめ、驚くほど整った容姿を持っている。しかし常にノイズに飲まれて輪郭は揺らいでおり、時折顔のパーツがピクセル単位で崩れる。その実体があるのかないのか分からない姿は、不気味な未来を象徴していた。

「な、なんだあれ……やべえよ、帰ろうぜ」
「落ち着けYU。オーナーに挨拶してからだ」
 KAZはYUを支えてカウンター席に座らせると、その隣に座った。
「初めてのご来店�すね? 私はバーテンダー�スィエル。まずは当店のルール�説明いたします」
 ノイズ混じりの声は、いやでも恐怖感を煽っていく。二人は押し黙ったままで話を聞き続けた。
「ひとつ、未来が見�たら追い出します。ふたつ、座り込まないでくだ�い。みっつ、誰かの詮索�しないでください」
 それにKAZはただ頷いた。YUはテーブルに頭を乗せて眠そうにしている。

「そ�では、なにを飲まれま�か?」
「そうだな……こんなグダグダした弱い心にとどめの一杯だ。『ラスト・ワード』をくれ」
「承知し�した」
 スィエルはシェイカーを掴むと、その中にジガーカップで測りながら、ジンとシャルトリューズ、マラスキーノを注ぎ、最後にライムジュースを注いだ。シェイカーの蓋を閉めると、右手の親指をトップに乗せて、左手で包み込むと軽快なシェイクを始めた。
「見事なもんだな」
 KAZがそれを見て思わず呟く。無駄のないシェイクは、エンターテインメントとしての美しさを放っていた。

「お待たせ�たしました」
 スィエルは2人の前にコースターをそれぞれ置くと、緑がかった黄色い液体の注がれた、カクテルグラスを置いた。
 二人はグラスを持って、一口飲む。
「うめえ。これうめえ!」
「なんというバランスだ……ハーブの香り、ライムの酸味、マラスキーノの甘み……全てが完璧なバランスだ」
 舐めるように飲むYUと、思わず称賛するKAZに、スィエルは静かに頭を下げた。それから名刺を取り出して、二人に渡す。

「そういえば、あんた。さっき『迷われた』って言ってたな? なんでそう思ったんだ?」
「それは、私よりあなた�ち御本人が、よく分かっておられるのではないで�ょうか」
 その言葉にKAZは視線を落として、静かに息を吐いた。
「――俺は、YUの才能に嫉妬しているんだ。こいつのメロディがあるから、俺の歌はオーディエンスの心に響く。こいつと離れたら、俺は終わる」
「それは俺に依存しすぎだろ! お前は俺がいなくても、その声でやっていける。俺とは違うんだ!」
 それにKAZは困ったような、悲しいような、なんとも言えない表情でスィエルを見る。それから両手を広げて、お手上げを表現しながら頭を左右に振った。

「――俺は、相方�死んだよ」
 不意に、奥に座っていた影が、口を開いた。誰かに話すわけではなく、カウンターの奥を見つめたままの独り言。そんな風に聞こえた。声にはノイズが乗って、一部の言葉は聞こえない。
「才能�永遠に背負う呪い。そ�に比べたら、お前たちなんて……」
 そこまで呟いてから、影はまた静かになった。その言葉が聞こえた二人は、思わず顔を見合わせてしまう。
「おいお前! ケンカ売って……もがもが!」
 脊椎反射で立ち上がるYUを、KAZが押さえつけて座らせた。
「最初に説明されただろ、『誰かの詮索はしない』って。いいから落ち着け」
「だから、俺はもうダメなんだよ。曲なんて出てこねえ、お前の足を引っ張ってるだけだ」
「おい、また話戻ってんぞ」
 YUはぐったりとカウンターに頭を乗せると、大きなため息をついた。

「……なんだか眠いよ……もう、眠っていいか……?」
 カウンターに全体重を預けたYUの両手が、ずるりと下に垂れた。重力に任せて、自然にゆらゆらと揺れている。
「だから何度も言ってるだろ? 俺にはYUがいないとダメだ。お前の楽曲があるから俺の歌は輝くし、プロデュースのしがいがあるんだ。何度言えばお前の心に届くんだ? なあ?」
 ずるり――YUの身体がカウンターからずり落ちて、床に両肘をつく。
「! おい、『座り込むな』って言われただろ? おい、YU?」
「俺は、もう――」
 言うYUの視線は虚ろで、そこには絶望以外の感情は見えない。
「――もう、走り疲れたんだ。動けない。休ませてくれ……」

 ずず、ずず……。彼の足元の床が、急に柔らかく蠢き始める。黒い漆黒の割れ目のようなものが現れた。
「おい、YU! 立て!」
 KAZは椅子から飛び降りると、彼の腰をしっかりと掴む。全力で持ち上げようとするが、意識が混濁している身体は重く、なかなか持ち上がらない。
 足元の黒い亀裂は、少し開いた。その奥からは漆黒の、音のない虚無の闇が覗いている。
「馬鹿野郎! YU、立つんだ! お前がいなくなったら、俺は誰と組めばいいんだ? 誰とケンカすればいいんだよ!」
 YUの膝が、亀裂の中に包まれ始める。このままでは、彼の身体は引きずり込まれてしまう。
「くっそ、なんだよ! でも離すもんか。離すもんか。お前を絶対に離すもんか!」
 火事場のクソ力だろう、YUの骨が軋むぐらいの怪力で、彼の身体を持ち上げた。なんとか床から膝が離れ、椅子の端に腰を乗せる。
 足元の亀裂は収縮し、離した距離のぶんだけ縮んでいく。
「なんだか分からねーけど……YUは俺のもんだ! 離してたまるか!」
 KAZのその声が聞こえたように、亀裂は収縮して、消えてしまった。

「ばっか……愛の告白かよ。恥ずかしーわ」
 カウンターに頭を乗せたままKAZを見つめて、YUが言う。それにKAZは微笑んでやる。
「かもな。さ、これで俺の気持ちが分かっただろ。早く新曲を書け」
「……ったく、しゃーねえなあ。お前のために、書いてやるよ」
 YUの頬が赤いのは、照れなのか酒のせいなのか、分からなかった。

「未来が見えたよ�ですね。それ�は、良い旅路をお祈り�ております。bon voyageボン・ヴォヤージュ
 スィエルがハンドベルを取り出してちりりんと鳴らすと、奥の扉が開く。屈強な男性が三人飛び出してくると、二人の身体を両脇から抱え込んだ。
「お会計、三千円にな�ます」
「なんだかわからねえけど払う、払うから!」
 二人は拘束されたまま会計を済ませると、抱え上げられて扉の外に放り出されてしまう。
 その光景を、奥の影が見守っていた。
「スィエル、コ�プス・リバ�バー#2をもう一杯」

「いってぇ……」
 ライブハウスの前で路上に座るYUとKAZ。ちょうどライブハウスから店員が出てきて、二人に気づいた。
「あれ、YUさんとKAZさんじゃないですか、久しぶりですね! もう雲の上の人になったって、みんな言ってますよ」
「あ、ああ、久しぶりだな。俺たちは俺たちだ、なにも変わらないよ」
 KAZの答えに店員は、「またまた、謙遜しちゃって」と言って笑った。
「そういえば、バーも併設したんだな」
 言ってKAZは先程入った黒い扉に視線を向ける。だが、そこには扉はない。ただの壁だった。
「バー……?」
 店員が不思議そうな顔で見つめ返した。
「――いや、なんでもない。またいつか、ライブやらせてくれよな」

 それから二人は、スタジオに直行した。
 新曲のイメージを話し合い、音を作っていく。

「夜通し楽曲作りなんて、まるで合宿みてえだな」
「ああ、昔よくやったな。懐かしい」

 彼らにとっては始まりの歌。意見の不一致は新しい出発点。
 あのカクテルのとどめの一杯が、彼らを新しくしてくれたのだ。
 ここからまた、走り出すのだと二人は思っていた。


このまま世界の終わりを二人で笑って過ごしたいな。
笑えるかな。
the last words / Lenny code fiction

標準的なレシピ
ジン - 22.5ml
シャルトリューズ - 22.5ml
マラスキーノ - 22.5ml
ライムジュース - 22.5ml

Wikipedia

作り方
1.材料をシェイクする。
2.カクテルグラスに注ぐ。

Wikipedia

カクテル言葉
「別れの言葉」「とどめの一杯」


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
もし気に入っていただけましたら、スキやチップの応援やコメントを頂けると励みになります。
また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

#短編小説 #ファンタジー #バー #小説 #ライトノベル #カクテル #ラスト・ワード #note小説


いいなと思ったら応援しよう!

今津 風色 よろしければ応援お願いします。 いただいたチップは資料の購入費用、取材費などの活動費として有益に使わせていただきます。